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なにせHPが1なのだ。カナブンと書いて強敵と呼ぶのだ。





 戦士――マリーダ・ケントロピー16歳。



 勇者を支える三大名家の一角、ケントロピー家に生まれた一人娘である。


 ケントロピー家とは代々、勇者の盾となりその身を守る『男戦士』を排出する一族であった。


 その家訓は『勇者のために全てを捧げる』という自虐的なものであり、勇者に降りかかる攻撃をその肉体で受け止めることを至上とした。身体の傷は誉れであり、四股の欠損は軍神として崇めたてられた。


 だが、


 そこにアスタロト家に30年ぶりの勇者が誕生してしまう。


 ケントロピー家は焦れた。家には50年にわたって男子が生まれていなかったのである。目ぼしい男はすでに老齢であり、このままでは勇者の盾たる一族の伝統が潰えてしまう。


 白羽の矢が立ったのは、まだ物心も付いていない4歳の少女であった。


 そして、




「……こ、これが……ゆ、勇者……?」


 初めて勇者に引き合わされた少女はそこで天使と出会う。


「あばー♪」


 100%邪気のない頬笑み。


「――~~~ッッ!?」


 その笑顔を見た瞬間、泣きたくなるほどの幸せが全身を駆け巡り、少女は為す術もなく達してしまう。


「――……っっ!? んうっ……!? は、はあああああああぁっ!」


 少女の人生が決定した瞬間であった。


「……よ、よろしくな勇者……。今日から……おれが君のお兄ちゃんだ……っ!」





 彼女はこの日より男として育てられた。


 一族の伝統としてどんな攻撃をも耐えうる肉体作りが始まった。――打撃。斬撃。魔撃。少女が毎日失神するまでその身に叩き込まれた。


 さらにケントロピー家特有の、犠牲的精神も教えこまれていく。滅びの美学。勇者の神格化などが徹底的に彼女の中に培われていく。


 全ては勇者の盾となり、その身を守るために……、




 あの天使の笑顔を守るために――。






           ☆






「だからあああああああああああああぁああああああああああああああああああああぁッッ!」


 戦士マリーダ・ケンピローゲが、カナブンに向かって跳躍する。


 長年の修行で鍛え上げられた健脚が地に着くと同時に、凄まじい勢いで地面を蹴る。ビキニアーマーに包まれた身体が矢尻のように飛んでいく。


「カナブウウウウウヴヴンンンンン!」


 戦士は空中で猫のように身体をしならせながら、腰に帯びた愛剣フルンティングの柄を握る。――抜刀から納刀まで一刹那。目にも止まらぬ斬撃をカナブンに振り降ろす。


 だが、


『ギギッ?』


 ひょい。という音が似合うほど簡単に、カナブンは身を捩ってそれをかわす。


(――~~~なッッ!?)


 さらに戦士は着地と同時に音速の連激を投じるが――、ブブブッ! カナブンはバグったようにその身をブレさせてその全てを避けた。


(……なっ!? ――なんだよそのスピードは……っ!?)


 戦士が動揺するのも無理はない。


 カナブンの回避能力は、到底人類が達することの出来る領域ではなかったのだ。


 ――後翅飛行(こうしひこう)


 それは他の昆虫のように鞘翅を展開せずに、腹部との間から後翅を広げることで可能になる高速飛行モードのことある。これにより他の虫に比べ格段に機敏な動作をすることが可能であり、その回避性能の高さは、時速200kmのツバメの捕食をも難なくかわすことができるほどであった。


(……くそっ! ミスった!? やばいやばいやばいやばい……っ!)


 戦士マリーダ・ケントロピーは戦慄する。


 既に戦士の元を飛び去ったカナブンの行き先には……防御結界への侵入を拒んでいる勇者の姿があったのだ。しかもまだ、『ぼく虫ぐらい大丈夫だって♪』とか言いながら呑気に笑っていた。


(~~~なにやってんだよ、アホ僧侶ぉ! ~~~ッ!?)


 カナブンの体の表面はキチン質で構成された鉄壁の外骨格で覆われている。さらに各脚の節の先端には複数の鋭い爪を持っているのだ。


 カナブンがぶつかれば……間違いなく勇者は死ぬ……!


 考えるより先に身体が動く。


(させるかあああああああああああああああああああああああああああああああっ!)


