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追想

2.


 私はあの時、十八だった。高校三年生の春、私は既に終えた大学入試試験から解放されて、アルバイトに勤しんでいた。そうして迎えた大学のその入学式の日。廻りは浮かれ気分で思い思いの服装をした同世代の人達は入学式の日を愉しんでいた。私はまだ、つい先日起きたばかりの出来事に立ち直る事など出来ずに、もう身体に馴染んだスーツを着こなしていた。アルバイト先はスーツを着なければならない営業職のアルバイトで、そこで色々とゴタゴタがあったのだ。だからもう、何と無しに同級の浮かれ気分の連中とは一線を自ら画していた。何だか一足先に社会を見てしまったような、そんな気分だった。入学式も退屈で、友も未だ居ないので礼装の筈が喪服を着て葬式に参列しているかのような気分でダラダラとした時間を過ごし、また入学式の半分以上は眠っていた。パイプ椅子の固い背凭れに足を突き出して、全員起立する時も眠るようなテイタラクだった。そして涎を垂らしたまままだ眠っていたら何やら騒がしいので眼を覚ますとどうやら式が終わったらしい。私は一回涎跡を消す為にトイレに行き、顔を洗ったので入学式を終えてそのままバスターミナルに向かった集団とは出遅れ、一人で入学式会場を後にした。だから廻りには誰もいなかった。所詮は独り者か。


 場所が変わろうとも俺は独り者で変わり者なんだ、集団に馴染む事なんて出来やしない、大学もそうやって時間を過ごすのだろうな、それじゃぁ高校の時と一緒では無いか、そんな感傷に似た悲嘆に浸ってターミナルを目指し歩き出した。すると講堂を出た時、



「あのう………。バスの停留所はどこですか?」



と私に声を掛ける一人の女の子が居た。スラーと背が高く、本当に同級生か?と思ってしまうようなちょっと大人帯た顔立ちの女の子が私に声を掛けてきた。思わずその可愛らしい顔立ちとギャップのある雰囲気に私はポーとしてしまった。身の丈は一七〇以上はあるだろう。きっちりしたスーツ姿にはちょっと不似合いな変な鞄。そうしてまだ幼さの残る可愛らしい顔と透き通るような白い肌。その白い肌は太陽の眩しい光に照らされて、より一層眩いばかりの光景として私に映る。一瞬でその全てを見て思わずポーとしたまま、



「あぁ、じゃ、一緒に行きますか?」



と返答すると、緊張していたのか、その女の子はこわばっていた顔が一気に解れ、



「そうですね」



と、明るい表情で停留所に向かった。



 話を聞くと彼女は私と同じ学科でどうやら北陸の出身らしく東京は狭くてゴチャゴチャして訳が判らない、との事だった。私は思わず、ここは武蔵野の入り口だから東京とは全く違うよ、と突っ込みを入れようかと思ったが初対面の、しかも勝手の判らぬ北陸のお嬢さんにそれは失礼だろう、と思って何も言わなかった。また、身長がそれなりに高いからか、ずっとバレーボールをしていたらしく、けれども高校二年生の時に膝をやられてしまい、バレーの道は閉ざされてしまい、大学進学の道を選んだ、との事だった。それでちゃんとこの大学に入れるのだから私などとは違い、元々勉強の出来る人なのだろう。英語もちゃんと喋れるらしい。


 私は外国語学部に入学した癖して、英語のエの字すら喋れない。こういう女の子は大学が始ったらさぞやモテルだろう、顔も可愛らしいし愛嬌もある、しかも私などとは違い、自分の芯をしっかりと持っている。羨ましいなぁ、と思いながらバス停留所迄のキャンパスを歩いた。何だかとてもその時間は長い時間に感じられて、ちょっとだけ嬉しかった。暫く歩きバス停留所に到着。一緒のバスに乗り、二人掛けのちょっと狭い席に座り、駅で別れた。そこでお互いの連絡先などを交換した。彼女の名前は彩夏、と言うそうだ。私は、



