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ちゃっかり令嬢は逃げる事にした。

作者: 夏月 海桜

うっかり書きかけの作品をアップしてしまいました。本作品は書きかけですので、書き上げたら活動報告にてご連絡します。


2021.2.21.5:25


2021.7.7.17.25

本作完結しました。活動報告には後程。

マルティナ・バレースは、デルタ子爵領・領主であるダース・バレースの長女である。一人っ子であるため、将来は女子爵としてデルタ領を治めるべく勉強する日々なのだが。当主である実の父・ダースはマルティナを女子爵として矢面に立たせる気が無かった。


迷う理由は、たった一つだが、その一つこそが難問だった。彼女が3歳の時に負った傷に他ならない。


マルティナは3歳の頃、子爵家の庭で散歩をしていた所、転んだのだが。その際に額から左目にかけて尖った石がぶつかったらしくざっくりと傷がついた。不幸中の幸いは、左目そのものに傷は付かなかったため、失明という大怪我までいかなかったことか。だが、令嬢として顔の傷は致命傷である。


マルティナはダースと妻・アリティナの娘であることに間違いない。だがアリティナはマルティナを産んだ後……所謂産後の肥立ちが悪くて妊娠しづらい身体になっていた。マルティナが3歳で怪我をした後は余計にもう1人を産むよう夫に強く望まれたのだが……。出来難い身体になったのだろう、マルティナが10歳の時にダースもアリティナも諦めた。


では、マルティナを矢面に立たせるかと言えば、無論そんなわけがない。婚約者でも充てがって婿に後を継がせてマルティナは屋敷に軟禁させておけば良い、とあちこちに頼んでいた。だがダースの子爵としての付き合いでお願いした家は、自分の息子が婿になって後を継げたとしても、傷物の令嬢を妻にはさせたくない、と何処もけんもほろろの対応だった。格下の男爵どころか一代限りの準男爵・騎士爵でさえその返答なのだから内心腸が煮えくりかえる思いだった。


その鬱憤は有ろうことか、産後の肥立ちが悪くて病弱になってしまった妻であるアリティナとマルティナ本人に向けられた。さすがに直ぐに風邪をひくような病弱の妻に手を上げる事は無いが、マルティナには「お前さえ怪我をしなければ!」と良く手を上げている。


マルティナは泣く事もなく淡々とぶたれながら謝っていた。否、泣けば暴力が酷くなる事を知っていたので泣けないのだ。子爵家故に使用人は居るが、上位の使用人(つまり子爵一家に直接関われる使用人)は、執事・侍女長・アリティナ付きの専属侍女くらいのもので、あとは存在しないも同義の下位の使用人のみ。……つまり誰もマルティナを助ける事は出来ない。


母であるアリティナは(決して彼女が悪いわけではないが)唯一産めた娘に怪我を負わせた事に夫に対して負い目を感じて夫を諫めることも出来ない。更には夫の言う通り()()()怪我をしたマルティナが悪いのだ、と殆ど関わらない。


そんな環境なのでマルティナは10歳にして達観しつつ淡々と日々を過ごしていた。


尚、3歳の時の怪我は確かに転んだマルティナ自身の所為であるが、そもそも生来が活発なマルティナである。そのマルティナが3歳で大人しく過ごせるわけがない。有り体に言えば走り回ってすっ転んだわけだが、それは自業自得で誰を責める事も出来ないし、マルティナ自身のせいでもない。


はっきり言って偶々のものでしかなかった。仕方がないのである、偶然なのだから。

けれどこの偶然の怪我から彼女は、とある記憶を思い出した。


(これってもしかして、もしかしなくても異世界転生ってやつ? あのラノベとかwebコミックなんかで見た? マジで⁉︎)


というのが僅か3歳のマルティナの精神面での葛藤。でもまぁ転生しちゃったものは仕方ないというヤツである。怪我を治す傍ら色々と日本のことを思い出して……ハタと気付いた。


(アレ? マルティナって前世で私が親友と爆笑したあのちゃっかり令嬢の事⁉︎ ウソん!!!)