 ――ザシュウウウウッッッ!


 戦士は愛刀フルンティングを己の手の平にあてがい、躊躇いなく横一文字に切っ裂いた。





「ブッラディクロオオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオスス――ッッッ!!」





 咆哮と同時――、


 裂けた手の平から鮮血が噴き出し、まるで吸い込まれるかのように、カナブンに向かって襲いかかる。


『ギギィ……ッ!?』


 血液がカナブンの関節肢と呼ばれる手足へと絡みつき、次第にそれは鎖の姿へと変貌していった。




 ――鮮血の拘束鎖【ブラッディクロス】




 戦士唯一の遠距離技であり、血液で出来た血の鎖で相手の手足を拘束するという、ケントロピー家秘伝の必殺技である。


 その名の通り必要なのは、魔力ではなくその血液だ。約10秒の拘束で約500CCの血液を消耗し相手を縛り上げるのだ。


 人体の出血致死量は、全血液の約半分だと言われている。体重が60キロの戦士の場合、約2リットルの出血で死に至ってしまう。よってその拘束時間は30秒ほどが限度であった。


 だが、


『ギギギ……!?』


 カサカサカサカサ……!


「無駄だ! その鎖は絶対に解けはしない! なんたっておれの命を賭けてるんだからなっ!」


 その拘束力は絶対であり、例え大魔王であってもこの鎖からは逃れることは出来ない……!


『ピ、ギィ……!?』


(……よしっ! これでしばらくの間、ヤツの動きさえ止めておけば……!)


 そう、


 後は魔法使いの禁呪で、カナブンを撃破するだけ――。







 そのはずだった。








(……な、……な、んで……?)


 戦士の視界がグラリと揺らぐ。


「……くっ、な、なんで……こんなに早く……っ!?」


 拘束してからわずか10秒――それにもかかわらず、戦士の意識は混濁を始めていた。歯を食い縛り何とかこらえようとするが、それすらも出来ずにカチカチと痙攣を始める始末。


 そう、


 戦士には大きな誤算があったのだ。


 ブラッディクロスはあくまで、対人間を想定した技なのである。自らの血液を対象者の『手足』へと絡みつかせ、出血の続く限り相手を拘束できる必殺技。


 だが……、


 人間の手足が4本なのに対し、




 カナブンの脚は――6本。




(……くっ、くそっ……!? 脚の数が多い! 相手が昆虫なのを忘れていた……っ!?)


 そう、人間よりも2本多く足を持つカナブンゆえに、出血量も1,5倍になっていたのである。――形勢逆転。節足動物という利点を生かされた敗北であった。


『……ギ、ギギィ……♪』


 拘束力が弱まり、次第にその手脚を蠢かし始めるカナブン。 薄羽を露出させ、再び後翅モードへと移行する。


「――ふっ、ぐ、ううう……!」


 一方、戦士の方は虫の息であった。まぶたが重い。しっかりと立ってもいられない。視界がぶれ始め、音が反響し、思考がとりとめもなく彷徨う。


 意識を失ってしまう寸前……、



 だがそこに――、






「……戦士? 戦士っ! ちょっ、大丈夫なの……!?」






 勇者の声がした。


「……ゆ、う……者……?」


 ちなみに今はもう勇者は、僧侶が張った大天使の結界(エンジェルウォール)によって守られている。


 外界から完全に遮断された異空間の中で、召喚された大天使7人に、とても執筆出来ないサービスを施されていた。


 外界どころではないはずだ。


 外で何が起こっているかなんて分からないはずだ。


 それでも……気遣う声がした。




 それで……充分だった。






「勇者リュカ・アスタロトの為なら……すべてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!」






 ――ザシュウウウウウッッッッッ!!


 ケントロピー家の矜持が戦士の胸で爆発し、少女は愛刀で己の手首を切っ裂く。青い静脈がゴムを切るような音を立てて切断され、真っ赤な血飛沫が切断面から吹き上がる。


『ッッギギ……!?』


「……言ったはずだっ! その鎖はおれの命を賭けているってな……っ!」


 大量の血液が鎖に流れ込み、肥大化した鎖が再びカナブンを力強く拘束する……!


 ケントロピー家の家訓は『勇者のために全てを捧げる』という自虐的なものである。身体の傷は誉れであり、四股の欠損は軍神として崇めたてられるのだ。よってその行動に一切の迷いは無い……!


