俺、ゴブリンを討伐します
ゴブリンとGって名前が似てるよね。
仕事を探すにしてもハローワークが開いていないと意味がないので、この日は宿に泊まることにした。こういう時にお約束なのは、偶然アドマイヤのあられもない姿を目撃してしまうラッキースケベだ。
でも、そんなのを期待しちゃいけないよ。なぜかって。この作品はいたって健全だからさ。
(単純にお前さんが馬だから、アドマイヤと一緒の部屋に入れなかっただけじゃろ)
そもそも、宿の中にさえ入れません。馬小屋直行って扱いひどすぎるだろ。こんな藁草しか敷かれていない牢獄みたいな部屋で寝ろだなんて。
あ、うん、意外と寝心地いいや。馬の体って便利だね。こんな粗末な場所でも問題なく熟睡できるもん。ところで、後から聞いた話だと、俺の両隣にいたのはメスの馬だったそうだ。全裸の女の子の挟まれて寝ていたのにリビドーが満たされないのはなぜだろう。
ニワトリの鳴き声に叩き起こされ、俺はアドマイヤと共にハローワークに向かう。朝一番だというのに、そこはすでに人でごった返していた。
「ギルドだった時代と同じく、いい討伐案件は早いもの勝ちだからね。仕事熱心の輩は徹夜で張り込んだりしているみたいよ」
ア〇プル社の新製品を買おうとしているぐらいの意気込みだな。それにしても、集結しているのが鎧兜を装備しているやつとか、忍び装束の野郎とかもはやコスプレ会場だな。プレートアーマーとかを装着しているとトノサマに目をつけられるため、武士のディープや忍者のジャスタを見習った格好をしているらしい。
「お、アドマイヤじゃないか」
「アベイか。って、その名前はここで呼ばないって約束でしょ」
「そうだったな、ごめんよ、マイヤ」
アベイと呼ばれたのは、ちょんまげ頭の足軽だった。白い歯をちらつかせるイケメンで、親しげにアドマイヤと会話しているのを目の当たりにするとなんだか胸糞悪い。
「おや、馬なんて連れていたっけ」
「ああ、最近私たちの同志になったババだ」
同志って、俺、いつの間にかレジスタンスの一員になっているわけ。そして、俺の名前はババじゃなくて克也だ。まあ、なんか、ババって名前で定着し始めちゃったから、このまま改名してもいいけど。
「なあ、アドマイヤ。こいつ誰だ」
「自己紹介が遅れたね。僕はアベイ・ブリッジ。アドマイヤ、じゃなくてマイヤと同じくレジスタンスの一員さ」
やけに親しいと思ったら、アドマイヤの同業者だったのか。こいつはどのくらい強いんだろうな。
(馬神様)
(ステータスじゃろ)
(今回はアニメ見てないんですね)
(いつもアニメばかり見ているわけじゃないわい)
プリプリと怒ってみせるが、おっさんがぶりっ子ぶってもキモイだけです。
アベイ・ブリッジ 3バカ
技
疾風の斬撃
アドマイヤとどっこいどっこいレベルか。持っている技は強そうなんだけどな。
「なあ、アベイじゃなくて、ここではアベと呼んだ方がいいか。なんかいい依頼ってありそうか」
「いや、なかなか。あと少ししたら追加で案件が張り出されるだろうから、それに期待してみるよ」
そう言い残すと、アベイはハローワークの中へと去っていった。
「一つ聞いていいか」
「どうした」
「さっきからマイヤって呼ばせていたけど、なんか意味あるのか」
「ああ、偽名のことね。私たちレジスタンスはトノサマにマークされているから、本名を使うとハロワでの仕事が取れないのよ。かといって、生活するためには仕事をしなくちゃいけないから、ここでは偽名を使って案件をとっているわけ」
身分詐称している相手にも仕事を提供しているって案外寛大なんだな。反逆者対策はきちんとやっているくせに。
「じゃあ、さっそくいい案件がないか探しに行ってくるよ」
アドマイヤも案件を探しにハローワークの中に入っていく。馬である俺は入れないので、しばらくお留守番だ。
ふと、外にある案件を眺めていると、馬専用の仕事なんてものを見つけた。この世界では、まだ馬は移動手段として重宝されているらしく、それ関係の仕事だろうな。俺が前いた世界でのタクシードライバー的な。えっと、どれどれ。
「暴〇ん坊将軍を乗せて砂浜を駆けまわる」
いや、馬にしかできないけどさ。なんだこれ、動物タレントってことか。もっとひどいのは犬専用のこんな仕事だろう。
「白〇家のお父さんになる」
依頼主がソ〇トバンクって時点で、もはやアレしか思い浮かばない。更にはウサギ専用の仕事で「いっぱい聞けていっぱいしゃべれる」と歌いながら腰をくねらせて歩くなんて無茶ブリまであるし。なんか、動物専門の仕事はやりたい放題だな。
