ミノタウロス、焼きます
「さて、今度こそ次の目的地に行こう」
もう敵はいないはずだから、この砂浜に用はない。他に忘れていることはないよな。ちゃんとうんぽこぽんも済ませたから便意もないし。
「それはいいんだが、このマンドラゴラどうする」
アドマイヤに合わせ、俺たちの視線はマン・ドラ子に集中する。
成り行きで共闘していたけど、元々、こいつ俺たちの養分を狙ってきていたんだよな。それはつまり、俺たちの敵ってわけで。
とはいえ、真正面から戦うわけにもいかない。そんなことしたら、アドマイヤやホクトとも対峙する羽目になるからな。アドマイヤはともかく、ホクトを敵に回したら色々と厄介だ。
俺たちの疑念の眼差しを察したのか、マン・ドラ子の方から提案してきた。
「私はそこの馬の養分を吸えればそれでいい。それを邪魔する輩がいるなら排除するのみ。だから、養分を吸って、あなたが泣くまで、私は付いていくのをやめない」
「えっと、つまり俺たちに協力してくれるってことか」
すぐそばに養分を狙っているモンスター娘がいる日常ってのはいただけないが、戦力が増えるというのであれば願ったりかなったりだ。
こうして、旅の一座にマン・ドラ子を加え、俺たちは天守閣への道を突き進むのであった。実際に歩いているのは俺だけですが。馬車を発明した野郎、恒久に呪うぞ。
鬼を退治したことで、ハローワーク(ギルド)の依頼を達成したわけで、当然その報酬を得る権利がある。まずはそれを受け取りに町まで行こう。
レジスタンスである俺たちは普通であれば、ハローワークの報酬は受け取ることができない。管轄しているのがトノサマだから当然だ。だから、レジスタンスとは無関係であると装うため、アドマイヤとホクトが偽装身分証を用意しているってわけだ。前にゴキブリンを退治した時の報酬もこうして受け取ったから問題ないだろう。
砂浜からほど近い町にあるハローワークで換金の手続きを終え、アドマイヤとホクトは大量の札束を抱えて帰ってきた。貧乏旅行になるかと思ったが、これで当面の資金に困ることはなさそうだ。
「っていうか、これだけあれば遊んで暮らせないか」
軽く数百万はあるわけだが。本来なら一千万近く得られるはずなんだけど、税金やらなんやらをしょっぴかれて、意外と手元に残らなかったのだ。トノサマめ、日本の経済体系を持ち込みやがって。
「しばらくは暮らせるかもしれないけど、ずっとは無理ね。でも、天守閣までの道中だったら、金銭難になることはないでしょう」
ギルド暮らしをしていたためか、アドマイヤはけっこう経済観念があるようだった。俺の転生前の世界に照らし合わせれば、働きながら暮らしているみたいなもんだからな。そう考えると、俺より大人びて見えて悔しくなる。
しばらく町を歩いていると、マン・ドラ子が俺の足をくすぐった。俺が人間なら裾を引っ張るところだが、馬相手にそんなことをしようとするなら、そうするしかないのだ。
「どうした、マン・ドラ子。養分ならやらんぞ」
「くれるなら遠慮なくもらう。それよりも私はあれを食べてみたい」
そう言って指さす先には目を疑うようなものがあった。
ミノタウロスが丸ごと売られていたのだ。
馬に対する嫌がらせですか。牛とはどことなく境遇が近いせいか、どうにも同情を禁じ得ない。
いや、それよりもミノタウロスが売り物にされているってどういうことだよ。こんな街中でよくそんな物騒な代物売ってるな。
「ミノタウロスですか。トノサマが来る前にもありましたわね。普段あまり口にすることができない超高級料理ですわ」
ごく当たり前に存在している食材だったのか。さすがは異世界。俺の常識が通じないぜ。
「お金が入ったなら買えるはず。あの牛、私の養分にする」
「植物のくせに肉食なのか、お前は」
「大丈夫。世の中にはひげの親父を食べる植物も存在する」
「お前、いつか踏みつぶしてやろうか」
どうせ踏みつぶすなら亀がいいけどな。無限に1アップできるし。
鬼を討伐した記念パーティーを開くのもいいってことで、結局ミノタウロスを購入することにした。お値段、六百万円なり。
「思ったより高かったですわね」
「でも大丈夫だ。ちょうど、鬼を倒した報酬があったからな」
「そうだな」
……おい、待てよ。
「俺たち、また資金難に逆戻りしてないか」
おい、黙るな、女性陣。畜生、また金稼ぎしなくちゃいけないじゃないか。
「買っちゃったものは仕方ない」
「買おうといった張本人が威張るなよ」
っていうか、買う直前まで誰も値段について言及しなかったというのがまずかったような。アドマイヤぐらいなら気がついてもよかったはずなのに。
「いやあ、ミノタウロスが食えるって思うと、値段なんか気にしてなかったわ。あれって、一生に一度食えるかどうかの高級品でしょ。買えるものなら買っておかないと」
