俺、大食いで対決します
「ビュッフェ・アッセンピア」というこじゃれた店の前にデブが集結していた。一瞬、ちゃんこでも食いに来た力士集団かと思った。そろいもそろってマゲを結って浴衣姿だもん。
デブの中でもひときわ皮下脂肪を蓄え、鏡餅みたいになっているやつが、ひょろ長くて気弱そうなシェフの首筋を掴んで恫喝している。
「散々警告したのに、店名を変えてないとはどういうことだ。それに、メニューもファンタジーめいたものばかり出しやがって。トノサマへの反逆だと分かっているのか」
「か、勘弁してください。この店は親子代々守ってきたんです。それを簡単には変更できません」
「拙者らに立てつくというのか。ならば、強硬手段に出るしかないな」
デブがシェフを取り囲む。うん、これはやばいね。
「大丈夫ですか、シェーンさん」
アドマイヤがシェフのもとへ駆け寄る。デブは怪訝な顔をして迫ってきた。
「なんだ、この女と馬は」
「通りすがりの馬だ、覚えておけ」
「う、馬がしゃべっただと」
あ、ついしゃべっちゃった。慌てて「ヒヒーン」と言い直すが、もう後の祭りだった。
「グルさん、このしゃべる馬を捕まえてトノサマに献上したら、俺たち出世できるんじゃないですか。明らかにファンタジー生物ですし」
「そうだな。だが、馬刺しにするというのも捨てがたい」
「イイっすね、馬刺し。この店制圧したら、こいつ解体して酒盛りしましょうよ」
だから、なんでこの世界の人間は馬を食うことしか念頭にないんだ。こいつらは食いしん坊のデブ集団っぽから仕方ないかもしれんが。
「さてと、シェーンといったな。トノサマの意向に従わないというのであれば、この店に処罰を下す」
「処罰ってまさか」
「そう、天明の大飢饉の刑だ」
「そ、そんな」
「天明の大飢饉の刑ですって」
いや、みんなして驚愕されても、俺はどんな刑なのか知らないから。それってすごいの? おいしいの?
(天明の大飢饉とは、江戸時代中期の1782年から1788年にかけて発生した飢饉である。江戸四大飢饉の1つで、日本の近世では最大の飢饉とされる。と、w〇kipediaに書いてあるぞい)
(それが分かったところで、結局あのデブが何をするかは分からないけどな)
俺だけが首を傾げているのを見かねてか、グルとかいうデブの取り巻きが進言する。
「グルさん、どうやら天明の大飢饉の刑が分かっていない輩がいるみたいだぜ」
「そうか。なら、拙者直々に教えてやろう。天明の大飢饉の刑とは、我らにより、この店の食材を全部食べ尽す刑なのだ」
うわー、地味すぎる嫌がらせだ。荒唐無稽だけど、デブが五人ぐらい集結していると実現可能に思えるから不思議である。
「や、やめてくれ。そんなことされたらこの店が冗談抜きで潰れてしまう」
「さもあろうよ。在庫を抹消させられるのだからな。それを再補充する場合、どれだけの経費がかかるか、そなたも経営者の端くれなら分かるだろう」
泣きながら懇願するシェーンをよそに、グルたちはよだれを垂らしながら店の中に突入しようとしている。前に出会ったのがアレだけに、ようやくガチすぎる悪党と遭遇しちまったな。まあ、それはそれでいいとして、俺にとっての問題事項は別にある。
「ちょっと待てよ。この店潰されたら、俺、飯食えないじゃん」
「なんだこの馬。グルさんに立てつく気か」
取り巻きがメンチを切ってくるが、グルはそれを片手で諌める。
「馬の分際で拙者と戦おうとはいい度胸だ。それに、腹が減っているのなら、とっておきの方法で勝負してやってもいい」
「け、喧嘩なら負けないぞ」
うんぽこぽんを出す自信はないけどな。腹が減っているせいか、肛門に力が入らないのだ。このデブにアトミック・ゴッド・シュートは効果が薄そうだし、さてどうしたものか。
なんて、戦いをシミュレートしていると、グルは予想外の方法を提示してきた。
「よかろう。拙者と大食い対決だ」
大食い対決って本気で言ってるのか。俺、馬だぞ。