まじまじと仕事を探していると、アドマイヤが依頼書を片手に戻ってきた。
「喜べ、ババ。かなり穴場の依頼が取れたぞ」
満面の笑みを浮かべ、依頼書を広げる。どれどれ、どんな仕事だ。
「食糧庫に救うゴブリンを討伐する。報酬金十万円」
ゴブリンって、RPGの序盤に出てくる雑魚だろ。そいつを倒して十万円って破格すぎないか。こんなのもろ手を挙げて参加されそうなのに、よく取れたな。
「多分、このゴブリンはかなり特殊なやつだとにらんでる。難易度は高めだけど、その分報酬金としては十分でしょう」
百万円には遠く及びませんが。それでも、少しは足しになるだろう。それに、詳しく話を聞くと、破格の賞金のわりに、参加者は皆無だったという。ゴブリン如きに警戒するって、逆に不安になってきたぞ。
さっそく、依頼書に記載されている食糧庫に赴く。そこはこの街の富豪が管理している倉庫なのだが、数日前からゴブリンが住みついて食料を荒らし回っているらしい。そのゴブリンの親玉を倒せば依頼達成ってわけだ。
それにしても、個人所有の食糧庫にしては規格外の大きさだ。上に百人どころかその倍ぐらい乗っても潰れないんじゃないか。いつもは施錠してあるみたいだが、依頼主の富豪に話を通してあり、カギは開けっ放しになっている。
ちらっとその中を覗いてみたが、体育倉庫ぐらいの広さに燻製肉やら干した果物やら保存食がたんまり詰まっている。ここに住みつくなんて、ゴブリンのくせにあざとい野郎だ。
「なあ、ゴブリンってファンタジー生物なわけだろ。討伐しちゃっていいのか」
「今回は事情が事情だから仕方ないわ。それに、私の予想が正しければ、討伐すべき相手は害獣ともいえる存在。むしろ、早々に倒しておかないと厄介なことになるわね」
ゴブリンって元々害獣みたいなもんだろ。ドラゴンを保護するとか言ってたアドマイヤがそんなことを口にするなんて、害獣の中の害獣みたいなのが相手ってことか。でも、所詮はゴブリンだから大したことはないと思うけどな。
「さすがに食糧庫の中でドンパチするわけにはいかないから、まずはターゲットをおびき出すわよ。そのためにこれを用意してもらったの」
アドマイヤが抱えるバスケットには新鮮な果物がてんこ盛りに彩られていた。おお、うまそうだ。じゃあ、いただきます。
「あんたが食べてどうすんのよ」
鼻面を本気で殴られた。バカの加護により痛くないけど、反射的に顔を逸らしてしまう。
「あいつらは保存食ばかり食べてたから、こういう新鮮な食べ物に反応するはず。出てきたところを叩くわよ」
「そういうことか。ならば、確実におびき寄せるためのいい方法があるぜ」
「へえ、どんな方法。乗ってあげるわ」
フフフ。天才アーティスト、馬場克也様(美術の成績5段階中2)の実力を見せてやるぜ。
「……おい、どうしてこうなった」
食糧庫の前に横たわる全裸のアドマイヤ。不健全だって。括目せよ。これは立派な芸術だ。大事なところを遺憾なく隠すようにフルーツで盛り付けてある。っていうか、フルーツにまみれて、肢体がほとんど目に入らない。むしろ、頭から下はほとんどがフルーツだ。
「これこそ、俺の渾身の作品だ」
その名も、アドマイヤの女体盛り。
「あのさ、こういうのは妹の役目じゃないのか」
「だって、ホクトは人質になっていないじゃん」
「それは、あんたが身売りしたからでしょ」
失礼な。ちゃんと三日という期限を設けたぞ。セリヌンティウスだって文句を言ってなかったじゃないか。
「で、このフルーツの組み合わせは何なのよ。胸にメロン二つは分からなくはないわ。けれども、股間にバナナとマンゴーって悪意があるでしょ」
「お、股間の盛り付けに気が付いたか。それは、ナイトオブスピアーって言うんだ」
「どう見てもこれ、ち……」
「言わせねえよ!!」
アドマイヤにそんなことしゃべらせたら確実に消される。誰がって、この作中の登場人物すべてがだよ。
「っていうか、別に私が女体盛りになる必要なくないか」
「いや、普通にフルーツを置くよりも、こうした方が寄ってきやすいだろう」
「これで寄ってくるのはスケベぐらいしかいないわよ」
な、そうなのか。うーん、いいアイデアだと思ったんだが。
だが、俺たちの予想に反して、食糧庫の方から物音がした。せわしなく耳に響くこすれるような不快な音。それはまるで、台所に出現する小さな悪魔を連想させる。もしや、ゴブリンとは別のやつを呼び寄せてしまったんじゃ。
「笑止! 笑止!」
