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俺、風呂に入ります

 荷馬車三台分のうんぽこぽんを集積場まで往復して運搬し、ようやく苦行から解放された。その結果、俺たち一頭と二人が抱いた感想はこうである。


「クッセーッ!!」


 だろうね。俺たちは汗とうんぽこぽんにまみれ、とんでもない臭いを発していたのだ。ラフレシアが二足歩行して歩いていたら、尻尾を巻いて逃げ出すんじゃないか。あ、そんなモンスターが実在していたな。今はそんなのどうでもいいけど。


「こうも臭いんじゃ、まともに町も歩けないな。ちょっと早いけど銭湯で汗を流そう」

「この世界って、銭湯なんてあるのか」

「トノサマが公衆浴場を勝手に改装したのですわ。ここからそんなに遠くないところにあるはずです」

 指さす先にはこの世界には不釣り合いな大きな二本の煙突があった。そこからしきりなしに湯気が噴き出している。あんな煙突が付いた浴場なんて、こ〇亀の世界でしか見たことないぞ。ともあれ、風呂に入れるのはありがたい。邪神の弾丸デズモ・バレットを連続で使いすぎたせいで、特に俺の体臭がひどいことになっているはずだからな。


 歩く公害兵器になりながらも道なりに進んでいくと、やがて目的の銭湯へと到着した。東京の下町にありそうな、「男湯」「女湯」ののれんで出入り口が分かれている昭和めいたやつだ。予想以上にミスマッチな外装である。このタイプの銭湯って、現代日本でも浮いた存在になりそうだぞ。

 まあ、外見に文句を言っても仕方ない。さあ、風呂だ、風呂。さっそく中に入ろうとすると、アドマイヤに首を掴まれた。

「何すんだよ。さっさと入ろうぜ」

「いや、あんた。馬が銭湯に入れるわけないだろ」


 しまった。俺、馬じゃん。え、待ってくれよ。馬である限り一生風呂に入れないんじゃ。

「問題ありませんわ。きちんと馬専用のお風呂があります」

 マジか。いやあ、よかった。てっきり、そこらへんの川で水浴びしろって言われるかと思った。ファンタジー世界なら、そっちの方がしっくり来るんだけどな。でも、水風呂と温泉のどちらか選べっていうなら、断然温泉じゃん。ビバ、温泉。さあ、ゆったりと湯船につかるとす……。


 俺が絶句したのは無理がない。えっと、冗談ですよね。あれが風呂ですか。


 俺の目線の先にあったのは、ガソリンスタンドに備えられている、車を洗うあの機械だった。


 「コ」の字が反時計回りに九十度回転したアーチの形状で、内部に大きなブラシがついているやつ。あそこの中に車で進入すると、勝手に洗ってくれるんだよな。

「あれがお風呂って何かの間違いだろ」

「いや、ウマアラエールっていうれっきとしたお風呂よ」

 そんな二十二世紀の秘密道具みたいな名前つけられても信じないぞ。あんな中に入れって、極楽どころか拷問じゃねえか。まったく、誰があんな中に入るかっての。そもそも、なんでこんなもんがあるんだよ。あ、デコトラが存在してるから問題ないのか。って、どちらにせよ車用じゃん。俺は絶対に入らないぞ、絶対に、絶対だ。絶対……。


「ああ~ぎもぢぃぃぃぃぃ」


 うん、入ってみると意外と気持ちいいな。やばいわ、これ。すごいすごい、高速回転するブラシが俺のいろんな所を勝手に洗ってくれるよ。あ、バカ、やめろ、そこはうん、俺の口からは言えないところだ。

 それに、湯加減も絶妙だ。あ、これって水風呂か。でも、摩擦熱のおかげでそんなに気にならないや。ハハハ、入りすぎると毛がもげそうだ。

 よいこは、洗車機に馬なんか入れちゃダメだぞ。


 うんぽこぽんの臭気からようやく脱すると、銭湯の壁の向こうから楽しそうな声が響いてきた。なんでも、この時間はあまり利用客がいないらしく、あの二人で貸し切り状態になっているらしい。やっぱりいいよな、湯船。俺もゆったり浸かりたいぜ。


 それにさ、この壁の向こうではあれだろ。あの二人が、うん、ああなっているわけですよね。

(次にお前はこう言う。どうにかして覗けないかな)

(どうにかして覗けないかな……ハッ)

(まったく、全裸の描写なんかやったら削除されると言っておるのに)

(いやでも、この場面で覗くのはお約束じゃないですか。それに、描写しなければ問題ないんでしょ)

 男子中学生のリビドーを舐めるなよ。しかし、全面をコンクリートの壁に覆われていて、わずかな隙間さえ見当たらない。内部からなら、男湯を隔てている仕切りをよじ登ったり、あるいは水中から忍び込んだりできるんだけどな。

