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ぼくとかのじょの素敵な時間

作者: 東京星人


カリカリカリカリカリカリカリカリ・・・・・。

 午後の教室にシャープペンシルを走らせる音が響く。周りを見渡すと、涼しい顔して手を動かしている者、目を見開いて教科書を凝視している者など様々だ。なかには僕と同じように窓の外の景色をぼんやり眺めている者や、既に意識がとんでいる者もいる。窓の外から秋風が吹きこみ、気温は暑くも寒くもない。そしてなにより、お昼ごはんを食べたあとは昼寝に最適の時間だ。眠くなるのも無理はない。白い雲が、空色の川を流れてゆく様子を眺めていると、僕のまぶたも次第に下がるのを感じる。

 「自習中ですよ。」

 思わず体が跳ねた。どうやら、後ろの方の席の生徒が注意されたらしい。 最後列付近に座っている担任にみつかったのだろう。僕とは正反対の位置なので安心した。授業中は寝てしまうことがないように気をつけているのだが、つい、この風に身を任せ、心地よい眠りにつきたいところだ、と考えてしまう。思いついた。

 僕は、比較的大きめの本を目の前に立て、右手にはペンを持った。そして、その本の上に頭を乗せれば完成だ。これで頭が垂れることなく、まるで勉強しているかのように寝ることができる。以前、知り合いから教わった方法だ。

 これで安心して眠れることができる・・・。涼しい風に包まれて意識が遠のいていった。


 「おーい。もう下校時刻だよ。」

 誰かに呼ばれたので、重いまぶたをこすり、何とか頭をあげる。教室の中を見渡すと、そこにクラスメイトの姿はなく、僕と彼女の二人だけのようだ。窓から差し込んでいる橙色の光が、照らしているせいだろうか。彼女はとても眩しい。直視できずに目をそらしてしまう。

 「授業後はいつも寝ているよね。河野君は。」

 そう言いながら机の中から何枚かプリントを取り出した。どうやら忘れ物を取りに来たついでに、声をかけてくれたようだ。先生に見つかる前に起こしてくれたことに、心の中で感謝しつつ彼女の名前を思い出そうとしたが、ほとんどクラスに関わりがない自分は、彼女の名字が“サカキ”だとしかわからなかった。

 「ここで寝るしかなくてね。」

 そう答えると、サカキは少し怪訝な顔をしていたが、何か思いついたのか、ケラケラ笑いながら満面の笑みで、

 「徹夜でゲームとか?」

 と、尋ねてきた。いつもの僕ならば、ここでサラッと同意していただろう。真面目に答えると、変に追及されることや、相手が困って無言になってしまった経験があるからだ。しかし、なぜだろう。この時はうまく流すことができなかったのだ。

 「――親同士が、まあ、いろいろあって。」

 うっかり口から零れ落ちた言葉を拾いなおすことはできない。なんとかごまかそうと、口をひらこうとした。

 「ふーん。じゃあ似た者同士だね。」

 サカキはそうつぶやくと、またケラケラと可笑しそうに笑っていた。ぽかん、とくちを開ける僕の目には、さっきの笑顔と何も変わってはいないように映った。


 

 荷物をまとめ、教室を出るころには、外は既に薄暗かった。長い夏が終わりを迎え、初秋であるこの時期なら妥当だろう。目線を斜め上にあげてみると、僕らの歩く道を月がやさしげな光で導いてくれている。眩しかった夕焼けから空の主役が交代したようだ。

 「夕暮れが真っ暗な夜に変わるまでのこの時間って素敵だと思わない?」

 唐突に投げかけられたその問は僕に対してのようだ。成り行きで、最寄り駅まで一緒に行くことになり、隣を歩いているのだから当然か。

 「そうか? そんな曖昧な時間なんてどうでもいいと思うけど。」

 「たしかにそうだけど・・・・。ねえ、河野くんの将来の夢って何?」

 どうやら僕の回答はお気に召さなかったらしい。これまた突然、別の質問がとんでくる。しかしそれは僕が唯一まともに応えられることであった。

 「公務員。」

 即答してやった。

 「そんな感じだと思っていたよ。」

 読まれていた。

 「曖昧なことが嫌いと言うし、何より授業は真面目に受けているからね。たまに寝ているけど。あっ、ちなみに私も似たようなもの目指しているよ。」

 ・・・・曖昧が嫌いというのは語弊があるし、似たようなもの、についても何だかよく分からないが、授業を真面目に受けているのは事実だ。その代替として全ての授業が終わった放課後に寝ている。夕方6時の完全下校時間までの、約二時間が、一日の僕の睡眠全てである。