(馬神様)
(ア~〇パ~ンチ)
(……さっきまでア〇パンマン見てましたよね)
(なぜ分かった)
(そんな率直すぎるネーミングの技でばい菌を倒すやつといったら、そいつしかいないから)
(ババ、新しいステータスよ)
(無理にバ〇子さんのセリフを使おうとしなくていいですから)
フードファイター グル・ヴェイグ 760バカ
技
無限の胃袋
双牙の食器
異物混入
二つ名からして、大食い対決に特化したやつっぽいな。どうしよう、俺、大食いなんかしたことないぞ。
「グルさんに大食い勝負を挑むなんて向こう見ずなやつめ。グルさんは常時発動スキル無限の胃袋により、常人の数十倍の食物を摂取することができるのだ」
ますます勝ち目がないじゃん。
「頑張ってください、おババ様。勝つことができたら、私の女体盛りをプレゼントしますわ」
大食い勝負の後にそんなものもらっても嬉しくない。
かくして、人間対馬という、訳の分からない対決が幕を開けることとなってしまった。グルの部下たちにより、急ピッチで戦いの舞台が用意される。俺とグルの前には長テーブルが置かれ、恐ろしい早さでドラム缶ほどの大きさの鍋にビーフシチューが作られていく。おそらく、グルの部下のスキルなのだろう。
グルの手下 410バカ
技
料理の達人
「拙者の手下たちは、拙者の食事のためにありとあらゆる料理をマスターしている。彼らに作れぬ料理はないのだ」
むしろ、ボス格であるデブよりも数倍有能なんじゃ。
「ちくしょう、店を潰す気がなければ、あいつら即雇ったのに」
閉店の危機だというのにシェーンさんは歯噛みしている。あいつら、こんなスキル持ってるのに、なんであんなデブに従ってるんだろうな。
「さて、勝負内容を説明しておこう。ルールは簡単。制限時間一時間以内に、より多くのビーフシチューを平らげた方が勝ちだ」
「ちょっと待て。ババは馬だぞ。ビーフシチューなんて食えるわけないだろ」
「好き嫌いしているようじゃフードファイターの風上にもおけんな」
鼻で笑うが、草食動物に肉を食えと強要しているもんですよね。この卑怯者め。だが、このデブはひとつ勘違いをしている。俺がビーフシチューを食えない? なめてもらっちゃ困るな。
「それと、勝負に負けたほうが食べた分の代金を支払うのだぞ」
「いや、俺お金持ってないし」
「問題ない。残業時間月平均二百時間の超絶ブラック企業に斡旋してやる」
うわ、嫌だ。働きたくないでござる。
やがて、双方の前に、皿一杯に盛られたビーフシチューが配膳される。人参やジャガイモはまだいい。牛肉って、馬の体で食えるのかな。
「おババ様、お残しは許しませんわよ」
この局面でそのセリフ言われると、どこぞの忍者の卵の面倒を見るおばさんより凄みがあります。
「それでは、グル様と馬による大食い対決を始める。両者、構え」
こうなったら、なるようになれだ。俺は鼻面を皿へと近づける。香ばしい湯気が鼻をつき、ついよだれがこぼれそうになる。ゆっくり味わって食べたらさぞおいしいだろうな。これを潰そうだなんて、許さないぜ。
「はじめ」
どこからともなく持ち出されたドラが鳴らされ、勝負の幕が上がった。
「この世の中のすべての食材に感謝を込めて、いただきます」
グルはご丁寧に両手を合わせて挨拶した後、スプーンを手に取った。そして、シチューを掬い上げたかと思いきや、間髪入れずに口の中に運ぶ。わずかに咀嚼した後、休む間もなく二口目に取り掛かる。大食い勝負を仕掛けてくるだけあり、とてつもないスピードだ。
見とれてしまって出遅れたが、こちらも負けるわけにはいかない。とはいえ、馬の体じゃスプーンなんて持てないからな。俺は皿に直に口をつけると、そのままシチューをすすっていく。犬食いならぬ馬食いだ。
「そんな食べ方をするとははしたないやつめ」
グルから罵声が飛ぶが、逆にこうしないと食べられないから仕方ないだろ。馬に勝負をしかけておいて文句言うなよ。
