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汝は裏切り者なりや? シリーズ

汝は裏切り者なりや? リメイク版

これは汝は裏切り者なりや? http://ncode.syosetu.com/n9038dq/

のリメイク版です

少年が人生の終焉――即ち死を迎えたのは、四歳の頃。

 父と母も、そして赤子だった妹もいない所で起きた殺人で、少年の死体も殺人犯も、どこかに消えた。

 マスコミに発表されることなく、少年は――。

 

◇◇◇

 

 赤い空、空に浮かぶ大地、そしてそこにあるファンタジーゲームのような街と川と森。

 そんな非現実的な空間で、俺――――斎藤基(サイトウハジメ)は目覚めた。

 その肝心の目覚める前の記憶は、残念ながらない。

 それどころか、名前、年齢以外の記憶がない。よって、いつどのタイミングで眠らされたか分からない。

 まず、状況を整理しよう。

 俺の名は、斎藤基。十七歳。多分高校二年か三年だと思うが・・・・・・。

 誕生日は分からない。

 俺は今、そのおかしな空間の中でも北の方――――しかも場外に近い所にいる。

 見覚えの無い白いワイシャツと、黒いネクタイ、黒いズボンが今の恰好。

 腰には、それに似合わない片手持ちのバスタードソード。

 持ち手は金色、鍔の中心にはルビーが埋め込まれている。

 鞘から抜いて、更に詳しく観察する。両刃の刀身の色は白銀。これと言った特徴の無いシンプルな剣。

 俺に誰かと戦え、とでも言っているのだろうか?

 最初俺は、ここを非現実的な空間と言った。

 しかし、創作物であるような異世界転移や、あるいは現実でもあり得る宇宙に飛ばされた可能性を排除しても、こういう世界に行く方法が一つだけある。

 フルダイブ仮想空間――それ以外あるまい。

 二千四十年にアミューズメントパーク用のフルダイブ仮想空間は、まだ仮想世界と分かるものだったが、時代は流れ、俺達の世代。二千九十年から二千百年辺り。

 仮想空間は、俺の目の前に広がる風景のように現実と仮想の区別がつけ辛いレベルにまで進化した。

 これが仮想空間なら、何かログアウトする方法がある筈。

 俺の知識によれば、どこの仮想空間でも同じ方法で脱出可能と聞いている。

 虚空を人差し指と中指でタッチし、それによって出現するメニューからログアウトボタンを押せば――――。

 その知識通り、メニューを出現させようとしてみるが・・・・・・出ない。

 聞いた時の音すら鳴らず、聞くことは無かった。

 何をしたらいいのか分からず、立ち尽くしていたが。

 一枚の紙が、虚空に出現した光から姿を現した。

 それを受け取り、読んでみる。

『斎藤基君。私の仮想空間へようこそ。

この世界の中心にある《死の遊戯の泉》に来い。

そうすれば、君がこの仮想空間にいる意味が明らかになるだろう』

 

◇◇◇

 

 駆け足で二時間。

 俺は手紙に書いてあった《死の遊戯の泉》らしき場所に到着した。

 その空間はまさに、その名前に相応しいものだ。

 中心にある泉は黒い石で出来ており、そこから溢れる水――かどうかは分からないが液体は紫色で、まるで毒のようだ。

《死の遊戯の泉》にいるのは、俺だけではない。

 他に九人の人間がいた。

「これで十人だね。キリもいいし、これくらいで揃ったんじゃないかな?」

 白い髪を持つ、長身の女性が言う。

 なんだろうか、と俺は思った。

 十人の人間を集めやること・・・・・・、俺には想像もつかない。

 その時。

 黒い石畳が紫色の光を放ち、その光は瞬時に横長の長方形となった。

 ザザー、という音の後に長方形――いやスクリーンだろうか、に表示される《SOUND ONLY》の文字。

 間をおかずに、合成音声が流れる。

『ようこそ、ゲーム会場へ。

あの手紙を読んでくれた君達なら分かる通り、君達がいるのは私が作った仮想空間だ』

 ゲーム・・・・・・だと?

『私が君達に要求することは一つ。君達十人の誰かに、快楽殺人鬼のAIをもう一つの人格として植え付けられた者がいる。

知識は共有していても、記憶は共有出来ない殺人鬼がな』

 二重人格者・・・・・・?