(お前さん、馬の体だからそんなことできるわけないだろ)

 そうか、物理的に問題があるか。


 暇になったし、もう一回風呂に入ってこようかな。諦めて壁から離れようとした時だった。

「キャーッ」

 銭湯から二人そろって悲鳴が上がった。おいおい、ここに来て非常事態発生か。でも、中に入れないんじゃ助けようがないよな。うーむ、どうするべきか。

「おい、なんだよこいつ」

「こっちに来ないでほしいですわ」

 おそらく、たらいをぶつけようとしているのだろう。でも、ことごとく躱されている。別に見てねえよ。音からそういうことしてるんじゃないかなって想像しているだけだ。それに、風呂で不審者に出会ったら、こういう反応をするだろ、普通。


 まあ、空想で実況中継している場合じゃないな。よっしゃ。

「大丈夫か、アドマイヤ、ホクト」

「おババ様、助けてくださいまし」

「待て、助けてって、この状況でそれを実行するってことは」

 アドマイヤよ、お前の言いたいことは分かる。だが、俺はやるぜ。お前たちの命は俺が守る。俺はそのためにこの力を受け継いだのだからな。


(いや、大言壮語吐いとるがの)

「あんた、要するにさ」


 覗き見するための理由がほしいだけだろ。


「フハハハハ、いくぜ、いくぜ、いくぜぇぇぇえぇ」

 俺は前脚にありったけの力を込める。今まで、役立たずだと思われていたこの技だが、まさかこんな局面で役に立つとは思わなかった。さあ、お助けしてやろう、愛しの〇〇〇〇(放送自粛)!!


「馬鹿、やめろ、早まるな」

「ああ、ついに、おババ様にこの身を捧げる日が来ましたのね」

「必殺!!」


 蹴る(アトミック・ゴッド・シュート)!!


 気合一発。俺の渾身の蹴りが前脚から放たれ、銭湯の壁は崩落した。

「かくほぉぉぉ!!」

 籠城犯を逮捕しようとする機動隊よろしく、俺は女湯に突撃した。


「こんばんは、ヨネスケでーす」

「あんたはただのエロ馬だろ、ドアホ」

 神域へとたどり着いた俺が目撃したのは。


 美少女二人の大事なところを不自然に隠している湯気だった。


 おおーい、待て待て。この局面で仕事してるんじゃねえ。あれだろ、ブルーレイディスクを購入すると消えているアレだろ。くそ、描写しようにも湯気が邪魔で見えないじゃないか。

「私たちの大事なところを見たいのなら、円盤買ってくださいね」

 発売予定ないけどな。


 思い切り肩透かしをくらったが、気を取り直して本題に移ろう。え、アドマイヤとホクトのあられもない姿を見るのが目的じゃないかって。バカだな。俺は、最初から銭湯を襲撃した犯人を捕まえようとしていたじゃないか。

「そこ、嘘を読者に教えてるんじゃないわよ」

 さあ、何のことでしょう。俺は口笛を吹きながら、充満する湯気の中目を凝らす。こうしてもあの二人の大事なところは見えません。なぜなら、不自然な湯気は不自然なぐらいにあの二人の周りに集中しているからな。


 ようやく、あの二人とは違う異質な存在を確認できた。あの二人の腰ぐらいまでの体長のふんどしをつけただけの赤鬼だった。頭に小さな角がついてるもん。でも、特異なのはそこではなく、そいつの舌は地面に接触するほど長く伸びきっていた。

「おい、なんでこんなところにべ〇リンガがいるんだ」

「失敬な、オレはべ〇リンガじゃねえ。妖怪アカナメだ」

 妖怪だって。べ〇リンガ以上に不可解な存在が出てきやがったぞ。


(馬神様)

(なんじゃ、今かららんま1/〇見ようとしとったのに)

(そこを伏字にするとかなりカオスな作品になるからやめてください)

 一体何種類に変身する気なんだ。

(ほら、ステータスよろし)

 うん、シ〇ンプーですね、分かります。


妖怪 アカナメ 550バカ

舌でなめる(ボディ・ソープ)


 よかった、そこまで強くなさそうだ。それにしても、回を追うごとに敵が弱体化していないか。


「まったく、はた迷惑な野郎だ。オレは、ここの銭湯の垢を舐めることを生きがいにしてたんだ。なのに、いきなり騒ぎ出してよ」

(アカナメは、汚い風呂の垢を舐めにやってくる妖怪らしいぞ)

