第七話 ドゥームレイダーズ
戦いにおいて、勝てそうもないと判断した時は撤退するのも一つの戦術だ。
問題は、その判断を正しく迅速に下せるかどうか。俺の場合、そこは運と勘に任せるとしよう。
「ティフォーネ、お仕事だ!」
「ご承知した。ユウタさまには前衛をお願いする」
俺は戦闘用NPC・ティフォーネを召喚する。これで二対一。
こっちだって一度ソロでミューカスを撃破してるんだ。多少のレベル差なんてひっくり返して見せるさ。
開幕直後、俺はスキル《サンダーブレード》を使用。ミューカスとの戦いを再現すれば勝機はある、そう信じての行動だ。
巨大な口から吐き出される火球を掻い潜り、股下へと滑り込む。千年竜の右脚に狙いを定めて斬撃を見舞った。
相手の動きは鈍重だ。予備動作を見逃さなければ回避はできる。そう考えればミューカスより弱いかも?
「あれ……何か変だぞ」
俺とティフォーネの攻撃は、確実に奴のHPを減らした。なのに……、
「こいつ、HP自然回復の特性を持ってるのか!」
千年竜のHPバーが、見た目で分かるほどの速さで回復していく。
ミューカスより弱いなんてとんだ見込み違いだ。俺とティフォーネの火力を合わせても、こいつを倒しきるのに二時間以上かかるかもしれない。そうなったら強制ログアウト、つまり俺達の負け。
アレキサンドライト霊石を二つ外して毒属性LV1に戻せば、相手を毒状態にできる。それでHP自然回復をある程度相殺できるかもしれないが、昏睡状態は狙えなくなってしまう。
昏睡させずに《アルスノヴァ》を発動させる事は不可能だから、結局タイムアップという可能性が一番高い。
あれ? これって手詰まりじゃね?
「がはっ!?」
死角からの尻尾攻撃を受け、未だかつて経験した事がないくらい吹っ飛ばされた。
HPバーの減り方も尋常ではなく、どうやら一撃で半分近く持っていかれたようだ。
こんなダメージじゃ、毒を蓄積させて昏睡状態に持ち込む前にこっちが永眠させられちまうよ。
俺は隙を見て回復アイテムを使う。
このゲームの回復アイテムは使った瞬間一気に回復するのではなく、一定時間効果を持続させて少量ずつ回復していくようになっている。
二連続でダメージを受ければ余裕で死ねる威力。敵の命中が低くて助かった。
「きゃあっ!」
背後からティフォーネの悲鳴が聞こえる。火球を避け損なったらしい。
NPCは死亡すると雇用期間が強制的に終わってしまう。もう一度雇えば戦闘に復帰させられるが、ギルドポイントも無限ではない。
少し悩んだ末、俺は回復アイテムをティフォーネに使った。ギルドポイントはギルド全体の財産であり、俺の一存で放出していいものじゃないからだ。
回復アイテムも有限だが、貴重なダメージソースである彼女を失う訳にはいかない。これは正しい判断だ。
「おわぁっ!」
ティフォーネを回復している隙を突かれ、俺は再び宙を舞う。
HPが全快する前にもらってしまった。次の一撃で俺は死ぬ。
空中で体勢を立て直し、着地。千年竜の攻撃に備えて顔を上げた、その時。
「あ、やば」
ヤバイと言い切る暇もなく、俺の目の前には火球が迫って来ていた。
戦闘前に二個目の命知らずの証を昇から受け取っておいたから、死亡は免れるだろう。
だが、せめて死ぬ前に《ソウルリベレーション》をブチ込んでやりたかった……。
──ドンッ!
俺の周囲を熱風が吹き抜けていく。無駄死になんて不本意だが、仕方がなかった。
これで命知らずの証による生き返り効果が発動。俺のHPは全回復……、
「しないだと!? な、何で……ってか、俺生きてるし! 何で死ななかったんだ?」
驚いて前方に目を向けると、そこには小さな女の子の背中があった。
「はやく回復して。リトスが守ってるうちに」
長い白髪と紫のビキニアーマーが特徴のその少女の名は、“リトス・リーリエ”。
巨大な盾を用いて仲間を守護する、コーリング『アイギス』の戦闘用NPCだ。
でも、どうしてティフォーネ以外のNPCが俺を援護してくれるんだ……?
