第十四話 五味渕勇太のゴミスキル ‐アルスノヴァ‐
「はあぁぁーーッ!」
雷鳴を従えて、俺は刀を振り続ける。一途に、愚直に、一心不乱に……ただひたすらに斬りつける。
なぜなら、もうそれ以外にできる事が残されていないからだ。
一度の死亡までを第一ラウンドとするなら、俺がミューカスに与えられたダメージは五割といったところ。
ならばこのまま第二ラウンドを同じように頑張れば、残りの五割も削れる──そういう計算だ。
「うおぉぉッ!」
しかし、昇と千里の表情は暗い。声援もない。一体どうしたっていうんだ?
お前達が応援してくれなきゃ、俺も力が出せないじゃないか。気合が入らないじゃないか。
俺は敵の攻撃を何とか回避しようとするものの、ギリギリのところでもらってしまう。
「当たり前だ。レベル60敏捷特化のオレでも避けられない攻撃だぜ。バランス型のてめぇがどんだけ鍛えようと、避けられる訳がねぇ」
葛木の言う通りだ。俺のHPバーは着実に減り続け、命知らずの証の効果で全回復したHPが半分にされている。
だが、集中力は切れていない。攻撃は順調に続けている。だから相手のHPも残りわずかのはず……、
「なっ!? ほとんど減ってない、だと!?」
おかしい、俺は第一ラウンドでコイツのHPを五割奪った。ならこの第二ラウンドでも同じようにしていれば……いや違う……くそっ!
俺は馬鹿か!? 何勘違いしてんだ! 第一ラウンドでコイツから大量のHPを奪ったのは、ソウルリベレーションじゃないか。
第一ラウンドと同じ事をするには、もう一度あのスキルを使わなければいけないという事。
だが……命知らずの証による身代わり効果は一度きり。これ以上ソウルリベレーションに頼る事はできない。
つまり俺は……計算上、もう詰んでるって事……か。
……いや、それでいいじゃないか。ソウルリベレーションに頼ってもいいじゃないか。
要はミューカスをソロで倒せればいいんだろ? なら、相撃ちだって別に構わないじゃないか。
ソウルリベレーションの反動で俺は死ぬけど、ミューカスも倒せる。それならソロで倒したって言えるだろ?
「よし……ギリギリまで粘ってもう一発……ハッ!?」
その時、俺は重大なミスに気付いた。
「しまった……『クールタイム』か!」
クールタイムとは、各スキルに設定されている“再使用可能になるまでの待ち時間”の事。ゲームによってクールダウンとかディレイとか色々な名前で呼ばれているが、どれも同じ意味だ。
強力なスキルを連発できないようにするためのこのシステムは、『UEO』でも健在。いつもクールタイムの少ない《オーラブレード》系統のスキルしか使わないから完全に失念していた。
全スキル中最強クラスの威力を誇るソウルリベレーションのクールタイムは、なんと60分。再使用可能になるまで生きていられる確率は……0%だ。
「くそっ! くそぉっ! 何やってんだよ、俺……」
攻撃の手は止めず、だが思考は止まってしまった。
もう何も打つ手がない。何も浮かばない。このままじゃ俺は負ける。
そしてついに、俺は攻撃をやめた。完全に棒立ちになり、ミューカスの眼前で無防備になる。
ごめんな昇、千里。あと一歩のところで万策尽きちまったよ……。
「……なーんちゃって」
俺の言葉に昇も千里も葛木も、みんな目を丸くする。
実はピンチでも何でもない。すでに手は打ってあるんだよ。戦闘が始まるずーっと前にな。
「な……なぁ五味渕。一つ、気になってる事がある。どうしてミューカスは……さっきから、ピクリとも動かねぇんだ?」
その質問を待ってたぜ、葛木。
俺はピクリとも動かなくなったミューカスを指差して、意気揚々と解説する。
「教えてやるよ、葛木。このミューカスは今、“昏睡状態”にある」
昏睡状態とは、モンスターが気を失っている状態の事だ。
ではなぜ急に昏睡状態に陥ったのか……その種明かしを始めるとしよう。
「まずはこの刀だ。名を、最上超業物・大円鏡智【極識】という。この刀には、属性強化スロットが三つ存在するのはもう知ってるな?」
「あ、あぁ。それはさっき町で見た。それだけでも普通にスゲェと思ってたんだが……あっ! お前、そのスロットに!」
