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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢、鉄パイプ系

作者: 木戸

※ 主人公(女)の口が悪いです

※ 下品、暴力的です

※ 善人が、居ない、だと……?

※ 勢い重視、やりたい放題です


以上をご了承の上、用法用量を守って服用ください m(_ _)m






 異世界に転生?

 ありがちありがち。

 転生先が乙女ゲームの悪役令嬢?

 よくあるよくある。

 んじゃあ、前世の記憶が戻ったのが、ヒロインに嫌がらせしてる最中ってのは?

 ま、無くはないんじゃねえの?


 頭からびしょぬれになり、今にも泣き出しそうに顔を歪めた愛らしい少女を前に、フェデリーニはそう考える。

 唐突に脳内に押し寄せた前世の記憶の数々に、数瞬棒立ちにはなったものの、フェデリーニは比較的平静だった。



 日本人だった前世で、幼馴染が貸してくれた乙女ゲーム。

 『いろ~んな彼と甘いKiss♡ 貴女の真実の(キス)、探しちゃお♡』という残念なキャッチコピーの付けられたゲームだった事は覚えているのに、肝心のタイトルは思い出せない。どうやらキャッチコピーのインパクトが強過ぎたようだ。


 中世的な世界観、剣も魔法もある世界、とある国の貴族の子供が通う学園。それがゲームの舞台。

 ヒロインは男爵令嬢。小柄で愛らしく、男に優しい―――八方美人ビッチ。

 攻略対象はお定まりの、有力貴族子息や教師。

 学園は三年制。一年生で攻略対象達と出会い、二年生で個別ルート突入、三年生で仲を深める。エンディングは卒業パーティー。

 要するに、乙女ゲームとしては極めて没個性であった。


 ひとつ挙げるとすれば、攻略完了前にキスぐらいは普通にあるゲームで、それもキャッチコピーに違わず、狙っている相手以外ともちょいちょい発生するせいで、ヒロインはプレイした人の間ではビッチと呼ばれていたという点が特徴か。

 髪が目にも鮮やかなピンク色なので、桃色ビッチとも呼ばれていた。何とも不名誉な個性である。いっそ完全没個性であった方がどれほどマシであった事か。


 そして、侯爵令嬢フェデリーニ。

 騎士団長子息であるダンジェロの婚約者であり、ヒロインが彼のルートに突入すると、その桃色ビッチに嫌がらせをする係。婚約者のダンジェロ、及びビッチとは同学年。

 些細な嫌がらせを卒業パーティーで糾弾される、ヒロインの幸せの為の踏み台。それがフェデリーニ。浮気をされた上に詰られる、それがフェデリーニ。悪役令嬢とは斯くも哀しき生き物なのである。


 どうやらそれに生まれ変わり、そして現在、二年生最終日。

 終業式前の僅かな時間の隙間を使い、嫌がらせの真っ最中だった訳だ、とフェデリーニは現状を把握する。手には空のバケツを所持。

 ……侯爵令嬢が自らの手で水ぶっかけるとか、珍しいんじゃねえの?

 自分でやった事なのに、フェデリーニはそう感心した。割とガッツのあるご令嬢だったようだ。自分の事なのに他人事のようにそう感じるのは、前世の記憶が甦り、そちらに人格が引っ張られたせいだろう。


 今のフェデリーニでは、婚約者を取られそうだからと焦っていたフェデリーニには同調出来ない。欲しけりゃくれてやりゃいいのに、とすら思う。無論、それなりのケジメは必要だと考えるが。

 ……だってあたし、ダンジェロみたいな半端マッチョ、好みじゃねえし。フェデリーニは好きだったみたいだけど。って、今はあたしがフェデリーニか。

 もちろんフェデリーニには、子供の頃からの記憶もしっかりある。侯爵家の令嬢として生まれ育った記憶と、抱いていた感情なども消えてはいない。

 だが残念な事に、前世の人格の方が強かった。要はインパクトの問題なのだ。インパクトの強い方がガッチリ根付いてしまった、ただそれだけの事である。




 フェデリーニは泣き出しそうなヒロインを一瞥し、手を差し出した。

 それだけの動きでびくりと身を竦ませる桃色ビッチに、彼女は内心イラつきながら、それでも差し出した手は引っ込めず、催促するかのように動かしてみせる。


「っ、なん、ですか……? これ以上、何を……」

「ガタガタうるせえな。手ぇ貸せ。保健室行くぞ」

「…………は?」


 鳩が豆鉄砲を食ったよう、というのは正に目の前のビッチの状態だろうな、と笑い出したい気持ちを抑え、フェデリーニはヒロインの手を取った。勝手に。

 小さく、柔らかく、ぷるぷる怯える、あざといまでに愛らしい少女。

 これがダンジェロの好みか。こないだチューしてたもんな。長かったから絶対にベロチューだろ。これで『ダンジェロ様とは良いお友達です』とか、誰が信じるっつうんだよ。お前は友達とベロチューすんのかよビッチが。フェデリーニがキレんのも当然だろ。


 ヒロインを半強制的に連行しながら、フェデリーニの心は荒ぶっていた。ダンジェロを取られそうだと焦る気持ちは分からずとも、怒りは共感できる。しかし、彼女にはそれ以上に頭にくる事があった。


 足ひっかけたり、陰でプークスクスしてみたり、バケツの水をぶっかけてみたり。フェデリーニ…………やる事が小せえよ! 女ならカチコミ一発だろうが! 鉄パイプ掴んで男爵家にカチコミかけんのが正しい作法だろうが! ハンパな真似してんじゃねえよ!