『君達には、その二重人格者――《裏切り者》を探し、殺すというゲームをやってもらう。

ただし、これだけは理解してもらいたい。

まずタイムリミットのルール。タイムリミットになると、君達は強制的に眠らされる。その間に《裏切り者》の襲撃が始まる。

《裏切り者》が誰か一人を殺し、元の位置に戻ってから全員が目覚められるという仕組みだ。

次にアビリティ。全員には、ゲームを面白くする要素として、特殊能力が使えるようになっている。上手く使ってくれたまえ。

そして最も忘れてはいけないのは、この世界での死についてです。

この世界での死は、毒薬によって現実の死となる。

以上』

 それだけ言い残し、長方形はテレビが消えるように消失した。

 自分のアビリティが、仮想ウィンドウに出現する。

能力は《風刃(ふうじん)生成(せいせい)》らしい。

仮想ウィンドウを消してから、全員を見る。

黒幕の放送が終わってから、ほぼ全員が全員を疑い始めていた。もしかしたら、自分自身でさえも。

この時点で、俺がこのゲームを終わらせる為に使う手段は一つだ。

――俺が、ここにいる全員を殺すということだ。


◇◇◇

 

 ゲームが開始されて数分。どのタイミングで全員を殺すか決めかねていたが、遂に声を上げる者が現れた。

 少女だ。身長は多分一六三センチだと思う。腕や足も細長く、胸を押し上げる膨らみもそれなりにあることから、スタイルは良さそうだ。顔は化粧がいらない程度の整った綺麗な顔立ち。瞳の色は青。髪は肩まで届く紫の短髪。肌は雪のように白く透明だ。

 服装は紫のTシャツにスカート。Tシャツは胸の辺りに黄色のラインが入っている。

 武装らしき物は、ゲームの格闘家が付けていそうな鉄の籠手。

「私は、北条(ホウジョウ)(アサ)()と言いますッ!

