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2.思ってたような人じゃないかも

大学図書館のグループ学習室。由芽とゼミ論を進めるために来たのだが。

「さっきのあれは何っ。何がどうなってんの。あんた何したの。本当突飛にもほどがあんでしょうよっ」

グループ学習室とはいえ館内、捲し立てる由芽の声はしっかりと小声だ。

「で?あの神薙麗佳となんでそんなに親しげなのよ?」

驚きや興奮を通り過ぎて呆れ返っている由芽は、頬杖をついて視線を寄越す。

「原因といえば昨日のあれしかないんだけど、でもなぁ……なんであんなに親しげだったのかは私にもよくわかんないわ」

そう。原因といえば昨日の公園で会ってすこし話しただけなのだ。それだけである。

「その‟昨日のあれ″が何なのか説明しなさい」

由芽の視線が痛い。

「昨日の夕方公園を散歩してて。で、考え事しながら独り言つぶやいてたら神薙君に声かけられた」

「公園って椋がいつも行ってるとこ?なんでそこに神薙麗佳がいるのよ」

なんで、か。昨日本人に聞いたが、それを本人の意図しないところで誰かに言うのは何か憚られた。

「それは……」

別の言い訳を探そうと頭を捻るも、上手い話は出てこない。

由芽は私の顔を見ると溜息を吐いて、少し柔らかい声で言った。

「……いいよ。無理には聞かない。言えないって椋が思ったんなら、それでいい」

「……うん。公園で少し話をしただけ。それだけだから、なんで今日あんなに話しかけられたのかは私にもよくわからない」

「そう。椋もなかなか突飛で見てて飽きないけど、神薙も相当変わってそうよねー」

由芽は頬杖を解きぐっと背伸びをした。

「まぁ、確かに」

「そっかそっかぁ。楽しみが二倍になりそうね」

由芽はニヤニヤしながら机の上に資料を広げ始めた。

「由芽が面白がると何か不穏なことが起こりそうなんだけど」

そう?あたしは楽しいけど、と由芽は笑った。


それから、大学にいるとしばしば神薙君に話しかけられるようになった。講義が被ったときは私の隣か後ろの席に座る。私はどの講義でも前列に座るため、今まで後ろの席にいた神薙君が前列にいることで受講してる学生が大分ざわついた。

「おはよう、宮野さん」

「おはよう、神薙君」

視線には慣れないけれど、神薙君が近くにいる状況には慣れた。それに神薙君は講義前こそ話しかけてくるが、講義が始まるとすぐに黙る。それが良かった。講義中の私語が私は大嫌いなのだ。

「じゃあ今からペアワークをしてもらいます。前後左右の学生同士で母性愛について意見交換をしてみてください」

教授の指示通り、学生たちはそれぞれ近くの学生と意見を言い合う。教授は学生の意見を聞きながら講義室を回っている。

「母性愛かぁ。宮野さんは何か考えある?」

隣に座る神薙君の薄茶の瞳がこちらに向けられる。

「母性愛、ね。まず、母性はどの女性にも一様に搭載された機能ではないし、女性だけにあるものでもないよね。男性にも母性はあるし女性にも父性はある」

「そうなの?」

長い繊毛を瞬かせながら、神薙君は首をかしげる。

「らしい。女性学の先生が言ってた。それに母親からの愛情についても思うところがあって。子育てが母親メインってことは子供にとって母親は唯一の愛情と庇護をくれる存在になるわけだから、生命維持のために母親の言葉は絶対的である種の呪いになるんじゃないかって思うんだよね。神薙君はどう思う?」

「確かに母性愛って言葉が作用するのは主に子供に対してだから、宮野さんの考えもわかるような気がする。宮野さんの話聞くまで母性愛って母から子へ無条件に向けられるものってイメージがあったなぁ」

神薙君は私の意見を聞きつつメモを取っている。

「母性愛は無条件に与えられるもの、っていう考えが一般的になることで、母親はその役割に縛られたんじゃないかな。それで母子関係が不健康に――」

「はい、そこまで。色々と面白い意見が出ていましたね。それらの意見については来週の講義の頭で取り上げたいと思います。本日は以上です。お疲れさまでした」

教授の言葉のすぐあと、講義終了のベルが鳴った。

なんか。凄く、物凄く楽しかったな。由芽と被ってない講義でこんなに意見交換が楽しかったの初めてだ。

「宮野さん、お疲れ様。今日の講義楽しかったねぇ」

神薙君は最近よく見せるようになった、へにゃりとした笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「うん。由芽以外であんなに楽しく意見交換できたの初めてで、凄く楽しかった」

まだ心臓がバクバクしている。興奮冷めやらぬ、というやつだ。

初めは講義の邪魔をされるんじゃないかって思ってたけど、神薙君はちゃんと講義に参加する人間だった。後ろの席にいる人間だからって少し誤解していたのかもしれないな。

「ねぇ宮野さん、もしよかったら一緒にお昼ご飯食べない?さっきの話の続き、聞いてみたいなぁって思って」

神薙君の目はいつもまっすぐにこちらに向けられる。この人も嘘など付けない同類なのだろうなと思う。

「あの、神薙君今日空きコマとかあったりする?」

「3限が空いてるよ。どうしたの?」

不思議そうに小首を傾げると、亜麻色の髪がさらさらと流れた。

「私、人前でご飯食べるの苦手だから、お昼は一緒に食べられない」

「そっか。ごめんね、無理言っちゃったみたいで……」

整った形の眉をハに字にした神薙君の顔は、綺麗だけどどこか情けなくて、心苦しさはあったけど新鮮で面白かった。

「でも神薙君と話の続きしたいのは同じだから、お昼食べ終わった後の3限はどうかなって」

「うん!場所は中庭でいい?ちょっと寒いかもだけど、人があんまりいないから。宮野さんもそのほうが居心地いいんじゃないかと思って」

申し訳なさそうに、視線を泳がす神薙君は気付いていたのだろう。私が視線に心地悪さを覚えていたことに。

「良いね、そこにしよう。じゃあお昼食べたらいくね」

じゃあ、と神薙君と別れ、学生課前の長椅子に腰掛けて菓子パンを頬張る。

相変わらず、どういう意図で絡んでくるのかはわからないが、神薙君は存外に面白い人間なのかもしれない。神薙君と話すのは、嫌いではない。

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