 フェデリーニは己に怒っていた。憤っていた。激おこだった。

 彼女の中での正しい作法、即ち、男を取られたのなら鉄パイプ一本握り締め相手の自宅に特攻からの暴行が正義(ジャスティス)。元日本人という定義が揺らぎそうだ。日本はいつの間に無法地帯になっていたのだろうか。


 前世での彼女は、盗んだバイクで走り出しちゃう系お転婆少女だった。盗んだバイクで爆走中、ガードレールを突き破り崖下でお陀仏。完全に自業自得の死にざまを遂げた、やんちゃな少女だったのだ。それをやらかしたのが15の夜ではなく、18の昼だった辺り、救えない。真っ昼間から爆走した挙句、己の命に逃走された少女、それが前世の彼女だった。

 その死は件の幼馴染以外には悼まれず、その幼馴染も、『面白い観察相手が居なくなった』程度の嘆き方であった為、何かもう自業自得を突き進み過ぎな少女であった。生まれ変われただけでも御の字である。どちらかというと、盗まれたバイクの持ち主に幸あれと言いたい。盗難保険には入っていたのだろうか。




 そんな元やんちゃ少女であるフェデリーニは、目的の保健室に辿り着くと、ノックひとつせずにガチャリとドアを開けた。

 中では保険医(25歳独身フェロモンむんむん美女)と男子生徒(17歳前後)が桃色空間を構築していた。そのままドアを閉めた。

  Take2(テイクツー)

 コンコンコン、と大き目にノックをしたフェデリーニは、先程よりはゆっくりとドアを開いた。桃色空間はそのまま続行されていた。なぜだ。


「一旦閉めた意味ねえ」

「あら、一度見られてしまったのなら、何度でも同じですもの」


 艶然と微笑む保険医は堂々としたものだったが、言い分は痴女のそれである。


「せめて慌てろよ」

「人に焦りを見せるだなんて、淑女失格ですわ。ところでフェデリーニ様、本日は随分とお口が悪うございませんこと?」

「あたしの口はほっといてくれ」


 どうやら淑女というものは、焦った姿を見せるのはNGであっても、ランジェリーの上に白衣、という変態丸出しな姿を見られるのはセーフであるらしい。それが淑女だというのなら、淑女というのは実に業の深い生き物であると言えよう。


「予備の制服、あるよな? こいつに着せてやってくれ」

「あらまあ、水も滴る良い女ですこと。わたくしの方が更に良い女ですけれども。……でも、そちらの彼女には替えの制服は必要無いのではなくって?」

「あ? 何でだ。終業式に濡れ鼠で行かせらんねえだろ」

「……フェデリーニ様、本当にお口が悪くてよ? 気が触れてしまわれたの?」

「あー……、ああ! それそれ! 婚約者寝取られそうになって頭パーになってんだよ。それでいくわ」


 どうやらそれでいく事にしたらしい。それで丸く収まるのだろうか? 非常に不安しか感じられない解決方法なのだが。


「まあ深く追及するのはやめておきますわ。それでそちらの貴女、貴女は魔法が得意でいらしたわよね? その程度、ご自分で乾かせるのではなくって?」

「ふえっ? え、ええっと、そのぉ……」


 桃色ビッチがきょときょとと視線を彷徨わせながら、ぴるぴると震えている。

 だがこの場には、フェデリーニと痴女と痴女に夢中な男子生徒(シャツの前を寛げベッドで待機中。下は履いている)しか居ない為、どれだけあざとい仕草をしようとも庇ってくれる相手は居ない。ビッチのビッチパワーは、落とせる男が居ない場面では劣化した輪ゴムよりも役に立たないのだ。哀しいが、これが現実である。


「その、えっと、わたし……」

「ハキハキしゃべれ!」

「ひぃっ! か、乾かせます!」


 腰に手を当て仁王立ちになったフェデリーニの一喝により、涙目のビッチからようやく回答を得られた。

 自分で乾かせるのならば、水をかけられたぐらいで泣きそうにならずとも良かったのではなかろうか。きっとダンジェロに心配してもらいたかったのだろう。ビッチは様々なチャンスを逃さないハンターでもあるのだ。痴女とビッチ、二種類の肉食系が今この場には居た。歴史的邂逅―――なのかどうかは分からないが。


