嫌な空気と久しぶりのお茶会
殿下とのお茶会の日までの数日間。合間にまた2度ほど街へ出かけたけど、その度になぜか喧嘩に遭遇した。平民同士の些細ないさかいみたいなので巻き込まれないようにすぐに退散したんだけど、なんだか街中が少しピリピリしている?
相変わらずちょこちょこ瘴気を目にする機会もあり、その度にささやかながら浄化してるけどそれも地味に頻度が多い。
おかげでちょっとした回復薬や風邪薬なんかの売れ行きはいいみたいだけど。
そんないつもと少し違う空気感に無意識にあてられているのか、毎日なんだか無性に疲れていて眠いのだ。
そういえばロキの口数も少ない気がする。私と同じで疲れてるのかな?常に一緒にいる存在、私の魔力を取り込んでいるわけだから、ひょっとして疲れも共有しているのかもしれない。
最近は黒い狼さんにもあまり会えていない。
1番会いやすいのが多分王宮の例の泉の側だから、単純に屋敷の私の所へなかなか来られないだけかもしれないけど。疲れているからか寂しく感じる。あの大きな体に抱き着いて癒されたい。
なんとなく最近のこの空気、居心地の悪さを感じている。
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そんな事情が重なったからか、久しぶりのお茶会、気合入れて臨まなくちゃと思っていたのに、おかげで頭が少しぼーっとしている。
王宮に着くと、久しぶりにニールが迎えてくれた。だけどなんだか少し慌てているように見える。
「メルディーナ!待たせてすまない。だけど、随分早くきたんだな」
「え?いつもと同じくらいの時間じゃない?」
「殿下から時間を遅らせたいと連絡があっただろう?」
何それ?そんな連絡なかったけど?首を傾げる私に対して、少し険しい顔をするニール。
なんか……ちょっと感じ悪いんですけど。思わずムッとしてしまった。
とりあえず来てしまったものは仕方ないから、エスコートしてもらっていつもの庭園へ向かう。こちらもバタバタと慌てた様子で、お茶会の準備がまだ少し終わっていないようだった。
……そんな様子を見ていると、悪いことしちゃった気分になる。だけど時間変更の連絡なんて本当に受けていないんだもの。
遅れてくるらしいクラウス殿下の代わりに、私を迎えたのはリリーだった。
「メルディーナ様、バタバタとしてしまってごめんなさい!まさかこんなに早くいらっしゃるとは思わなくて」
嫌味か?
「……いいえ、私が時間を勘違いしてしまったようです。こちらこそ申し訳ありません」
「クラウス様がいらっしゃるまで、私がお相手させていただきますね!メルディーナ様は……私のこと、あまりお好きではないかもしれませんが」
なぜかそう言って寂しそうに笑うリリー。確かにあんまり関わりたくない!だけど、どうしてそんな言い方するの?まるで私が普段からリリーを嫌って邪険にしているかのようだ。「嫌われてるかも」と感じるほど関わりなんてないでしょう?むしろだからなの?
私がリリーを警戒しているからそう感じるだけかもしれない。だけど、どうもやんわりと悪し様に言われているような気がしてならない。そんなわけないよね?リリーはすぐにまた明るく人好きのする笑顔に戻り、私を席に座るよう促した。
私達のやり取りを聞いていた使用人たちは微妙な顔をしているし、ニールもやはり難しい顔を隠さない。また今日も、心がもやもやと重くなっていく。
席に着くと、リリーがあっ、と声を上げた。
「ごめんなさい、お茶は今、私が侍女に代わって持ってきたんですけれど……まだ皆準備に忙しくしていて、そちらを急いでもらっているんです。だけど、お茶を入れてくれる人を残すべきでした。私はまだ上手くお茶を淹れられなくて……」
確かに何人か使用人や侍女が行きかっているものの、皆少し忙しそうにしていて声をかけ辛い。そもそも私のせいでこうなっている雰囲気があるわけだし。ニールも護衛として側にはいるけどクラウス殿下の侍従と何か話しているし、そもそも彼はお茶なんて淹れられそうにない。
仕方ないか。
「僭越ながら、私が淹れさせていただいてもよろしいでしょうか?お茶の淹れ方も一通り学んでいます」
「いいんですか?確か妃教育で学ばれたとお聞きしました!メルディーナ様の淹れるお茶は美味しいと聞いていて……1度飲んでみたかったんです!嬉しい!」
リリーの返事を聞いて、側に置かれた紅茶の茶葉を手に取る。お茶を淹れ終わる頃には侍従との話を終えたニールも戻ってきた。
そうして自分と彼女の前にカップを置くと、リリーが申し訳なさそうに私を見た。
「メルディーナ様、ごめんなさい……聖女としての教育の一環で、お茶を振る舞っていただいた場合は如何なる状況であっても淹れてくれた相手と自分のカップを交換してもらうようにと言われているんです……」
思わず顔が引きつる。それって、毒を入れられる可能性を考えてのことよね?そりゃリリーは聖女様だからそういう対応が必要なのも分かるし、教育をきちんと身に着けようとしているのも分かるけど……申し出たのは私だとはいえ、今のはリリーに頼まれて私がお茶を淹れたようなものなのに。
――リリーは聖女として、覚えなければならないことも多い。こうしてストレートに申し出るのも妃教育を受けている私なら事情が分かるだろうと言う甘えなのかも?それとも相手を不快にさせない上手いやり方まで気が回らないか……それはこれから覚えていくってとこなのかしら。
気を悪くしても仕方ないのでニールに向けて頷くと、彼が私とリリーの前にそれぞれ置かれたカップを入れ替えた。
いつのまにか他の準備も全て終わったらしく、お茶菓子を持ってきた侍女が、お茶がすでに淹れられていることに気付いてサッと顔色を悪くした。多分本来は彼女の仕事だったんだろう。
気にしないで、私も気にしていないから。心の中でそう言っておく。
内心ため息をつきながらカップを手に取り自分の淹れたお茶を飲んだ。
「殿下も、もう少しでこちらへいらっしゃると思います」
そう言ってニールがにこりと笑った。
ああ、早く帰りたい……。