慌てて見た前世よりはハッキリしない鏡を見て確認する。……間違いなくマルティナ・バレースだった。


(ラノベのコミック化で見た顔、そのものだわー)


と思うマルティナ3歳。何度も言うが3歳。3歳で将来の自分を思い出して……達観した。諦めたわけじゃない。逃れるつもりもある。ただ、どれだけ足掻いても最終的には、なるようにしかならないよね。と達観しただけである。


(マルティナって幼少の頃の怪我……つまりコレだよね……が、原因で父親からは疎まれ母親からは憐まれて育つんだよね、確か。憐まれるのは勘弁だからいっそ無関心で居て欲しいな)


というわけで、母親が無関心であるように、マルティナは母親と距離を置き甘える事は皆無のように動いた。10歳の現在、母親が無関心なのはマルティナのある意味努力の賜物である。父親が暴力を振るうのはコミックで見ていたし別にどうでもいい。


それよりは、と将来を見据えて色々行動してみることにする。とは言っても所謂転生チートがあるわけではなく、政治チートとか食べ物チートとかもない。将来を見据えて回避する行動を取るだけである。




(マルティナ・バレースって。ラノベ【チートな悪役令嬢に生まれ変わりました!】の主役の悪役令嬢の友人の1人なんだよね。そしてちゃっかり令嬢と前世では私含めて愛読者から嘲笑われていた女の子。よりによって、あの子かぁ……)


チートな悪役令嬢〜は、所謂婚約破棄からの逆転ざまぁとかの内容ではなくて。令嬢達のトップである公爵令嬢が主役。公爵家に生まれ育ったため、普通は厳しくも愛情ある淑女の見本として育てられるわけだが。実際主役の彼女もそうやって育っているのだが。とても鬱憤が溜まっていたために、気晴らしに人を玩具にするのが好きな令嬢だった。


彼女は人を玩具にするのが好きで。と言っても分かりやすくイジメなどしない。意地悪? イジメ? 何それ美味しいの? と真顔で言う程、その手の事に興味は無い。但しタイトルから解るように彼女は【チートな悪役令嬢】。イジメなんかで人を貶めるような安っぽい言動など起こさない。


人を玩具にする。ーーつまり、選択肢を与えてその選択を見届けるのが大好き、という令嬢だった。


例えば話の中でお茶会に出席した彼女は、自分のティーカップをわざと隣の席にいる令嬢近くへ置く。それは話の中では、わざとではなく()()()()()()置いてしまったというもの。此処で様々な選択肢が出来た。


先ずは隣の席の令嬢がティーカップに気付いて主役の彼女にティーカップの事を教える。


続いて隣の席の令嬢がティーカップに気付かないでティーカップにぶつかりお茶をこぼしてしまうこと。この場合その溢れたお茶はその後……。


そんな選択肢を自然に与えて与えられた相手の表情・言動を楽しむ。そんな令嬢なのだ。そんな公爵令嬢ちゃんの困った性格は、だが考えてみればマルティナにとってはまたとないチャンスでもあった。


(だってさ、考えてもみてよ? チートなんだよ、彼女。つまり何でも出来る。もちろん元々公爵令嬢だから地位のある家の娘だし、金持ちというのもあるけど。父親も出来る男だから家が没落するような可能性はゼロに近いし、母親は社交界の花……つまり中心人物。彼女に取り入っておけば何の問題も無い人生が送れそうだよね)


そしてとても有り難いことに、マルティナとは身分差が有るのに友人になれる。それは。彼女が親戚だから、に他ならない。


そもそも前世で友人達と笑っていた“ちゃっかり令嬢”というのは、マルティナが子爵令嬢で有りながら、虎の威を借る狐よろしく、公爵令嬢である主役のチートな悪役令嬢の取り巻きとして、公爵令嬢の名を巧みに使いながら、自分の顔の傷を嘲る奴らを虐めてきたからだ。


そんでもって、主役の公爵令嬢ちゃんは、自分が隠れ蓑にされている事に気づかなかったので、ちゃっかり令嬢こと、マルティナに汚名を着せられて“悪役令嬢”になってしまうのである。そして、マルティナはちゃっかりと自分が行ってきた虐めを公爵令嬢ちゃんに押し付けるから、“ちゃっかり令嬢”と私や友人達は嘲りを込めて渾名を付けていた。


それが何故、どうしてこうなった⁉︎


というわけだが。何故かちゃっかり令嬢に自分は転生している。ホント何でだろ。物語りだよ? 紙媒体だよ? 2次元だよ? 転生するにしても3次元じゃないところが本当に意味分からない。とはいえ、転生しちゃったものは仕方ない。


