はじめての友達
*しつこいですが、当作品に登場する人物および団体、国の情報は全てフィクションであり、現実のものとは一切関係はありません。
ーーこれは俺が体験した、退屈とは真逆の生活を記したものである。
とある日の夏。俺、イ・ユンは日本に来ていた。日本の韓流街である新大久保にアパートを借りているので実際には住んでいるに等しい。
新大久保は住みやすい街だ。街全体が母国のように感じる。母国語で話ができる外国なんて、英語圏の人じゃない限り滅多に体験できない。この街を出なければ一言も日本語を話す必要がない。
なのに日本に来る理由は一つ、大学入学だ。これ以外に何がある。我が国での受験戦争は凄惨だ。落ちこぼれなんか相手にしてもらえない。底辺大学に入った日には親戚中から笑い者にされ、家族に恥をかかせてしまう。そんなことはしたくない。だからといって勉強も得意ではない俺が選んだ道が、お隣のゆるすぎるオタク国家にある大学への進学だった。
「はあ……」
ため息をこぼす。
それもそう。せっかくAランク大学に入学できたのに全く友達ができないのだ。いや、正確に言えば"同性の"友達ができない。
メッセージアプリに登録された新しい連絡先は全て女子。そして大半がK-POP好きの子。気持ちは分かる。国内にいながら外国人の友達を作りたい気持ちは分かる。俺の見た目がK-POPアイドルに見えるというのも分かる。なんなら毎朝メイクをばっちりして、美容にこだわっているからな。
しかし男子から話しかけられないというのは理解できない。母国ではそんなことはなかった。俺の日本語は通じているし。もし仮に通じていなかったとしたら女子と連絡先なんて交換できないはずだ。
「ああ!なんでだよ!아이 씨(クソッ)!」
同性の友達がいるといないとでは大学生ライフがかなり変わる。思い切って話しかけてみようか。
予鈴のチャイムが鳴る。教室内は少しざわめいていて、もう既に友好関係を築いた者たちが雑談を楽しんでいた。その空気感に負けそうになりながらも一人で来ている者を探し、隣に腰かけた。
緊張してきた。そういえば何と話しかけようか。「いい天気ですね」ーーいやいや、今時のサラリーマンでもそんなこと言わないぞ。「やあ〜どうも〜」ーー馴れ馴れしくな。「この授業面白いですか」ーーいやいきなり、それは無いよな。とあれこれ考えていたら、本鈴が鳴ってしまい授業が始まってしまった。
授業終了後に話しかけるかどうかで悩みに悩み、正直教授の話が全く入ってこなかった。まあまだ二回目だし大丈夫だろう。さいあく連絡先に山ほどいる女子に聞く。
終礼のチャイムが鳴り、俺の心臓が飛び跳ねる。
「や、やあ!やっと授業終わったね」
俺はまるで授業が退屈だったかのような言い方をした。大抵の奴はこの言葉に賛同してくれる。が、
「はあ……?」
どうやら失敗したらしい。相手は訝しげな表情でその場を去っていった。
もう限界だ。我慢ならない。俺はきっと日本男児と気が合わないんだ。政府の意見も合わないくらいだしな。と半ばヤケクソになり、教室を後にした。
しかし寂しいのはここからで、放課後を共にする友人もいなければ休日に笑い合う友達もいない。まさにぼっち状態になりつつあった。
韓国にいた頃は、放課後は好きな音楽やダンスについて話したり練習したり、休日は彼女を作るため見た目を良くしようと友人達と一緒に化粧品店に行ったりもした。日本に来てもう一か月になるが何一つ楽しめることがない。授業もつまらなければ、試しに入ったサークルでは腫物扱い。居心地が悪いったらありゃしない。
「化粧をやめたらどうかな」
という女子からのありがた迷惑なアドバイスを受けたが、メイクをして一か月も過ごしたのに今更はずせるわけがない。すっぴんでは別人過ぎて、今度は女子に嫌われてしまう。
唯一、安心できるのは自宅およびその街だった。新大久保についた途端に我が家のような安心感を覚える。やっと安堵の地へ戻ったと顔が緩み始めたその時。
不思議な光景を目の当たりにした。
まるでそこだけ時代が遡ったかのような光景。
二人の男が立っていた。