皆、私達が争ってたら黒幕の思うつぼだよ! 周りの人間や自分が、《裏切り者》かも知れないということが心配なのは分かるけど、今はお互い協力しあわないと!」

 水のように透明で美しい声。

 話している内容は、俺にとっては綺麗事でしかなかったが。

 俺以外の八人の内一人、赤い髪と朱色の瞳を持つオレンジのブレザーの少年がダルそうに言う。

「俺はアサミちゃんの意見、良いと思うよ~」

「ありがとう! えーっと・・・・・・」

 あー、と思い出したように少年はアサミに呟く。

「俺は赤野十真(セキノトウマ)。よろしく、アサミちゃん」

「うんッ!!」

 俺以外のほぼ全員が、それに拍手した。

 その空気を壊すように、静かに答える。

「俺は反対だ。あるわけなかろう、そんな都合の良い解決方法など」

「斎藤君・・・・・・」

「俺は貴様らを殺してでも、このゲームを終わらせる。そうせねばならん理由があるのでな」

 記憶が戻るかどうかは分からんが。

 だがもし戻るなら、懸けてみるしかないだろう。

 皆で脱出出来る方法などに掛ける時間など、俺にはない。

 集団の内の一人。黒人系のスキンヘッドのアメリカ人が、ナイフを持って俺に近づき言う。

「おい、お前ッ!」

「死ね」

 間髪入れずに、抜剣した。

 刃は黒人系アメリカ人を真っ二つにし、俺は返り血を浴びながら剣を収める。

 ほぼ全員が、その光景に目を丸くしていた。

 当然だろう。この中で俺を含めて人が死ぬのを間近で見た人間など少数あるいはいないだろう。

「なんてことを・・・・・・」

 金髪ロングのスーツの女性が言う。

「い、いやあああああああッ!!」

 茶髪の少女が悲鳴を上げ。

 それを聞いた赤髪の少年――赤野が剣を俺の頭に振り下ろす。

 俺はそれを一瞬で防ぐ。金属音を響かせながら、赤野が呟く。

「ねえ、折角アサミちゃんが皆を助けようとしているのに・・・・・・邪魔しないでよ」

「黙れ。俺にそんな余裕などない」

 静かに返しながら、剣を弾く。

 心中でスキル発動と唱え、それと同時に剣が可視化された白い風の刃を纏う。

 赤野の体の至る所に傷をつけ、泉からすぐ北にある森に吹き飛ばし。

 剣を両手で掲げ、大嵐に匹敵するレベルの風の刃を生成開始。

 既に瀕死の赤野。剣を失っても戦おうと、立ち上がる。

 それに構わず、最大威力の風の刃を、赤野がいる方に向かって泉の石畳に叩きつける。

 意思のまま、風の刃は撃ち出され、森の木々と共に赤野も風に巻き込まれた。

 嵐の回転に遵って赤野は回転しながら、北の端――つまり場外へと消える。

 剣を収納し、息を吐いてから鋭い瞳でアサミを見る。

 そのままゆっくりと、彼女に接近し始めた。

「一旦逃げるよ、皆!!」

 ほぼ全員が、散り散りに逃げ出す。男一人を除いて。

 ただ一人残った、その男に話しかける。

「お前は?」

「俺はてめえと目的は違うが、ちょいと人殺してえと思っていたところでな。俺に協力してくれるか?

俺は松田(マツダ)(ノブ)(トラ)。多分聞き覚えはあると思うんだが・・・・・・」

聞き覚えのない名前だ。多分あると断言しており、尚且つ殺人をしたいという台詞・・・・・・。有名な殺人犯であることは間違いない。

 そして協力と言った。こいつが裏切り者なら、後々斬らなければならないが、利用は出来る。

「分かった。俺はアサミを中心に狙う。お前はそれ以外を狙え」

「おうよ」

 

◇◇◇

 

 ああしてバラバラに奴らは逃げて行ったが、大体どの方向に逃げて行ったかは記憶している。

 アサミが逃げた東を目指し、森の木々を風の刃で切りながら駆ける。

 ――まさか、体に纏い触れた物体にダメージを与える力があったとはな。

 今木々を切っているのは、《風刃生成》によって風を纏った剣ではなく、同能力で俺の体の周囲にバリアを展開されている風だ。

 これを使用すると、一定時間能力が使用不可能という制限はあるものの、半径五メートル以内の敵を吹き飛ばし、且つダメージを与えられるという使い勝手の良い代物である。

 これがあれば、アサミ撃破は確実――――。

 

 そんな思考を遮ったのは、突如俺が認識出来る範囲――――即ち風刃防壁内部に出現した銃弾。

 あり得ない。この防壁は、少なくとも防弾属性を備えていると書いてあった。

 だから、反応が遅れた。

 故に。弾が俺の右腕を貫いた。

 風の防壁は、それと同時に霧散し、しかめ面で銃弾が飛んできた方向を見る。

 

「やっぱりね。キミならアサミさんを狙うと予想してたんだ。防弾属性を無効化し、狙った所に必ず攻撃を命中させるアビリティ《幸運》。そんなアビリティで、アサミさんという希望の手伝いが出来るなんて、ボクはホントにツイてるよ」

 白い髪で長身の少女は、両手を広げながら嬉しそうに呟いていた。

 最悪だ。こんな時に、厄介な奴に出会うとは。

「あー、名乗り遅れてごめんね。

ボクは琴柄凪。希望を愛す者だよ」

 

◇◇◇

 

「俺を阻むなら、覚悟はした方がいいぞ?」

「十五分間アビリティ使用不可状態なんでしょ?

まあそれはお互い様だけど」

 どうやら、《幸運》も一度使用すると一定時間使用不可らしい。

「ねえ、お互いのアビリティが使用不可になるまでちょっと話さない?」

「何故だ?」

「暇だから、かな。キミが失った記憶の一部を、教えてあげるよ」

 俺は今だけ黙って聞くことにした。

「そうだね、茶髪の少女の名前とキミとの関係なんて情報はどうかな?

あとは、裏切り者の正体」

「なんだと?」

 確か最初の集まりの時、怯えていた茶髪の少女がいた事は記憶している。その少女と、俺に何の関係が・・・・・・?

 そして一番驚いたこと。ただのプレイヤーである筈の琴柄が、何故《裏切り者》の正体を知っているのか。

「彼女の名前は、斎藤(サイトウ)(ナギサ)。キミより三つ下の妹だよ。

ただし、今の彼女はキミが兄である記憶が無いけどね」

 妹か・・・・・・。その情報が本当だとしても、彼女が次に告げるであろう《裏切り者》の正体が渚でも容赦なく殺させてもらうが。

「そして、《裏切り者》の正体は?」

「一番知りたい情報だよね。じゃあ言うよ。

誰にも言わないことを条件に、ね」

 琴柄が少し接近し、俺に耳打ちした。

「金髪ロングの警察官がいたでしょ? 彼女の名は遠山夢実(トオヤマユメミ)

そいつが、裏切り者だ」

 俺が黒人系アメリカ人を殺した時に、最初に呟いた女性の事だろう。

 彼女が裏切り者なら話は早い。今すぐにでも殺すまでだ。

 いや、違う。さっきも思った筈だ。

 こいつが何故、それを知っているんだ?

