6 フュレ・ルシア・コーデリエンス
「心のゆとりは常に必要だということを再確認したよ」
「そうですね」
学長との会合の翌日、エモネイラさんに授業の形態やら普段どんな雰囲気なのかとかそういった細かい質問を終わらせ、不安材料が順調に増加するなかボクは『魔術構築式基礎』の原案を纏めていた。
昨日、お母様に送った魔法道具の小袋がボクの宝物を全部詰め込んで帰ってきた。この魔法道具。見た目はただの皮袋だが、ボクの最高傑作、全属性構築式の一つを使った実はこの世に一つしかないというものすごくレアな一品だ。
この魔法道具、通称『アイテムポーチ』は、魔力が枯渇しない限りどんなものでも限りない容量を入れることができる。もちろん生物から液体、どう考えても大きさからして入りそうにないものまで全てだ。内容量もリスト式に見ることができる優れもの。もちろん魔力枯渇が起こっても中身が消滅することはない。真面目に紛失したら困る代物である。
まあ、構築式の予備はあるのでそれでまた作ればいい話だけど。
一家に一袋、いかがですか?なんてね
この袋の中身は、実家に置いていかれたボクの研究成果及び資料、研究途中の紙束……つまりはボクの自室のもの全てが収納されている。
あ、重さは元の皮袋のものだからそこは問題ない。
というわけで、その研究成果を軽く纏めて『魔術構築式基礎』をパパっと完成させるべく、書いていたところだ。
もし『魔術理論基礎』を魔法学の授業で有効活用され、もう内容をすでに学び終えている生徒がいたなら…という可能性を考え、急遽新しく作ることにしたのだ。
ボクは今まで出した本の売れ行きから印刷所や書店のお得意様になっているので、授業が始まるころには店に並ぶだろうと検討をつけた。
後は同時進行で『魔法学理論基礎』というのも作った。理由は言わなくともわかるだろう。あの実力派先生に小難しい話は無意味だ。
とりあえず、仕事とは言え好きな魔術学に関するものに触れることはボクの心に余裕を取り戻してくれた。もう、アイテムポーチが届いた瞬間喜色満面の笑みを浮かべたくらいで。
だが誠に残念なことに、これはエモネイラさんと入れ替わりで授業相談に来るコーデリエンス先生が来るまでの時間潰しのために持ってこられたものであり、本人が到着してしまえばすぐに片付けなければならないのだ。
故に、暫しの別れだ
次に相見えるは今日の夕方あたりになるだろう……
くぅっ……
近づく足音に泣く泣くアイテムポーチの口を開く。
大きさも量も関係なしに滞りなく呑み込まれていく書きかけの紙束に、別れの時すらも与えずアイテムポーチは全てをきれいに中へ収めた。
ここまで優秀な作りにしたのは自分自身だが、今は逆にその優秀さが泣けてくる。
いや、ホントに泣いたりはしないけどさ
軽いノックと共にその女性は客室に入室する。
「おまたせしました。コーデリエンスです」
やはり慌ただしく入ってきたが、最初の顔合わせよりはだいぶ落ち着いているようだ。
「わたしのことはルシア先生って呼んでください。皆さんからもそう呼ばれてるので。ええっと、あなたは……カノーヴィル先生って読んだほうがいいでしょうか。どうなんでしょうか?」
「とりあえず座ったら」
入ってきて早々首を傾げるコーデリエンス…いや、ルシア先生に着席を勧める。今日はマルティネスもピテラルもこれからのボクの自室になる寮室を整えに行っている。実質二人きりであるので口調とか雰囲気はかなぐり捨てている。
エモネイラさんによると貴族出身の教師も少なくないようで、高圧的な態度を苦手とする教師も多いそうだ。ルシア先生もそのタイプなので、お互い気楽な口調の方が話しやすいかなと判断した。
「じゃあボクはシルヴィア先生だね」
「長いのでシルヴィ先生はどうでしょう。言いやすいです」
「それ一文字しか減ってないよね」
ルシア先生命名。今日からボクはシルヴィ先生だそうです。
本題に入ろっか。
「じゃあまずは担当クラスだけど、中等部二期生を担当ねってエモネイラさんから聞いてたんだけど、クラスは聞いてないんだよね。もう決まってるのかな?それともこれから決まるの?」