 それから少しの間、沈黙の空気が漂っていたが、サカキを前にしてそんな空気は無効だった。

 「河野くんは、四季のなかで一番眠りやすい季節っていつだと思う?」

 どうやら彼女に会話の脈絡というものは存在しないらしい。

 「そりゃあ、春だろう。」

 我ながら一番無難な答えを出したと思う。まあ、世間でも大半の人は、僕と同じことを考えているのではないか。

 すると、サカキはみるみるうちに得意げな顔になっていき、答えた。

「正解は今、この時期、秋です。」

 ・・・癪ではあるが、一応気になることではあるため、サカキの解説に耳を傾ける。

 「春は暖かくて眠りやすいイメージがあるけど、実は、寒暖差が激しい時期でもあって、眠りやすいとはいえない。対して秋は、夏の寝苦しい夜から開放された反動で、眠りが深くなるのだよ。」

普通に納得してしまった。隣の、鼻が高くなっている人を見ると悔しいけれど。しかし毎回毎回なぜこんなことを話すのか。そろそろ

「まあ・・・つまりさ。」

 サカキが再び口を開く。

 「授業中、少しくらい寝たっていいと思うのですよ。」

 妙にかしこまった口調が気になるが、真面目なことを話す、照れ隠しだろうか。サカキは、さらに続ける。

 「さっき私が、素敵って言った内容覚えている?」

 「ああ。『夕暮れが真っ暗な夜に変わるまでの時間』のことか?」

 「そう。確かにとても曖昧で定義し難い時間だと思う。でも・・・。」

 そこで少し言葉を詰まらせるが、僕は黙って耳を傾ける。

 「でも、私はその時間がなくなってしまったら、寂しい気がするんだ。」

 「・・・・・・・。」

 「授業中の昼寝だって同じことだよ。先生の目を盗んで眠れるのは、ほんの数分かもしれない。だけどその数分がこの世から消えてしまったら、寂しいものだよ。」

 月明かりに照らされた道を歩く彼女は、僕の目には相変わらず眩しく映っていた。


駅に着く頃にはあたりが暗闇に包まれていた。周りにビルやコンビニのないなか、この駅だけが明かりを提供していた。

僕はいつものように定期を出して改札をくぐる。そして、隣を歩いてきたサカキの姿を探していると、

 チャリンチャリン

後方で、聞き慣れた金属のベルが鳴ったので振り返ると、自転車のサドルにまたがっているサカキがいた。

 「私、ここからチャリなので。」

 なぜ嬉しそうな顔をしているかは分からないが、わざわざ駅に自転車を停めることもおかしな話だ。

 「学校に停めればいいじゃないか。」

 「学校から駅まで歩くほんの数分が消えてしまったら、案外寂しいものだよ。」

 待っていましたと言わんばかりの答えを出されてしまった。ほんの一瞬息が止まる僕を尻目に、サカキは、ケラケラと可笑しそうに笑って帰っていった。。

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 電車が夜の暗闇を颯爽と駆け抜けている。外の景色は一向に田畑や古い民家が続く。都会のようにビルとビルの間を通ることは皆無で、観光客が喜ぶような有名な建造物があるわけでもない。

 ただ、何もない真っ暗な街に、明かりを灯しながら走り続ける、この電車に揺られて、段々とまぶたが下がっていくこの時間が、とても好きだ。

 これも、彼女の言う『素敵な時間』の一つなのだろう。

 今度あったらお礼を言おう、そう心に決めた。

 


 急に肩を揺さぶられた気がした。

 カリカリカリカリカリカリカリカリ・・・・・。

 目を開けず、耳を澄ましているとシャープペンシルの走る音が聞こえる。自習の時間は続いているようだ。すっかり安心し、顔を上げると、目の前にニコニコした副担任が立っていた。

 「おはようございます。」

 「おはようございます。」

やはりお見通しだったか。まあ当然だろう。副担任は再び教室の後方へ去っていく。

 ふと、思いついてその後ろ姿に声をかけてみることにした。

 「――ありがとう、阪木。」

 彼女はこちらを振り返り、ケラケラと笑いながら言った。

 「それ、前にも聞いたよ。河野先生。」

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