色気より食い気を優先させてんじゃねえよ。経済観念があると感心した俺がバカだった。
買ってしまった以上は食べるしかない。町はずれの高原にミノタウロスを転がし、俺たちとの睨めっこが始まる。体長二メートル以上はある巨体だ。さて、どう調理しようか。
「丸焼きにするしかないんじゃないか」
「でも、私の火の玉では火力が足りませんわ」
こんなの火炎放射器でもなけりゃ調理できないだろ。どこかにそんな代物落ちてないかな。
(火炎放射したいなら、ちょうどあれがあるではないか)
(もしかして、あの技を使うしかないってことですか)
モード・ペガサスになった時に使うことのできる不可解な鼻息。鼻の穴からあり得ないものを出せる絶技だ。これでうまく炎が出せればミノタウロスを丸焼きにすることぐらい容易い。
反面、何が出るのか分からないってのが悩みどころ。間違ってミノタウロスを爆破でもしたらシャレにならない。
とはいえ、このまま生のミノタウロスと睨めっこしていても埒が明かないしな。一か八かやってみるか。俺は馬を連呼し、雄々しく叫んだ。
「天翔昇華、ダバダバダーッ」
俺の体が光に包まれ、全身が軽くなる。背中から立派な二対の羽が広がり、俺はモード・ペガサスへと変貌を遂げた。相変わらず、この姿だけはイケメンだ。
「おババ様。新たな技で炎を出すつもりですわね」
さすがはホクト、察しがいいな。さあ、上手いこと炎が出てくれよ。
「不可解な鼻息」
大きく鼻から息を吸って、それを一気に吐き出す。つい最近使った時はひどい鼻詰まりに悩まされたが、今回はそんなことはなく、すんなりと排出できた。それが逆に不気味ではあるのだが。
ただ、やけに鼻の奥が熱い。この感覚、どこかで味わったような。どこだっけな。そんなに昔じゃなかったような。
ああ、そうだ、あの時だ。この異世界に転生してすぐ。ドラゴンを退治しようと奇跡の鼻息を発動した時だ。あの時は確か、あれを出したんだよな。ってことは。
大方の予想通り、俺の鼻の穴から勢いよく炎が噴出した。あまりにもうまく行き過ぎて逆に怖いくらいだ。でも、当初の目的の代物が出せたのならそれでいいや。よっしゃ、このままミノタウロスを丸焼きにしてやる。
そう思ったのだが、そうすんなりとは問屋が卸さないようだ。俺の鼻から放たれた炎はミノタウロスへと到達する直前、いきなり方向を変えた。ミノタウロスの真上にどんどんと集結していき、やがてあるものに姿を変えていく。
それは一言で言うとおっさんだった。豊満な髭をたくわえ、全身が真っ赤で、ふんどし一丁のマッチョであった。長いたてがみを炎と共に揺らし、黄色く光る眼でこちらを睨んでいる。誰だ、お前。
「呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャジャーン」
「呼んでねえよ」
別にくしゃみはしていません。っていうか、誰だこいつ。
「アドマイヤ、こいつ何者か知らないか」
「こんなの知らないわよ」
「どうしましょう。おババ様、このおじさん、変なんです」
「そうです、わたすが変なおじさんです。あ、変なおじさんったら、変なおじさんって、ちゃうわボケ」
このおっさん、ノリだけはいいな。よし、こういう時のためのステータスだ。
(馬神様、ステータスお願いします)
(うるさい、うるさい、うるさい)
(いきなり釘宮病発症してんじゃねえよ)
おそらく、馬神様が見てるのは灼〇のシャナでしょう。
イフリート 8935バカ
技
金の指
「お前は、イフリートか」
「そうです、わたすが変なイフリートです」
もうそのネタはいいから。イフリートって確か、炎の召喚獣だったよな。"灼熱の牙" カーディナルレッド、"紅蓮の疾風" ダーククリムゾン、"鋼の力" バーントシェンナの三つのソイルを魔銃に装填して撃ちだすことで呼び出すことのできるやつ。一応、この状況でふさわしいソイルではあるけどな。
それよりも、炎を出そうとしたら召喚獣を呼び出すって本当にどうなってんの、これ。しかも、けっこう強いし。
でも、召還したからには、俺の言うことを聞くんだろ。
「イフリート、ミノタウロスを丸焼きにしてくれ」
「嫌だ」
即答かよ、おい。
「わしを従わせたければ、グリーンバッジを手に入れることだな」
ロケット団のボスを倒せってか。一応、あれなら言うことを聞かせられそうだけどな。
「せっかく人間界に来たんだ。好き勝手やらせてもらうぜ」
「いけませんわ。イフリートで思い出しましたが、あれはひとたび暴れ出せば、町一つを丸焼きにするぐらいの被害を出してしまいますの。このまま野放しにしてはまずいです」