「聞いても動かないんだ? じゃあそろそろ時間だけど、最後にとっておきの情報を教えるよ。ボクの正体」

 俺は剣を抜いた。もし返答次第では、こいつを斬らねばならない。

 だがそれと同時に、琴柄も銃口を俺に向けた。

 この時点で、何となく予想出来ていた。こいつの正体を。

「ボクは、黒幕の協力者だよ」

 まだ銃口から、弾丸は放たれなかったが。

 俺は剣を握り、敵の心臓に切っ先を向け、そのまま飛び掛かる。

 奴のアビリティは俺の風刃防壁と同じく、使用後は十五分間行使出来ない。

 ならば、使わざるを得ない状況に持ち込めば良い。

 琴柄はまだ銃も撃たず、そのままアビリティに頼らず回避した。

 

◇◇◇

 

 俺と琴柄の戦いは、森を出るまで続いた。

 この天空フィールドの端まで彼女を追い詰めたが、未だに彼女はアビリティを使わない。

「粘るな」

「黒幕に呼ばれてるんだから、戦闘にも自信はあるよ。

それに、こう見えてリアルラックも高いんだよボクは」

 話しながら、四回連続で風を纏った剣で突きを放つ。

 しかし相手には当たらない。

「あれ、キミのお仲間も来たみたいだね」

 琴柄のその声と同時に。

松田が「うおおおおおおおッ」と叫ぶ声が聞こえた。

そして、老人の悲鳴も。松田が誰かを殺したのだろうか。

 松田の声が聞こえた方を向くと、彼が初老の男性からナイフを抜き取り、男性をフィールド外へ投げ捨てる姿が見えた。

 そのまま松田が、ナイフを握って琴柄に近づく。

「斎藤ッ! 今の内に琴柄ごと俺を殺れッ!」

 やっと、《幸運》の効果で透明なバリアを展開した琴柄。

 松田のナイフの軌道をずらし、松田はそのままフィールドから落下した。

 バリアが収束すると同時に、俺は叫びながら右薙を放つ。

「うおおおおおおおおッ!」

 斬った琴柄の腹と口からは、赤い血が流れ。

 そのまま松田と共に、フィールド外へと飛ばされた。

 俺はその光景を暗い目で見やってから、再び駆け出す。

 遠山夢実――《裏切り者》を殺す為に。

 

◇◇◇

 

 探し出すのに、時間は掛らなかった。

 叢に隠れていた俺は、近くに通りかかった四つの気配を感じとり。

 殺意に満ちた声で言う。

「殺す・・・・・・」

 そのまま叢から出ると、そこにいたアサミ達四人が驚いた顔で俺を見た。

「斎藤君・・・・・・ッ!」

 アサミの漏らした声に構わず、俺は静かに言う。

「《裏切り者》の正体は、遠山夢実。そこにいる奴をこっちに渡せ。

俺が殺してこのゲームを終わらせる」

「させないッ!」

 アサミは籠手を装着した拳を握る。そして、三人に言う。

(オキ)(ガワ)君、渚さん、遠山さん!

ここは逃げてッ!」

 沖川という名の金髪の少年と、渚と遠山が黙って頷いて逃げた。

「俺が勝てば、遠山夢実を渡してもらうぞッ!」

「ここは私が食い止めるッ!」

 

