第六話 ODDS&ENDS?
俺達が『UEO』をプレイし始めて、半年の月日が流れた。
昇は毎日世界中を巡って壁を探し、挑み続ける生活を送っている。
千里の方も大したもので、料理の腕は日進月歩の上達を見せた。
好きこそ物の上手なれ、今ではお客様からお金を頂戴できるほどにまで成長している。
俺が頑張って稼いだギルドポイントは店舗作成に根こそぎ持っていかれたが、不平なんか一欠片もない。
二人が『UEO』を心底楽しんでくれているなら、俺はそれだけで十分だった。
全てが順風満帆……と言いたいところだが、逆風に立たされている奴が一人いる。
「あーもー、モンスターどこだぁ!」
そう、俺です。
ここはラミア大陸のレムレース王国領にある小さな森。
街道を逸れてすぐの場所だが、結構稼げるネコ系モンスター“リンクス”が出るって聞いてやって来たのだが……。
「これじゃあレベル上がらねーよ。ギルドポイントも稼げねーし、参ったなぁ」
レベルが上がらないのは、まぁ許そう。でもギルドポイントを稼げないのは痛い。
店舗作成によって千里の店は作れたが、その佇まいは非常にしょぼかったのだ。敷地は狭いし、外観も内装もパッとしない。
店を豪華に改築するにはギルドポイントが大量に必要で、俺は千里から「よろしくね」と包丁を突き付けられている身の上。何とかしないと命が危ない。
俺だってねぇ、毎日頑張ってるんですよ。心の中で誰ともなしに愚痴っちゃうほど頑張ってるんです。
なのにモンスターがなかなか見つからないんだ。
モンスターは基本的にノンアクティブ。分かり易く言うと、プレイヤー側が攻撃を仕掛けない限り様子を見ているだけで襲って来ない。
だからこっちから探しに行ってやる必要があるのだが、見つけたと思っても縄張り意識でもあるのかポツンと一匹だけだったり、最悪こちらの気配を察知して逃げていく奴もいる始末。
そういうワケでレベル上げが一向に捗らないのだ。
この『UEO』というゲームの本来のストーリーは、世界各地に存在するという遺跡『影見の氷輪』をモンスターどもから奪還していくというもの。
日々更新されていく最前線で活躍するトッププレイヤー達のレベルは35前後。俺のレベルは現在25。正直かなり離されている。
原因は、俺がソロプレイヤーである事。
MMORPGにおいて、パーティープレイとソロプレイの経験値効率に雲泥の差があるのは誰もが知っている事と思う。もちろん『UEO』のようなVRMMOでもそれは変わらない。
そして俺のコーリングは『ブレス』……中途半端な魔法剣士だ。特化型のみで編成される効率重視のパーティーから、半端者のブレスが爪弾きにされるのは当然の流れだろう。
──楽しければそれでいい。
そんな考えで選んだコーリングだったけど、今さらながら失敗だったと少し後悔してみたり。
「おっ、湖だ。珍しい魚とか釣れないかな」
まぁもう一つ原因があるとすれば、ついつい横道に逸れちゃう事かなぁ。
こうやって新しい採取ポイントを見つけるとレベル上げそっちのけで熱中しちゃって。
採取の他に昇の護衛を買って出る事もある。登りたい壁の付近にアクティブモンスターがいた場合、昇の安全を確保するのは俺の仕事だ。
なにせ昇はレベリングを全くしておらず、半年経った今でもレベル3を貫いている。
昇がハマっているクライミングは、道具を一切使わずに己の肉体のみで絶壁に挑むスタイル。ボルダリングに近いかもしれない。
ルートを誤れば即死という気違い沙汰としか思えない遊びだが、実際に落下死を繰り返しているのでデスペナでレベルが下がる事もあるそうだ。
レベルが2に下がるとクライミングスキルにロックがかかってしまうのだが、そんな時はまたスライムを倒してレベルを3に戻すらしい。
こんな恐ろしく無駄な遊び方をしている奴は、『UEO』の全プレイヤーを見回しても昇くらいだろう。
「フィィィッシュ! これは大物の予感!」
竿を引っ張る確かな手応え。水中に潜む見えない相手との戦いに勝利した俺は、釣り上げた戦利品に目を凝らす。
「これは……手乗りクジラ? 大物かと思ったら小さい……あ、でもなぜかレア度高いぞ」
あとで千里に持って行ってやるか、とアイテムバッグにクジラを突っ込んでいると、
──ピコンッ!
という音。毎度おなじみ……ってほどでもないけど、システムからメッセージが届いた音だ。
「なになに……採取スキルを777回使用したあなたに記念品を贈ります。アイテムバッグに空きがある事をお確かめの上、受け取りボタンを押して下さい」
へぇ、俺ってそんなに採取スキル使ってたのか。バッグに空きはある。受け取り確認っと。
「よし。追加されたアイテムは……強欲なる者の指輪? 装備効果、アイテム取得時に獲得数を+1する……ってそれマジ? なにげに結構すごそうだな」
俺はさっそく指輪を装備して釣りを行う。するとどうでしょう、本当に獲得数が+1されているではありませんか。
「おおう、これはすごい。一匹しか釣ってないはずなのに、なぜか二匹釣った事になってる。へぇ~……んっ!? 待てよ……それってひょっとして、かなり使えるんじゃないか?」
この狩り場には、リンクスがいる。リンクスはネコ系のモンスターであり、ネコ系モンスターからは低確率で『小判』という高価な換金アイテムを入手する事がある。
この指輪を装備して倒せば、小判を入手した時二つ手に入るんじゃ……?
「こうしちゃいられねーぜ! さぁ子猫ちゃん、出てきやがれ!」
期待を胸に振り返ると、そこにはちょうどリンクスが一頭。
「ナイスタイミング! 水でも飲みにやって来たか? 残念だったな、アウトだぜ!」
俺は剣を振りかぶり、無防備な額に一撃。
しかし踏み込みが足りなかったのか、リンクスは全く怯む事なく即座に突進してきた。
咄嗟に身を捻り、俺はリンクスの爪をかわす。だが思った以上に体の反応が鈍く、わずかに爪が肩を掠めてしまう。
「チッ、死に損ないが生意気、な……ぁ、れ……?」
満タンだったHPバーが一気に消滅し、俺は地に膝を突いていた。体の力が抜ける。意識が遠退く。
俺は何が起こったのか理解できないうちに、仮想現実から強制ログアウトされてしまった。
† † †
「あー……死んじまったか」
これで三時間ロスト。経験値も大量没収。どうしてこんな事に……。
俺はベッドから起き上がり、VRダイビングギアを頭から外す。
「何でリンクスごときに殺された? あり得ない、何度も勝ってる相手だぞ?」
死亡する直前の事を思い出してみる。
自分でも気付かないうちに、何か重大なミスを犯したのか? それとも……。
とりあえずコップ一杯の水を飲み、心を落ち着けたところでもう一度ログインしてみた。
そして、そこで気付いてしまった。リンクスに殺された原因に。
全ての元凶は、『強欲なる者の指輪』。
破格の奇跡をもたらす代償に、装備した者を死に至らしめる“特殊な呪い”を宿す指輪。
はぁ……せっかくスゲー指輪が手に入ったと思ったのに、このマイナス効果のせいで戦闘ではガラクタ同然だ。仕方ない、この指輪は採取スキルを使う時だけ装備するようにしよう……ってゆーか。
頼むからアイテムの説明文にマイナス効果も明記しておいてくれよ、運営さん……。