5 学長との会合
「あっ、はいっ!わたし…じゃなくてっ、わたくし、本校魔法学科担当教諭、フュレ・ルシア・コーデリべ…コーデリエンスといいます!」
場違いなほど元気よく挨拶される中、ほこり一つなく掃除された木製の綺麗な床は、時間経過に伴い紅茶色が広がっていく。
「コーデリエンス、挨拶はもういいから。先にそこに散らばったカップの破片を片付けなさい」
予想はしていたのだろう。コーデリエンスと呼ばれた教師に素早く片付けを指示する。
「……彼女が後片付けを?」
「お察しの通りだ。コーデリエンスでは時間がかかりすぎる。エモネイラがいないのはそのためだ」
どうせ連れてくるつもりだったから罰としてお茶入れをさせたが…と学長が呻く。
どうやら、本当はエモネイラさんという学長の秘書っぽい人がお茶入れをするらしかったが、この会談が遅れた原因の後片付けのためここに来れなくなったようだ。そして、罰として客にお茶を入れなさいとコーデリエンスさんが言われたところこうなったと。
大丈夫かこの先生……
おっちょこちょいにも限度があると思う。少なくとも授業に使う資料やらを預けたいタイプではない。ボクだったら絶対この人の視界に研究資料を晒さない。絶対に晒したくない。
今回呼ばれたのも、絶対顔合わせだけの理由に違いない。
「魔法学には秀でているのですがね。そこで、もう話は通っていたことですが、魔術学科担当教諭、魔法学科副担当教諭をしていただきたいのですよ」
まて
ちょっとまて
魔法学科?
「メルカフェア様からはすでに了承の返答をいただいているのですが、なにしろ新しい科になりますからね。授業形態や内容をおおまかに決める必要があります」
「質問です。コーデリエンスさんがいるはずなのに、なぜボクが副担当である必要があるんでしょうか」
「ああ、言い方が悪かったね。先程も言った通り魔術学がダメだという話だが、どちらかというと、座学の説明がダメなんだ」
ああ、うん、脳筋タイプ……
全体図が見えてきた。それも、まあ、イヤな感じの方向のだ。
「コーデリエンス、後はエモネイラに任せなさい。エモネイラはそれと一緒にそこの学院目録も取ってくれ」
「はい」
「…………ん?うん!?」
学長が誰もいるはずのない場所に向かって声をかけたことに驚いて振り向いた。細い尻尾に青紫の髪が視界に映る。
「申し訳ありません。驚かしてしまいましたね。隠蔽スキルを使っていたのです。こういった会合などでは、お客様の邪魔にならないよう使われる場合が多いので。先にお伝えしておくべきでしたね」
ゆったりとした動作で資料を机に置いた。長身の魔族だったのに気配が全くわからなかった。今も見ているはずなのに気配が希薄だ。
「こちらが本校の時間割になります。魔法学、魔術学、共に八日に一回ずつなので、そこまで大変ではないでしょう」
学長がペラリペラリとページをめくり、ところどころに空いた空白を指す。
「授業形態は教師の裁量に任せ、単位、成績評価の基準は学術院のものに沿ってもらいます。個々の詳しい説明はエモネイラにしてもらいましょうか。授業内容の打ち合わせはコーデリエンスと後日することにしましょう。ああ、それと、授業内容は決まってますかな」
「それはまだ……。生徒がどの程度の基準かよくわかっていないので。最低でも、星語は修得していてほしいです」
星語は始祖族の公用語だ。文字の一つ一つが星に似た形なのでそう呼ばれている。と同時に、魔方陣、魔術構成式と魔術関係に必要不可欠だ。ペラペラ喋れるようになれとは言わないが、基本文字くらいは知っていてもらわないと話にならない。
「魔法発動の呪文も星語ですしの。となれば中等部二期生からとなるか。……まあ、貴女なら問題ないでしょう」
その間はなんですか学長……
とりあえず、また後日に細かい説明や相談なんかをしようということで、その会合はひとまず終わりを迎えた。
「疲れた!」
「お嬢様、ベッドにダイブするのははしたないですよ」
「疲れたことを疲れたと言って何が悪い!」
とにかく疲れた。
相手に気を使ったり、言葉に気を付けたり、行動が制限されたり。
もう、ホント疲れた。
「ああん、ボクは今すぐにでも楽園に飛び込んで書きかけの魔術構築式にすがり付きたいよ」
「思うのは勝手ですが、書くのはシルヴィア様の趣味ではなく授業の内容予定ですよ」
マルティネスの冷静なつっこみに盛大なため息を漏らす。二日後にまた今日のような面倒なお話し合いがあるのだ。
授業内容は『魔術理論基礎』から抜擢すればいいだろうが、会合からのイヤな予感が的中しているようでならないのだ。
『魔術理論基礎』が魔法学の参考書と誤認されている件、学術院の魔法学教師が理論的なものが苦手という件、そもそも根本的な問題として魔法学と魔術学が同じものとして認識されているかもしれないという予想。
これは、固定観念の粉砕が最初の仕事になりそうだ。
全く、世の人々はなぜ常時目に入るもののことをきちんと理解していないのか
嘆かわしい実態だ
「お嬢様、腕組みを止めてください、服を脱がすことが出来ません」
「悪い」
「そこは気が付きませんでした、とか、ごめんなさい、ですよ」
「……気が付きませんでした」
「それで良いのです」
ピテラルは相変わらず小言がうるさい。一人とはなんと素晴らしきかな。
貴族とは相変わらず楽に見えて実に面倒が多い。服ごと洗浄魔法をかけたほうが手っ取り早いのに、服を脱ぎ、身体を洗い、湯に浸かり、保湿クリームやら髪の手入れやら長時間かけて行うのだ。実に億劫だ。
「早くも自室が恋しい」
「現実逃避は何も生まれませんよ」
「物思いに耽るより手を動かせというのだろう。自覚しているし軽い愚痴だ。それよりコレをお母様に送ってくれ。使い方の紙は一緒に付けてあるからわかるはずだ。目に納めることは叶わずとも傍に置いておきたいとの伝言も付けてくれ。はぁ」
ボクはピテラルに風呂へ押し込まれる前にある小袋を託すと、もう何度目かになるため息を吐いた。
ああ、楽園が恋しい……
いつもより少し短いです。書くことがあまり思いつかなかったというのもあるんですけどね。
シルヴィアちゃんは周りの魔術学の認識の違いに愕然としてます。そもそも視点が違いますし。
※追記:次投稿は11/19の12:00予約投稿になります。