「制服の件はこれで解決ですわね。それで、どうして彼女は濡れ濡れだったのかしら? あんやだ、いやらしいフレーズですわ」

「一人で盛り上がんなよ……あたしがこいつにバケツの水をぶっかけたんだ」

「ああん、ぶっかけたの? フェデリーニ様がぶっかけたのね? どうして? どうしてぶっかけてしまわれたの?」

「くっそ、言い方ミスった……」


 頬を染め身をくねらせる変態痴女に、フェデリーニは額を押さえ呻いた。

 大概の困難は鉄パイプで打ち砕けると信じているやんちゃ少女だが、この痴女には効きそうもない。逆に鉄パイプを歓迎されそうな予感さえするのはなぜだろうか。痴女というものは、もしかしたら世界で一番強い生き物なのかもしれない。世界の真理に触れてしまった気がするフェデリーニであった。


「あたしの婚約者に手を出すこいつにカッとなってやった。後悔はしてないが反省はしてる。しばらく自主的に自宅謹慎するから、伝えといてくれ。じゃあな」


 痴女の恐ろしさをひしひしと感じながら、フェデリーニは真実を隠すことなく暴露する。そのついでに己の用事を押し付け、何か言われる前にとさっさと室内から出て行く、非常にちゃっかりした少女である。

 自主的な自宅謹慎とはつまり、サボりではなかろうか。要するに彼女は、『しばらくサボるからよろしく』と言って帰って行ったのだ。やんちゃさが留まる事を知らない。




 そのまま帰宅したフェデリーニは、父親の帰宅を待って話し合った。

 母は数年前に死去しており、共に暮らす肉親は彼女には父だけであった。忙しい父とはすれ違いの生活だが、最初の一歩を恙なく成功させる為、彼女はしっかり父と話し合った。父は途中で泣いていた。一体何が話し合われたのであろうか。




 そして翌日、フェデリーニは山籠もりを開始した。一本の鉄パイプと共に。


 どう考えてもこれは自宅謹慎では無い。父の涙の理由も判明したような気がする。フェデリーニ父よ、あなたの娘は一体どこへと行こうとしているのだ。侯爵令嬢が山に籠もって何をするのだろうか。鉄パイプをどうする気なのであろうか。


 尽きる事のない疑問に、答える者は居ない。




******




 約一年後、フェデリーニは帰って来た。

 侯爵令嬢が一年山に籠もる意味がまるで分からないが、ともかく彼女は帰って来たのだ。


 鉄パイプしか持たず、着の身着のままの生活をしていたはずのフェデリーニは帰宅時、予想に反してなかなか身綺麗であった。というか、出て行った時とは服装からして違った。

 曰く、修行として鉄パイプで山中の魔物を狩りまくっていたところ、紆余曲折を経て魔王とタイマン勝負になり仲良くなり、物資の差し入れをしてもらっていたとの事だ。途中で温泉も掘ってくれたので、風呂にも困らなかったらしい。ツッコミどころが分からない。

 『山中の魔物を狩りまくって』から『魔王とタイマン勝負』の間に、確実に省かれたのであろう壮大なドラマの存在を感じるのだが、特に彼女の口からそれが語られる事は無く。あいつも忙しいし、もう会う機会も無いかもしれねえな、というのがフェデリーニのあっさりとした感想だった。


 だが翌日、フェデリーニの自宅に魔王から卒業パーティー用のドレスが贈られて来た事により、魔王に自宅バレしている事が判明。よく分からないが、きっと逃げられないのであろう。よくは分からないが。




 それから二日後、卒業パーティーの日になった。

 一年ぶりに訪れる学園に、特に何の感慨も抱かぬまま、フェデリーニはパーティー会場となる学園内の大広間へ入室。

 内部は色とりどりのドレスであふれ、緑や茶といった色ばかり目にしていたフェデリーニには、まるで色の洪水のように感じられた。山に馴染み過ぎである。

 卒業生、卒業生の肉親、在校生と、程々の量の人間が詰まったその空間で、フェデリーニはすぐに目的の人物を見つけると、そちらへ歩み寄った。

 ヒロイン、及び婚約者のダンジェロである。一年近く会う事も無かったのに、未だに婚約者だという事実。それには大人の事情があるのだ。そう、大人の事情だ。深く追及してはいけない。

 忌々し気にこちらを睨め付け、今にも罵倒を吐き出そうとするダンジェロの口が開く前に、フェデリーニは行動に出た。

 即ち。



 土下座した。



 しん、と静まり返る広間内。

 今ならまばたきの音すら聞こえてきそうな気がする。

 そんな中、床に額を押し付けたフェデリーニが、その前に立つヒロインに向かって声を上げた。


「嫌がらせして悪かった」


 あまりにも簡潔な謝罪。

 侯爵家の令嬢としてあるまじき、床に伏した謝罪。

 だがそれゆえに、彼女の潔さが際立つ。令嬢の振舞いとして、貴族の矜持からしてみれば完全にアウトなその行為に、けれど周囲は確かに圧倒されていた。


「あ、その、フェデリーニ様、立ってください」

「……」


 ヒロインが愛らしい声を上げるも、フェデリーニは微動だにしない。


「あの、わたし、何とも思っていませんから。フェデリーニ様も、お辛かったんですよね?」

「ルオーテ、君は何て優しいんだ。この性悪女を許すなんて」


 『お辛かったんですよね』とは、一体何様なのであろうか。お辛かったのは誰のせいだと思っているのか。尻軽が浮気男に粉をかけたせいでフェデリーニはお辛かったのだが、理解していないのだろうか。髪だけでなく脳内まで桃色なのだろうか。毟るぞ。

