どうして!!
間もなく、クラウス殿下が庭園に現れた。
「遅くなってすまない」
これまでお茶会の時には、いつも殿下が先に座り私を出迎えていた。殿下が少し慌ててやってくる姿はなかなか新鮮だ。
「クラウス様!お忙しいのにわざわざすみません。こちらは全然大丈夫ですわ」
私が答える前に、ふわりと笑いかけるリリー。わざわざって言ったけど、呼ばれたのは私の方なんだけど。やっぱり言葉選びに棘がある??私は黙って立ち上がり、頭を下げる。
「かしこまらなくていい。座ってくれ」
殿下はリリーの隣に座った。というかそこに椅子が用意されていた。
丸いテーブルに、わざわざ1人と2人で向かい合うような配置で置かれた椅子。なるほど、リリーと殿下が寄り添う姿が良く見える。これはきっとわざとこうされているのね?自分の立場を思い知れという無言のメッセージに感じる。私は随分卑屈で被害妄想の激しい人間になってしまったらしい。
殿下の斜め後ろに立つニールがまた難しい顔をしている。今度は何を思っているの?そう思うけど、あれこれ考察する気力がわかない。頭がぼーっとする。
思考が……頭にモヤがかかったみたいで……。
何かがおかしいと思った時には遅かった。
――急激に襲ってきたのは、体の異変!
目の前でリリーと殿下がべたべたと見せつけるように触れ合っている気がするけど、よく分からない。あれこれ感じる余裕もないくらい、お腹の底が気持ち悪い……!
頭もガンガンと痛んで、視界が眩んだ。
「メルディーナ!?」
誰かが私の名前を叫ぶように呼んだ瞬間、私の体はぐらりと傾き、ガタンと椅子が音を立てて倒れる。気がつけば芝をはった地面に横たわっていた。巻き込んで一緒に落ちていったカップが目の前に転がっている。
あ……お茶…………。
残っていた中身が零れ、芝を濡らす。何?何かおかしい。芝が……
次の瞬間襲ってきた、言い表せない程の痛みと苦しみで飛びかけた意識が覚醒する!
「うっ……!」」
ゴボっと音を立てて喉の奥から何かが湧きあがる。目の前の芝が赤く染まった。
――私、血を吐いているの?
どうしてと思う暇もないくらい、今度は息が苦しい!
助けて!
必死で視線を巡らすと、誰もが歪んだ表情で私を見ていた。
「誰か!医者を早く!」
苦しい!
「これは……毒か!?どうして……」
殿下の声?助けて……!
「お茶がかかった芝の色が……変色しています!」
「どういうこと?」
「スタージェス侯爵令嬢が毒に倒れました!」
「お医者様はまだ!?」
「それより毒だ!衛兵を呼べ!」
「ニール様!あなたはリリー様をお守りください!」
誰が誰の声だか……まるで全てが遠くの世界の様にぼんやりと耳の奥で響いている。
「殿下!このお茶を淹れたのは……スタージェス侯爵令嬢です!」
使用人らしき大声。
「何?どうして彼女が?」
「私がお茶を淹れるはずだったのですが……準備を終え戻ってきた時にはもう淹れられていて……勝手に!」
別の侍女が叫ぶ。
そこに、リリーの震える声が続いた。
「まさか……あれが毒だったの……?」
「リリー?何か見たのか!?」
「メルディーナ様が自分がお茶を淹れてくださると……隠し味だと私のお茶にだけ何か別の液体を入れたんです……何かの蜜だと」
「そんな、彼女が……?」
そんなの……嘘よ!
声が出ない
必死で目を開ける。視界に映ったクラウス殿下が信じられないものを見るような目をしてこちらを見ていた。
「殿下!スタージェス侯爵令嬢が飲んだお茶は元々リリー様の前に置かれたものでした!ニール様が入れ替えたのです」
「本当なのか?ニール!」
「た、確かに自分が入れ替えました……ですが!」
何かを続けようとしたニールの声を、リリーの叫びが遮る。
「メルディーナ様!まさか本当に私を殺そうとするなんて……!信じていたのに!」
誰かが私の体を乱暴にあお向けにした。腕を強くつかまれている。
「殿下!リリー様はずっとスタージェス侯爵令嬢に嫌がらせを受けていました!私はずっと相談に乗っていたのです!」
「そんな……まさか……メルディーナが……?」
思考が定まらない中、殿下が苦しげな声で
「医者に診せた後は、メルディーナを……牢へ」
そんな!
どうして!
――ニール!助けて!
だけど、ニールも化け物でも見たような顔をして私をじっと見つめていた。その胸にはリリーが縋りつくように抱き着いていて……。
そんな……誰も、誰も、助けてはくれないの……?
呼吸が苦しいのか、心が苦しいのか分からない。
どうして。
どうして。
どうして……!!
**********
気がつくと、暗くて冷たい床に寝ていた。下には申し訳程度に敷かれたシーツ?ここは……牢だ。おまけに貴族牢ではない。暗い、暗い、地下牢……。
多少マシにはなっているけれど、相変わらずのあちこちの痛みと息苦しさ。手足がぶるぶる震える。このままでは死んでしまう……誰か、助けて………!
視界と思考だけが妙に鮮明だ。頭が冴えている。同時に尋常じゃない痛みもはっきりと感じる。
「うっ、ゴボッ……」
目の前の石の床が血で濡れる。結局医者にも診てもらえなかったのだろうか。なんて、無慈悲なの……このまま牢で独り、死ねということだ。
喉が焼けるように痛い。息が、苦しい……。苦しいよ…………。
殿下の、ニールの、その場にいた全員の、冷たい目……。
誰もが私が毒を入れ、聖女を殺そうとしたと信じて疑わなかった。
当然だ。仕方ないと思う。他ならぬ聖女が証言したのだから。聖女は、嘘をつけない。この国の人間ならば誰でも知っている。いいえ、この国どころではない、精霊王に守られているこの世界の人間ならば誰でも……。それでも、誰も、何かの誤解ではないかとは言わなかった。私が彼女を殺そうとしたと、誰1人、疑わなかった。
だけど、間違いなくリリーは嘘をついた。どうして?なぜ嘘をついたの?なぜ嘘をつくことが出来たの?
私以外は、誰も気がつかない。つけるわけがない嘘。
聖女リリーは、恐らく明確に悪意を持って、嘘をついた。
そして……私を殺そうとしている。
出だし鬱展開多めでごめんなさい……。