それにしてもこのシチュー美味いな。デミグラスソースに牛肉の脂身が見事にマッチングしていて、口に入れた瞬間その旨みが縦横無尽に広がっていく。野菜も程よく切りそろえられていて、更にルーが隅々まで染み込んでいる。噛めば噛むほど味が深まる、シチューの革命児や。
「おババ様、あんなに必至に食べてらして、なんと漢らしい」
「いや、はしたないだけだろ。それにしても、馬のくせにビーフシチューを食べられるって、あいつやっぱりただの馬じゃないよな」
元々人間だったし。やっぱり食わず嫌いはダメだよな。良い子のみんなは、牧場にいる馬にビーフシチューなんかあげちゃダメだぞ。
勝負は意外にも、俺が六杯、グルが五杯と、俺の方がリードしていた。皿に直に口を付けている分、食べ終わるのは俺の方が速いのだ。このままなら、勝てるんじゃね。
でも、フードファイターを自称しているだけ、そう簡単には祝杯をあげさせてはくれなかった。
「拙者より早食いの相手など腐るほど倒してきたわ。さっそく奥義を見せてやろう。双牙の食器」
高らかに技名を宣言すると、左手にもスプーンを構えた。なんだこいつ、ユ〇ゲラーの進化形か。
今までは片方だけのスプーンで食べていたのだが、今度は一方のスプーンを口の中に入れている間に、もう片方のスプーンでシチューを掬っている。そして、口の中のスプーンでシチューを掬っている間に、すでにシチューが盛られているスプーンを口へと運ぶ。これの繰り返しにより、スプーンでシチューを掬い上げる際のタイムロスを極力最小限にしている。つまり、単純計算、今までの二倍の速度でシチューを平らげていっているのだ。
この妙技を繰り出され、俺が十四杯に比べ、やつは十七杯まで追い上げている。これ以上スピードを上げるとしても、舌を素早く動かすしかないぞ。
制限時間が半分に迫ろうとした頃、双方に異変が生じた。これまでと比べ、明らかにペースダウンしているのだ。その理由は勝負の当事者である俺だから痛いほど分かる。いくら美味しいシチューとはいえ、連続で全く同じものを食べ続ければ飽きてしまう。口の中がデミグラスソースばかりで気持ち悪い。
「さすがに拙者でも、この味には飽きてきたな。ならばこうだ。異物混入」
今度は、数十種類の調味料を取り出し、勢いよくシチューにかけていく。何してんだ、こいつ。
「グルさんの奥義、異物混入か」
「なんだその物騒な技は」
アドマイヤがくいつくと、グルの取り巻きは解説を始める。
「グルさんは、常に数十種類の調味料を持ち歩いている。そして、食材に合わせて調味料を使い分けることにより、自在に味を変化させることができるのだ」
な、なんだと。確かに、味を変化させてしまえば飽きるという問題点は解決できる。
「味噌を少々、醤油大さじ二杯、コチュジャン適当、は〇れメタル一匹……」
ただし、明らかに美味しくなさそうな組み合わせだが。は〇れメタルって調味料なのか。
(馬神様、調味料って持ってませんか)
(そんなもんあるわけないじゃろ。自分で出せ)
出せって、まさか、あれを使えってことか。気が進まないが、現状を打破するにはこいつに賭けるしかない。
「奇跡の鼻息」
皿から顔を上げ、大きく息を吸う。そして、シチューに向けて、一気に鼻息を噴射した。
すると、鼻から赤い液体がドバドバと降りかけられていく。まさか、この局面で鼻血か。それにしては、この鼻をつく刺激臭はなんだ。シチューが段々と体に悪そうな赤い色に染まっていく。これは、やらかしたような。
(バカじゃのう。タバスコなんか大量に降りかけてどうするんじゃ)
(タバスコだと)
試しに、一口シチューをなめてみる。
「ガレェェェェエェェェェェェエェェェ!!」
やばい、やばい、やばい。辛すぎる、人間の食い物じゃねえ。
「墓穴を掘ったな馬よ。そのシチューを廃棄した時点で、お前の負けだぞ」
畜生、勝つためにはこれを完食しなくてはならないのか。とんだ罰ゲームだぜ。
