4 クレヴァリー中央学術院
平民は意外に美味しいものを口にしていたのだな
指に垂れた甘辛いタレをペロリと舌ですくう。ピテラルがもう諦めたような表情をしていた。
貴族は材料と料理の形態、きらびやかさに固執する半面、平民はそんなことは気にしない。平民は料理の形態に囚われない分、自由な発想力をもって様々な料理を作り出せるのかもしれない。
だからこそ、こんな美味いものが作れるというわけか
なるほど、平民の発想力は案外バカにできない
屋台で買ったふわふわしたわたのようなものを一口食み、指でつついた。これは飴を溶かしたものを棒に巻き付けた菓子だそうだ。飴がこんなものに変わるとは摩訶不思議だが、これを思い付いた者も偉大だ。
買い食いを満喫するシルヴィアは絶好調であり、羽はパタパタ忙しなく動いていた。
そんなシルヴィアにマルティネスがそっと肩に手を置いた。
「シルヴィア様。明日は学術院の学長と会談がございます。そろそろホテルに戻りましょう。明日に差し支えてはいけませんし」
また次の機会に来ましょう、とボクに進めた。
「そっか…もうそんな時間か…」
ここで我儘を言うほどボクは子供ではない。マルティネスの言う通り、そろそろ戻った方が良いだろう。
「あれ?もう行っちゃうんですか?」
さきほどわた菓子を買った店の椅子に座っていると、売り子の少女がそんな質問をしてきた。
「そうだな、明日は大事な用事があるし」
この少女はポロンという獣族の少女で、菓子を大量に購入した時に興味を持たれて話しかけられたのだ。人懐っこい性格をしているのか、こちらも話しやすい。
「貴族のお嬢様ってお金持ちだけど、意外と自由な時間少ないのね」
大変そう、とポロンが呟いた。全くもって同意である。
「ポローン、お会計ー」
「はいはーい」
菓子を買いに来ていた他の客がポロンを呼ぶ。
「シルヴィア様と同じくらいの方々ですね。学術院でも会えるかもしれませんよ」
ボクとポロンのやり取りを見ていたマルティネスがそう呟いた。
「もし学術院に通っていられるならお友達になれそうですね」
「もし会うとしたら先生と生徒じゃない。お友達って関係じゃないでしょ」
呑気にポロンや同年代に見える客を見てそんなことを言うピテラルに訂正を入れる。
「いいじゃないですか、お友達になっても。お嬢様はただでさえ家族しか知り合いがいないんですから」
「何それ?強制?強制なの?お友達は必ず作るものなの?」
「はいはい、そこまで」
マルティネスがボクとピテラルの会話に割り込む。ホテルに帰りますよとボクの背を押している間ポロンが手を振っていたので、ボクも振り返りざまに手を振り返した。
クレヴァリー中央学術院。
それは、身分差は関係無しに誰もが等しく通うことのできる全寮制一貫校。
年齢によって初等部、中等部、高等部、専門部に分かれており、集団性や規則性を学びながら同じクラスで学んでいく。もちろん、途中編入も可能で、学力があれば学費も免除される。
「教科別に専門の教師がついているので、より深く、最良の環境で学ぶことができる……」
「でも、魔術学の先生に適当な方がいないからお嬢様が紹介されたんですよね?」
それを言ったらおしまいだよ、ピテラル……
苦笑しながらパンフレットをめくる。
ボクらは今、クレヴァリー中央学術院の客間で寛いで学長を待っている。何やら一緒に連れてくるはずだった現魔法学の先生が盛大なドジをやらかしたらしい。それでマルティネスと学長がそっちに行ってしまったのだ。なぜマルティネスがと思ったが、どうやら顔見知りのようで、お手伝いのような形でついていったわけだ。
よく見ると教科の種類が結構多い。歴学、数学、文学、果ては作法学やら食学、野学なんかまである。基礎学は必須科目だが、これらはどれを学ぶか選ぶべるようだ。これだけ教科が多いのなら生徒でも良かった気がしなくもない。
