第二話 世界革命の大型アップデート
一日の授業が終わり、ようやく退屈な時間から解放された。
放課後の緩んだ空気に翼を広げて、生徒達はそれぞれの場所へと旅立っていく。
ある者は部活に、ある者は街に、またある者は自宅へと。
そんな中、俺が向かうのはもちろん自宅。その先にある異世界ウロボロスだ! ……と、言いたいところだが、残念ながら今日は違う。
本日、『UEO』は大規模なメンテナンスを実施しており、いかなるプレイヤーもログインする事ができない状態なのだ。
という事で俺は今日、昇と千里を自宅に招いての勉強会を企画した。
勉強というのは他でもない、『UEO』の勉強だ。
サービス開始から一年も経ってるのに今さら勉強かよ……と思うかもしれないが、ちょっと待ってほしい。
一年目だからこそ、なのだ。むしろ遅いくらいだよ。
「お邪魔します」
「お邪魔だなんてとんでもない」
「えっ……じゃあ、お手伝いします、かな?」
「春日部君、いちいち相手にしなくていいから」
そんな他愛ないやり取りを経て、俺の部屋。
「さぁて、まずは二人に質問だ。明日は何の日でしょう?」
「『UEO』のアレでしょ?」
「こら千里、アレじゃあ答えにならんだろ」
「はい勇君」
「よし昇」
「明日は『UEO』の大型アップデートです!」
昇の回答に俺は「正解!」と拍手を送る。
そう、明日は『UEO』の大型アプデ。それに伴って様々な新システムが実装される。今日の勉強会は、それを再確認するために企画したのだ。
「むー、私の方が先に答えたのにぃ……」
「いや、そんなふくれっ面されても。それはさておき、話は明日の大型アップデートについてだ」
俺はPCの画面を指差して、一言。
「まずはコレ。レベルキャップ150開放」
まぁコレに関しては説明不要か。今までレベル99が上限だったところを、150まで上げられるようになったってだけだし。
嬉しい事には変わりない。
だが、必死にレベル上げをする気がない俺にとっては割とどうでもいい事に思える。
「次にコレ。ギルド機能『NPC雇用』に戦闘用キャラクターを追加」
「これって要するに、一緒に戦ってくれるNPCを雇えるようになる……って事でいいのかしら?」
「その通り。戦闘用キャラは複数存在し、それぞれ性格や戦闘スタイル、戦闘能力に大きな差があるらしい」
「強いキャラと弱いキャラがいるって事?」
「んー……どうなんだろう。雇うのに必要なギルドポイントもキャラごとに違うみたいだから、もしかしたらそうなのかも。その辺は実際に見てからだな」
さて、お次はコレだ。
「伝説の鍛冶屋“シャム・ダフネ”登場。このキャラの登場によって、より高度な武具の作製および鍛練が可能となるらしい」
「【極識】よりもすごい武器が作れるの?」
「かもな。まぁ【極識】を鍛練して長く愛用するのもアリだ」
「良かったじゃない、これでもっと強くなれるわね」
千里の言葉に頷きつつ、俺は最後の項目を指差す。
「その他、諸々のバランス調整。あとは複数のシークレットイベント追加。二人はどんなシークレットイベントがあると思う?」
「さぁ? 見当もつかないわね」
「僕も……。でもシークレットって言うくらいだから、きっとイベント発生条件も厳しいんじゃないかな」
昇の言う事は、きっと間違いじゃない。
普通のゲームプレイをしていたら気付かないような、あるいは達成するのが難しい条件をクリアする必要があるだろう。
どうせなら、俺はそのシークレットを解き明かすプレイをしたいな。
「明日が楽しみだね、勇君!」
「おう! なぁ昇、もし良かったら明日一緒に新システムを試してみないか?」
「うん、いいよ」
「何か面白い事が分かったら、ちゃんと私にも報告しなさいよね」
「おうよ。お前こそ、店回すのに必要なNPCの人数を調べといてくれよ」
そんなこんなで、俺達は待望の大型アップデートの日を迎えるのだった。
† † †
前日の約束通り、俺と昇はギルド拠点で落ち合った。
俺達が最初に試そうとしたのは、NPC雇用に追加された新キャラクターのチェックだ。
メニューを開いて、NPC雇用を選択。
ずらりと並ぶキャラ一覧に、俺達は思わず圧倒されてしまう。
「結構いっぱいいるね」
昇の言う通り、予想以上にキャラは豊富だった。
見た目も性格も、性別も種族も、クラスもコーリングも多種多様。
雑用NPCと違い雇えるのは一人だけ。雇える時間は二十四時間。解雇もできないが、表示のON・OFFは可能。時間のカウントは表示ONの時だけだからまだ良心的な方か?
