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俺、馬になりました

 やがて、意識がはっきりしてくる。どこだ、ここ。生い茂っている雑草が風に揺れている。暖かな日差しがその身に降り注いでくる。広大な草原ってことは間違いがないみたいだ。

 攻撃魔法みたいなものを受けたにも関わらず、体に変調はない。むしろ、幾分軽やかになったぐらいだ。


 いや、ちょっと訂正しておこう。さっそくだが妙なことが起こっている。立ち上がろうとしても、上半身が持ち上がらないのだ。なぜかは分からないが、覚醒してからずっと四つん這いのままである。赤ちゃんじゃないんだから、このままハイハイで生活するつもりはないぞ。

 どうにかして直立しようとしても、四十五度ぐらいの角度に持ち上げるので精いっぱいだ。おいおい、齢十四にして早くも腰が曲がってしまったか。

 しばらく立ち上がろうと四苦八苦したけど、無駄だと悟り、俺は諦めてこの周囲を探索することにした。それで、四つん這いのまま歩き出すのだが、どうにも妙な音がする。擬音語にするなら「パッカパッカ」だろうか。俺以外生物はいないはずなのに、ひづめの音が響いているのだ。腰が曲がった上に幻聴って、まさか俺、ジジイにされたんじゃないだろうな。


 試しに、誰かいないか呼びかけてみる。

「おーい、誰かいませんか」

 あ、ちゃんと声は出るんだ。じゃあ、やっぱりジジイになってしまったんだ。その割には甲高いな。まるで、声変わり直前の男子中学生みたいだ。


 そのうえ、体から加齢臭がする。いや、これは加齢臭なのか。直近で嗅いだことのある不快な臭いが漂ってくるのだが。


 とにかく、少しこの辺りを探ってみよう。二足歩行できないのが癪だけど、俺は四足のまま、パッカパッカと駆け抜けた。

 なんということでしょう。ウサイン・ボルトもびっくりの速度が出せました。いや、人間の走る速さじゃないだろ、これ。軽く走っているだけなのに、自動車並の速度を出している。ハイハイでこんなに速いのなら、全力だと恐ろしいことになるぞ。ただ、尋常じゃないハイハイができるジジイって、俺、ものすごい怪生物に変身していないか。


 考え事しながら走っていたせいで、前方不注意だったようだ。突然、頭に衝撃が走った。やむなく急停止する。いきなり交通事故だなんて不幸だ。それも、岩壁に衝突なんて、冗談じゃない。

 あれ。その割にあまり痛くないな。頭を抑えようとしても、手が持ち上がらないから不便ではあるが。


 ふと、低いうなり声が聞こえてきた。人間の音域でこんな低い声が出せるとは考えにくい。お坊さんのお経を数オクターブ下げたような感じだ。

 俺は改めて交通事故を起こした先をよく見てみた。なんということでしょう。


 体長五メートルほどの二足歩行する翼を生やしたトカゲが激怒してこちらを威嚇していました。


 目の前にいるのはあれですよね。こんなでかいトカゲがいるわけがない。そもそも、トカゲに灰色のゴツゴツした鱗なんてありません。それに、爪もとがっていないし、二本の角も存在しません。

 現物は初めてお目にかかりますよ。まあ、そんな悠長なことを言っている場合じゃないけどさ。


 どうやら俺は、ドラゴンと交通事故を起こしてしまったようだ。


 ドラゴン相手に自動車保険って適用されるのかな。あ、俺、運転免許すら持ってないや、てへぺろ。

「じゃねえだろよ、これ」

 どうしよう、滅茶苦茶怒ってらっしゃる。吐息には炎も混じっているし。とりあえず、逃げよう。うん、そうしよう。


 俺は方向転換し、脱兎のごとく疾走した。目まぐるしく景色が移り変わり、あっという間にドラゴンを引き離していく。俺の走力とんでもないな。むしろ、ドラゴンが遅すぎるのか。そして、この「パッカパッカ」という音はどうにかして消せないものだろうか。