「入学早々いいことあるな」



と、ようやくここで少し浮かれた気分になっていた。



 そして大学のオリエンテーション。入学したら新入生は皆、このオリエンテーションを受ける。そこで授業の特徴や単位取得方法、健康診断サークル、部活などの活動への入部などを行う。私は人付き合いが元々苦手な方で積極的に誰かと徒党を組む、などという事は愚の骨頂だ、位に考えていたので全部一人でやっていた。私は一人で昼ご飯を食べていると、



「吉野さん」



と、声を掛ける女の子の集団があった。誰だ?、と見ると彩夏ともう一人、これも身の丈の高い女の子が私の席の横に方々で誂たであろう食事を持って席に座った。私はもう一人の女の子には見覚えなど全く無かったのだが、先方は見覚えがある、との事だった。



「えっ?なんで俺のコト覚えているの?」



と、もう一人の女の子に話を聞くと、



「だって、一緒に入学試験の面接受けたじゃない。覚えていない?」



との事。私は一瞬、えっ???と眼を丸くした。確か一緒に面接の試験を受けた女の子はアバタ面で身の丈は低い、地味な感じの女の子じゃなかったか?そう思ったがその時の様子などはちゃんと一致している。そしてその女の子の顔を見ると、確かに化粧をしているのだが、前に見たアバタの跡は少しだけ残っていた。



「帰り際も何も話をしてくれなかったからこの人、怒っているんじゃないかしら、って思っていたのよ。だから少し恐かった。私、何か余計な事喋ったかしら?って」



との事。確かにそうだ。言われてみて思い出した。



 あるうららかな秋の日。

 私は前日父親と喧嘩をした。

 夜中の三時迄。


 結局寝ずに始発の新幹線に乗り込み、ギリギリの入試開始時刻、九時半に間に合わせたのだ。そこで筆記試験の後面接試験なる物があり、基本的に全て英語で会話をしなければならない。私は朝から下痢で苦しかったのだ。親父との喧嘩の最中、勢いを付ける為に私は呑めないウイスキーをガブ呑みしてしまい、新幹線の中では殆どトイレに居た。その間もずっと英語の参考書、旺文社の英語参考書だけはどうしても片身離せずにじっと片隅迄舐めるように見て英語を暗記していた。だから私が大学のある八王子に到着した時にはもう、不機嫌極まりない顔で試験もまた難しかったので尚更不機嫌極まりなかった。だから面接官には愛想良かったが横に居た女の子になど注意を払う余裕は無く、何も会話などしなかったし、会話する事も無かった。また、どうせ落ちるだろう、と次の受験の事を考えなければ、という事で頭が一杯だったので更に増して会話などする余裕も無かったし、ちょっと失礼に当たる言い方かも知れないが、私などとは違う人種で、家に帰ればうちなどとは違い、家族に愛され、それなりに幸せな生活を送っているであろう。そう思えたこの女の子には何も話をしても所詮通じないだろう、そう思っていたのだ。また、それ以上に私は緊張からか下痢をしていたので、お腹が苦しくて、どうしようも無かった。そんな苦しい記憶だけが脳裏を過り、



「あぁ、済まなかった。あの時の吉田さんか。全く違う人に見えたよ。背も高いし」



とだけ言った。



「あぁ、これはヒールだから」



そこから私達は妙に仲が良くなった。彼女達のお陰で私はどんなサークルがあり、どんな授業を受ければ効率良く単位取得出来るのか、色々な情報を知る事が出来た。そうして楽しくお昼を摂る事が出来て、その場はお開きとなった。ただ残念だったのは、彼女達と私は違うクラスであり、結局クラスが別れたらば、余り交流も無くなるのではないだろうか、そんな事もその時に知った。(私の入学した大学では二年生迄は学級制だった。)と、言うよりも私は彼女達からクラス編成がある、という事も知りビックリしていたのだった。その日はそれからもオリエンテーションは続き、そこで私は漸く同性の友人を一人見つける事が出来た。名前は矢口という。因みに私の入学した大学の学部は男性よりも女性の方が圧倒的に多く、男女比で言えば2:8位の比率で男が同性の友達を見付ける方が苦労する、という学部・学科だった。


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