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今の私が感じるのは…

4.


 ………あれから十年経った。


 大学も卒業し、私はちゃんと就職をした。転職もして、思いも寄らぬ病気を患って今がある。それはワーカーホリック状態で、それでも必死に仕事にしがみついた結果であり、思い出したくない位の地獄の苦しみを味わった。電車の中でふと十年前の事を思い出しながら私は何だか落ち着きが無い。こういう場合ってどうやって声掛けたらいいのだろうか。それとも関係無いフリしちゃえばいいのかな?「のぞみ」は横浜を抜け、小田原を抜け、熱海を抜け、ジリジリと駿河に入る。向こうは三人掛けの席の一番窓側でずっと本を読んでいる。何だか後ろが気になるけれどもわざわざ混雑している車内で三人掛けの一番奥の人間に声を掛ける馬鹿がいるだろうか? “大人の私”はそんな事を考える。昔ならそんな事を考えずに何かしらアクションを起こしていただろうに。遠慮を知ったからだろうか?遠慮?、それとも自信が無いの?新幹線の中で何度も何度も自問自答を繰り返すが全く答えが出ない。もう一つもし答えを出すとすれば、「話をしても残念ながら会話が無い」と、いう事だ。


 更に混雑している車内。結局廻りに迷惑を掛けるだけで、お互い気まずくなる事が必至なのだ。何しろ仲が良かったのは入学してほんの数日間のみで、あとはもう、学科の人数がわずか百五十人ちょっとしかいない、狭い社会の中ですら他人同様だったのだから、会話などは全く無いというのが本音だ。しっかし気になるのは何で彼女はでっかい旅行バッグを持って。

里帰り?恐らく北陸出身だから名古屋で降りるだろうに、あの様子では。そんな事が取り止めも無く頭に浮かんでは消えて行く。私は何度か煙草を吸いに喫煙席のある車両に移ったが彼女はずっと本を読んでいる。気付かないのだろうか?まま、いいや、もう寝よう………、少しだけ。と、………そのまま眠ってしまった私。


 気が付くと名古屋にあと五分で到着する、という電光掲示板が流れ、私はやぶれかぶれ、もうどうもよくなっていた。



「所詮縁が無かった人なんだ」



寝惚け眼にそんな事を考えていた。そうして自分自身が悲しくなった。それは経た年月の流れに対して悲しくなったのと同時に、自分の魅力に自信が無くなっている事に対しても悲しくなったのだ。私は十年前と比べて明らかに太ったし、そんなに親しくない人間だったら私だとは気付かない位に人相も変わっている。日々激務に追われている故か、私の人相は常に眉間に皴が寄り、厳しい顔ばかりしている。笑い顔もあるにはあるが、半分作り笑いだ。愛想笑いだ。だから眼の廻りには鍛えた笑い皴は出来ているが本当の笑顔では無いし、厳しい他所から見たら多分恐ろしい顔ばかりしているので、もう私の姿など過去の人には正直見せたくない。



 ………もう駄目なのだ、私自身が。



 その事を改めて、こんな形で認識させられて、私は自分の生き方を思わず呪った。



「因果応報、覆水盆にかえらず、とはよく言ったモンだ」



新幹線のトイレに閉じこもり、思わず呟いてしまった。そうしてまた、苦笑いが左の頬が嫌な顔として引き攣る。天真爛漫だった笑顔はもう、残念だが無くなったのだから。それは大人になった証拠だろうか?否、違う。ただ単に得る物が増えたお陰で失う事が恐くなっただけじゃないのか?或いは自分の限界?それをトコトン思い知らされたからじゃないのか?自分自身の情け無さを非難する言葉ばかりが脳裏を過る。そんな懊悩とは無関係に、無情にも電車は速度を落として名古屋に到着した。どどどっと人が降りる。一気に降りた。ちらっと後ろの降車口を見ると彩夏は降りようとしる人の列に居た。