おいおい、冗談じゃねえぞ。ミノタウロスを丸焼きにするどころの話じゃねえ。どうにかしてあいつを止めないと。
「残念だけど、あれの養分はおいしくなさそう。第一、私は炎と相性が悪い」
そうでしょうね。あんたは植物ですからね。端からあてにしていませんよ。それに、バカが低いアドマイヤも論外として、俺とホクトでどうにかするしかないみたいだ。
炎が相手なら水属性の技が有効なはず。ならば、これだ。俺はモードユニコーンへと姿を変え、やつに尻を向けた。
「海王帝邪神の弾丸」
ウニは海産物。つまり、水属性ってことだろ。ならば、炎属性のあいつには効果抜群だぜ。俺の尻から無数のバフンウニが連射される。
だが、それらは奴の体に触れた瞬間、焼きウニになってこぼれ落ちた。バカな、効かないのか。
「ウニか。ならば、もっと焼いてやる。金の指」
イフリートが口から炎を発射する。それは、俺が発射したウニを軒並み包み、それらすべてを焼きウニへと変えてしまった。
そして、その余波で激しい熱波が俺たちを襲う。くそ、熱い。なんて炎だ。証拠に、ミノタウロスが焼けかけているじゃないか。このまま熱波を浴びていると火傷になりそうだぞ。
「ああ、熱いですわ。こんなの着ていられませんわ」
熱さで血迷ったのか、ホクトが着物をはだけさせる。あ、別に血迷ってはいないか。ホクトって元からこんなキャラだったし。
だが、この時、あからさまにイフリートの動きに変化があった。突如炎が止み、その視線がホクトの胸元に釘付けになったのだ。全身真っ赤だから分かりにくいが、あいつ鼻血が垂れてるんじゃないか。
(馬神様、あいつどうしたんですか)
(おっさんは大体スケベじゃからのう。特に、あいつはしばらく俗世から離れとったせいで、ああいう刺激に弱いんじゃろ)
意外すぎる弱点キター。もしかしたら、いけるかもしれない。
「ホクト、もっと服を脱ぐんだ。あいつを倒すにはそれしかない」
「分かりましたわ。さあ、お姉さまも一緒に」
「じ、冗談じゃないわ。そんなことできるわけないでしょ」
全裸寸前のホクトに促され、逆にいっそう着物の裾を押さえるアドマイヤ。美少女のストリップ二連発を喰らわせれば確実に倒せるのだが。
「アドマイヤが駄目なら、私がやる」
「お前は無理だろ」
マンドラゴラは元々すっぽんぽんです。そのせいか、イフリートはマン・ドラ子には全く反応を示さなかったし。
着物でいやらしく局部を押さえているホクトに、イフリートは昇天寸前。あともうひと押しがあれば。どうした、アドマイヤ。お前の最大の活躍の場なのに。
「ええい、じれったいですわ。不健全な仕置き(バニッシュメント・メイル)」
いや待て、それはまずい。止める間もなく、不自然な湯気がアドマイヤの周囲に纏わりつく。
「ちょ、ホクト、これはないでしょ」
しかも、突然この技を使われたことで、動揺したアドマイヤは暴れ回ってしまう。そんなことしたら、煙が振り払われてしまう。その結果、どうなるか。
けたたましい悲鳴と、大量の鮮血が放たれたのは同時のことだった。局部を隠しているホクトが可愛いものだ。アドマイヤは詳しく描写するのも阻まれる不健全極まりない姿でイフリートの前で仁王立ちしていたのだ。
そして、洪水のように溢れす鼻血をまき散らしながら、イフリートは卒倒した。うん、あれは刺激が強すぎるだろ。俺も鼻から生温かい液体が垂れてきたし。まあ、アドマイヤのあれは前に一度見たことあるけどさ。
イフリートを倒せたはいいが、あいつはとんでもないことを仕出かしやがった。鼻から放たれた血液は、あろうことかミノタウロスに降りかかってしまったのだ。おい、何してくれとんねん。せっかくの六百万円が血まみれになっちまったじゃないか。これじゃ返品も効かないし。ああもう、どうしてくれるんだよ。
なんて嘆こうとしたが、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってくる。この食欲を誘う、ジューシーな肉の香りは一体どうしたことだ。
「あ、ミノタウロスが焼けてる」
マン・ドラ子が指摘した通り、いつの間にかミノタウロスが丸焼きになっていた。え、どういうこと、これ。特に炎なんか使ってないよね。どの瞬間に丸焼きにしたんだ。
(イフリートの鼻血はかなりの高温じゃからのう。あれをまともに浴びたせいで、ミノタウロスは丸焼きになってしもうたんじゃろ)
逆に言えば、あの鼻血を喰らっていたら、俺たちの中から一人犠牲者が出ていたってことだよな。イフリート。ただのエロおっさんだったが、それなりに怖い相手だったぜ。
なんとかミノタウロスの丸焼きは手に入れることができたが、不可解な鼻息、実に恐ろしい技だ。本当に使いどころには気を付けなくては。