 そしてどうやら尻軽ヒロインの名はルオーテというようだ。記憶が甦った際に桃色ビッチとしてインプットされてしまい、そして今尚桃色ビッチのインパクトが強いので上書きはされなさそうだが。


「ダンジェロ様、違うんです。だって、わたし、わたしが悪いの。わたしが、婚約者のいるダンジェロ様をお慕いしてしまったから……っ」


 はらはらと泣き出したルオーテを、ダンジェロがそっと抱き寄せる。


「それを言うなら俺のせいだ。婚約者のある身でありながら、君に焦がれてしまった。全て俺が悪いんだ」


 自分に酔う女と、自分に酔う男。明日は二日酔い必至だろう。


「よく分かってんじゃねえか」


 身を寄せ合い盛り上がる恋人達に、いつの間にか立ち上がったフェデリーニの楽しそうな声が割って入る。

 ぱんぱんと音を立てドレスの裾を払うその様子に、先程の謝罪の名残など一切見られない。『謝ったからこの件は終わりな』という、してやったり感に満ちあふれているように見えるのは気のせいだろうか。

 イチャラブに水を差され、怒りを覚えたダンジェロがフェデリーニを睨み付け、「ルオーテの優しさに付け込み増長したか」と吐き捨てた。


「はっ、馬鹿言うな。優しいのはあたしだろ? たかが男爵家、侯爵家の力でどうにでもなる。それでもあたしは家の力に任せず、自分でやった。褒めてくれていいんだぜ?」

「貴様……何だその言葉遣いは?! それが侯爵家令嬢の姿か?!」

「はぁ……あのなあ、悪いのはお前らだろ? あたしという婚約者がありながら他の女に移り気したお前と、婚約者がいると知りながらその男にちょっかい出したお前。せめて惚れ合ったんなら、あたしが騒ぐ前に婚約解消を言い出せば良かっただろうが。なあ?」


 言葉遣いは酷い。立ち居振る舞いも酷い。

 しかし、言っている事は至極正論。ぐうの音も出ないとは正にこの事だ。案の定、ダンジェロの顔色が悪い。お客様の中にチークをお持ちの方はいらっしゃいませんか? せめて頬だけでもピンクにして差し上げたい。愛するビッチとお揃いになれて嬉しかろう。


「だって、それじゃあフェデリーニ様は、真実の愛に目を瞑れと言うんですか? いけない事だと分かってはいました。けれど、」

「ちげえよ誰も今“シンジツノアイ”なんてもんについて語ってねえんだよ。黙ってろビッチ」

「び……?!」

「あたしとダンジェロの婚約は、所詮、家同士の政略だ」

「そっ、そうだ! だから俺は真実の愛に」

「だから“シンジツノアイ”なんて知らねえっつってんだろ。勝手に目覚めて舞い上がってろよダボが」

「だぼ……?!」

「家同士の政略―――つまりてめえらは、侯爵家を蔑ろにしてくれたって訳だ。侯爵家令嬢に対して随分な仕打ちだよなあ? 多少の嫌がらせで済んでたのは奇跡だと思わねえか?」

「ぐっ……」


 何という事であろう。フェデリーニは虎の威を借る事を何とも思わない女狐であったのだ。実家の力はあたしの力、あたしの力もあたしの力、という完璧なジャイ○ン理論で武装していた。

 完全に言葉に詰まり、顔色を無くすダンジェロ。

 それを鼻で笑い、フェデリーニは啖呵を切る。


「侯爵家舐めてんじゃねえぞ!」


 決まった……!


「わ、我が家も侯爵家だ! お前だけに大きな顔をされる謂れは無いっ!」


 決まって無かった……。


「あっそ。じゃあ言い直すわ」


 フェデリーニは腕を組み、啖呵を切り直した。今度こそ決まるか?


「マネーパワー舐めてんじゃねえぞ!」


 思い当たる節がガッツリあったらしく、途端、ダンジェロの顔色が紙のように白くなった。時代は美白。


「お前がさっさと婚約解消を言い出さなかったのは、うちの金が目当てだろ? 娘の婚約者だからっつう事で、うちの親父さんはお前んちに随分援助してきたよなあ? 援助だけじゃ足りず、かなり貸し付けてもいる。あたしが悪いっつう方向に持って行けりゃ、返済は免れるとでも思ったか? はっ! 残念だったなあ。見逃してやる気は更々ねえよ。援助はもうどうにもならねえが、貸してある分は別だ。明日にでも耳揃えて返せ」


「なっ……そんな事は不可能だ!」

「何もかも売り払えばイケるだろうがよ。家も土地も家具もドレスも、全部売っぱらえ。つうか売っぱらわない場合、差し押さえてうちの親父さんが売っぱらうだけだけどな」


 侯爵令嬢が侯爵令息に対し不貞を詰る、そんな様子が欠片も見つけられないほどの、この極道感。任侠映画、もしくは闇金ドラマを観ているかのようだ。『うちの親父さん』というのが、まったく別の意味に聞こえてくる。不思議。