父親に暴力を振るわれ、蔑まれる生活を送ってきたせいで。また(原作では)母親から憐まれて変に甘やかされてきたせいで。マルティナはとても性格が歪んで、上(年上・身分が上・勉強が上など)の人には媚び諂い、下(年下・身分が下・学力が下など)の人を蔑むどうしようもない子に成長した。


舞台になる年齢は学園に入ってからの事だから、あと、5年は先。15歳になったらどんなに下位でも貴族の令息・令嬢は学園に通わなくてはならない。

そうして通い出した学園で、ちゃっかり令嬢ことマルティナ……つまり私が、公爵令嬢ちゃんに後始末と悪名を押し付けながら、やらかすわけで。


最終回までは読んでないけど。

でも公爵令嬢ちゃんは、悪役の名を押し付けられながらも、出来る子。きっとマルティナのやらかしに気づいてマルティナは、公爵令嬢ちゃんに断罪されちゃうだろう。だって公爵令嬢ちゃん、頭良いわけだし。いくら最初は気付かなくても、そのうち自分が貶められていることには気付くよね。


そうなれば、最悪な女・マルティナのことを許すわけがない。だって子爵令嬢が公爵令嬢を貶めたんだもん。報復は凄まじいことになるだろう。……うん。そもそも公爵令嬢ちゃんは人を玩具にするのが好きなご令嬢さんだ。報復するとしたら、絶対に、ちゃっかり令嬢ことマルティナ=私を、新しい玩具として色々考えると思われる。


考えてみたらマルティナって、物凄くヤバい立ち位置じゃない?

なんでマルティナ(原作)ってば、彼女を隠れ蓑なんかに出来るって考えたんだろ?


まぁ3歳で前世を思い出し、ゆっくりとこの世界……ラノベ世界のこととか考えてみて。一応本を読む事でなんとか知識を蓄えつつ、今後のことを考えた結果。


マルティナは父に疎まれ蔑まれ、母に無視されている子爵令嬢。

跡取りは確か……ん?

アレ? もしや、今日って、あの日じゃないの⁉︎


色々と考えていたマルティナの所へ私の数少ない味方である専属侍女が、現れた。


「お嬢様。あの、旦那様がお呼びです」


「お父様が? 珍しい」


「それがその。……跡取りの件で、と」


あー、やっぱりかぁ。やっぱり今日はその日でした。今日は、私、マルティナの10歳の誕生日。この日に父親は孤児の男女を連れて来る。あのラノベに書かれていた通りの展開。父親を愛する母親は、本日精神を病ませてしまう。あまりのんびり居間に向かうと取り返しのつかない事になりそうだから、さっさと向かう事にしよう、と私、マルティナは思った。


急いで居間に到着すると、母親が嘆いていた。あ、ヤバい。


「あなた、この子達はなんなのですかっ。子を産めない私への当て付けですか!」


「失礼します。マルティナ、参りました」


母親が父親を詰る言葉に被せるようにマルティナは入室する。母親は少し冷静になったのか、マルティナに視線を向けて黙った。


「うむ。座れ」


母親がおとなしくなった瞬間を狙って、父親がソファーへマルティナと母親を促す。1人がけのソファーに座っている父親の隣に立っているのは、孤児の男女。年齢はマルティナと同じくらい。そしてマルティナは知っていた。ラノベを読んで知っているのとは別に、顔に傷を作った所為で父親から蔑まれ、母親から無視されている事に同情した執事からも聞かされていた。


「お父様、そちらの2人は孤児院から連れて来た子達ですね。バレース家の血を繋ぐために私と婚約させてその少年を跡取りに据える、と。そちらの少女は少年と仲良しだから一緒に連れて来たのでしたか」


「何故、それを」


「執事から聞いてます。ですが、お父様。そちらの少女はお父様の実子。私と半分血の繋がった妹ですわね。少年は孤児院の中で一番勉強の得意な子だから連れて来たはず。でしたら、私と婚約などさせず、仲良しの妹と婚約させるべきでしょう」


淡々と父親にもましてや母親にも口は挟ませないで、今後を語る。父親は初めてマルティナを真面に見たような顔付きになった。


(そりゃそうよね。蔑ろにしまくってた娘が自分の考え以上の話をしてきたんだもの。そこまで頭が回るなんて思ってもみなかったのでしょうよ。それに愛人の娘が居る事にも動揺すらしない私ですものね。子どもが暗に愛人の娘について知っているわよ、と言っているのだから驚くでしょう)


