第四話 バーチャルリアル脱出ゲーム
拠点作成を実行した瞬間、俺の視界は真っ暗闇に支配された。
これは多分、システム上のちょっとした待機時間だろう。慌てる必要はない。
こういう入り方をするって事は、拠点はMMOではなくMO──つまりインスタンスエリアに生成されるみたいだな。
「おお……これが拠点か」
ログイン待機中と同じ真っ黒な静寂がしばらく続き、次に目にしたものは……、
「ガランとしてるね」
テーブルもイスも何もない、石の壁に囲まれただけの簡素な空間だった。もちろん窓はあるけど。
「あぁー! でもでも、アレがあるじゃない!」
部屋の隅っこには石の炉が組まれ、その上は煙突になっている。炉の横には作業台のようなものと、洗い場のようなものが。
これはもしかして、キッチンか? ふむ……ずいぶん原始的な造りだな。
しかし当の千里は非常に上機嫌だ。何せ料理ができるのだから。
「包丁もあるぅー、まな板もあるぅー、お鍋もあるぅー」
包丁片手に舞い踊る千里。こいつ料理下手なくせに、料理好きだよなぁ。これが下手の横好きってヤツなのか。
「どうする? せっかくだから何か作るか? 必要なら何か食材買ってくるけど」
俺の提案に目を輝かせ、千里は包丁を持つ手を振り上げて叫ぶ。
「じゃあアレ! 目玉焼き作る! 私の包丁捌きを見せてあげるわ!」
「目玉焼きだと包丁の出番はないんじゃないかな」
「えっそうなの? じゃあ仕舞っちゃおうか」
──ツルッ。
「あっ、おっととと!」
キッチンに戻そうとした包丁が、それを拒むかのように千里の手からぴょんと逃げ出す。
何とかそれを捕まえようと手を伸ばすが、二度三度と手の上を跳ねてお手玉状態だ。
──トン。
落ちた包丁は奇跡的にも刃を上にして床に立ち、
──グサッ!
その上に、バランスを崩した千里が倒れかかった。
「ええええぇぇぇーーーっ!?」
俺と昇が驚きのデュエットを奏でている間に、千里はしめやかにログアウトしていった。
ゲームだからいいものの、これがもし現実世界だったら人生からアウトするところだぞ。
「し、死んじゃったの?」
「あぁ、死んだな」
「そんな……すぐ戻ってこれるよね?」
俺は残り時間を確認する。残り約二時間半……あぁ、こりゃダメだ。
「残念だが、今日の千里は終了だ。ご愁傷様」
「えっ、何で!?」
「知らないのか? 『UEO』はゲーム内で死ぬと大量の経験値と共に、持ち時間の半分である三時間を失う。千里の持ち時間は今、ゼロになったはずだ」
「そ、そうなんだ……あれ? 何で僕らの残り時間が二時間半になってるの? まだゲームを始めて一時間半しか経ってないのに」
むむ? 何だ昇、公式サイトをちゃんと見てないな。仕方ない、説明してやるか。
「いいか昇、『UEO』はVRゲームだ。心身に負担がかかるから連続プレイ時間は六時間と決まっている」
「それは知ってるよ。でも、僕らはまだ一時間半しか遊んでない。あと四時間半残ってなきゃおかしいじゃないか」
「その通り。だが……“戦闘状態”は違う。非戦闘状態であれば六時間遊べるが、戦闘状態では二時間しか遊べない。言ってる意味は分かるな?」
「えっと……つまり戦闘状態では、残り時間が通常の三倍の速さで減少していく、って事?」
「ご名答。俺達はレベル3になるために戦闘を一時間行っている。つまりその時点で三時間を失った。そこにデスペナルティの三時間が加われば……」
俺がそこまで言うと、昇は全てを理解して泣いた。
「泣くな昇。千里はお前の泣き顔なんて望んじゃいない。だから……笑ってやろうぜブフッ、ぶわっはははは! バッカじゃねーのアイツ! 超腹いてぇー!」
「わ、笑っちゃ悪いよ……フフッ、あっははは!」
よしよし、何事も笑顔が一番だ。これでいいんだろ? 千里。
「こら、笑ってんじゃないわよ」
「へ?」
振り向くと、そこには鬼の形相をした千里の姿が。
「はひぃ! 何で千里がここに!? 一日のログイン時間を使い果たしたら、十二時間待たないと入れないはず……まさか……お化け!?」
「んな訳ないでしょ! 十二時間待たないと入れない、というのはあなたの勘違いよ。正確には、ログアウト中に十二時間かけてゲーム内の時間を六時間回復するシステムなの。いつもご大層に講釈垂れてるくせに大した知ったかぶりね」
んん? そ、それはつまり……二分ログアウトしていれば、一分ログインできる時間が回復するって事……か?
「今からあなたの家に行くから」
それだけ言い残すと、千里はすぐにログアウトしていった。
「……昇、俺も今日はログアウトするわ」
「えっ、でも」
「じゃあな!」
死神が、すぐそこまで迫っている。俺は全速力で家から逃げ出したのであった。