俺、トノサマの演説を聞きます
「とりあえず、助けてくれてありがとう、ババ」
「だから、それは名字だってば」
「そうですわよ。ちゃんとおババ様と呼ばないと失礼じゃありませんか」
ダメだ。俺の名前は完全にババだと定着している。
「えっと、アドマイヤさんとホクトさんでしたっけ」
「そんな他人行儀なんて嫌ですわ。私のことはブタ野郎とお呼びくださいまし」
美少女に向かってブタ野郎ってあんまりすぎるだろ。そして、期待を込めて俺を見つめないでくれ。
「まあ、妹はこんな調子だから気にするな。私のこともアドマイヤでいいぞ」
「じゃあ、アドマイヤ。ホクトとは姉妹なのか」
「そう。私たち姉妹はレジスタンスとして、トノサマの目論見を防ごうとしている。とはいえ、トノサマの軍勢が予想以上に手ごわくてうまくいってないんだけれどな」
あからさまに下級兵士みたいなあのヲタクでさえ手ごたえがあったからな。それに、バカのステータス値からすると、この二人が反逆するなんて無謀すぎやしないか。
敵を退けて安堵したためか、俺の腹の虫が合唱を始める。邪神の弾丸を連発したせいか、やけに腹が減って仕方ない。あれだけうんぽこぽんを飛ばせばそうなるわな。
(う〇このことをオブラートに包んでうんぽこぽんと呼ぶとはやりおるな)
(馬神様、変なところで出てこないでください)
まあ、そういうわけで、う〇こ=うんぽこぽんと脳内変換してください。
「おババ様はお腹がすいているようですね」
「なら、この先の町で食事にするか。行きつけの店があるんだけど、そこなら人参ぐらいは分けてもらえるかもしれない」
あのな、馬扱いしやがって。いくらなんでも、人参はないだろ。せめて、カレーとか食わせろ。
……あ、俺は今、馬になってるんだった。どうも、まだ人間だった感覚が拭いされないな。
アドマイヤに手綱を引かれ、俺たち一行は近くの町へと向かう。道中ホクトが「お散歩プレーなんて羨ましい。おババ様、私をぜひ散歩に連れてってくださいな」とせがんできてうるさかった。馬に散歩される人間って、基本的人権の尊重に真っ向から泥を塗っている気がしますが。
やがて、目的の町が見えてきた。ゲームの世界でしかお目にかかったことのない、レンガ造りの民家が立ち並んでいる。中心部へと石畳の街道が続く。異国情緒あふれるその風景は、まさしくザ・中世ファンタジーだった。
でもさ、町の入口にでかでかと表示されている看板がそれをぶち壊しているんだよね。
「東京」
「ここが、私たちのホームタウンの東京だ」
「いや、なんでこんなド〇クエに出てきそうな町の名前が東京なんだよ」
「その昔は、アッセンピアって名前だったんだけれど、トノサマによって東京って改名させられたんだ」
その証拠に、六文字以上のスペースがある看板が真っ白に塗りたくられ、下手くそな字で「東京」と上書きされている。
この街の異変はそれだけではない。なにせ、道行く人々がみんな和服なのだ。信じられるか。西洋のこじゃれた町に水〇黄門に出てきそうな町民が行き来してるんだぜ。
「あれこそトノサマが定めた町民の服装ですの。ヲタク軍団以外があの服装をしていると、追いはぎの刑になるんですわ」
「ヲタク軍団の正装は……言うまでもないでしょ」
美少女アニメのプリントシャツと和服だったら、大多数の人が後者を選ぶだろう。
(わし、別にプ〇キュアのコスチューム着てても平気で街中歩けるんじゃがな)
(お願いだから黙っててください)
馬神様がデュアルオーロラウェーブしたら確実に幼女先輩のトラウマになります。
「と、いうわけで、カモフラージュのために少し着替えてくるわ。覗いたらぶっ殺すわよ」
「おババ様になら、私の生まれたままの姿をじっくり観察してほしいですわ」
「馬鹿なこと言っていないで、四十秒で支度するわよ」
そして、そそくさと草陰へと身を潜めていく。こんな道端で美少女の生着替えって、不健全に当らないか心配だ。
(大丈夫。覗いて克明な陰部の描写をしなければお咎めはないはずじゃ)
(この作品のために俺のリビドーを抑えろというのも酷な話だよな)
(わしの痴態ならいくらでも公開してやるぞ)
(それこそ削除対象になるからやめろ)
かくして、三十秒という熱湯コマーシャルもびっくりの速度で、姉妹は様変わりしてきた。西洋の旅人の定番コスチュームから着物にこうも短時間で着替えたのもびっくりだが、殊の外似合っていたのにはもっと驚きだった。
アドマイヤはもみじをあしらった模様の着物をまとい、長い髪をお団子状に結っている。ホクトの方は涼しげな海をモチーフとした着物で、なぜか眼鏡をかけている。
