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戦時中、戦場にならなかった自由の国アメリカ。歴史は浅いが世界の先を歩き、他の国が最も気にする国。
そんな国に籍を持ち、母国を愛する者のみが入れる組織NBIに所属しているハリー・ジョンソンは今、ワシントン・ダレス空港に来ていた。もちろん仕事で、だ。
「……遅い」
搭乗口付近の待合椅子に座っているのだが、私は今苛立っている。同じく椅子に座り飛行機に乗るのを待つ客はみな、楽しそうにしているか真剣な表情でノートパソコンを触っていたりする。
しかし私は貧乏ゆすりをして、彼を待っている。腕時計を見て、現在の時刻が搭乗可能時刻の10分前を過ぎていることを確認した。
すると後方から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。その足音は私の真横で止まる。息を切らして、ぜえぜえ言う男を見る。ムダに綺麗にセットしてある髪型に、高級そうなスーツを着てるなりからするに歳は20代。指輪はしておらず、ポケットがもりあがっていないーー何も入っていないーーことからガールフレンドもいない。背負っているリュックは小さく、そして軽そうだ。ということは海外旅行慣れしているか、スーツケースに全て詰め込んだか。紙袋にはドーナツのイラストが描かれている。顔にもたべかすらしきものがついてるので、ついさっきまでカフェでのんびりしていたら指定された時間を過ぎてしまい慌てて走ってきたという感じか。
目頭を押さえ、ため息を吐く。
「お前が私の新しい相棒になる人ではないよな」
むしろそう信じたい。こんな時間も守れないような人間に、私の相棒が務まるのだろうか。
「はい!本日より行動分析課第ニ班に所属されました、トム・エイビスJr.です。ドーナツ買ってきたんで、よかったら機内で食べます?」
もはや言い訳すらない。これはポジティブなのか、開き直ってるのか、そもそも遅刻したことに罪悪感がないのか。
「はあ。まあいい。乗るぞ」
「え、食べない系ですか?いらないなら俺食べちゃいますけど」
約14時間を機内で過ごして分かった彼のことは、おしゃべりな奴だということ。聞いてもいないのにべらべらと話し、疲れたら寝る。起きたと思えば飯を食い、元気になったのかまた話し始める。はじめは相槌や返事をしていたのだが、面倒になって何もしなくなった。それでおしゃべりな口が閉じればよかったのだが、彼は相手が聞いていようがいまいが関係ないらしく口が閉じることはなかった。
おかげで嫌でもどんな生活をしているのか知るはめになった。幼い頃に誕生日プレゼントに犬を飼ってもらっただの、高校では描いた絵が評価され美術館に展示されただの、大学ではクスリをやっていた友達を救っただの色々だ。自分語りが好きなんだろう。
私はトムに今回の事件が詳細に書かれた資料を渡した。
やっとぺちゃくちゃ喋っていた口が閉じ、目つきが真剣になった。やればできる奴なのかもしれない。
「これに目を通しておけ」
30分ほどだろうか。私がコーヒーを飲みながら機内の雑誌を読み終わらないうちに彼は資料を返した。
「なるほど、読みました」
「もうか?本当に把握したか?なんなら質問するぞ」
あまりの早さに驚いてしまった。この件は被害者が多く複雑な故に資料の量が多い。読み終わるのに最低でも1時間、把握するのに2時間はかかる。
「えっ質問するんですか。そっそれはちょっと」
おいおい。これは本当に先が思いやられるぞ。
再びトムは資料を開いた。
昨年私は国内での連続怪奇殺人事件を担当することになった。事件は時間がかかったものの、なんとか解決できたのだが仲間の死にはショックな気持ちを隠し切れなかった。二人組で活動している私にとって相棒とは親友みたいなもの。彼とはこの職に就いて以来ずっと共にしてきたから、余計に死は重い報せだった。彼が事件の被害者として名を残すことに私は罪悪感さえ感じた。私があの時彼と分かれて帰宅しなければ、と。今さら考えても無駄なことくらい分かっているのに、未だに思ってしまう。有り得たでだろう未来に幻想を抱いてしまっている。
上司からは休養を与えられたが、私は断った。一人になったところで気持ちは晴れない。かえって塞ぎ込んでしまいそうだからだ。さいあく家には犬がいるしセラピーとしては効くが、やることがないのでは怠けてしまう一方だ。ということで普段通り仕事をする生活をその後も続け、今回の件がその最初の事件だった。上司からは新しい人材をよこすと言われたものの、いざ会ってみれば不安要素しかない。これでは新人研修を任されたも同然である。