「五味渕君! 私も『円環のオフィウクス』のメンバーだって事、忘れないでよね!」
とんがり帽子をくいっと持ち上げて、千里が叫ぶ。
そうか、千里がリトスを雇ってくれたのか! だが、これで千里も戦闘に参加してしまった事になる。
下手にヘイトを稼がなければ千里が狙われる事はないと思うが、大丈夫だろうか?
「おサカナさんおサカナさん、楽しいお話、聞かせてよ」
そんな事を考えていると、何やら楽しげな女の子の歌声が空から流れてきた。
「せーの、《アクアブレット》!」
場違いなその歌声は、どうやら魔法の詠唱だったらしい。
千年竜の翼に降り注ぐ、無数の水弾。仰ぎ見たそこには、高台の上に立つ昇の姿があった。
その隣には、水浅葱のローブと巻貝を模したウィッチハットに身を包む、千里とは別のメイジが寄り添っている。
両手用の大きな杖を持っているから、コーリングは『ネメシス』か。
「ボク、“ライム・ペオニーア”って言います! みなさんのお邪魔にならないよう、精一杯頑張ります!」
可愛らしく自己紹介をするライムの横で、昇は俺に親指を立てて笑いかける。
ったく……みんなレベル低いくせに無茶ばっかりしやがるぜ。
だが、クライミングで高台を登ったところから攻撃させるのはナイス判断だ。
あの位置なら気をつけるのは火球による遠距離攻撃だけで済む。
遠目に観察していれば見切りやすいモーションだから、対処は難しくないだろう。
「よっしゃあ! 『円環のオフィウクス』、反撃開始だぜ!」
雷を纏う刀を構え直し、漆黒の暴竜と対峙する。さぁ、ここからは俺達のステージだ。
そう思って見据えた敵の後ろ、俺は高速で竜に肉薄する謎の影を視界の端に捉えた。
「瞬裏閃影流鞘走術──」
聞こえてきたのは、凛と澄んだ女の息吹。
刹那、瞬きの裡に閃く剣影が、鞘を走って流れ出す。
「《廻戈絶刀》!」
裂帛の叫びと共に放たれた、電光石火の抜刀術。
その紫電に打ち抜かれ、千年竜の尻尾が音を立てて大地に横たわった。
影の正体は、美少女。
臙脂の髪と唐紅のマフラーをなびかせて立つ、眼光鋭い首切り役。
夜の闇を編み込んで作ったかのような和装を纏う彼女こそ──、
「蛍火牡丹。その太くて硬い首、斬らせてもらうわ。それが私の役目だから」
今回のアップデートで追加された戦闘用NPCの中で、圧倒的性能と費用を誇る女剣士だ。
俺はティフォーネ。
千里はリトス。
昇はライム。
ならば蛍火は一体誰が雇っているんだ?
「先に始めるなんてヒデェじゃねぇか。オレ達も混ぜてくれよ、伝説の」
この声は……葛木総司! と、ネコミミ男達。
「ど、どうして『マンチカンズ』がここに?」
「昨日、ある人物に助っ人を頼まれてな。オレとしても千年竜の牙には興味があるから、引き受けてやろうと思っただけだ」
ある人物っていうのは、まぁ間違いなく昇だよな。
今まで敵だった奴に頭を下げる……そんな行為、普通はプライドが邪魔して難しいはず。そういうのを簡単に実行できるのが昇のすごいところだ。
俺としてはソロでカッコ良く撃破したかったんだが、今回ばかりは相手のレベルが高すぎる。
だったら、俺もつまらないプライドなんか捨てちまえ。
「よぉーし! 『円環のオフィウクス』と『マンチカンズ』のレイド狩りだ! 乗り遅れるなよ、野郎ども!」
NPCも含め、総勢二十人近い大乱戦。
『マンチカンズ』のメンバーも全員レベル90代まで成長し、武器の鍛錬も済ませていた事もあり相当な戦力になってくれた。
あとの事は、多言を要するまでもない。
ほどなくして千年竜は断末魔の叫びを上げ、息絶えるのであった。
「やったぁぁーーっ!!」
全員が互いの健闘を称え合い、その喜びを共有する。
手に入れた牙を空に突き上げる者、抱き合う者、ハイタッチを交わす者。それら全てが笑顔の中で行われている。
なるほど……これが共闘か。
今まではソロ狩りも楽しんでやってたけど、こういうのも。
「存外、悪くないな」
そういう俺が、多分この中で一番の笑顔をしているんだろうな。