「証文もあるからね。明日の朝一番でお宅にお邪魔するよ」


 スッと周囲の人垣から進み出たフェデリーニの父は、柔らかな笑みを浮かべると、顎鬚をそっとひと撫で。非常にダンディである。


「まっ、待って下さい! あれは、返済期限はそちらのご好意でっ」

「私の可愛い娘を踏み躙った相手に、好意が残っているとでも? おかしな事を言うね。全て毟り取ってやるから、覚悟しておきなさい」


 柔らかな笑みの向こう、細められた目は、殺意に満ちていた。

 フェデリーニ父は、フェデリーニの言動がどれほど破天荒になろうとも、その愛情に欠片の曇りもなかったようだ。菩薩級の慈愛だ。拝んでおこう。ご利益ご利益。


「うおお、うちの親父さん、マジかっけえ!」

「くぅっ……娘に褒められるこの喜び……っ!!」


 フェデリーニ父が目頭を押さえ歓喜に打ち震えている。

 どうやら元々の令嬢らしいフェデリーニとは距離が開いており、父はむしろ今のフェデリーニを歓迎している模様。何という父性愛。かなりやんちゃな娘さんになってしまったが、それは良いのだろうか。いずれ盗んだバイク……は無いから、盗んだ馬で駆け出す危険性がある娘さんなのだが。マネーパワーで解決してしまうのだろうか。


「さて、それじゃあ決着をつけようか」

「決着、だと? これ以上何を……」

「あたしもな、陰でこそこそ嫌がらせしたのは悪かったと思ってんだよ。いくら婚約者盗られたからって、足ひっかけたり、陰で悪口言ったり、水ぶっかけたりなんてのはあまりにも小せえなあって」

「それだけでは無いだろう。ルオーテの本を破ったり、靴に鋲を仕込んだり、あまつさえ、階段から突き落としたりした癖に!」


 フェデリーニが己の過ちを語ってみせた事で調子に乗ったダンジェロが、その尻馬に素晴らしい勢いで乗っかり、余罪の追及を始めた。どれほどフェデリーニを責め立てたところで、お宅の借金の返済を待ってもらえはしない。逆に、フェデリーニ父のこめかみに青筋が浮いているから、今すぐ口を閉じるべきだ。


「あ? それあたしじゃねえよ」


 しかも一言で終わった。

 しかしダンジェロは諦めない。その程度で諦める奴が、自分の浮気を棚に上げ婚約者を悪者扱いするような真似はしないであろう。ダンジェロは不屈のクズ男なのだ。先程まで心が折れまくっていた事は、既に記憶の彼方なのだ。忘れっぽいというのが不屈の精神の秘訣なのかもしれない。


「この期に及んで嘘を吐くな!」

「本を破ったのはリゾーニ嬢、靴に鋲を入れたのはコンキリエ嬢、階段から落ちたのは本人の不注意だ。そもそもあたしはここ一年、学園に近付いてもいねえよ」

「よくも人のせいになど出来たものだな! どこまで性根が腐っているんだ?!」


 腐っているのはお前の耳だ、と周囲の誰しもが思った。学園に近付いていないという己に不都合な部分は見事に聞き流されているらしい。性格だけでなく耳までも腐れているとは、どこにも救いのない男である。


「言っとくけど、リゾーニ譲とコンキリエ譲がそうしたのは当然だからな? 婚約者とチュッチュチュッチュされりゃ、誰だってブチ切れるだろ?」

「あ、あのっ、ダンジェロ様! わ、わたしの気のせいだったのかもしれません」


 慌てた面持ちになったルオーテが、突如としてダンジェロを宥め始めた。一体どうしたのだろうか。チュッチュチュッチュだろうか。チュッチュチュッチュがマズかったのだろうか。本命以外の色んな男とチュッチュチュッチュしていたのがバレたら困るのだろうか。


「ルオーテ、君はどこまで優しいんだ。けれど、あんな性悪を庇う必要なんて無い。あいつの罪を白日の下に晒そう」

「白日の下に晒されてんのはてめえらの浮気だけどな。ふはっ!」


 堪らずフェデリーニが噴き出した。馬鹿ウケであった。浮気男と浮気女、非常にお似合いだと内心で爆笑していた。それがうっかり漏れただけである。


「まあいいじゃねえか。その女がリゾーニ譲の婚約者と校舎裏でキスしてたとか、コンキリエ譲の婚約者と音楽室でキスしてたとか、ファルファーレ先生(センセ)と補習中にキスした挙句、別のお勉強が始まりそうだったとか、ダンジェロが保険医とファイト一発しちまったとか、そんなのは置いとこうぜ」


 とんでもない爆弾が置き去りにされた。

 ダンジェロにとってもルオーテにとっても爆弾であるし、そしてリゾーニとコンキリエの婚約者にとっては完全なとばっちりである。一ヵ所にまとめて置かれたせいで誘爆必至だ。ファルファーレ先生に至っては一撃で瀕死の重傷である。あ、学園長に肩ポンされて死にかけている。全ては彼ら自身の行いのせいなので、ただの自爆だとも言えるのだが。


