思い出話。
三上さんの話してくれた過去は悲惨だった
「官僚だった父親が自殺したのは多忙な業務のせいだと母親は労災認定の裁判を起こした」
「裁判というのは戦いだ」
「少しでも自分が有利になるように相手の非を徹底的に調べ上げる」
「その結果、相手の調査によって父親に愛人がいたのが発覚した」
「自殺の原因をその痴情のもつれにもっていこうとした」
「エリート官僚の自殺、愛人の発覚、それに憶測で汚職の疑いがかかった」
「裁判はマスコミの格好のネタだった」
「とにかく親戚中の人間が何かすねに傷がないか調べられた」
「母親の過去の浮気も暴かれた」
「医者だった祖父が傷害事件を起こしたことがあると、ありもしないことも捏造された」
「世間が家の家族の敵になった」
「特に父親がなくなる前の家は人が羨むような幸せな家庭に見えていただろうから、もともと妬みを買っていたんだろうな」
「桜は覚えていないだろうが、ある程度の年齢の人間には記憶があるかもしれない」
「汚職の疑いは晴れ、裁判には勝ち労災が認定されたが、残された家族はボロボロになった」
「母親は精神を病み入退院を繰り返し、誤飲性の肺炎で亡くなった」
「自分も少し病んだ」
「両親に裏切られ、自分は何も変わってないのに突然世間が敵になり」
「自分を取り巻く世界が父親の死で全てが変わった」
「それからは常に誰かに監視されているような気がして極度の人間不信になった」
「俺はそれまでの自分の名前を捨てた」
「三上というのは母方の姓だし鈴彦というのは裁判所に申し立てて改名した名前だ」
「もとの名前は奏という」
かなで…
素敵な名前
三上さん、それを捨てなければならなかったんだ
「不思議なもので、名前を捨ててしまった時点でいったい自分が何者なのかわからなくなった」
「あの名前こそが自分だったのかもしれない」
「もういっそ死んでしまえと思っていた母親が中学に入ってすぐ亡くなり、祖母も俺を守るために住み慣れた田舎を出て二人ひっそり都会で暮らした」
「まるで罪人のような自分が惨めだった」
…重い
なんか
三上さんは私には重い
こんな重い過去を抱えていたなんて
でも偉いな
隠しきれない何かを感じるけど、社会人としてちゃんと生きている
三上さんは私の家のことも聞きたがった
「私とお兄ちゃんは同じ親から生まれたとは思えないくらい顔に差があるんだよ」
「あっちは人が振り返るほどのイケメン、かたや私は生まれたての子豚」
「私、子供の頃お母さんを責めた」
「お母さんどうして私をブスに産んだのって」
「お母さん、私を産むとき手を拔いたでしょうって」
「お母さんはお兄ちゃんはお母さんに似て、桜ちゃんはお父さんに似ただけよって言った」
「そしたらそれを聞いていたお父さんが責任感じちゃって…」
「それからお父さんは罪滅ぼしみたいに何でも買ってくれるようになった」
「もともと甘々なんだけどね」
「だから私は何でも持ってた」
「多分この子ブスだから履歴書だけでも整えようと、地元のお嬢様学校に私を入れたんだと思う」
「お父さんはサラリーマンだけど、家アパートとかも経営してるから」
「お母さんは毎日門のとこまで送ってくれて」
「桜ちゃん、今日も可愛いね、森で出会ったら妖精さんだと思っちゃうよ」
「さあ、今日も元気に行ってらっしゃい」
「って言うのがテンプレートだった」
「あ〜美人に生まれたかったな」
「そうしたら親に変な気を使わせなくてすむし」
「かわいい服来ててもこいつブスのくせにこんながんばっちゃってって目で見られなくてすむし」
「私かわいい服好きだけど、人にかわいく見られようと思って着ているんじゃないよ?」
「ただ好きだから着てるの」
「自分のために着てるの」
話を聞いた三上さんが
「桜はじゅうぶん可愛いのに…」
「それより箸の持ち方が変なのを気にした方がいい」
って言ったのには驚いた
だってお祖父ちゃんがお盆に言ってたことと一言一句変わらないこと言うんだもの