第一話 レフェリーストップはチャイムのあとで
「おはよう千里。いよいよ明日だな!」
「明日? ……あぁアレね。え~と、ゴールデンウィーク」
千里の回答はある意味正しい。ゴールデンウィークは誰にとっても待ち遠しいものだ。
だが違う! このタイミングで明日といえば、もう一つしかないだろう。
「違うな千里。明日って言ったら『ウロボロス・エクスプローラー・オンライン』の正式サービスの事だ。俺にとっちゃゴールデンウィークなんてオマケみたいなもんだね」
「……なんだっけ、それ」
……おいおい嘘だろ? あれだけ毎日説明してきたのに、マジで覚えてないのか? 前々から怪しいとは思ってたけど、こいつ若年性健忘症の疑いがあるようだな。
「仕方ない、また一から教えてやる。『ウロボロス・エクスプローラー・オンライン』、通称『UEO』は世界初にして世界唯一のフルダイブ型VRMMORPGだ。VR技術自体はすでに世界中で研究開発が進み実用化されているものの、基本的に軍用であったり、医療やスポーツなどの専門分野……まぁ言うなれば特定の大人が特定の現場で扱うものという認識だったんだよな。しかしそれがついに」
「あぁーもうっ、うるさい! 知ってるわよ、そんな事!」
「ん、基本的な事はさすがに覚えてたか。じゃあ『UEO』を遊ぶ上での注意事項を」
「それもちゃんと覚えてるわよ。アレでしょ? 一日六時間しか遊べないのよね?」
「そうそう、やっぱ心身の負担が相当デカいらしくてさ。連続プレイ時間は六時間が限度……って、なんだ。ちゃんと覚えてんのか。脅かすなよ、マジで心配しちゃっただろ」
俺がバシバシ背中を叩くと、千里は顔を歪めて睨んでくる。
「心配ご無用。私は五味渕君が思っているほどアレじゃないわ」
「そっか。ならいつもアレとかソレとか言ってるのは何なんだよ」
「そ、それはアレよ……口癖って言うか、つい言っちゃうの。べ、別にいいでしょ」
するとそこで、俺と千里の会話にもう一人加わってきた。
「おはよう勇君、千里ちゃん。いよいよ明日は『UEO』だね」
「あら、おはよう春日部君」
「グッモーニン、昇! お前は分かってるなぁ。やっぱ楽しみだよな、普通」
「普通じゃなくて悪かったわね。でも誤解しないでよね。わ、私だって、一応楽しみにしてるんだから」
千里のヤツ、素直じゃねーなぁ。でも良かったよ、二人とも楽しみにしてくれてて。
「ねぇ、二人は種族と職業、何にするかもう決まった? 僕悩んじゃって」
昇がそう言いかけたところで、呼んでもいないのに現れる迷惑の塊が一人。
「はぁぁ~!? マジかよ、あーもー死にてぇ。せっかく明日が楽しみでいい気分だったのに、急に嫌な気分になったぜ。こりゃ慰謝料請求できるレベルだな」
出やがったな、このクズ野郎。何だってこう突っかかってくるんだコイツは。
「何か用かよ、葛木総司」
「残念だけど用がある。おいゴミカスコンビ。てめぇらが『UEO』やるってマジか? 一体誰が許可したんだ、あぁ?」
「誰の許可がいるんだよ」
「親だよ」
あぁ……うん、そりゃそうだ。
「親の許可は取ったよ。今時珍しい月額課金だ、しかも高い。俺は親に土下座して頼み込んだぜ」
「ケッ、中々根性あるじゃねぇか。他の二人は?」
「ぼ、僕も両親にお願いして了承してもらったよ」
「黙れサイボーグ、人間の言葉を喋んじゃねぇ」
サイボーグとは昇につけられたあだ名だ。
昇は小学生の時、事故で両脚を失っている。それからはずっと車椅子生活で、葛木をはじめとするクズどもから「幽霊」と呼ばれて馬鹿にされた。
それからしばらく経った後、昇の脚は車椅子から義足に代わる事となる。
義足を手に入れた昇は必死に歩く練習をして、激しい運動や細やかな動作はできないものの、それでも生活に支障のないレベルまで回復したんだ。
俺はそれを、ずっと隣で見続けてきた。昇は頑張った。俺が保証する。
そんな昇を、こいつらはまた馬鹿にした。「サイボーグ」という新たなあだ名をつけて。
「おいっ! お前の方から質問しといてなんだその言い方!」
「やめなさい五味渕君! 挑発に乗っちゃ駄目よ」
席に着いたまま冷静に言う千里だが、拳はきつく握られている。
千里だって昇とは幼馴染、きっと心の中は怒りで満たされているはず。
「おーおー塵芥さんは言う事がお綺麗だねぇ。聞いたぜ? てめぇ家庭科の授業で包丁の扱いが下手すぎていつも先生にマジギレされてるんだってな」
「……だったら何よ」
「そんな立派なマナ板をお持ちなのに、包丁が苦手とかマジ泣けるわ」
ガタッ!
「今すぐあなたのチ○コ噛み千切ってケ○穴にブチ込んであげるわぁぁぁーーーッ!!」
「おいやめろ! 悔しいがヤツの言った事は全て事実オブッ!?」
「いい度胸ね、まずは五味渕君から血祭りに上げてやるわ! ふんっ! ふんっ!」
「ちょ、ちょっと千里ちゃん!? 落ち着いて!」
薄れゆく意識の中で俺が最後に目にしたのは、恐怖に引きつった葛木の顔だった──。