プロローグ 魔術理論に果てはない
目に見えず、しかし、必ず存在するそれ。
それは、常にあらゆる物質の隙間を縫うように循環している。
それが、魔力。
その魔力に信号を与え、変質させ、エネルギーを生み出し、目に見える形で事象を起こすのが、魔法。
そして、魔法の行使に必要な情報と魔力を特定し、事象の制御する。
これが、魔術という名の科学。
カリカリと紙に筆を滑らせていた手を止め、紙束の一つに手を乗せる。紙束の一番上に乗った破れかけた魔方陣の紙は、何度も粗雑に置かれた手のせいでクシャクシャだ。しかし、破れていない限り役目を果たさなければならない。黒いインクできれいに線を描かれた魔方陣は、流された魔力によって発動し、その上に今日の朝食を召喚した。
直後。
冷めた朝食を召喚した魔方陣の紙を破く勢いで引き抜きセットされていたもう一つの魔方陣を発動させる。
「あ」
すでにボロボロになっていた魔方陣にとって先ほどの引き抜きは結構なダメージだったらしい。 真っ二つに破け、ヒラリと床に落ちた。
「あー…、もう寿命か…」
落ちた紙片を摘まみ、この薄暗い部屋の主、シルヴィア・カノーヴィルは呟いた。
ボクはエールゲイル王国の貴族、カノーヴィル伯爵家の長女として生をうけた。
この国は人族を中心に多様な種族が暮らす大陸随一の大国だ。"浮遊島"フェローシェの軌道上に位置するこの国は、フェローシェに住む始祖族の技術と血で繁栄してきた。始祖族は長寿で能力が高く、頭も良い。半精神生命体だから、ちょっとやそっとじゃ死にもしない。おまけに美形が多い。この国が少しでも多く始祖族の血を取り込もうとしたのは必然だった。でも、他種族同士の血ではあまり多くの子は望めない。生まれたとしても、能力の低い親の種族を継いで生まれるのがほとんどだ。十人近く生まれてやっと末っ子に始祖族の子が生まれる。そのくらい確率は低い。
だから、始祖族に生まれるというのはそれだけで絶大なアバンテージを得ること同一だ。かくいうボクも始祖族だ。この頭から生えた邪魔な二対の羽がその証拠。
両親はボクが生まれたことをとても喜んだけど、残念なことに、ボクは貴族という生き物に全く適さない子供だった。十歳の時の初めての社交界デビューだって、大人達の厭らしい目が嫌で早々に外へ出ることはなくなった。
それ以来、自室にこもって生活するようになっていった。
ニートじゃないよ?
個人的に魔術本や小説を気まぐれに書いて世に出して、気づいたら印税で生活してたんだから。
それに、別にこんな生活が嫌な訳じゃない。
むしろ逆。
魔法で一つに固めた、およそ味わうという概念が欠片もない朝食を全部胃の中に押し込むと、ほぅ、と息を吐いた。片手に魔法で水球を浮かべ、こくんと喉を鳴らすと、手の中の筆にインクを足した。
魔法ってすごい。
魔術ってすごい。
だってそうでしょ?
例えば、重いものを持つのに必要な身体強化魔法。普段何気なく目にしているこの魔法を紐解くと面白い。強化している身体の部位に対する魔力の偏りが大きいの。それだけじゃない。なんと、脳が送る重いものを持ち上げようという信号に反応して特定の部位を強化しているの。つまり、身体を動かそうという意識と脳からの信号にリンクして部位の情報を得て魔法が発動しているの!だから腕で重いものを持って身体強化魔法を使うとき、腕を重点的に強化しているのよ。
それだけじゃない。
魔力の偏りがわかるのなら、どの部位の筋肉をどれくらい使っているかまでわかっちゃう。これを応用すると、怪我をしているところまでまるわかり。ほら、怪我をすると、無意識にそこを庇っちゃうでしょ?身体強化魔法は意識ともリンクしているから、無意識でも魔力の偏りですぐにわかる。
まるでパズル
一つ一つのピースが面白い事実を隠している
それらを組み合わせたものが魔法
魔法を読み解き新しいパズルを完成させるのが魔術
ねぇ、こんなたのしい学問、他にないでしょ?
すでにある魔術式の紐をほどくのも、
新しく魔法を作り上げるのも、
呪文や魔方陣に使われる星語を調べたり、
大自然が形成した魔法を記録するのも、
「なんて心踊る楽しい学問!」
バァン!!
「お姉様!」
けたたましい音が鳴り響き、もう何年も開閉していない扉が破られた。無造作に置かれていた紙の束はドアに叩かれほこりと共に宙を舞う。
「もう我慢なりません!今日という今日は、外へ出ていただきます。覚悟なさいませ!」
眩しいドアの先にいる女性。
それこそが、この楽園を破った張本人。
妹のレイチェルだった。
短めでも持続的に投稿が目標です。
※追記:次の投稿は11/9になります。