 そう言ったアサミの両拳に、次の瞬間変化が起きた。

朱色に輝く炎が、激しくアサミの拳を包み込んだのだ。

「炎の双拳・・・・・・、と言ったところか」

 整った二重瞼の青い瞳が、俺を見つめる。

 俺は剣を構えて、全速力で地を蹴った。

 対してアサミも、右拳を引き絞って俺に突進してくる。

 相手は拳、俺は剣。此方が負ける理由など無い。このままなら、彼女の拳を受けたとしても、そのまま頭か心臓に切っ先を突き刺せる筈だ。

 だが。アサミの目を見た瞬間、その確信は消え去った。

 彼女に戦闘経験は無い筈。しかし敵の剣を見て、怯えずに突き進んでいるというのは異常だ。

 戦闘慣れしている者の顔だ。少なくとも、俺以上に。

 そのせいか。俺の剣はアサミの顔を突き刺さず、アサミの拳が強く俺の胸に叩き込まれた。

「ぐッ・・・・・・」

 炎の熱さと拳の重みで、俺は後ろへと押された。

 アサミが両拳を構えなおして言う。

「君に言うのを忘れていたよ、私の事を。

私はとあるVRゲームでランキング一位のプレイヤーなんだよ。

戦闘慣れしていると感じたのは多分、そのせいだ」

 認めない。ゲーマーに一度遅れをとったなど。

 俺はその瞬間、人生で初めて思ったことがある。

《裏切り者》ではないから、とか。殺す必要がないから、ではなく。

 そんな理屈を全て無視して、負けたくない。生きている内に必ず――いや今この瞬間勝ちたいとアサミに対して心から思ったのだ。

 俺が有する全力の剣技で、こいつを倒したい。

 

 想いが体に作用したのか、俺の体に変化が起こった。

 白いワイシャツが、黒く染まった。

 黒いネクタイが、白に反転し。黒いスラックスが、白く染まり。

 剣の刀身が、黒く染まった。

 そして全身を、禍々しいクリムゾンレッドのオーラが包んだ。

 心なしか、いつもより強くなった気がする。

「うおおお・・・・・・おおおおおおおおおおおおおッ!!」

 アサミはギュッ、と目を閉じる。そして開きながら言う。

「これ以上誰も死なせないッ! はあああああああああああッ!」

 アサミの両拳の炎。朱色に輝いていた彼女の拳は、神々しい金色の炎に変わり、彼女自身も金色のオーラに包まれた。

 青い瞳も金に染まり、拳を握り駆け出す体勢に入る。

 俺はその前に、動いた。

「潰すッ! 貴様とは今この瞬間、決着を着ける!」

 アサミは防御体勢に入った。

 俺は、波動の如く一直線にアサミ目掛けて突進する。

 オーラ同士が激突し、アサミは言う。

「負けない。これ以上誰も死んでほしくないッ!

君にも、死んでほしくないんだッ!」

 最後の言葉と同時に、俺は迫り負けた。

 吹き飛ばされ、自由を奪われた俺にアサミは次の攻撃を放つ。

「うおおおおおおおおおおおおッ!

(エン)(セイ)爆裂(バクレツ)ッ!」

 神々しい金色の光が、俺の腹に撃ち出される。

 八撃目までが、両拳の乱舞。

 九撃目から、手刀の嵐。

 十撃目、十一撃目。

 十二、十三、十四、十五。

 そして、十六撃目は止めの一撃に相応しい心臓への右ストレート。

 俺は最後まで抗った。

「風刃防壁ッ!」

 黒い風の壁が、俺を包む。

 アサミの右腕に、いくつか切り傷を作った。

 しかしアサミの右拳に傷はつかず、そのまま俺の胸に重い一撃が入る。

 瞬間、意識が朦朧とし始めた。

 度重なる拳での攻撃に体が耐えられず、俺の意識はそこで途切れた。

 

◇◇◇

 

「斎藤さん? 斎藤さん?」

 聞き覚えの無い声で、俺の意識は覚醒した。

 きちんと立ち上がってから、相手を見る。

 俺を起こしたそいつは、あの九人の中の誰でも無い。

 薄い金髪のストレートヘア。人間離れした青い瞳の美貌の少年。

 あの九人の中では、アサミが非の打ちどころのない美貌を持っていたが、少なくともあれは人間のレベルでだ。

 服装は、何故か俺が着ているデザインと同じのワイシャツとスラックス、そしてネクタイ。黒いブレザーを着ているという違いはあるが。

 俺の名前を知っているということは、俺が通っていたであろう学校の知り合いか・・・・・・?