「あぁ、結局声も掛けられなかったや」



と、ボンヤリとしながら呟き、またジリジリと時間は過ぎる。



 たった数分なのだが、この時間が本当に長く感じられる。本当に久々に自分の事でやきもきしている。仕事でやきもきする事はしょっちゅうあるのだが、自分の事でやきもきする気持ちなんてもう忘れてしまっていた。


「結局仕事人間に成り下がってしまったんだねぇ。理想に燃えていたお前はどこに行ったんだい?本当にそれが大人なのか?お前が理想としていた大人って、男って、そんなモンじゃないだろうに」


そう思いながら持って来た単行本に眼をやる。


 しかしながら書いてある文字がただ羅列されているだけにしか映らずに、気持ちが落ち着かない。やきもきしていたら新幹線の席は空席だらけになって何だかつい先程迄の景色とはまた違うのでもっと落ち着かない。そして空席になった彩夏の座っていた席をぼんやり眺めて、また単行本に眼をやる。相変わらず、単行本は文字の羅列しか映らない。早く新大阪に着いてくれ、心からそう思った。けれども名古屋から大阪の距離は間に観光都市京都を挟むからまだまだある。仕方が無いので私は煙草を吸いに喫煙席の車両に移動して、スパスパ数本煙草を吸い、また自分の席に戻る。あと一時間ちょっと、この繰り返しか、そう思うとまたウンザリしてしまい、こんな時は仕事でも自分の気持ちを誤魔化せないし彼女でも居たとすればメールでも打てばいいのだろうが、

「今名古屋過ぎたよ〜^O^もう寝てる?Zzzzz...」

とかそんな取り止めも無いメールしか打てやしないし、それで心は落ち着くのだろうか?落ち着く訳が無い。更には今私には彼女など居ない。もう前の彼女と最後のお別れをしてから約一年が経つ。この一年、殆どが仕事に彩られていた一年だったので、相手を見付ける余裕などまず無かったし合コンをしても楽しくも何とも無かった。


 寧ろ同世代だがどうにもこうにもウワベだけでコミュニケーションをしようとして、忙しい事を、寝ていない事を自慢とするテレビマンにむかついたり、中にはちゃんとお互いを認めてくれる人も当然居たが。或いは余りにも情けの無い宴席でのっけから苛々してとうとう酔っ払ってカラオケボックスの店員に襲い掛かろうとしている所を全員に止められたり、その後、カラオケボックス内でソファーに寝るのでは無く、ジベタに大の字になって大鼾を掻いていた、などと散々だった。余程仕事で切羽詰ってしまっていたのだなぁ、と今は振り返る事出来るがもう、駄目だろうなぁ。結構普段ストレスが溜まっていると人間ってどうなるか判らないなぁ、と最近つくづく感じる。こんなテイタラクに成り果てた自分が何だか滑稽を通り越して、阿呆臭くなって来た。もうどうでもいいや、どうにでもなれ、人生ヤブレカブレの連続じゃないか、そのヤブレカブレを選んでいるのはどこのどいつだ?、お前じゃないか?新幹線の車内で一人、窓に映る情けの無い自分自身の顔をじっと睨みながら、睨む事しか出来ない自分が、また情け無くなり、もう、どうにも出来ない。


 そしてそのテイタラクとしての今、この瞬間がある、そう考えるともうどうにかしてこの苦しみから逃げる卑怯な自分の姿ばかりが浮かんでは消えて、また浮かんでは消える。そんな考え事をしているうちに新幹線は京都に到着した。また乗客は降りる。新大阪が終点だから、かなり少ないみたい。そして京都を過ぎるともうあっと言う間に新大阪だ。私は降車の準備をし始める。


 見慣れた新大阪の駅………


 アズベスト問題もあるそうだが、どこ吹く風。すぐに中津に向かい、焦って予約したホテルにチェック。そうだな、「北新地」にでも気分転換に呑みに行きますか。広々として薄暗いホテルの中でそう思い、意を決して「北新地」へ。ホテルのキーをフロントに預けて中津から歩ける距離である事を確認し、そのまま空寒い夜中を黙々と「北新地」へと足を向わせた。息を弾ませて………


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