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長いフライトを終えて、たどり着いた先は日本。忍者やアニメなど様々な文化があるカオスな国。
「お前は来たことあるのか?」
道中、家族旅行はよくしていたと聞いたが実際に行った場所までは言っていなかった。
「ありますよ。弟がゲーム好きで買いに行ったんです。今じゃ弟はシーチューブで動画投稿する仕事やってるんですけど、なんと年収1000万!凄くないですか?」
やはり聞くんじゃなかったと思った。彼に一を聞くと五返ってくる。ムダな情報が多すぎる。
空港を出てタクシーを拾い、行き先を伝える。
「電車に乗らないんですか」
混雑していて会話もできないし、何より迷子になりそうだとも言えず無言になってしまう。
「タクシーの方が楽ですよね」
「まあな」
ホテルへチェックインし、ひとまず落ち着く。
機内で渡した資料を取り出し、ベッドの上にばら撒く。泊まる部屋は別々だが今は私の部屋にトムに来てもらっている。
写真は全て被害者のもの。みな片目だけ抉られ、喉を切られている中一人だけ両目がない者もいる。生前の写真と見比べても、なぜこの人物だけ両目が抉られたのかは分からない。いずれもアメリカ国内での殺人だ。しかし地域はバラバラで、一週間に三人ほどそれぞれ違う場所で殺しができるとなると行動範囲が広くお金を持っている人物になる。被害者同士の接点はないことから無差別だと思われるが、不思議なことにみな国籍が違う。アメリカ人、中国人、ドイツ人、イギリス人、ロシア人、ブラジル人、アフリカ人、ニュージーランド人など。中には同じ国籍の人もいるが大抵はハーフ。
「犯人は目が好きなんですね」
トムが写真を見て言った。目がないということは眼球を持ちだしたことになるが、好きでやったことなのだろうか。
「確か彼、オキュロフィリアですよね」
「なに。その情報はどこ出のものだ」
私が持っている資料には一切、そういったことは書かれていない。
「いやあ来る前にネットで調べてたら、偶然こんな記事を見つけまして」
とスマホの画面を見せた。そこにはニュース記事らしいブログが書かれていた。
【連続殺人犯の正体は眼球愛好家!?】
ここ一か月アメリカを騒がせている不気味な事件に進展が見られた。
事の発端は今月1日、ニューヨーク州の大学構内で学生の死体が発見されたことから始まる。次の被害者は2日後のマサチューセッツ州、さらに2日後にはニューハンプシャー州で発見されており週三人というペースですでに12人になる。
被害者たちは皆知り合いでも何でもない、赤の他人同士。被害者に共通していることといえば、眼球が抉られていること。そして皆が違う国籍。となれば分かることは一つ。
犯人はオキュロフィリアである。
オキュロフィリアとは要するに目が好きで舐めたりするような人物を指す。目を抉って現場に転がっているなら話は変わるが、現場にはそのようなものがないとなると持ち帰っている説が強い。
被害者の中で唯一生き残った人に話を聞くことができた。彼女の名前はローレンス。イギリス人で外資系の企業で働いており、職場が最近アメリカになったので越してきたのだそう。
彼女は仕事から帰り家に入ろうと鍵を取り出したところ、背後から襲われた。首を絞められ気を失い、目を覚ますと自宅の庭で椅子に縛られていた。犯人が注射を刺し、それが麻酔だということに気づいた。そこからは手術のような手さばきで右目を開き、優しい手つきで眼球を手に取り液体の入った瓶に入れていた。その後は激痛が走って記憶がない。
という。彼女はその後すぐに救急車に運ばれ、片目を失明はしたものの命に別状はなかった。今は回復してカウンセリングを受けている。
しかし彼女が不思議に思っているのは誰が救急車を呼んだのかだった。家には誰もおらず、叫び声などをあげなかったため周囲の人々にも聞こえていない。夜なので外を歩いている人もいなかった、とのこと。彼女は犯人が救急車を呼んだのではないかと思っているが真相まだ分からない。
という大変興味深い内容だった。
「彼女のおかげで犯人が特定できたんですよね」
「ああ。しかしここまでは話さなかったな」
事件直後、彼女の体調が回復してから一度聞きに行ったことがあるが、そのような話は一切なかった。
「とにかく。犯人が割り出せた以上、捕まえなくてはならない。犯人がいると思われる場所に行くぞ」
「どこにいるんですか」
出鼻をくじくようなことを言うな。むしゃくしゃして頭を掻く。トムはきょとんとしている。
「資料にも書いてあっただろ。オオクボという場所だ。念のため候補として他にアキハバラがあがっている。とりあえずオオクボに行く」
「わかりました!」
*NBIはFBIで、シーチューブはYouTubeです。