「どうして、お前は、アンネリカの事を知っている……」


やや呆然とした口調の父親に、鼻で笑うマルティナ。チラリと母親に視線を向ければ、まるで知らなかったのか、顔色を青褪めさせて口を開閉させているだけ。多分、愛人がいた事すら初耳で言葉も無いのだろう。


「どうしても何も、詰めが甘いんですよ、オ・ト・ウ・サ、マ?」


態とらしく言葉を切りつつ嘲笑ってやる。此処でようやく娘に虚仮にされている事に気付いたようで怒りに顔を真っ赤にさせていたが、怒鳴る前に続けてやった。


「貴方は本当に子爵なんですか。こんな程度で顔色を変えて。貴族なら何が有っても動じない・顔色を変えないのでしょう? 娘に虚仮にされた程度で怒るなんて貴族らしくもない。それから、アンネリカの件ですが、貴方、よりにもよって親戚である公爵家に出かけた先で、アンネリカの母親にあたるメイドを口説いて子を作ったのでしょう? 私、親戚である公爵令嬢様と手紙のやり取りをしている中で、その事を書かれて、貴女の父親は我が公爵家の顔に泥を塗ったのよ! とお叱りを頂きました」


「な、な、なっ」


言葉が出て来ないのか、父親は顔色を今度は真っ青にする。マルティナの専属侍女に手紙の束を持って来てもらい、該当する手紙を見せれば、サアッと青から白へと父親は顔色を変えた。


公爵家で雇われている使用人というのは、執事・侍従・侍女・メイド・騎士・下働き・庭師等、皆が貴族の出身(伯爵家・子爵家・男爵家・準男爵家・騎士爵)か、富裕層の平民の子である。

“〇〇公爵家で働いていた”というのが一種のステータスで、その紹介状頼りに別の家へ働く事が出来たり結婚が出来たりする。父親がやらかしたのは、“公爵家の親戚”という立ち位置で準男爵家の三女に手を出したのだ。それも当時、17.8歳という年齢の結婚適齢期の女性に。これで子爵の妻として迎えられるならばまだ良かったが。


当然ながら母親と結婚している父親が妻に出来るわけがない。愛人として何年か囲んで、その間にアンネリカが生まれたのだが、公爵家がそんな事を看過するわけがない。顔に泥を塗られたわけだから(公爵家の名前を出された以上はそういう事になる)、仕方なく公爵領のそれなりに有名な商人の後妻に父親の隙を突いて嫁に出し、アンネリカを孤児院へと入れた。


「つまり、公爵家は顔に泥を塗られた事をお怒りでして、故に元メイドをかなりご年配の商人の後妻に捻じ込んで、そのアンネリカを孤児院へ入れ込んだわけです。で、お父様がきちんと反省するならと思って、元メイド母娘の件は黙っていたというのに、私に傷がある事が不満で不満で仕方ないお父様が、顔は元メイドに似てとっても可愛いアンネリカを諦めずに探して連れて来たわけですから、お父様は反省していない、と公爵家は判断するでしょうね」


顔を真っ白にしたまま、最早何も言えない父親と、愛人を作られたショックで倒れ込みそうだったが、それどころの話じゃなくなって目が虚ろになりかけている母親の事を視界にいれながら、マルティナは更に続ける。


「もちろん、お父様はずっと監視されていたようですわ。それもこの手紙を読めばお分かりでしょうが」


別の公爵令嬢様の手紙を差し出せば、父親は身体を震わせて読んでいる。


「あ、もし、この手紙を偽物だ、などと思うようなら、執事に聞いて下さいね。公爵令嬢様との手紙のやり取りは、我が家の執事と公爵家の従僕も介してますから」


そろそろ、そんな愚かな事を口にするかもしれない、と先に釘を刺しておく。父親は正に口にしようと思った事で、居間の隅に佇んでいる執事に視線を向ければ、マルティナの言葉を支持するようにゆっくりと頷いて、父親は真実だと理解したらしい。