「うふふ。近づく殿方は全て美味しくいただくのが淑女の嗜みですもの」


 ノーダメージなのは日頃からふしだらな保険医だけである。痴女は強い。

 尚、これらの情報については山籠もり中、フェデリーニの事情を知った魔王が学園に配下を潜入させ調べさせたものである。きっと自宅バレも学園の名簿からであろう。若干、魔王から権力のあるストーカー臭がするのは気のせいだろうか。


「ともかく下ネタは置いといて、だ。あたしは反省したんだよ。あまりにも自分のやった事が小せえってな。反省っつうか、ムカついたんだけどよ」

「……」

「……」


 二人がノーリアクションなのは、フェデリーニに返す言葉が無いという訳では無く、先程のダメージが抜けていないだけである。自業自得という名の刃がその身に突き刺さっているだけなのだ。

 甘い恋人達の間に、この短時間で緊張感が漂うようになってしまった。何という運命のいたずらであろう。真実の愛とは、斯くも儚きものであったのか。



「やっぱ売られた喧嘩は真っ向から買ってこそだろ? だからこの際、きっちり清算しようや。な?」

「は……清算……? いや待て、先程お前の父君が」

「あれは家に売られた喧嘩だろ? あたし個人に売られた喧嘩が片付いてねえよ。そんでな?」



 そこで区切ると、フェデリーニは鮮やかに笑った。それはそれは夢に見そうな美しい笑みであった。どちらかというと悪夢寄りの笑みだ。今夜は一人でトイレに行けないかもしれない。


「あたしはダンジェロとビ…………っと、お前、名前何だっけ?」

「ルオーテ嬢だ。ルオーテ嬢だよ、フェデリーニ」


 父がカンペの役割を果たしている。


「サンキュ、親父さん。マジ有能」


 愛娘にそう返され、天にも昇りかねない締まりのない顔を晒しているが、それで良いのか侯爵様。


「ダンジェロ、ルオーテ、お前らに決闘を申し込む」


 口の端を吊り上げ、どこまでも愉快そうにフェデリーニが宣言した。

 同時に、フェデリーニ付きの侍女が、捧げ持つようにして一本の鉄パイプを運んで来た。まるで聖なる剣に触れるかの如き恭しい扱いであるが、モノは鉄パイプである。所々にあるシミは、何度拭いても消えなかった、と後に侍女は語った。


「決闘だと? 馬鹿を言うな。お前が俺に勝てるとでも思っているのか?」


 違う、ダンジェロ、そうじゃない。勝てる勝てないでは無く、令嬢が男に決闘を申し込む部分にツッコまなくてはいけない。女性からの決闘の申し込みを男が受け、それに勝っても、君の名誉が汚れる一方だ。既に地の底まで落ちている可能性も否めないが。


「あたしの得物はこの鉄パイプだ。お前らの武器は好きにしろ。魔法もアリでいい。ビッ……ええと……」

「ルオーテ譲だよ、フェデリーニ」


 『ビ』という一音だけで、フェデリーニの言いたい事を理解してしまう父の愛が凄い。もはやグーグル先生以上の精度だ。


「ありがと親父さん。ルオーテは魔法が得意なんだろ? 二人まとめて相手してやるよ。さて、そうと決まれば表に出ろ」


 勝手に決まった事にしてさっさと歩いて行く、否とは言わせないフェデリーニの強引さに、ダンジェロとルオーテは為す術も無く絡め取られた。その手腕、正に女郎蜘蛛の如し。

 フェデリーニ達を周囲で見守っていた人々も、興味津々、怖いもの見たさ、面白半分―――何と言い繕おうが、結局のところ多大なる野次馬根性を発揮し、見事に全員がぞろぞろと校庭へ向かった。……卒業パーティーは? いいの?




******




「うらあああっ!」


 フェデリーニが吠えた。

 そして、迫る火球に鉄パイプをフルスイング。ホーーームラン!


「はあっ?! 弾かれただと?!」

「た、たかが鉄パイプに?! どうしてっ?!」

「鉄パイプだってなあ、気合で魔法ぐらい弾けるんだよおおらあああっ!」


 第二、第三の火球もカキンカキンと弾き返しながら、生き生きとフェデリーニが叫ぶ。

 嘘である。

 山籠もり中に、魔王が魔力を込め強化してくれただけである。気合などという精神論はまったく関係が無い。既にこれはただの鉄パイプではなく、伝説級に丈夫な鉄パイプになってしまっているのだ。きっとこの鉄パイプなら、魔王すら倒せる。そのぐらいの逸品だ。侍女の恭しい取り扱いは、あながち間違いでもなかった。

 ただの鉄パイプを、己の身をも滅ぼしかねない鉄パイプへと変貌させてしまった魔王。うっかりミスなどではなく、彼はフェデリーニがどんな危険も撥ね除けられるように、と全力を尽くしたのだ。お陰さまでこの暴走ぶりである。責任を取っていただきたい。いや、もしやそれが目的か?