 だが、


「―――~~~くは、ッッッ!?」


 そこまでだった。


 出血量が致死量寸前の1500CCを越えてしまい、血液の循環が止まってしまった臓器はその活動を停止してしまう。


 プツン……!


 決定的な何かが切れ、戦士はまるで奈落の底に落ちるように、勢いよく地面へと叩きつけられる。


 バッシャアアアアン


 固体化していた血液が液体へと戻り、地面へとぶちまけられる。拘束を解かれたカナブンは、即座に後翅を広げて飛び去っていく。


『ギギィ……♪』


 が、


(……もう……十分、なんだよ……)


 戦士は自らが作った血溜まりの中、空を見上げて微笑んだ。切れ長の瞳を愉しげに細めて、まるで赤ちゃんのように無邪気に笑う。


(……仲間……がいるか、ら……な……)



 仲間へとその想いを託して――、







「………きんじゅ……はつどうなの……」






 同時刻――、


 戦士の遥か上空で、魔法使いレニャ・ドラグーンは、魔道士の杖で蒼光を放ち、大気中に万を超える魔方陣を描ききっていた。


「……ゆうしゃ、いじめる……ゆるさない……」


 常人でも視認可能な魔力の迸りを放ちながら、無表情なはずの瞳を盛んに瞬かせる。


「せんし……いじめるも……ゆるさない……!」


 天空へ伸ばした少女の両手が、轟! という爆発音を響かせたと同時――高度300m一帯に巨大な炎の球体が出現する。その数、数百。周辺の酸素を燃焼させながら、もはや隕石としか思えないほどの豪炎が、焔の尾を引きらながら落下する。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!



 禁呪――極大隕石召喚【グランドメテオ】



 そう名付けられたその禁呪は、太陽のように赤熱し、地響きのような音を立てながら絶え間無く飛来し、地表へと激突した瞬間――大地が内から膨らむように爆散して砕け飛んだ。その隕石群はアリアファン大陸全土へと降り注ぎ、何も知らない無防備な人々を打ち据え、その生命の全てを容赦なく蹂躙した。大陸全体が阿鼻叫喚の灼熱地獄と化すのに、そう時間はかからなかった。


『ピギイイイイイィィィ……!?』


 鉄壁を誇るはずのカナブンの外骨格ですら、まるでスポンジのように陥没して弾け飛ぶ。


(……ゆ、う……し、ゃ……)


 戦士の元にも炎球は飛来する。ビキニアーマーが一瞬でひしゃげ、己の肉体が溶解していく音を戦士は聞いた。


 刹那――溶けていく戦士の脳裏をよぎるのは……邪気のない笑顔。混じりっけのない天使の頬笑み……。



 それが戦士が見た最後の光景だった。



 こうして、




 魔法使いが放ったグランドメテオにより、アリアファン大陸は壊滅的な光と熱に飲み込まれ、戦士――マリーダ・ケントロピーの身体は塵一つ残さず消滅した。











 えっと、戦士マリーダさんのプロフィールを載せておきます。お暇な方はどうか読んであげてください。



 戦士マリーダ・ケントロピー。

 16歳

 身長179㎝ 体重60キロ

 スリーサイズ86、65、90


 Lv80

 HP500

 MP0

 攻撃力255

 防御力255

 素早さ150

 かしこさ2


★経歴

 自分のことを完全に男だと盲信している。胸が成長してきたならそれはハト胸だと教わり、股間に剣がないのは、自らが勇者の剣になるためだと教えこまれたからである。


★悩み

 オ●ン●ン?が小さいのが悩み。玉とかはもう存在すらなくて、股間を見るたびに鬱になる。


★趣味

 同性愛に興味津々で、禁断のバイブル(BL)を読むことをこよなく愛している。


★愛剣

 フルンティング。古代イングランド叙事詩『ベオウルフ』に登場する名剣。長い柄を持ち、刀身は血をすするごとに堅固となるという。


★好きなBL

 純情ロンダルギア 異世界一初恋 おおねずみはチーズの夢を見る 妄想ライデェン


★夢

 勇者と友情を超えた関係になりたいと願っている。端的に言えば『ア●●S●X』がしたい。しかしHPが1なので、押し倒すことすら出来ずに困っている。





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