 なんだ、じゃあ、無害みたいだ。突入して損したな。さっさと風呂(洗車機)に入りなおすか。


「そうだ。オレは人畜無害な妖怪だ。ただ、垢を舐めると見せかけて、たまにあいつらみたいな美少女の体をペロペロしているだけだ」

 前言撤回。害悪すぎるだろ、こいつ。目つきが嫌らしいし。


「あんたも人のこと言えないけど、さっさとこいつやっつけてよ。なぜか私の蹴りが効かないんだ」

 さりげなく、アドマイヤの百倍以上のバカを誇ってますからね、こいつ。

「私の火のファイヤ・ボールも効かないのですわ」

 いや、こんな湿気の多い場所で火の玉なんか出しても効果ないでしょ。


 見る限り、そんなに強そうじゃないからな。一発で決めてやるぜ。

「奇跡の鼻息ミラクル・スノース

 不自然な湯気とともに、銭湯内の空気を吸っていくが、それでもなおアドマイヤたちの大事なところは顕わになる気配がない。しつこいぞ、不自然な湯気。

 そして、気合一発、鼻から息を噴出した。


 しかし、ポンッという気の抜けた音がするだけだった。あれ、まさかの不発。この技ってこんなこともあるのか。

(いや、きちんと成功しとるぞい)

 バカな。じゃあ、何が鼻から出たんだ。


「およ、こんなところにさくらんぼがあるぞ」

 アカナメが取り上げたのは、ヘタにより二つの実が繋がっているさくらんぼだった。風呂場にさくらんぼってミスマッチすぎる組み合わせだな。いや、まさか。

(今度の効果って、鼻からさくらんぼなのですか)

(その通り)

 昼間のクイズ番組の司会者だった人の口調で肯定しなくていいから。ついに、固形物まで出してしまったぞ。それに、さくらんぼって、どう考えても攻撃技じゃないし。一発で倒すって豪語しといて、ヘマしちまった。


「敵に塩を贈るとはバカな奴だ。ところで、オレはさくらんぼは好物なんだ。がっつくようで申し訳ないが、食べていいか」

「構わんさ」

 鼻から出したから相当汚いけどな。

「サンキュ」

 アカナメは舌にさくらんぼを乗せると、ものすごい勢いで舐め転がし始めた。


 レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロ……。


 ば、バカな。一度下でヘタを切り離した後、もう一度結び直しているだと。まさにその舌捌きは神の領域だ。

「さて、ありがたくもらうぜ」

 アカナメは勝ち誇って、さくらんぼを飲み込む。しかし、調子に乗りすぎたためか、ここで悲劇が起こった。


「アア~、の、のどにぃぃぃ」

 苦悶の表情を浮かべ、顔面蒼白になっていく。喉に手を当てて痙攣するその姿から連想される事態といえば、これしかない。


 あの野郎、さくらんぼを喉に詰まらせやがった。


「大変だ。早く水を用意しないとあいつ死ぬぞ」

「でも、水って言っても」

「おババ様、これがありますわ」

 ホクトが桶に汲んできたのは浴場のお湯だった。うん、水には間違いない。身体に良さそうな成分が入ってるけど。

 っていうか、水ならこの蛇口をひねれば出てくるんじゃないか。なぜか水道が整備されてるみたいだし。それに、至近距離でも相変わらず不自然な湯気が仕事している。お前、ニートを見習え。


「おい、アカナメ。水を持ってきたぞ」

 俺が桶いっぱいに張られた温泉水を差し出すと、アカナメは目を見開いて叫んだ。


「そんな他人の垢がうようよ入った水なんか飲めるか」


 お前、アカナメですよね。他人の垢を舐めてるんですよね。思い切り、自分の存在意義を否定していませんか。

「ああ~、水、水、みずぅぅぅ」

 アカナメは情けない声を出しながら、俺が破壊した壁から逃げていった。だから、水ならここの蛇口をひねれば出るっての。まあ、いいや、一応勝ったみたいだし。


「大丈夫か、アドマイヤ、ホクト」

「問題ないですわ」

「このままじゃ湯冷めしそうだから、さっさと着替えてくるわ」

 そうして、脱衣所へと退散していった。ここでもまだ不自然な湯気は仕事していた。ここまでやられると、あの湯気に報奨金与えたくなってくる。時給三円でどうだ。江戸時代ぐらいなら、破格の褒賞だぞ。


 うんぽこぽんの臭いも払拭したところで、気分一転。俺たちの新たな旅がここから始まる。そう思ったのだが、事件はまだ終わってはいなかった。

「おい、そこのあんたら」

 頭にねじり鉢巻きを巻いたおっちゃんから呼び止められた。「湯」と書かれた法被を羽織っているから、あの銭湯の番台かな。俺たち、何か問題あることしたっけ。入浴料はきちんとあの二人は支払っていたはずだし。こうも顔をゆでだこみたいに真っ赤にして詰め寄られる覚えなんてないはずだぞ。

 おっちゃんは怒り心頭のまま、銭湯を指差して怒鳴った。


「勝手に壁を壊しちゃ困るじゃないか。弁償してくれよ」


 ……あ。

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