「ほらほらどうしたダンジェロ、かかって来いよおらあっ!」


 片手でぐるんぐるんと自在に鉄パイプを操るフェデリーニ。重さなど感じていないかのようだ。しかしあの鉄パイプ、内部こそ空洞であるが、鉄の厚みが通常のパイプの三倍以上はある。例えるならちくわぶ(・・・・)のように、身が厚く中心の空洞が狭い。

 それを片手で易々と振り回す侯爵令嬢。魔王の込めた魔力には重量軽減作用などは無い為、あれは彼女自身の腕力の為せる技だという事だ。この腕力も侯爵令嬢としての嗜みのひとつだというのか。

 いや、よく考えるとこれを捧げ持つように運んだ侍女の腕力も相当だ。つまり、女性とは神秘的な生き物だ、という事でまとめておこう。掘り下げても誰も幸せにはなれないので、それでいいのだ。


 風を切る音をまとい振り下ろされた鉄パイプが、ダンジェロの構える剣の鍔に当たり、ガチリとした手応えと同時に、彼の足が地面にめり込んだ。鍔は端っこが欠けた。


「ぐうっ、重っ……?!」

「へいへいへい止まってっと頭ぐしゃっといくぜえ?」


 台詞が完全に悪役だが、悪役令嬢として転生したのだからこれが正しい振舞いなのだ。そうだ、そうに違いない。


「潰れたトマトになりてえのかあ? あああん?!」


 ……訂正しよう。令嬢では無い。完全に三下の台詞だ。チンピラだ。漂う小者臭が酷い。やんちゃな少女は山籠もりを経て、ついにはチンピラへと至ってしまったのだ。何という残念なジョブチェンジ。


「ダンジェロ様、すぐに助けますっ!」


 桃色ビッチが愛する男を助けようと、魔法の詠唱を始める。

 戦い始めてから、恋人達の間に漂う緊張感は戦いの緊張感へとすり替わり、二人は何事も無かったかのように互いを庇い合い、一人の侯爵令嬢へと立ち向かっている。

 おお、真実の愛は不変であった。もしくは二人が哀れなほどに鶏頭であるのか。大広間からここまで三歩以上は歩いたので、爆弾については忘れてしまったのかもしれない。二人が思い出せるよう、後ほど再投下すべきであろう。


「助け、させるわけねえだろがっ、うらああああっ!」


 ダンジェロの側頭部をアクロバティックな動きで蹴り付けたフェデリーニは、ビッチに向かい疾走し、そのままの勢いで「そおおれアバラ逝っとけえええっ!」鉄パイプを胴に向け振り抜いた。相手が少女である事など微塵も考慮しない、容赦のない振り抜きである。

 それも当然。フェデリーニもまた少女であるのだ。いわばこれはキャットファイト。女対女の状況で、性別を考慮する余地など介在しないのだ。


「ルオーテ、ルオーテ! 貴様、よくもルオーテをっ!!」


 吹き飛んだビッチにダンジェロが駆け寄り、その身を支える。

 愛しい女を痛めつけた相手に非難の声を上げ、「隙だらけなんだようるあああああっ!」鉄パイプの一閃で、愛しい女ごと吹き飛んだ。フェデリーニ、若干巻き舌になってきた。絶好調のようで何よりだ。

 しかしなぜ戦いの最中によそへ気を散らす事が出来るのか。油断出来るほどの実力でも無い癖に。実力が無いから油断してしまうのかもしれないが。本当にこれが騎士団長の子息なのだろうか? 教育が甘すぎである。


 尚、その騎士団長様は本日のパーティーには欠席している。もし彼が出席していたら、フェデリーニ父のターンで心が瀕死になっていただろう。どのみち明日には全財産を毟り取られるので、近々野垂れ死ぬかもしれないが。

 騎士団長夫人であるダンジェロの母は、大広間でのフェデリーニ父のターンで失神。ビッチの両親も現在、校庭の隅で失神している。誰も助けない辺り、侯爵家を怒らせた身の程知らずの男爵家だと忌避されているのか、もしくは荒ぶるフェデリーニを恐れているのか。多分、後者だろう。


「ほれほれどうした来いよあああん?!」


 鉄パイプを振り回しながら、片手でクイクイッと挑発する侯爵令嬢。観衆もドン引きだ。いや、父だけは「いいぞもっとやれーーー!」娘を蔑ろにした男女への恨みが爆発しているようだ。意外と似た者親子なのかもしれない。この父だからこそ、やんちゃなフェデリーニも受け入れられたのであろう。

 涙と鼻血で顔面偏差値が底辺まで落ち込んだビッチを守るべく、今、ダンジェロが立ち上がる。彼の顔面も涙と鼻血で崩壊しているので、誠に似合いの恋人同士だ。


「ぐっ、フェデリーニいいいいっ!」

「ぶはっ! 折れろ折れろカッキーーーーン!」


 彼らの顔面の酷さに笑いながら、向かい来る剣に鉄パイプで応戦。

 鉄パイプはダンジェロ渾身の一撃などものともせず、剣を見事に半ばから折り飛ばした。正にカッキーンであった。返す刀でダンジェロの腕もカッキーンしたので、彼の腕も折れた。天晴れなカッキーンである。