「我が家はめでたく公爵家に目を付けられました。つきましては、私は本日を以てバレース家から出て行きます。公爵家に目をつけられている子爵家など跡を継げませんから」


「なっ」


「ちなみに、私をこの家から出すことによって、バレース家の存続は許されますよ。どうせ表にだせない娘なんですから放逐しても問題無いでしょう。バレース家の血は、そこのアンネリカが引いています。そちらのアンネリカが親しくしているハレンズと婚約させれば跡取り問題は解決。お父様も表に出せる跡取り娘夫妻が出来たし、お母様も無関心でしかない娘よりも、自分のお腹を痛めたわけではないけれど、全く傷が無いバレース家の娘がやって来たので嬉しいでしょう。事あるごとに傷の無い娘とドレスや宝石選びを一緒にしたかった、と口にしていましたからね。どうぞ、新しい娘とそうして下さいませ」


母親に視線を向けて嘲笑ってやる。愛人の娘を我が子として可愛がれ、と言っているマルティナに気付いたのだろう。絶望感を漂わせている。望み通り、顔に傷の無い娘なのだ、喜べば良い。


「私がこの家を出て公爵家で、アンネリカの母親の代わりにメイドとしてお仕えすれば、バレース家の存続は許されるそうです。顔に傷が有る恥ずかしい娘を捨てれば家が存続出来るなんてお父様にとってもお母様にとっても、いい事尽くめですね。まぁ社交界で、傷物の娘を捨てて愛人の傷の無い娘を跡取りに据えた冷血な子爵夫妻、と陰口を叩かれるくらいは耐えて頂きましょうか」


父親と母親は、ようやく自分達が世間からどういう風に見られるのか理解したらしい。私が正妻の子でただ1人の跡取りであったにも関わらず、両親から蔑ろにされたり無視されたり、というのはもう貴族達の間で知られている。傷の有る娘だから、そのような態度を取っていた、と言っても限度があるのだ。


ちなみに、何故貴族間で私の現状を知られているのかと言えば、かの、人を玩具にして遊ぶのが好きな公爵令嬢様が。()()()()王妃主催の高位貴族のみが参加出来るお茶会で口を滑らせたからに他ならない。……やっぱり、あの悪役令嬢さん怖いわー。


「では、私は本日を以てバレース家とは縁を切らせて頂きますね」


両親に目は笑っていない、満面の笑みを浮かべて言ってやる。後の事は執事に任せよう。彼には前から話をしていたので。


「さて、と。アンネリカ。ハレンズ。いきなり怖い思いをさせてごめんなさい」


マルティナは、この家に来てから怯えっぱなしのアンネリカと、そんなアンネリカを守ろうと必死になっているハレンズに声をかける。ハレンズだって、本当は怖いのだろう。足を見れば震えている。だから、なるべく優しく聞こえる声で、今度こそ心から笑顔を浮かべて2人を見た。2人は、マルティナの笑顔と声に警戒心を少し緩めたらしい。


ハレンズはとても賢い男の子なので、おそらく話は理解出来ているだろうが、アンネリカにも理解出来るように、先ずは2人をマルティナの隣に座らせて視線を合わせるように、話し出す。ちなみに私に嘲笑され脅された両親は、黙ってこの状況を見ているだけ。口を挟まないなら、構わない。


「アンネリカ。あのね。あちらの子爵は、あなたのお父様なの。あなたは子爵という身分の貴族の子なの。解る?」


アンネリカは、ラノベの主人公、チートな悪役令嬢である、かの公爵令嬢様のライバルになる所謂ヒロイン。要するにもう1人の主人公で、ちゃっかり令嬢ことマルティナの妹としてバレース家に来る。もちろん、ハレンズも一緒なのは変わらない。ハレンズは、ラノベではマルティナの婚約者という設定だ。


ハレンズも父親に認められるだけあって賢いが、アンネリカも母親だった愛人が賢かったからか、こちらも賢い。だから、今の説明を理解出来るはず。案の定、アンネリカはおずおずと頷いた。


「いい子ね、アンネリカ。それでね。私とはお母様が違うけれど、あなたは私の妹なの。でも。お父様もお母様も顔に傷のある私が嫌いだから、アンネリカにバレース家を守ってもらいたいの」


マルティナである私は、3歳で前世を思い出してから、自分の顔を隠す事はしていない。髪の毛で隠す事も化粧で隠す事も、だ。だから、アンネリカもハレンズも私の顔の傷には気付いているはず。だからこの傷が元で両親から嫌われていると知った2人は、泣きそうになった。


