ルームシェア②
洋館の二階に佇む一人の女性。
移ろう町を今日も眺める
ーー雨だ。
通りを歩いて行く人々が、空を見上げて慌てて走っていた。
空は朝からどんよりと重く鉛色をしていたから、おそらく天気予報ではくもりのち雨とかいっていたのだろう。傘のない人が慌てて掛けて行く。
私は、といえば、晴れだろうが雪だろうが雷だろうが大体この大通りに面した2階の角部屋の窓辺にいる。
ここからなら人の動きがよく分かるからだ。
色んな人を眺めるのが好きなので、ずっとここにいるようになった気がする。
きっかけがなんだったのかは思い出せない。なんせかなり昔の事だから。
次第に慌てて走る人よりも、傘をさして歩く人の方が多くなってきた。
下校中だろうか。小学生、それも低学年の頃とおぼしき子供達が傘をさして歩いてきた。
ふと、その中の一人の子が顔を上げてこちらを見ている。
じっと見返すと、その子は笑顔で手を振ってくれた。
少しばかり戸惑ったが、結局手を振りかえすことにした。
そうするとその子は満面の笑みを浮かべてもっと手を振ったが、ふいにその顔が逸らされる。
恐らく友達にでも呼ばれたのだろう。黄色い傘のその子は赤いランドセルを揺らしながら走って行ってしまった。
こういう事はたまにある。
何故だか分からないが、私に気づいてしまうに人がごくたまにいるのだ。
居たからどうだということはないが、まあ面倒にならなければそれで構わない。
また、こちらに視線を向けてくる人物がいる。今度は青年だ。
ひらひらと手を振ってくれるのをただじっと見返した。
それでも彼は諦めずに振ってくるので、仕方なく振りかえす。
彼はうんうんと頷いて去っていった。
一体何なのだろうか。
まあいい。とりあえずもう夕方だ。
雨は変わらず降り続いているが、雲の切れ間に見える赤い光が反射して綺麗だった。
見惚れて気付く。
夜、出かけなければならなかったことを。
渋々、窓から離れて夜の準備を始めた。
夜半少し前に窓を叩く音が響く。
鏡の前に居たから、慌てて窓へと駆け寄る。
開けるとそこには友人が居た。
久しぶりとの声に、はにかんでみせる。
すいっと窓から外へ出て、そのまま友人と出掛けた。
いつもの集会。
何をするでもなく、ただ他の人の情報を収集するだけの。あまり意味を見出せないが、呼ばれれば来ることにしているのは、やはり寂しいからなのだろうか。
「どう?最近。」
相変わらず美人な友人は綺麗な瞳をこちらに向けてくる。キラキラと、実にゴシップ好きのそれを隠しもしない。
苦笑いして何も、と応じる。
「つまんないわねー。ウチ、この前若い男が来たわよ。」
とびっきり嬉しそうに友人は語り出した。
まあ、いつもの感じだ。
「でね、ふうって息かけてあげたら飛び上がって喜んじゃって!可愛かったわー。」
ああ、願うなら、その人の人生に幸あれ、である。
この友人はこうして驚かしては喜んでいるのだから始末におえない。
「あんまり脅かしてばかりだとその内目をつけられちゃうよ。」
一応、忠告はしてみた。
聞いてくれるかは、分からないが。
「あ、それね。なんか噂で聞いたな〜。変わった祓師の話。」
え、と友人の顔をとくと見る。
「なんかね、変な話なんだけど、その祓師はこっちの事情を聞いてくれるみたいでね、追い払われないらしいって。」
その言葉に目を丸くする。
だって、それはもうなんか祓師ではなくないか。
「変だよね〜。」
うん、と言葉にせず頷いた。
なんだか不思議な気分た。
本当にそんな祓師がいるのなら会ってみたい気もするが、あまりに眉唾過ぎて少し胡散臭くもある。
そんな話をしていた時だった。
ざわざわと周囲が色めき立っている。
顔を上げて周囲を見回すと、幹部会の方に物凄い勢いで走っていく人の姿があった。
何だろうと、皆訝しげに見守っている。
「大変だ!幹部会の織田さんがやられた‼︎相手は祓師らしいぞ‼︎」
大声で叫ぶその人を見た。
遠いのではっきりとは見えないが焦っている事は分かった。
繰り返し叫ばれるその言葉をようやく理解する。
「嘘ッ」
そんな声がそこかしこから聞こえてくる。
それもそのはずだ。幹部会の織田といえばかなりの武闘派で、名だたる祓師をねじ伏せた事でも有名であったからだ。
皆一様に信じられないと口にする。
集会はそのまま有耶無耶の内に解散となった。
戻ってからベッドの中で集会の事を思い出していた。
不思議な祓師の事、幹部会の1人を破った祓師の事。
どうやら自分達をら取り巻く環境は厳しい方向に向かうようである。
一時期あったのだ。祓師達による一方的な狩りにも似た自分達のような成仏出来ないモノを追いつめた事が。その事がアタマから離れないでいた。
身体の無い自分達は、祓われたら消えるしか無いのだ。どうしようもなく恐怖が込み上げて来るが、しかし、この世界は生きている人のものだという思いもある。
本来自分達は居てはいけないのだから。
大方の人は上手くあの世に行けるのに、こうしてうっかり留まってしまうモノもいる。
迷惑をかけていることは分かっているのだ。
この家だってこの部屋以外は普通の家族が生活している。
なるべく迷惑をかけないようにしているが、どうなのだろうと思う。
そんな事を考えていたらいつの間にか眠りにおちていた。
起きたらもう太陽は真上に上がっていた。あまりに眩しくて寝ていられない。
ゴトゴトと、階下から音が聞こえる。
何かを動かしているようだが。いつもはとても静かなので不思議に思い、外を見る。
大きなトラックが停まっていた。
ーーああ、そうか。
引っ越しだった。
やがて全ての荷物を運び出したのか、家族が外に出て、引っ越し業者に頭を下げていた。
じっと見つめていると、子供がこちらに手を振ってきた。
お別れの挨拶なのだろうか。目一杯手を振っている。
それに気づいた母親が、叱責したのだろう。
何を言っているのかまでは分からなかったが、悲鳴にも似た金切声が聞こえてきたから。
怒られた理由がイマイチ分からなかったようで、泣きながらも、その子はこちらを見つめていた。
可哀想になってしまう。それで、また手を振るのだ。
そうするとその子は嬉しかったのか、また手を振ってきた。
車の準備が整ったのだろう。乗用車が家の前にきて、その子を乗せて行った。
それを見送ると、また、いつものように窓の外を眺める。
そうしてまた、1人になった。
なんでしょう。
ちょっと思ってたのと違う気がしますが、このラストが書きたかっただけなんです。
もうちょい色々書きたかったな。