死んでなんかやらない
牢に横たわり、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
ずっと痛みに耐え続けている。息苦しさには少し慣れた。それでも意識が度々朦朧とする。何度か多分気絶したみたい……次に気絶したら、また目覚めること、できるかな?
意識をなるべく失わないように、必死でぐるぐると思考を続けた。
なんでリリーはあんな嘘をついたのか?そんなの決まっている。私を陥れたかったんだ。どうして?どうしてだろうか……考えているうちに思い至った。
リリーも……この世界が乙女ゲームだったということ、知っているかもしれない。
つけないはずの嘘がつけたことも、もしかしてリリーが前世の記憶を持っていて、それが影響しているの?
もしそうなら、明確に私を殺そうとしたということ……。
ああ、考えることすら、ちょっと疲れた。
穏便に平和に生きていけるならそれでいいと思っていた。邪魔はしないからそっとしておいてほしいと。死にたくないから誰かからの愛を望むつもりもなかったし、精霊王の代替わりが終わった後に、ひっそりと生き残っていることだけが望みで目標だった。
それなのに。
悪意は向けられた。まるで運命から逃がさないと言われているようだ。
――疲れた。
もう、いいかな………。
このまま死を受け入れた方が楽かもしれないと思った瞬間、頭の中に大きな声が響いた。
((メルディーナ!!!))
ロキ……随分久しぶりな気がする。最後に話せてよかった。
((メル!!諦めないで……俺はまだ、死にたくない!ごめん……))
どういう、こと?
((俺は、すごく弱い存在だ。メルに生かされてるんだ。本当はもう死ぬはずだった!だけど、まだ、死ぬわけにはいかないから、魂が綺麗で、魔力が強くて、心が澄んでいる寄主を探した。見つけたのが……メルディーナ))
ロキは物心つく頃には側にいた。いつ、どこから来たのか、なぜ一緒にいてくれるのか、考えたこともなかった。一緒にいるのが当たり前になってたから……。
初めて知った。
私が死ねば、ロキも死ぬ?
ロキはずっと私の側にいてくれた。まだ幸せだった頃も、誰も私を見なくなってからも、ロキだけはずっと一緒に、変わらずいつも一緒に。
前世の、家族に愛されていた記憶を取り戻した今なら分かる。ロキは、ずっと私に愛情を注いでくれていた……。
ロキを死なせるわけには、いかない。
なけなしの力を振り絞って、自分に浄化をかける。魔力を使うと感覚が研ぎ澄まされて、痛みをより強く感じる。
「ううっ……ううぁあ!」
それでも浄化をかけ続けた。こうなったら根性と気合いだ!解毒……薬で解毒剤を作るだけじゃなくて、魔法でも練習しておくべきだった。自分自身は毒には慣れているつもりだったから、考えもしなかった。
生き延びることが出来たら、練習しよう。
((頑張れ、頑張れ……))
ロキの声が震えている。泣いてるの?
何度か意識が飛んだ気がするけど、無我夢中で浄化をかけ続けた。
そのうち、段々腹が立ってきた。
お父様、お兄様、エリック、クラウス殿下、ニール、そして、リリー。私を冷たい目で見る周りの人達も。
蔑ろにされることに慣れすぎて、憎まれること、嫌われること、仕方ないと受け入れていた。
だけど……私が一体何をしたというの??
何もせずとも傷つけられ、大切なロキは泣いている。
ほんの少し、体が楽になって来た。定期的に込み上げていた吐血も止まっている。
「絶対に、生き延びる……!」
死んでなんか、やるもんか!
大体、うじうじとやられるのを待ってるのが間違ってた!婚約解消の打診なんて待たずに、さっさと逃げちゃえばよかった!
怒りと共に、気力も湧いた。
**********
口に何か注ぎこまれて、意識が浮上した。
「!?うっ……」
私はまた気絶してしまっていたらしい。誰かに抱き起されるようにして、何かを飲まされている。
まさか、また毒……!?
「う、うえっ!」
思わず飲み込んでしまい、慌てて吐き出そうとする。と、背中を優しくさすられた。
「メルディーナ様!大丈夫、回復薬です!どうか私を信じてお飲みください!」
誰?
慌てすぎて分からなかったけれど確かに回復薬のようだ。それも、もしかしてこれは私が作ったもの?
顔を上げると、見慣れない衛兵が私を抱き起している。
「メルディーナ様。いえ、ディナ様。私はあなたを信じています。どうぞこちらへ!体が辛いと思いますが、どうか頑張ってください……!」
今、ディナって……。
ふらつく体で、なんとか足に力を入れて、支えてもらいながら牢を出る。歩きながら衛兵は静かな声で話し続ける。
「私は平民です。私の母親と妹が流行病にかかり、ディナ様の浄化と回復薬で命を助けてもらいました。街に降りれば『市井の聖女様』を疑う者は1人だっていません」
「え……」
市井の聖女様と言った?それってリリーのことではなかったの?
「私は城勤めで、あなた様のことも知っていました。すぐに気づきました、ディナ様がメルディーナ様であると。あなたは命の恩人、市井に全く目を向けない聖女様より、余程私達にとってはあなたが聖女様なんです」
地下から上がった扉の先で、人影が!
思わずびくりと体を揺らすと、宥めるように、
「大丈夫、ここにはあなたの味方しかいません」
どうやら私は医者にも診せられず地下牢にそのまま放り込まれ、平民出身の衛兵たちが見張りだけ命じられていたらしい。
このままここにいれば、恐らく処刑されるだろう。貴族牢ならまだしも、地下牢に入れられた者の末路はそう多くない。しかも私に課された罪状は聖女の殺人未遂。おまけに状況的には現行犯だ。とんだ冤罪だけどね。
生きるには、逃げるしかない。
でも。
「私を逃がすと、あなたたちが……」
「大丈夫です、全部お任せください……と言いたいところですが、優しいあなたは私達を見捨てないでしょう。あなたが去った後、私達は全員で眠り薬を飲みます。あなたがどうやって逃げたのか、誰も知らない。そもそも本来ならここは私たちの持ち場ではありません。おそらくそれで罪には問われません」
よく分からないけど、余裕のある表情。恐らく本来ここを見張るはずだった騎士が別にいて、仕事を押し付けられたのだろう。騎士はどう転んでも都合が悪いからどうにか誤魔化すということか?
「ごめんなさい、本当にありがとう……!」
「ここから先はついていくことが出来ません……本当に申し訳ありません、どうかご無事で」
3人の衛兵が頭を下げた。
私はきっと逃げてみせる。生き延びて、いつかまた会う機会があったら……きっとこの恩を返そう。
回復薬が効いてきたのか、少しだけ体が楽になったものの、手にも足にもあまり力が入らない。外は真っ暗になっていて、暗闇に紛れて必死で森の方へ向かった。
タイトル変更してます!また変わる可能性も無きにしも非ず…。
誤字報告、ありがとうございます。めちゃくちゃ助かってます…!
いつもとんでもなく誤字脱字が多くて申し訳ありません><