「お姉さまは髪型を変えることで変装できるんですが、私はいじくれないですからね。この伊達眼鏡で変装してるのです」
「レジスタンスとしてお尋ね者扱いされてるからな。あまりさっきみたいな恰好はできないんだ」
「なら、いつもその格好でいればいいのに」
「さっきは、ファンタジー生物保護のために遠征してたんだ。戦闘の際にこれじゃ動きにくいじゃない」
それはごもっともだ。
町中を進むにつれ、嫌でも珍妙さが際立ってくる。
「武器は装備しなくちゃ意味がないぜ」
ちょんまげをした男にいきなりそんなことを言われた。この男、旅人が通るたびにそんなことを言っているらしい。
そんなモブはさておき、道行く人々が全員和服なのだ。繰り返すが、ここは東〇映画村ではない。それ以前に日本でさえない。ハ〇ステンボスにちょんまげを送り込んだらこんな雰囲気になるだろうが、へんちくりんになるのは火を見るより明らかだ。
「すごい街だな、ここ」
「元から変だったわけじゃないわ。これもすべてトノサマが悪いのよ」
「さっきから気になってたんだが、そのトノサマってのはどんなやつなんだ」
「それはですね……」
ホクトが説明を開始しようとした矢先、ほら貝が吹き鳴らされた。すると、道行く人々は一様に土下座しだした。アドマイヤとホクトもそそくさと地面に這いつくばる。え? どうなってんの、これ?
「聞けい! トノサマよりありがたいお言葉を頂戴する」
すると、クラクションが鳴らされ、ディスプレイ付きの巨大デコトラが石畳の上を爆走してきた。待て待て。デコトラだって。なんで、車が存在してるんだよ。
不可思議な出来事の連続でそわそわしている俺をよそに、ディスプレイにある人物が映し出される。金色の羽織と銀の袴。顔面におしろいを塗りたくり、立派なちょんまげを生やしている。ついたてに片腕を預けて寝そべりながら扇を仰ぐそいつは、まぎれもなくこう呼ぶしかない。
トノサマ。
「なあ、まさか、あれが問題のトノサマか」
「そうよ。これから、定例のトノサマの演説が始まるの。静かに聞いていないと罰せられるわよ」
そういわれると邪魔したくなるが、トノサマが何者なのかという興味の方が勝った。俺は土下座している一同に倣って、神妙に俯く。そして、トノサマが口を開く。
「諸君 私は日本が好きだ
諸君 私は日本が好きだ
諸君 私は日本が大好きだ
北海道が好きだ
東北が好きだ
関東が好きだ
東海が好きだ
関西が好きだ
中国が好きだ
四国が好きだ
九州が好きだ
沖縄が好きだ
町中で 公園で
会社で 学校で
駅で バス停で
スーパーで デパートで
家で テレビで
この日本で行われるありとあらゆる文化行動が大好きだ
縦横無尽に並んだ絵札を読み手の合図とともに弾き飛ばすのが好きだ
意中の手札が風圧ではらはらと舞い踊る時など心がおどる
運転手の操る山手線の無意味に東京内を環状するのが好きだ
悲鳴を上げて車内から飛び出してきた女子高生に痴漢した男を警棒でなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった
足並みをそろえた小学生の騎馬が敵の騎馬を蹂躙するのが好きだ
恐慌状態の新兵が既に息絶えた敵兵の帽子を何度も何度も捨て去っている様など感動すら覚える
会社帰りの酔っ払いが街灯下に嘔吐していく様などはもうたまらない
泣き叫ぶ部下が上司の振り下ろした酒瓶とともにアルコール度数四十の日本酒にばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ
哀れなおばちゃん達が雑多な商店で健気にも安売りを求めにきたのを「今日は閉店です」と言って木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える
大和撫子に滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に守るはずだった日本が蹂躙され外国の形式美に犯され殺されていく様はとてもとても悲しいものだ
米が好きだ
米国発手軽即席穀物肉挟(マ〇ドナルド)に追いまわされ害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ
諸君 私は日本を天国の様な日本を望んでいる
諸君 私に付き従う大隊戦友諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なる日本を望むか?