「・・・・・・誰だ・・・・・・?」

 

「私は、上杉読心(ウエスギトクシン)です」

「何故ここにいる? 貴様はデスゲームのプレイヤーなのか?」

 少年は笑みを浮かべながら淡々と言う。

「否定します。正確には、この世界を乗っ取った者です。

デスゲームのマスターは、既に私が殺しました。

なので今この世界は、私のものです」

「何?」

 言葉が理解出来なかったように、俺は目を見開いて呟く。

 さて、と上杉は前置詞を付けてから淡々と言う。

「まずはゲームを終わらせましょう。貴方と話すのは、その後です」

 そう告げた上杉は、次の瞬間。

 瞬間移動並みの速さで、この場から姿を消した。

 管理者の座を乗っ取った影響なのだろうか。

 ゲームを終わらせる、と彼は言った。

 ということは・・・・・・。

 俺は上杉が行ったであろう場所に向かって、駆け出す。

 

◇◇◇

 

 向かった時には、もう遅かった。

 水泳選手の如く、遠山は場外へと飛び降りていた。

 上杉は右掌を遠山に向けているだけで、特に何かしたようには見えなかったのだが。

 その場にいたアサミが、上杉に言う。

「遠山さんに、何したのッ!?」

「《心理操作》と言えば良いでしょうか? 遠山さんの心を操り、自殺させたのです。

これでゲームは終了ですが、もう私がゲームマスターとしてログインしてますので、私を殺すまで出ることは不可能です。

私は、皆さんを殺す為に来ました。では、さようなら」

 上杉が右掌をアサミに向ける。洗脳が開始される前に、俺は上杉の背中に渾身の右薙を放つ。

「斎藤、君?」

「勘違いするな。お前を倒すのはこの俺だ。

まずは上杉を倒し、ここから出るのが最優先だ」

 痛みなど感じなかったように、上杉が微笑を浮かべながら立ち上がる。

「丁度良かったですよ。貴方を倒してからにしたい、と考えていたもので」

 剣を上杉の頭上に向かって振り下ろす。

 上杉は自分の剣を前頭部に構え、俺の攻撃を防ぐ。

「殺されるのはお前の方だ」

「私と今互角ですし、良いことを教えますよ。

この戦い、どう頑張ろうと貴方は負けます。なぜなら、貴方はこれを聞けば戦意喪失する」

 言葉で心理操作でもしようと言うのか。

 鍔迫り合いをしながら、俺は口を開く。

「どういう意味だ?」

「貴方がここから出ることは不可能、という意味です」

 眼を見開きながら、再び質問する。

「どうしてだッ!?」

「貴方が人間ではなく、AIだからです」

 その言葉を聞いた瞬間、力が抜けた。

 迫り負けた俺は、後方に飛ばされ、落ちるか落ちないか微妙な所で着地する。

「斎藤基という人間は、四歳の時まで生きていましたが。

ゲームマスターによって殺され、人格データのみが抜き取られ、強制的に十七歳と同程度の知能をインストールされた存在が貴方なのです」

 俺が、作り物?

「ということは、このゲームが終わったら俺は・・・・・・」

「消えますね」

 冷静に言い放つ上杉。

 その瞬間、俺の負けは完全に確定した。

 俺がここに立ち、剣を握り、上杉という男と戦っていたのは何故か?

 記憶を取り戻し、現実で何らかの手段でアサミと再戦する為じゃなかったのか? だが俺は、作り物。このゲーム終了と同時に消える存在。ならば、もういいだろう?

 別に戦わなくても。

「さて、戦意喪失したようですね。

さようなら、斎藤基さん」

 上杉の突き技が、俺に向かって放たれる。

 だが俺は思った。

 どうせ消えるなら、こいつだけでも葬ってから消えるべきだと。

 俺はそのまま、わざと動かずに上杉の剣を受けた。

 貫かれた所の熱さが、全身に広がっていく。

 微笑と共に、上杉は剣を刺したまま俺が死ぬのを待っていたが。

 俺は最後の力を振り絞って叫びながら、上杉を抱擁した。

「うおおおおおおッ!!」

 そして、後ろに倒れこんだ。

 上杉の微笑が消えた。俺と共に上杉は、場外へと落ちて行った。

 落ちていく俺を、アサミと沖川、そして妹――渚が見ていた。

 どこへ行くのか、分からなかったが。

 落下中に、意識が暗転した。

 

◇◇◇

 

 アサミと渚、そして沖川の三人は、その後囚われていた島を何とか脱出した。

 その一か月後。

 ゲームが終わった、数々の文字列が仮想ウィンドウに表示される空間に上杉はいた。

 ――上杉読心のAIコピー作業 九十七パーセント完了、と書かれた文字列を上杉は微笑と共に見ていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 集団心理のサスペンスをとても上手くアレンジされていると感じました!そう来たか、という印象がとても強いです。 また、短い中でこれだけの物語を良くまとめられたと思います。多少表現の希薄な部分があ…
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