05
「あーあ。倒れてしまったよ、お菓子くん」
「お菓子くんとは」
「だって彼の髪、お菓子みたいな色をしてるんだもの。もしかしてカツラかい?」
僕は気を失い倒れているユンの髪を触る。人形のような髪質。パサついて、ブラシがうまく通らなさそうな感触。
脱色して何度もいろんな色に変えたのだろう。部屋に飾ってある写真には、今と違う髪色をしている。
「どうしようか」
揺らしても起きやしない。彼が白か黒かハッキリする前に倒れてしまった。しかしあの反応からするに、彼はこの事件と一切関係がないことは明白である。なぜ我々に近づいてきたのかが気になるところ。
「おい。何か聞こえないか」
ニシマが指を口元にあて、しーっというポーズをする。それを見て僕は黙った。静まり返った部屋からは目立った音は聞こえない。
しかし、ニシマは聞き取ったらしく、険しい表情でジェスチャーを始めた。ジェスチャーからは、「外に誰かいるから早くここを出よう」という事だった。
小声でユンをどうするのか聞いた。彼は再びジェスチャーでユンも連れて行くと伝えた。
指で出口を示す。そこは入ってきた時と同じ玄関だった。僕は焦って「正面から出るのか」と聞いた。すると口パクで「ベランダの外に人がいる」と言った。ベランダの方を見たが黒いカーテンのせいでーーおかげで、と言った方がいいかもしれないーー人影は見えない。
急ぎながら、しかし足音を立てないようにユンを背に担ぎ玄関に移動して靴を履く。
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現地に着き、家のベランダに張っていたトムは、室内から音が聞こえなくなったのに異変を感じハリーに連絡をした。着信音のあと、しぶい声が応答する。
「どうした」
「あー…どうやら勘付かれたらしいですね」
「なに。早く尾行しろ」
急いでその場を離れて、後を追う。二人…いや三人は正面から平然として歩いていた。変に、こそこそしながらだと怪しまれる為だろうか。
「なんかあの三人めっちゃ注目されてますね」
ブロンドの男が、空色の髪をした男を背負っている。そのブロンド男は軍服を着ていて、隣を歩く白髪の男は和服を着ている。あれでは目立つ。現に道行く人々がみな二度見する。
「三人?誰がいる」
「えっと一人はニシマ。もう一人は軍服着てる欧米人男性で、そいつに背負われてる水色の頭したアジア…系かな?の男性が……寝てるか意識がないかって感じ」
三人を見失わないように人混みの中をかいくぐりながら尾けていく。ちょうど十メートルぐらいだろう。
「写真撮れるか?」
「わかりました」
多くの人が行き交う中で、二度見をして更に物珍しそうに携帯で写真を撮っている人もいた。それに紛れて歩きながら写真を撮る。多少ズレても問題はない。ハリーに写真を送った。
どうやら三人は駅の方へと向かっているようだ。
「うん?この金髪の男はロナウジーニョじゃないか!なぜこいつとつるんでるんだ…」
「死んでるヤツは?」
「いやまだ死んでるわけじゃないだろ。アイツは知らないな……ちょっと調べるから、わかったらまた連絡する」
「了解でーす」
駅の中に入っていくと思っていたが、彼らはタクシーに乗ってしまった。慌てて後方から来ていたタクシーに乗り込む。タクシーの運転手が困ったような表情で日本語を話していたが全く理解できなかった。
仕方ないので翻訳機を使い「前の車を追って下さい」とお願いした。要望は受けてくれたが、まだ不安そうである。
前方のタクシーはどこへ向かっているのだろうか。
とここでハリーから連絡がくる。
「おい、わかったが分からなかったぞ」
「何言ってんすか」
「彼は普通の一般人じゃないかと思う」
「思うって……ちゃんと調べました?これで後から重要な人物でしたじゃ笑えないすよ」
「当たり前だ。ちゃんと調べた上での結果だ。他の捜査員に聞いても同様の結果しか得られなかった。ただ彼は日本人じゃなくて韓国人で、名前はイ・ユン。それだけ伝えておく」
そう言って通話は切れた。
ということは彼は巻き込まれたのか。それとも何か接点が、あるいは隠された何かがあるのか。はっきりしないままタクシーに乗って30分くらい経った。目まぐるしく変わる外の景色に目が痛くなってきていた。
「お客さん、タクシー止まりましたけどどうしましょう?」
目頭を押さえていたら運転手が何か喋り出したので、すかさず前方の窓を見ると正面に駐車しているタクシーから三人が降りていた。慌てて下車すると伝えたが、運転手が困った顔をしたので財布を取り出し下車するように促した。
少し手間取ったが目標を見失わずに済んだ。彼らは堂々と街中を歩いている。そして道行く人も一度は視線をやるが、大して気にしていないようだ。
あんなに目立つ格好をしていると言うのに誰も気にしないとは一体どうなっているのか。辺りを見回して、ここがどこなのか把握することに努めた。
「先輩……今自分がいる場所、どこか分かります?」
強いて言えば電気屋やアニメの看板が多い。加えてメイド服を着た女性が歩いている人々に勧誘している。
「自分?俺は漫画の喫茶店にいるが」
イヤホンの向こうからハリーの声が応答する。しかし求めていた答えではないが、ヒントを得ることはできた。
「ここは、アキハバラだ!」