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3.公園と郷愁と

今日は大学もバイトも教習所もない、本当の休息日。こういう日は家から出ないし一言も発しないこともある。そもそも、大学でだってそんなに喋ることはない。友人は由芽だけだし、全部の講義が一緒ってわけでもない。ただ、最近はやけに綺麗な顔でまったり喋る男と過ごす時間が増えたおかげで、人と接する機会が増えていた。だからこういう家族以外に会わない、喋らない日が久々に感じるのだ。

前までは、バイトまで喋らない日なんてざらにあった。時間が空けばチャットで話し相手を探していた。私は人づきあいは苦手だが、人と関わりたいのだと思う。

「久々に開いてみるか」

チャットを開くとすぐに何件ものメッセージが届く。

―-こんにちは。お話しませんか。

―-遊びませんか?

―-会える人ですか?

基本男性からしか届かないし、女性から届いても話しているうちに相手がどんどん病んでいく。おそらく、こういうツールは出会いを求めている人が利用するのだということも、理解はしている。初めのうちは、会いたいと言われれば断り切れずに会ったりもした。ただ、楽しくない時間が過ぎるのを待った。いつからか断るスキルが身について、会わないスタンスでいる。

―-こんにちは。話してみたいです。

というメッセージに返信してみた。

この人とは他愛もない会話が一週間ほど続いた。返信の速度も数時間おきで居心地がよかった。気楽に話せる相手が見つかってよかった。だけどやっぱりうまくいかなくなるもので。

―-rさんは彼氏いますか

やはり、そう来るか。この後の会話はしなくたってわかる。

―-何年くらいいないんですか?

―-じゃあ処女ってことですか?

嫌だ。気持ち悪い。なんでそんなこと平然と聞けるの。傷つかないって思ってるの。

また、駄目だ。この人とはもう話さない。

出会いを求めている人が多くいるツールの中で、私のような利用者は少数派だろう。でも、じゃあ私が悪いとはやっぱり思いたくない。私が彼氏いたことないだとか、処女だとかいうだけで、彼らは急に偉そうに話し出す。アドバイスなんだと言いながら、私の自尊心を傷つけ、信念を馬鹿にする。気が合わなかっただけって自分を納得させたいのに、ただただ恋愛ってものへの苦手意識ばかりが強くなっていった。

「まぁ、ここまでこじらせた恋愛アレルギーは私の責任でしかないけどな」

嫌ならチャットをやめればいいだけ。それでもやめられないのは、誰かと話していたいから。私は、自分が思うよりずっと寂しいのだと思う。


思えば、恋愛感情を抱いたことなどまともにないかもしれない。中学や高校時代の片思いの相手だって、本当に好きだったかといわれるとそうでもない。「好きな相手」が必要だったのだ。友人たちは皆恋をした。誰が好きなんだ、誰に告白した、誰と付き合うことになった。家でもそうだった。妹は常に異性から好かれていた。告白されたんだ、振ったんだ、付き合ったんだ、別れたんだと、私の生きている世界とは違うものを見ていた。

「置いて行かれたくなかったんだよなぁ」

恋の中にいる彼女たちに、近づきたかった。ひとり、取り残されたくはなかった。だから、好きな人をつくった。片思いをしているんだと、必死に追いつこうとしていた。

「わかんないな。皆どうやって人を好きになるんだろう」

チャットのタイムラインで恋人を求める呟き、のろけ話などを眺めながら独り言ちる。

わかりたい。理解したい。気持ちを共有したい。皆と同じになりたい。でも、恋はあまりにも遠いのだ。

「散歩、行くか」

スマホとメモ帳とボールペンをパーカーのポケットに突っ込んで家を出る。

休日の昼下がり、寂れた公園でも親子連れはいる。ベンチは空いていなかったので、大きなアカギの木の根元に腰掛けた。

冬の匂いの混じった冷たい空気が心地よい。子供の笑い声と木の葉が掠れる音もまた気持ちを落ち着かせる。メモ帳を出してペンを走らせる。気持ちの赴くままに言葉を連ねるのだ。こうやって詩を書くのは中学のころからの趣味。心を整理して慰める、私なりの治療。

一枚、二枚と書き進めていく。ふと視線を上げると、見慣れた薄茶の瞳がこちらを見ていた。

「宮野さんこんにちは」

風が吹いて亜麻色の髪を揺らしながら、相変わらずの綺麗な顔を緩めた神薙君が目の前にしゃがんでいた。

「こんにちは」

驚きで、オウム返しになってしまう。

昼時の公園にその容貌は明らかに浮いていて、視線を集めていた。だが、風に揺れる木漏れ日の中にいる神薙君の姿は、写真に収めたくなるくらい美しかった。

「なんでここに?」

多くはないにしても人がいるというのに。

「風が気持ちよかったから、かな。散歩したくなって」

そう言って神薙君は立ち上がって、私の隣に来て腰を下ろした。

「この木立派だねぇ。なんていう木だろ」

「アカギ」

「宮野さん物知りだねぇ」

ニコニコと笑う神薙君の独特な空気に思いっきり飲まれている気がする。

「ずっとそこにいたの?」

「5分くらいかな。宮野さん集中してたから、邪魔しちゃ悪いと思って」

由芽の言っていた通りだ。私も大概だが、神薙君も相当変わっている。

「何を書いてたの?」

「詩をね」

少し、身構えてしまう。チャットで会話してきた男性は大抵、見せてと言ってくる。大して詩が好きでもないくせに興味本位で。

「そっか。宮野さんは多才だねぇ」

そう言って笑うと、神薙君は抱えた膝に顎を乗っけて、遊びまわる子供やベンチ下で丸くなっている猫を観察しだした。

こういう所だろうな。必要以上に踏み込んでこないから、話していても無駄に傷つかない。

「お兄ちゃんきれいだねぇ」

「あっちで一緒に遊ぼ―」

5歳くらいの女の子と男の子がてててと走ってきた。

「いいよー。何して遊んでたの?」

「鬼ごっこー」

「かくれんぼもー」

神薙君は子供慣れしている様子だ。兄弟がいるのかもしれない。

「宮野さん、僕向こうで遊んでくるね」

「うん。いってらっしゃい」

二人に両手を引かれて、神薙君は子供たちの輪の中に入っていった。

子供の群れの中にやけに綺麗な男が一人。実に妙な光景ではあるが、無邪気に遊び回る彼らはちゃんと「日常」で。遠い郷愁のようなものを思わせた。

「宮野さーん!皆で色鬼するんだけど宮野さんも一緒にやろうよー」

輪の中から楽し気な神薙君の声に誘われる。

記憶の中の小さな私はいつも輪の外にいた。笑わないから。泣き虫だから。あの中に入れてもらえなかった。

「いいの?」

思わず出た言葉は、あの日の私の言葉だった。

「皆も一緒に遊びたいんだって!」

神薙君と子供たちは走ってきて私を取り囲んだ。

「おねぇちゃんもおいで!」

女の子が私の手を引いてくれた。

それから皆で色鬼をして、砂場でトンネルをつくって、公園に生えている木の名前を教えたりして。あの日に置いてきたものを全部、取り戻したような気がした。


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