「思い出したか? そうだ、俺は毒属性を付与した。しかも五百万ゴールドを費やして、LV3まで強化したよな」
「毒属性LV3……そ、そうかっ! それで昏睡か!」
毒属性は特殊な属性だ。LVに応じてその効果が大きく変化する。
LV1は敵を毒状態にして持続ダメージを与えるもの。
LV2は敵を麻痺状態にして数秒間身動きの取れない状態にするもの。
LV3は敵を昏睡状態にして新たに攻撃を加えるまで目覚めない状態にするもの。加えて、昏睡中の敵に与えるダメージ倍率は500%、つまり五倍ダメージだ。
もちろん相手を状態異常にするためには、攻撃を重ねて属性効果を蓄積させる必要がある。
毒なら蓄積量は少なくて済むが、麻痺させるには相当な蓄積量が必要。昏睡状態にするには、それはもう凄まじい蓄積量が必要だ。
パーティープレイなら手数が多いからそう時間はかからないが、今回のようにソロプレイであれば並みの攻撃回数では昏睡させられない。
だから俺はサンダーブレードを使用して、攻撃速度を大幅に高めたんだ。
ちなみにこの方法は、俺がブレスだからできた事でもある。
ミューカスは、物理攻撃に耐性が高い。なので普通は属性強化スロットに火や水といった何らかの攻撃属性を付与しようと考えるだろう。
その点ブレスは自前のスキルで武器に属性を付与できるため、属性強化スロットが自由に使えるという利点があるのだ。
「さぁて……いよいよフィナーレだ!」
刀を地面と水平にして胸の前に構え、棟の根元に左手の人差し指と中指を揃えて添える。
見せてやる、ブレスが誇る最強の二大ゴミスキル、その二……《アルスノヴァ》を。
威力だけ見りゃ最強クラスのこのスキルが、なぜゴミスキルかって? そりゃーもちろん、詠唱時間が長すぎて戦闘中に使えないからだよ。
詠唱中に敵から攻撃を受けると詠唱が中断されてしまう。詠唱中断を防ぐ《詠唱守護》というスキルも存在するが、それを取得できるのはメイジだけ。従ってアルスノヴァは、ソロのブレスにはどう足掻いても使えないゴミスキルとして認定されている。
だがここに来て、ゴミスキルは神スキルへと姿を変える。昏睡状態にあるモンスター相手なら、この馬鹿げた五段詠唱を安全に唱え切る事ができるからだ。
「劫初劫末の刻、二儀の底方に下るは獄卒を招く誰何。ファーストマグナ、《アルスゲーティア》!」
千里がいなければ、俺は匂い誘引法を思いつかなかっただろう。
「無辺なりし宇内に事寄せる災禍の訃音。獅子吼が如き我が叫号を聞き届けよ。セカンドマグナ、《アルステウルギア》!」
昇がいなければ、俺は【極識】を得られなかっただろう。
「斯くも徒し理。魔が不法の道を成すなれば、法こそ魔を導す機縁となるだろう。サードマグナ、《アルスパウリナ》!」
そして断言できる。
どちらか一方でも欠けていたら、今の俺は存在しなかったと。
「汝、断獄ののち死に帰せよ。火坑に焼べし鉄札、その昏き灯を寄る辺に絶無と消えろ。フォースマグナ、《アルスアルマデル》!」
俺達は、この世界を精一杯に楽しんだ。他人から見れば無駄だらけの一年だったかもしれない。
それでも、俺は自信を持って言ってやる。俺達の一年に、無駄なものなんか一つとしてありはしなかったと。
そう、全ては──、
「来たれ、我が前を歩みし全き者よ。万世不朽の契約に従いて、我らが忌む讐敵を絶ち滅ぼせ」
──全ては、この一撃へと、繋がっていた。
「エンドマグナ……《アルスノヴァ》!」
五段詠唱が完成した時、【極識】は虹色の輝きに満たされる。
大上段から打ち下ろす極光の剣が、全てを……。
全てを照らし、飲み込んでいった──。
ご閲読いただきありがとうございます。
アルスノヴァの五段詠唱、恐らく多くの方が「読めねーよ」と思ったのではないでしょうか。
本当はルビを振る予定だったのですが、ケータイ・スマホで読んで下さっている方にはルビが邪魔になるのではないかと思い、試しにルビ無しで投稿してみました。
雰囲気で感じ取ってもらうも良し、辞書で調べてもらうも良しですが、もし読み方を知りたいという方がいらっしゃいましたら、活動報告の方に読み方を書いておきますのでそちらをご覧下さい。