悪役令嬢の最後
私は今、牢屋にいる。どうしてこうなったのかは理解している。
元婚約者の王子、王国騎士団隊長の息子、ギルドでもトップクラスの力を持つ先生、学生の身で有りながら賢者の称号を持つ後輩……そしてあの女、私から全てを奪い、そして彼等の力を利用して私を牢屋に陥れた彼女。
計画では今頃牢屋にいるのは私ではなく、あの女の筈だった。
一体どこで間違えたのか。貴族だった頃の私はもういない。ここに居るのは国家反逆罪で死刑が執行されるのを待つ一人の女……罪人だ。
奴隷が着る様な一枚のボロ切れだけを身に纏っている私は牢屋の隅っこでうずくまる。今日はとても寒い日だ。息を吐くと白く映る。もうすぐ雪が降る季節だ。いや、既に降っているのかもしれない。ここには外を見れる様な隙間は無いから分からない。近くにある筈の鉄格子さえ見えない程の暗闇。
……今が何時かも分からない。私が牢屋に入れられてから何日経ったのか。……と、日にちが分かった所でどうしようも無い事に気付く。
普段の私であればこんな無駄な思考はしないのに、と悔しく思う。
寒さで震える体を抱きかかえながら私は何度目かの眠りについた。
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夢を見ていた。
私が王子と結ばれ……そして王の妻となり国が栄えていく夢を。
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「起きろ」
首の呪印から全身に激痛が走り、余りの痛みに私は床を転がりまわる。絶叫をあげた筈の声は闇に消え、私は夢から覚めた。
「う……あ……」
「まったく、罪人の分際で手間を掛けさせてくれる。まだ貴族のつもりでいるのか?」
痛みが消えて無い中、気を振り絞り『誰?』と言葉にした筈だったのに口から出てきたのは呻き声だけ。だが、その後の彼の喋り口調で王子だと分かった。
「何し……に、来た、の?」
痛みがまだ引かない。呪印から発せられる痛みで王子がどれだけ私を憎んでいるかが分かる。それでも私は強がり、呻き声では無い言葉をたどたどしく口にした。
「ふんっ、まだそれだけの気力があるのか。しぶとい奴だ」
「……それを態々言いにきたのかしら?」
ようやく痛みが引いてきてハッキリと発音する事が出来た。てっきり王子とは処刑場で会うかと思っていたのだけれど……。
あの時、罪を認めた私は全ての計画を話した。……いや、強制的に私の意志とは関係なく話す事になったと言った方が正しいか。私の後輩だった賢者があんなにも陰湿な魔法を開発していたのは予定外だった。
「…………彼女が目覚めた。それと同時にお前の処刑日が決まった。今日だ」
「……そう」
ようやく決まったのね。正直、この牢屋は飽きてきてたのよ。
私は一言そういうと壁に手を付けてゆっくりと立ち上がる。
「処刑場まで自分の足で歩いていくわ」
王子の反応は無い。それが当たり前かの様に黙っている。
てっきり私がこう言っても引きずられながら連れて行かれると予想していたのだけれど、どういう心境の変化があったのか何も言わずに私が歩き出すのを待っていてくれてる。
私は壁に手をつけたままゆっくりと歩きだす。
牢屋から処刑場はそんなには離れてはいなかった。
久しぶりの太陽が眩しくて目を閉じてしまったけど、それでも瞼の裏から太陽の光が見える。
暫くそうして立ち止まっていたけど、太陽の光に慣れてきたので目を開けて歩き出す。王子はこの間も何も言わず待っていた。そうして私が歩き出すと同時に王子も歩き出す。
処刑場に着いた。そこには私が知っている人が十数人いた。彼等に一度目をやったが何も言わずに中央に置かれている板に仰向けに寝る。
空や太陽が見える中、鋭く大きい刃も見える。
「最後に言い残す事はないか?」
こんな私でも最後の言葉は許される様だ、と少し笑ってしまった。
「ないわ」
言いたい事はあった。けれども、あの王子の目には私では無く彼女しか映っていない。何を言った所でもう既に遅い、意味が無い。
私の言葉が終わると同時に刃が私に向かって降りてくる。その時、聞こえた誰かの怒号と共に私の人生は終わった。