さて……この中からお気に入りのキャラを一人、自分のギルドポイントと相談して決めなきゃならない。
もちろん絶対に雇わなければいけない訳じゃないが、せっかくの新機能だし、試さない手はないよな。
とりあえずギルドメンバーで最も戦闘頻度が高い俺だけでも雇ってみよう、という話になった。
「この蛍火っていうキャラが一番能力高いな。種族はフェル、コーリングは『シース』……抜刀術を使う和風の女の子か。その分ポイントをかなり食うけど」
「安いのはモブ騎士だね。でも名前もないようなモブキャラは……」
「ないない」
「だよね」
俺と昇は、一通りキャラを調べ終えた。
昇はまだ迷っているらしく、キャラ情報とにらめっこしている。雇うのは俺なのにこれだけ真剣に悩むのは、きっと俺のためを思っての事だろう。
俺が損をしないように、ギルドポイントが無駄にならないように、最適なキャラ選びをしようとしてくれているんだ。
だが、俺の心はもう決まった。
「よし、俺はこのティフォーネっていう女の子にするよ」
「ティフォーネ? 種族は『ペンナ』、コーリングは『アルテミス』……有翼の弓使いだね。前衛は勇君がやって、後方支援を彼女に任せればバランスが取れるね」
「あぁ。だが決め手はそこじゃない……容姿だ!」
「えっ?」
俺は雇用決定を選択。
大気が震え、光の粒子が舞い、人の形を成していく。
刹那、走る閃光。人型を保っていた粒子が一気に霧散し、そこには美しい女性が一人。
腰まで届く超ロングなロイヤルブルーのツインテールと、大きく優しげな灰色の瞳。
無数の宝石を散りばめた荘厳華麗なショートドレスは青を基調とし、ウエストラインをコルセットのようなもので引き締める事により豊満な胸がこれでもかというくらい強調されている。
裾は鳥の羽を重ね合わせたように仕立てられ、そこから覗くミニスカート、さらにそこから覗くシースルーのフリルペチコートが非常にエロい。
だが何より目を惹くのが、真っ白で柔らかそうな太ももをスーパーロングブーツで覆い隠す事によって発生する絶対領域。
あぁ……わが選択に一片の悔いなし。
「ワタクシのお名前は“ティフォーネ・ロサ・レムレース”。アナタさまのお名前をお教えしろ」
「ん? あ、えーと俺は五味渕勇太です」
「ではユウタさまと。ワタクシの事はティフォーネとお呼びしろ」
「え、あの……ティフォーネってこんな喋り方なの? バグってる?」
「何かおかしいか?」
「いや……」
丁寧口調なのに命令口調……? この人、こんな変なキャラだったのか。
「短い間ではあるが、どうぞご懇意にしろ」
「は、はい……」
ま、まぁいいか。声自体は可愛いし。
「それじゃあ早速、狩りでもどうかな?」
「ご了承した」
スッと姿勢を正し、深々とお辞儀するティフォーネ。
俺と昇、そしてティフォーネを加えた三人は、ギルド拠点を出る。ティフォーネの実力テストと新マップの探索を兼ね、のんびりと影見の氷輪に向かうのだった。