一人は軍服だろうか……歴史の教科書に載ってそうな古い軍服を着ているブロンドの男。もう一人は日本の昔の和服ーー着物っぽいが着物ではないーーを着ている外国人だ。日本人ではなく外国人。そこだけ違和感があるが、二人して古い格好をしていたのでビックリしてしまった。
冷静になって考えればあれはコスプレだ。俺はコスプレ文化がよく分からないし、オタクとは縁遠いものだからあまり関わりたくないという理由で避けようと思った。
しかし待てよ。これは神が与えたチャンスなのではないだろうか。何も友達というのは大学内で作る必要はない。そうとなれば、このチャンス逃すべからず。
俺は思い切って、その時代錯誤な格好の二人に話しかけた。
そしてこれが俺の非日常生活の始まりだった。
「や、やあ君たち面白い服着てるね!」
果たしてこういう声のかけ方でよかったのだろうか。
ダメだったのか、二人は俺を穴が開くかというくらいガン見し、首を傾げた。
これもしかして日本語が通じてないのでは。そう思った俺は英語で話しかけた。
「ハイ! 俺はユン。君たち二人とも面白い服着てるね!コスプレ?」
今度は通じたのか、さっきとは変わって表情が明るくなった。軍服を着た男が口を開いた。
「ハロー!僕はイワンだよ、よろしく。これはコスプレとも言えるけど、僕にとっては普段着だよ。毎日着てるんだ。君も興味があれば着てみるかい?」
俺はイワンと名乗った男と握手をしながら、やんわり誘いを断った。
韓国では徴兵制度がある。俺はこの制度にまだ行ってないが、帰国したら行く羽目になる。最近の若者はこれに反対していて、うまくいけば改制されるが俺が若いうちは無くならないだろう。韓国人にとって軍服が趣味というのは少し抵抗がある。
「ええ!もったいない…。あの装飾は素晴らしいのに。戦うだけならあんな飾り必要ないだろうと誰もが思うが、フランス革命前の時期に豪華な装飾の軍服が流行り、美しさは…」
うわ。なんか語りだしたぞ、こいつ。いわゆるこいつもオタクじゃないか。ということは、隣にいる和装外国人も和服オタクなのだろうか。
「どうも、俺ユン。あんたは?」
「…………」
これもしかして無視されてるのか。目すら合わせてくれない。それどころかポケットから棒つき飴を取り出し、舐め始めた。不気味なことに飴の柄が眼球だ。よく見たらこの男、頭に眼球をたくさんつけているじゃないか。不気味にもほどがある。
「ああ。彼は、ニシマって言うんだ。頭のそれはプラスチックだから安心して。旧友にもらったんだってさ」
語り終えたのかイワンが代わりに話しだした。
なんだ、おもちゃか。本物だったらえらいヤバイ人に話しかけてしまったと思うところだった。
「僕は彼…ニシマのような好きなものを極めている同士と友達になるのが好きなんだ。君は何か好きを極めているかい?」
これは彼なりの「友達にならないか」という誘いだろうか。このチャンスを逃してたまるか。ちょっと変な趣味だし、ネジが抜けてそうな奴らだが友達がいないよりマシだ。それに彼らも俺と同じように大陸育ちだ。気持ちを分かち合えるかもしれない。
「あ、ああ。俺の趣味はダンスかな」
そう言った瞬間、イワンの顔が曇った。
また失敗したのだろうか。やはり変わった趣味のやつは変わった趣味の人間にしか興味がないのだろう。となれば何か、てきとうに嘘をついて誤魔化そう。何がいいだろう。俺も服装と言えばいいのか。しかし今着てる服はものすごく現代的で、これを歴史的なものとは言えない。となると見た目からは判断できないものか。
「えっーと、俺変装するのがす、好きなんだよねえ。は、はは」
これでどうだ。少なくとも、割と高い頻度で髪色を変えてるから、変装と言えなくはないだろう。ちょっと苦しいが。
「へえ、それは面白いね!いつからやってるんだい?」
これは話が長くなりそうだ。初夏とはいえ、この時期の日本は25度近くなる。外に長時間立っていたら気持ち悪くなるだろう。そう思い、俺は二人をアパートの自室へ招くことにした。
最後までお読み頂きありがとうございました。
彼ら3人の外見は、【https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75883354】こちらでご覧いただけます。興味があれば覗いてみて下さい。
*タイトル・登場人物名は変更される可能性有り。