早速疑問に思っていたことを思い出した。担当教科は決まっているが、担当クラスは知らされていないのだ。ルシア先生が担当しているそうで、今日聞こうと思っていたのだ。
「そうでした!わたしが担当、というかまあ、作成係なだけですけど」
「作成?」
担当クラスを聞いているのに、何やら一緒に持ってきたものをごそごそと探り、あるものを取り出した。
「そうです。はい、シルヴィ先生。新任祝いっていうのも変ですが、一番くじです。どうぞ!」
「……んん?え?これは、くじ引き?」
「はい、くじ引きです」
可愛らしい装飾の付いた箱にささる数十本の棒。
「………」
一言言いたかったが、とりあえず一番左の棒を抜いた。
「わあ、シルヴィ先生当たりが出ましたね!」
「中等部二期生、"風の音色"寮?」
先端に巻かれた紙を広げると、そこにはボクが担当するであろうクラスの名が書かれていた。
確か、四つある生徒の寮の一つがそんな名前だった。なんでも、下位属性の火、土、風、水にちなんだ名前の寮があって、授業は同じだけど、寮生同士で成績を競ったり寮対抗試合などがあるためクラスは寮によって分かれていると聞いていた。
つまり、ボクは中等部の二期生で、風属性の名を冠する寮のクラスの担任になるらしい。
「シルヴィ先生は"風の音色"寮のクラスを担当するので、寮対抗の時は"風の音色"寮側の担当教師ですね」
"風の音色"寮の生徒は良い子が多いんですよー、と良いながらルシア先生も棒を引く。
「あっ、わたしも中等二期水の宝石寮ですね」
ルシア先生の耳当たりから生えた魚のヒレのような耳が、ピンと上を向いた。
「これ寮固定なんで、わたし、水属性の精霊族なので、いつもなんとなく嬉しいです」
「もう見た目からしてそうですもんね。担当クラスに水属性が得意な子が多いかどうかは別として」
「もおっ、そういうのは気にしなくて良いんですよ!」
頬を膨らませて怒ったような表情を見せたが特に怒っていないみたいだ。なんとなくその顔が笑えて、生徒に人気があるという学長の言葉が分かる気がした。
「クラス担当も決まりましたし、授業内容の話し合いをはじめましょうか」
「そうですね。えーと、今年の生徒の資料…は……これだ!」
ルシア先生が二つの紙束をテーブルに置いた。
「魔法科の受講者はこっち、魔術科の受講予定者はこっちです」
「ふうん」
ボクは自分の生徒になるだろう学生について書かれた紙を一枚ずつ目を通す。得意属性、魔法技術評価、魔術適合評価、所有スキル……。
「やっぱりおかしい項目が多い」
ボクは眉をひそめ混同された魔法学、魔術学の項目をなぞった。
「だいたい、魔法適合評価なんて評価はデタラメだ。苦手ならともかく、全く使えないというのはおかしい」
「やっぱり、混同してますか?」
「うん」
へこんでることなどかまわず率直に答えた。
「全く、こんな低レベルなことを一から教えなければならないなんて……。授業態度も、明らかに受講経歴を得るためではないか。何のために学術院に通っていると思っているのだ」
学ぶ意欲もない奴等に講義などするほうがもったいない。
「こんな無意義なことのためにボクの研究時間は削られるのか……」
ああ、無意義な時間のなんと虚しいものよ
ボクがまたネガティブな思考に陥りかけた時、ふと、考え事をしていたルシア先生がボクに語りかけた。
「……なら、こう考えるのはどうでしょう。ただ教師として教えるのではなく、自分と同じレベルの魔術学について語り合える弟子を自ら育てる、というのは?」
目から鱗とは、まさにこれだろう。
ボクは驚きにルシア先生を見上げ、目を丸めた。
固定観念が粉砕されると多分いろいろ困ると思うよ……。でも間違った考え方が広まるのはイヤな性質です。ルシア先生はシルヴィアちゃんの面倒見もそれとなく頼まれてます。
前に投稿が遅れたので明日も投稿しようかなと思ってます。今は未定ですが投稿することにしたら追記します。気まぐれにチラッと見てもらえると嬉しいです。
※追記:次投稿は11/20の12:00予約投稿になります。