本当にいい子である。


マルティナは笑って気にしないで、と言ってから話を続ける。ラノベのマルティナは、顔の傷を恥じて髪の毛で隠したり化粧で隠すしたりしていて、更に傷を偶然見てしまったハレンズの同情心を愛情だと勘違いして、彼に執着する。そして、彼と仲が良く、更に同じ父親の娘なのに顔に傷が無い事で父親から愛されているアンネリカに嫉妬して、彼女を虐める。

それを知ったハレンズがアンネリカを守るものだから余計にマルティナはアンネリカを虐める事になり、結果、学園が始まる頃には婚約者であるハレンズとの仲は最悪で、ハレンズは妹のように可愛がっていたアンネリカを1人の女の子として恋い慕うようになる。これが原作のラノベのマルティナ達の関係。


だが。

私は本日を以て、バレース家から出て行くので、アンネリカを虐める事は無いし、そもそもハレンズと婚約しないし、傷を恥じてもいないので、変に性格が歪んでもない。

結果、原作通りにはならない。


要するに、マルティナは「1抜けた」って感じで逃げる事にした。原作のラノベ通りの人生を送るなど真っ平ごめん。最終回は知らんが、途中まで読むに、マルティナのラストは割と悲惨だろう。そんなラストを迎える気など更々無い。というわけで。


「アンネリカとハレンズには、この家を守るなんて大変な思いをさせると思うわ。でも、この家を守ってくれると、デルタ領という領地にいる民や、執事達使用人が、生きていけるの。生活出来るの。だからお願いしていいかしら」


2人は強く頷いてくれた。


「良かった。ありがとう。本当は、私がやるべき事なのだけど。この顔では結婚も出来ないの。男の方達は、皆、この傷が嫌だと言うし。お父様もお母様もこの傷が嫌いだから。私はこの家に居ない方がいいの。だから2人共、この家を私の代わりに守ってね」


更に2人はコクコクと頷いてくれる。


「もちろん、解らない事が沢山有ると思うの。だから、お手紙を書いてくれる? 執事に渡せば、私に届くから。お勉強で解らない事や、困った事。なんでも書いてくれれば、私が教えるわ。お約束してくれるかしら」


「「約束する」」


「ありがとう。それから2人は大きくなって、学園に入ることになるわ。学園は知ってる?」


「勉強する所」


「そうよ、ハレンズ。そこへ同じ年くらいの皆が一緒に勉強するわ。その学園でのお勉強が終わったら、2人は結婚するの。結婚してお父様とお母様みたいに……って、ああ、この2人じゃ、良い夫妻とは言えないわね……まぁ仲良しの家族になって。アンネリカは赤ちゃんをいっぱい産んで育てて、ハレンズはアンネリカと子ども達を守ってね。お願い」


ハレンズとアンネリカは、結婚して赤ちゃんを……という言葉に照れたように笑う。原作ラノベでは、アンネリカはハレンズや他の殿方と恋愛の駆け引きをするのだが、要するに逆ハー的なヤツだ。でも、原作通りにする気は無いので、ハレンズとアンネリカには婚約してもらう。そうすれば、恋の駆け引きなどで学園を騒がす事なく、良い夫妻になるだろう。


(そういえば、アンネリカってラノベでは結局、誰を選んだのかしら)


まぁもう読む事は無いので諦めるとして、そんなわけで執事に頼んで、2人を正式に婚約させて(書類をきちんと作成した上で、貴族院に提出すると正式になる)私は安心してバレース家を出た。もちろん、私がバレース家と縁を切る書類も作成して貴族院に提出済みなので、あっという間に私を捨てた事は噂で広まるだろう。


私だって好きで怪我をしたわけじゃない。


だから両親がきちんとマルティナと向き合ってくれれば、マルティナの頑張りを認めてくれれば、マルティナだってこの家を出る事など無かった。ハレンズと婚約するにしろ、しないにしろ、それは割とどうでもいい。なんだったらアンネリカとハレンズに結婚してもらい、生まれた子を跡取りとしてマルティナが引き取って育てたって良かった。


(ずっと頑張って来た勉強を無駄になどしたくなかった。頑張りを認めて跡取りとして見てくれさえすれば、こんな事にはならなかったのに。)


でももう仕方ない。

賽は投げられたのだから。


「さて。それじゃあ行きますか」


マルティナである私は1人、最低限の荷物を持って、辻馬車を拾い公爵家を目指す。そう、あのチートな悪役令嬢である主人公の公爵令嬢様。私は前世の記憶を取り戻し、公爵家との親戚付き合いで彼女に会った時に、自分を売り込んだ。