タバスコシチューのせいで、十八対二十七と大幅に差がつけられてしまった。あんな刺激物を食べたおかげで、デミグラスの甘みが緩衝材になって食が進んだという利点はあるが、もはや逆転はほぼ不可能だった。残り時間も十分ぐらいだし。
しかし、最後の最後で、またもや双方に異変が生じる。休む間もなくシチューを食べ続けてきた俺たちだが、そうなると当然あの生理現象に襲われることになる。そう
「「うんぽこぽんがしたい」」
なんということでしょう。俺たちは仲良く便意を催したのだ。だが、ここでトイレに行くということは、そこで勝負を放棄したも同じ。勝ちに行くのなら、うんぽこぽんを我慢しながら食べ続けなければならない。
だが、そんなことをしていては、圧倒的な差は覆すことができない。こうなれば、こっちも奥の手を使うしかない。
「グルよ、散々奥義を見せつけてくれたじゃないか。それに敬意を表し、俺も奥義を披露しよう」
「なん……だと」
「くらえ、奥義……」
邪神の弾丸
シチューを嚥下すると同時に、大量のうんぽこぽんが肛門から放出される。なんか、急激に腹が減ってきた。急いでシチューをがっつくと、その勢いに呼応するようにうんぽこぽんの勢いが増す。いまや、一秒間に五十連発まで進化していた。
一方のグルは、うんぽこぽんの脅威が絶頂に達したのか、極端にペースが落ちている。
「と、トイレ、トイレに行かせてくれ」
もはや、勝敗は明白だった。
制限時間の一時間が経過し、ドラが鳴らされる。果たして結果は……。
七十七杯対三十一杯
「こ、この勝負、ババの勝ち」
「この勝負、ごちそうさまでした」
「う、うんぽこぽんがしたい」
勝ち誇る俺をよそに、グルは情けない声をあげて、泡を吹いて倒れた。
取り巻きによってトイレまで搬送され、無事にうんぽこぽんをしたグルは、俺の前で土下座させられている。
「くそ、なぜだ。フードファイターの拙者が馬に負けるなんて」
「なぜ負けたか教えてやろうか」
俺は勝ち誇ったように言い放つ。
「お前は、あの局面、人前でうんぽこぽんをしたくないという羞恥心に囚われていた。だから、満足にシチューを食べることができなかった。俺は、あの時、羞恥心を捨て去り、うんぽこぽんを解放したからこそ勝つことができたんだよ」
決まった。
「っていうか、それって、人前で堂々とうんぽこぽんをする大馬鹿野郎って認めているってことよね」
グハァ、しまった。
「そんな宣言をするなんて、素敵」
羨望されても嬉しくねえぞ。
「仕方ない、勝負は拙者の負けだ。代金はトノサマへのつけにしておき、今回のところは見逃してやろう。ババとか言ったな。大日本万歳計画に逆らったこと、必ずしも後悔させてやる。覚えておけ、アッパレ!!」
見事なまでの捨てセリフとともに、取り巻きと共に敗走していく。二度と来るんじゃねえぞ。
「勝ちましたよ、シェーンさん」
これで、この店のビーフシチューは守られたわけだ。もうこれ以上シチューは勘弁してほしいけどな。
でも、シェーンさんはなぜか険しい表情をしている。あれ、俺、まずいことしたか。
「店を守ってくれたことには礼を言おう。でもな」
シェーンさんは店の入り口を指差し恫喝した。
「あの大量のうんぽこぽんをどうにかしてくれ」
店の前にはうんぽこぽんのピラミッドが建築されていた。一秒間五十発のペースで五分間ぐらいうんぽこぽんを放出していたからな。
(馬神様、俺って何発うんぽこぽんをしたことになるんですか)
(わし、バカだから分からん)
俺も分からねえ。
まあ、問題はそこではなく、このままでは営業妨害になるってことで、俺たちでうんぽこぽんを掃除することになった。荷馬車に詰めるだけのうんぽこぽんを詰めて、ゴミ捨て場まで往復する単純なお仕事(時給ゼロ円)だけどな。
それにしても、俺、初めて荷馬車を引いたんだけど、乗せた相手が人間じゃなくてうんぽこぽんかよ。やれやれ、幸先悪いぜ。