世にも奇妙な鳴き声を発しながら、幼児ぐらいの体型の子鬼が現れた。なんだ、ちゃんとゴブリンじゃないか。ゴブリンって子鬼みたいなモンスターだから間違いないはず。
否。こいつは本当にゴブリンか? 体全体が茶色く、目が異様に大きい。昆虫のそれを想起させる触覚に、つやのある羽根を生やしている。
「笑止! 笑止! 笑止!」
ゴブリンのようでゴブリンでない。とんでもない怪生物が姿を現した。
「思ったとおりね。食糧庫を根城にしているから、ただのゴブリンじゃないって気がしていたのよ」
「それは見れば分かるけどさ、なんだこいつ」
「こいつはゴキブリン。ゴブリンとゴキブリが配合してできた特殊変異種よ」
ゴキブリンは「笑止! 笑止!」と鳴きながら、ゆっくりと接近してくる。いやいや、ゴキブリンってそんなのアリかよ。
「ゴキブリンは異常な繁殖能力で、あっという間に数を増やしていくわ。だから、レジスタンスの間でも要駆除生物としてマークしていたの」
「そりゃ、ゴキブリの能力持ってるならすぐ増えるわな」
一匹いたら百匹いると思えっていうし。
(馬神様。ステータスお願いします)
(今から甲虫王者ム○キング見ようとしとったんだがの)
(それ、カブトムシとクワガタムシは出てくるけど、ゴキブリは出てきませんよ)
(え、そうなのか)
リアルに驚かないでください。
ゴキブリン 980バカ
技
なし
そんで、こいつ意外と強いな。今まで戦ってきた中で最強じゃん。だが、十万円の相手としてはふさわしい。
「おーい、ババ! 助けてくれ」
アドマイヤが悲鳴をあげる。ステータスを確認している間に、ゴキブリンはアドマイヤに襲い掛かろうとしていたのだ。くそ、真っ先にアドマイヤを狙うなんて、女体盛りの効果すごすぎるぜ。
まあ、感心している場合じゃないか。よし、こいつで決めてやる。
「言っとくけど、う……、うん……と、とにかく、あれはやめてよ」
ダメか。っていうか、顔を赤らめて悶えながら発音しないでください。状況が状況だけに危ないほど妖艶だからさ。
「ならばこれだ。奇跡の鼻息」
相手がゴキブリならば、キ○チョールでも出せればイチコロだ。鼻に染みりそうだけど。
しかし、鼻から噴出されたのは恐ろしくいい香りのする噴煙だった。フルーツの匂いを巻き込み、芳醇な香りが周囲を包む。心地いいけど、またやらかしたな、これ。
(バカじゃのう。こんな時にフ○ブリーズなんか出しとるんじゃない)
予想はしていたけど、芳香剤かい。微妙に惜しいな。
当然ゴキブリンは「笑止! 笑止!」と元気いっぱいだ。今にもアドマイヤに手をかけようとしている。
「アドマイヤ、早く逃げろ」
「無理よ。このまま逃げたらどうなるか分かってるでしょ」
しまった。そんなことしたら不健全な描写で消される。
アドマイヤへと迫るゴキブリン。涙目で悶えるアドマイヤ。こうなりゃ、あまりやりたくなかったが、覚悟を決めるしかない。
「助けて、ババ」
「覚悟しろやああああ!!」
アドマイヤの悲鳴と俺の気合が混じりあい、ゴキブリンに痛恨の一撃を喰らわせた。
蹴る(アトミック・ゴッド・シュート)!!
俺の蹴りがもろに入り、ゴキブリンは「笑止!」と絶叫しながら天高く飛んでいった。うん、飛んでいった。ロケット発射みたいな勢いだったが。
(すごいのう。あやつ、火星にまで飛んでいったぞ)
やりすぎたか。人類より先にテラフォーミングさせちまったぞ。
俺はうずくまって泣きじゃくるアドマイヤにそっと鼻面をこすりつける。さすがにこれはやりすぎたな。フルーツがボロボロこぼれて、かなり危うい状態になっているし。あ、いや、危ういって、そういうことじゃなくて、ああ、もう。
「ごめんよ、アドマイヤ。ちょっと今回はやりすぎちまったぜ」
「あ、うん、別に気にしなくていいのよ。これで報酬は手に入れたわけだし。そ、それにさ」
涙をぬぐったアドマイヤは、消え細りそうな声で一言つぶやいた。
「間一髪で助けてくれたじゃん。ありがと」
「……何か言ったか」
「二度も言わせんじゃないわよ、駄馬!!」
なぜか恫喝されて、アドマイヤは一目散に草陰へと駆け出して行った。っておい。それはまずいから。そんなことしたら……。あ、大丈夫だった。
あの不自然な湯気がいつの間にか仕事をしていた。
お前な、湿気もないのに仕事してんじゃねえ。ちゃっかりとアドマイヤの臀部に密着すんなし。
それにしても、なんか調子崩れちまったな。なんだったんだろ、さっきのアドマイヤの態度は。まあ、いいや。これで十万円は手に入れたわけだし。うん。目標金額は百万円ですけどね。