万が一、アンネリカとハレンズを連れて来られた時には、バレース家を逃げ出せるように。


かの令嬢は、とても退屈が嫌いで。故に、人を玩具にして遊ぶ癖がある。でも、公爵令嬢の地位をきちんと理解し、その責務も負える。だからこそ、人を見る目は厳しい。それ故に、私の手紙に父親の所業を伝えて、貴族の責務を果たせ、と叱り飛ばして来た。

本日、私が両親を追い詰めたのは、私なりの貴族令嬢としての責務を果たした結果だ。


それを行う交換条件として、マルティナが家を出たら、バレース家を存続するようお願いした。もちろん、責務を果たすのは当然だから交換条件になどならない。だからオプションを付けた。


マルティナ……つまり私をメイドとして雇う事のメリットを。


マルティナと公爵令嬢様は同い年。ついでにアンネリカも同い年でハレンズは1歳上。そして、マルティナと公爵令嬢は親戚だからか、顔立ちと目の色が同じ。髪の色は違うが、それはどうにでもなる。つまり、入れ替わりが出来る。

彼女は面白い、と頷いてくれた。更には傷は隠さなかったが、隠す為の技術でメイクの腕前はバッチリなので、顔を彼女に良く似せられる事も売り込んだ。実際、親戚として彼女の家を訪れた時に見せてもいる。


彼女は更に食いついた。

なので、取っておきを出した。つまり、私、マルティナ・バレースが異世界の転生者だという秘密。彼女は案の定、目を輝かせた。退屈な人生に私という彩りが加わった。私を逃すわけがない、と予想したが、その通りになった。


そんなわけで、私、マルティナを公爵家のメイドとして受け入れる代わりにバレース家を存続する事を受け入れてくれた。そう、見逃してくれたのである。

ということで、私、マルティナ・バレース改め、今日から公爵家のメイド、マルティナとして第二の人生を歩む事にする。


ラノベに合った通りの人生なんて送りたくない。ちゃっかり令嬢と前世で笑っていたマルティナ・バレースに転生してしまったものは仕方ないが、私はラノベ人生から逃げ出したのだ!


でも。この後、何年も、バレース家とはなんだかんだで関わることにはなる。それは、仕方ないのだ。だって、ハレンズとアンネリカはバレース家……デルタ子爵領についてなんにも解らないのだから。


そんな私は知らない。

この日の話が、アンネリカとハレンズの心に私が“姉”として刻まれた事を。

後々、公爵家のメイドとしてのんびり過ごしていた私の元へ、親戚付き合いと称してアンネリカとハレンズが度々訪れて、2人揃って「マルティナお姉様」と呼ばれる生活を送る事になるなんて。




(了)

ようやく完結出来た……。

2月にうっかり予約投稿してアップしてからおよそ5ヶ月。本日、7月7日を以て完結しました。本作の主人公・マルティナちゃんは、実は連載作品で考えているお話の脇役です。


主人公は、本作では名前を出していませんが、チートな悪役令嬢こと、退屈しのぎに人を玩具にして遊ぶ公爵令嬢です。彼女を主人公にしたお話を考えているのですが(一文字も書いてません)、先に彼女のサポート役を務める事になるマルティナちゃんを主役にした短編作品を書きました。思い浮かんでしまったので。


10歳でアンネリカとハレンズがやって来る事を分かっていたので、それを機に両親から逃げる令嬢を書いてみたかっただけです。


タイトルも

【ちゃっかり令嬢は逃げる事にした】

ですが、最初は巻き込まれ令嬢は、とか、取り巻き令嬢は、とか、悪役令嬢?いえ、悪人面令嬢です、とか、と色々考えてました。でも、話を書くに辺り、マルティナはそもそも10歳で、巻き込まれてもないし、取り巻きにもなってないし、悪人面って怪我だけだし……と思い、色々考えた結果、ちゃっかり令嬢が思い浮かんで、このタイトルになりました。


割と気に入ったタイトルです。

まだ一文字も書いてませんが、彼女がメイドとして仕える公爵令嬢のお話を、本作がお気に召したらよろしくお願いします。

(いつ書き出すのかは、不明)

本作共々、恋愛作品にはならない事だけは明言しておきます。


それでは。

7月7日完結。後程、完結を活動報告にアップします。

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