「しかし、魔法学はあって魔術学やそれに関する教科が一切無いのが気に食わんな」
「同じようなものだからじゃないですか」
「君もそう言うのね……」
もう訂正するのも疲れてきた。
「お待たせいたしました。シルヴィア様、やっと会談が始められるそうです」
パラパラと校内図を眺めていると、コンコンというノックと共にマルティネスが入室してきた。一緒に、マルティネスと同じ竜族のお爺さんと、少し遅れてちょこんと小さくなった精霊族の女性が入ってくる。
「お待たせして申し訳ない。マルティネス殿、貴女もどうぞ席に着いてください」
「いえ、私はあくまでシルヴィア様のお付きですので」
マルティネスはすました顔でボクの後ろに立つと、後ろから伸びる長い尻尾でピテラルの服のすそを勢いよく持ち上げた。隣でけふっと声が聞こえた気がするが、イヤならマルティネスが来る前に立っていればいいのだ。そして、ピテラルが影になってマルティネスの尻尾は学長達には見えない。憐れ、ピテラル。
精霊族の女性が慌ただしくお茶の用意する中、簡単な自己紹介が始まった。
「お初にお目にかかります。私は中央学術院学長、バラモーク・クレヴァリーと申します。以後、よしなに」
「シルヴィア・カノーヴィルです。こちらこそ、これからお世話になります」
「ふふ、そうお堅くならず」
学長が柔らかい表情で笑みを浮かべた。
「貴女のことは姪のマルティネスを通しメルカフェア様から常々耳にしていました。大変利発的なお子だと」
学長は孫を見ているかのような穏やかな雰囲気でのんびり話す。
「そのお嬢さんがあの『魔術理論基礎』の筆者とは、世間は意外と狭いものですな」
「あ、あはは……」
思わず乾いた笑い声が出た。
間違いない
間違いなく、ボクを確実に外に出すためにお母様が暴露したんだ……
よりにもよって学術院に……!
心中頭を抱えて呻いている間も学長の話は続く。
「魔術学や魔法学の参考書というのは、だいたい専門的で突出した内容のものばかりですからな。重点も魔法発動や威力に置かれている。それに対し、基礎から明確に教えられる者も少ない」
参考書という名の論文だ、と学長はため息を吐いた。
試しに何冊か例の参考書を見せてもらったが、学長の仰る通りだ。
うん、これは酷い。ほとんどがハズレだ。
同じ内容の重複、無駄が多い、どれも一点重視をしているせいで最低限の性能すら得られない。なにより汚い。発動してもリバウンドが起こるオチなのが目に見える。
というか、こんなもん世に出すなよ……
威力特化のものなんて、リバウンドが起きたら軽い惨事が起こるぞ
魔法は失敗すると、高度なものになるほど比例してリバウンドが大きくなる。術者にリバウンドが起こるだけなたまだ良いが、リバウンドが大きすぎると、術者を中心に周囲に被害が出てしまう。
あれだ。風船をイメージすればわかる。
風船が術者で中の空気を魔法とする。
想定以上に大きな魔法を使おうとすると、当然破裂する。破裂の音量が周りへの被害だとすると、大きな破裂であるほど大きな音が出る。つまりはそういうことだ。術者が破裂するイメージはやめておこう。
「魔法学科には一応担当教師がいるのですが、魔術学に関してはてんでだめで」
学長が顔を横に向けるとカシャーンッ、と何かが割れる音が部屋に響いた。
ちょっと……
ねえ、ちょっと……
まさかと思うけどちがうよね?
ちがうと言って、学長
ボクは学長がため息を吐いたことで彼女の正体を悟った。
「彼女が本校魔法学教諭。フュレ・ルシア・コーデリエンスです」
大丈夫だから。この子、一応生徒に人気があるし魔法もまあまあ教えられるから……。
これでも魔法学やら魔術学やら教えられる人は少ないので貴重な人材です。注意力散漫ですが。
※追記:次投稿は11/18の6:00予約投稿になります。