5.みんなでお出かけ
日曜日、大学前に集合して幹太さんの車で連れて行ってもらうことになった。弁当持参についてはコンビニで菓子パンを買うので問題ない。私はあまり料理が得意ではないのだ。
いつものトートバッグにパーカーと黒のスキニー、動きやすいサンダル。カメラも持っていく。
「おはよう、由芽。幹太さんも、今日は車まで出してくれてありがとうございます」
待ち合わせ場所にはすでに二人がいて、楽し気に談笑していた。
「いいえ~。俺としても助かったよー。周りに植物好きな人あんまりいなくてさー」
幹太さんはあっけらかんと笑う。少し由芽に似ているなと思った。
「あ、神薙きた。出発前にすでにボロボロね」
由芽が指したほうを見ると、亜麻色の髪を乱して走ってくる神薙君の姿。
「ごめんなさい! 遅れちゃって!」
「わぁ、本当に綺麗な顔してるねぇ。院でもよく聞くよ~。学部生に綺麗な子がいるって」
膝に手をついて肩で息をしている神薙君を見て、幹太さんはニコニコしてる。
「どこにいても目立つ顔よねぇ。歩いてるだけで人目惹くって大変ね」
遅れた理由もそれでしょ、と由芽が気の毒そうに溜息を吐く。
「うん。声かけられて、振り切ってくるのちょっと手こずっちゃった」
申し訳なさそうに肩を落としている神薙君。
「脚力鍛えられそうだね」
と言ってニコニコしている幹太さんはちょっと変わり者っぽい。というか由芽の周りは濃い人間が集まりすぎているように思う。
「じゃ、揃ったことだし行きましょうか」
私も含め、この曲者ばかりの集団をまとめる由芽はすごいと思う。
「はい、到着ー」
植物園についた。念願の植物園である。
「ありがとうございます!どうしよう由芽、めっちゃ心臓バクバクいってる!」
「本当に好きなのね。テンションのふり幅凄すぎて神薙がびっくりしてるわよ」
由芽は呆れながら笑っている。
「宮野さんもはしゃいだりするんだねぇ」
神薙君も目を細めて笑った。
「こんなに喜んでもらえるなんて、うちの教授も喜ぶよ~」
じゃあ中に入ろうか、という幹太さんに続いて入園した。
「どうしよう、幸せすぎる……」
季節柄、色づいている植物が多い。赤や黄の葉に、まだ青い葉がちらりと覗いているのも良い。
「自由行動にしましょっか」
木々に釘付けの私を見て、由芽が言った。
「そうだねー。自由に見ておいで」
幹太さんがそう言ってくれたので、遠慮なく興味の赴くままに観察することにする。
赤く染まる葉は燃えているみたいで綺麗だし、青い空とのコントラストも美しい。カメラを取り出してこの景色を切り取る。
園内を進んでいくと池があって、水面に映る木々の赤や黄や緑が風に揺れている。はらりと舞う葉が風に乗って水面に降りるのを見ているのは飽きない。
私が夢中になって歩き回っている間、三人は付かず離れず、談笑しながら後ろを歩いていた。
「……っ!」
遊歩道の両側にずらっと並んだ紅葉が真っ赤に燃えていて、赤く色づいた落ち葉が地面に積もっている。一面真っ赤な景色に息をのんだ。
「見て! すごいよ由芽!」
昂るままに振り向くと、すぐ後ろには驚いた顔の神薙君。そのまた少し後ろを由芽と幹太さんが歩いていた。
「ごめん、由芽かと思って」
子供のようにはしゃいでいるのを見られ、急に恥ずかしくなってくる。
由芽は神薙君の後ろで笑いを堪えているし、幹太さんもその横で微笑ましくニコニコしているから余計に。
「真っ赤だねぇ」
神薙君はふわっと微笑んだ。
それは景色のことだろうか、私のことだろうか。思ったが恥ずかしくて聞けなかった。
昼下がり、そろそろ昼食にしようということで、植物園を出て近くの公園に行くことになった。
「レジャーシート敷くね」
そう言って神薙君は鞄から大きめのレジャーシートを取り出した。
「へぇ意外ー。神薙レジャーシートなんて持ってたのね」
由芽に同意である。
「ピクニックって聞いてたから、要るかなと思って。うち妹がまだ小さくてたまにするんだよね、ピクニック」
「神薙君お兄ちゃんだったんだねー」
幹太さんがシートを端を押さえながら言った。
公園で遊んだとき、妙に子供慣れしてたのはやはりそのせいだったのかと、一人納得する。
「あ、椋。あんたまたそんな偏ったもの」
菓子パンに野菜ジュースというラインナップを見て由芽が呆れる。
「野菜ジュース飲んでるだけ健康的でしょ」
「あんた毎食それじゃない。野菜ジュースにそこまで偏食をカバーする力はないのよ」
由芽は自作の弁当を広げる。バランスの整ったメニューである。たしかお父さんと二人暮らしで、家事は小さいころからの得意分野だと言っていた。
「それを言うなら幹太さんもなかなかに偏っていると思いますけど」
幹太さんが鞄から出したのはお菓子の山だ。
「美味しいよねー、じゃがりこ」
ぼりぼりと食べている姿はリスのようだ。
「何度言っても聞かないのよ」
「サラダ味を選んでいるだけ褒めてほしいー」
「サラダ味はサラダとは違うのよ。本当にあんた達似てるわね」
まったくもう、と由芽は呆れ、神薙君はクスクス笑っていた。
「神薙の弁当豪華ねぇ。もしかして自作?」
由芽が感心したその弁当を覗くと確かに、栄養満点で彩りも鮮やかである。
「うん。いつも妹の弁当とか作ってるからねぇ。キャラ弁も作れるよ」
「すごいね神薙君。器用だなー」
幹太さんもお菓子をぼりぼりしながら覗き込む。
「ありがとうございます。なんかそんなにまじまじ見られると気恥ずかしいなぁ」
と照れ笑いする。
「意外性の塊ね。面白すぎる」
確かに。印象がどんどん変わっていく様は存外に面白い。
人前で飲み食いすることが苦手だけれど、私と幹太さんの偏食を由芽に叱られたり、幹太さんのおすすめお菓子のプレゼンを聞いたり、弁当のレシピを互いに交換する由芽と神薙君を見ていたりしていると、怖いのも不安もなく、ただ楽しく食事ができた。食事をする時間がこんなに楽しいのは初めてだ。
人と遊びに行くのも、一緒にご飯を食べるのも、こんなに楽しいことだったんだ。今日、一度も怖いことなんてなかった。ずっと楽しかった。全部、初めて知った。
「ねぇ由芽」
「なに?」
隣りに座る由芽にだけ聞こえるくらいの小さい声。
「ありがとう。いつも。全部、ありがとう」
ほとんど呟きに近かった。
由芽は一瞬目を丸くして、いつものように笑った。
「別に。私はいつだってやりたいことだけしてんのよ」
私の髪をくしゃりと撫でて笑っていた。
幹太さんと神薙君はすっかり仲良くなって、連絡先を交換している。
「宮野さんの連絡先聞いてもいい?」
そういえば、ほぼ毎日顔を合わせてはいたが連絡先を知らなかったなと気付く。
「うん。そういえば知らなかったね」
連絡することはないだろうけど。それでもいいかと思えるくらいに、今の気持は晴れやかだ。
「ありがとう」
そう言って神薙君は笑った。どこか幸せそうな顔をみて、神薙君も同じくらい楽しかったのだろうかと。そうだったら良いなと思った。