「あっは、あっははははは! 剣も腕も折れたなあ? さあどうするどうする?」


 悪役令嬢は悪役として輝いていた。この人生一番のシャイニング。輝ける悪役街道、ど真ん中を爆走中であった。盗んだバイクなど無くとも、人は爆走出来るのだ。ぜひ今後とも盗まず爆走して欲しい。

 高笑いを響かせるフェデリーニに、隙を付いたビッチの風魔法が襲いかかる。

 だが残念、鉄パイプの軽い一振りで風の刃は相殺された。中級魔法程度、フェデリーニにとってはそよ風に等しい。爽やかな春風が吹き抜けたぜ……と彼女は軽く前髪を整えた。微風であった。


「ほら来いよ来いよ! てめえらの“シンジツノアイ”とやらを見せつけてくれよ! っははははは!」

「ダンジェロ様ぁっ」

「っく、ルオーテ、二人の力を合わせれば、あんな女になど負けはしない!」

「はい、ダンジェロ様、わたし達の愛の力さえあれば!」


 愛し合う二人の合体技、それは残りの魔力を全て注ぎ込んだ、人ひとり飲み込んでしまえるサイズの火球であった。あれ、おかしいな。結果が既に見えている気がする。


「ほぉーれホームルァアーーーーーン!」


 予想に違わず、一組の男女の愛の合体技は一本の鉄パイプにより弾かれ、空高く打ち上がり、キラリと光って消えた。これを予定調和と言わずして何と言おう。獣のようなフェデリーニの咆哮が、余韻となって尾を引いている。


 全ての魔力を使い果たした恋人同士は、折り重なるようにして倒れた。悪は滅びたのだ。戦い合うどちらもが悪であったので、どちらが倒れても悪は滅びた事になるのだ。正義の味方などどこにも居ない。これが世の真実。

 そこに、悪の権化とも言える侯爵令嬢が歩み寄る。その顔は壮絶なまでに美しい笑みで彩られていた。絶対今夜トイレ行けない。


「ひっ……よ、寄るな、来るなああああっ!」

「ああ? 寄らなきゃ治せねえだろうが」

「…………は? なお、す……?」

「ほらよ」


 フェデリーニは無詠唱の回復魔法で二人の怪我を全快させ、更には「おごりだ。ぐいっといけ」魔力回復薬を差し出した。

 全力で正面からぶつかり合う事によって、友情が芽生えたのだろうか。河原で殴り合うヤンキー現象が起きたのだろうか。


「よし、治ったな」

「フェデリーニ様……わたし、フェデリーニ様の事、誤解していました」

「くっ……悔しいが、完敗だ。治してくれた事には礼を言う」


 戦いの後に芽生えた友情、それが今、華々しく咲き誇る。人生とはこれほどまでに美しいものであったのか。


「フェデリーニ、騎士科から予備の剣を全て持って来させたよ。壊しても買い直すから、安心して戦いなさい」

「あー、親父さん、マジ以心伝心! 超太っ腹! マネーパワー最高! 世界一のパパ!」

「せかいいちのぱぱ……っ!」


 娘のヨイショに咽び泣くフェデリーニ父。男泣きである。彼は娘の為なら何でも出来るだろう。そのマネーパワーで。

 対して、何が起きているのか分からず困惑顔の恋人達。その鼻先に、鈍い輝きを放つ鉄パイプが突き付けられた。


「怪我も治した、魔力も回復、剣もたんまりある。あたしもようやく温まってきたとこだ。さあ、―――二回戦、始めんぞおらあああああっ!!」


 何という事だ。友情などどこにも芽生えてはいなかった。全ては錯覚だったのだ。

 そして、絶好調かと思われたフェデリーニ、まだまだエンジンが始動したばかりだという驚愕の事実が判明。先程までの戦いは前座、彼女にとっては準備体操に等しいものであったのだ。


 彼女にとっての準備体操で精も根も尽き果てていたダンジェロとビッチにとって、勝ち目などまるで見えない負け戦が、これより始まる。




******




「やっぱ女は堂々とカチコミしてこそだろ! まあこれカチコミっつうか卒業記念のお礼参りだけどな! じゃ、片も付いたし気分いいし、こんで婚約は解消な!」


 フェデリーニはドレスの裾を靡かせ、最高にイイ笑顔で鉄パイプを頭上高く掲げた。ドレスのままで戦っていたという事実が、ようやくここで明かされた。魔王から贈られたドレスは、一切の汚れを寄せ付けない特別製であったのだ。正に戦う淑女に相応しいドレス。お値段がヤバい。


 全八回戦を戦い抜き、全てにおいて勝利を収めた、侯爵令嬢フェデリーニ。

 悪が滅び、そして格上の悪が生き残った。ただそれだけの物語である。






 尚、一年休学していたフェデリーニは、普通に留年した。







退学でなく留年なのは、当然、財力。




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― 新着の感想 ―
父の愛がベカベカ光ってて面白かったです。そして姿は現さないけど魔王様、ナイスサポートでした。
[良い点] 最後の一行にやられてしまったw
[良い点] 留年www つまり、来年の卒業式にも期待ですねwww 不幸にも来年悪役令嬢と同学年同クラスとなってしまう下級生の皆様、強く生きてね!
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