つまらなく糞の様な中世ファンタジーを望むか?
剣だ魔法だの絵空事を望むか?
『日本! 日本! 日本!』
よろしい ならば日本だ
我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがこの暗い闇の底で半世紀もの間堪え続けてきた我々にただの日本ではもはや足りない!!
大日本を!!
恒久栄華の大日本を!!
我らはわずかに一個大隊 千人に満たぬ敗残兵に過ぎない
だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している
ならば我らは諸君と私で総力100万と1人の軍集団となる
我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう
髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう
連中に恐怖の味を思い出させてやる
連中に我々の軍靴の音を思い出させてやる
天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる
一千人の武士で
世界を燃やし尽くしてやる
全世界日本浸食化 発動開始 天守閣 始動
離床!! 理性解除
「大日本帝国万歳」
目標 ファンタジー世界!!
大日本万歳計画 状況を開始せよ
征くぞ 諸君」
(いろいろとまずいだろ、これ)
なんなんだ、この演説は。まるで意味が分からんぞ。
「お分かりかね、諸君。わらわは大日本が大好きじゃ。なので、ファンタジーにうつつをぬかす曲者は駆逐してやる。
わらわの大日本万歳計画はまだまだ序の口じゃ。この世界をわらわの好きな日本で埋め尽くすその日が来るのを楽しみにしておるがよい。わらわは同士じゃ。
アッパレ!!」
「アッパレ!!」
トノサマが片手を掲げるのに合わせ、土下座していた民衆が上体を起こし、同じように片手を掲げた。それを確認するや、デコトラはまた慌ただしく去っていった。
「な、何なんだ、一体」
デコトラを見送るや、アドマイヤたちは腰を上げる。俺は、呆気にとられて二の句も告げることができなかった。
「これで分かったでしょ。トノサマは日本が好きだと豪語してるの。だから、ファンタジー世界の事物を破壊し、無理やり日本文化を広めようとしているわけ」
「私たちはそれに反対して、レジスタンスを結成しているのですわ」
世界そのものを破壊か。アホそうな身なりの割にはとんでもないこと考えているんだな。
(馬神様。ちなみになんですが、あのトノサマのステータスって分かりますか)
(画面越しで正確には測れんかったが、一応表示できるぞい)
トノサマ 530000バカ
技
不明
五十三万バカって圧倒的じゃないか。ダメだ、勝てる気がしない。それに腹が減って仕方ない。
「とりあえず、トノサマが何者なのかは大体わかった。だから、早く飯にしようぜ」
「あんた、腹減ってるって言ってたわね。じゃあ、案内するわ」
トノサマが去ると、町は先ほどと同じ賑わいを取り戻した。日本文化を浸透させるというのは決して豪語ではなく、西洋風の建築物には不釣り合いのテナント名が軒を連ねていることからもそれが分かる。なんで、レンガ造りのこじゃれた建物に「か〇ぱ寿司」やら「す〇屋」が入っているんだよ。
「この先に、私たち行きつけのビーフシチューのお店があるんだ。もちろん、材料に人参を使っているからババの分もあるぞ」
ビーフシチューを食べられると期待した俺がバカでした。俺、馬ですものね。
その行きつけのお店とやらに近づいていくと、何やら喧騒が巻き起こっていた。腹減ってるのにまた問題発生かよ。