 あっさりとドラゴンからの逃走に成功した。多分、まだ追っかけてきているだろうけど、大体一キロメートルほど引き離せば、しばらくは追いついてこないだろう。

 それにしても、急に全速力で走ったから喉が渇いたな。おあつらえ向きに、すぐそばに川があるから、この水でもいただくとしよう。俺の近所の川は毒々しい色をしていたけど、この川は山中の清流のように澄み切っている。コンビニで百円ぐらいで売っているペットボトルの水をそのまま垂れ流したみたいだ。


 それで、水面に顔を映した途端、とんでもない事実に直面することになった。


「馬?」

 そこにいたのは、見事な馬面。ここには俺以外に誰もいないから、これが俺の顔ってことになる。いや、おかしいだろ。人間の顔がこんなに縦長なわけがない。鼻の穴も無駄に大きいし。ジジイになったわりに髪の毛フサフサだし。むしろ、これはたてがみか。

「おいおい、まさか」

 俺はとんでもない可能性に行きついた。俺はずっと、ジジイになってしまったと思い込んでいたのだが、そうではない。そもそも、人間ですらなかった。


「俺、馬になったんじゃね」


 それならば、あの加齢臭や、異常な脚力の説明がつく。それに、二足歩行できなかったのも、体の構造からして無理なことをやろうとしていただけだったと。

(ようやく気が付いたか)

(おい、バカ。これはどういうことだよ)

 いきなり頭の中にバカ、じゃなくて、馬神の声が響いた。

(バカとはなんじゃ。せっかく、今のお前の状況を説明しようと思ったのに。そんなこと言うのなら、帰ってプ〇キュアの続きでも見てるぞ)

(ごめんなさい。謝りますから説明してください)

 っていうか、この変態、いい年してそんなの見ていたのかよ。


(そういえば、普通に馬神様と会話してるんだけど、これどうなってるんですか)

(テレパシー)

 至極簡単に説明されました。

(それはさておき、その姿こそが、この世界を救うために必要となるのだ)

 まるで意味が分からん。なんで世界を救うために馬になる必要があるんだ。

(人間じゃダメなんですか)

(戻れなくはないぞ)

(じゃあ戻してください)

(無理)

 無理はないだろ。いきなりこんな妙な格好にしやがって。


(正確には、ある条件があるのだが、それを説明している暇はないな)

 うん、そうだね。


 いつの間にか、あのドラゴンが追い付いてきた。


 今にも炎の息を発射しようと身構えている。おいおい、馬の丸焼きなんておいしくないぞ。

(いやあ、前に食べた馬刺しは美味だったのう)

 こんな局面にとんでもないこと思い出してるんじゃねえよ。


(どうするんだ、これ。馬の姿でどうやってドラゴンと戦うんだよ)

 こうなったらまた逃げるしかないか。

(逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ)

 汎用人型決戦兵器初号機のパイロットになったつもりはありませんよ。


(案ずることはない。それが世界を救うための姿というのはゆるぎない事実じゃ。その証拠に、きちんと戦う術を用意してある。これがお前のステータスだ)

 ステータスって、急にRPGみたいな要素が出てきたな。おそらく、攻撃力とか防御力が異常な数値になっているんだろ。期待と投げやり半々で、俺は馬神が提示したステータスを確認する。


馬場克也 1000バカ

奇跡の鼻息ミラクル・スノート

蹴る(アトミック・ゴッド・シュート)

邪神の弾丸デズモ・バレット


 えっと、いろいろツッコミを入れていいですか。

(この1000バカってなんですか)

 攻撃力や防御力が存在しない代わりに、シンプルにこのステータスだけが表示されている。ステータスからもバカ呼ばわりされる覚えはない。

(それは馬鹿と読むんじゃねーぞ、バーカ)

(いや、どう見てもバカだろ)

(それは『ばぢから』と読むんじゃ)

 ばぢからってどんな能力だよ。


 馬神とコントを繰り広げていたら、ドラゴンが爪で引っ掻いてきた。危ないな、おい。俺は飛び上がるようにしてそれをさける。そこをすかさず、ドラゴンが炎の息で追撃する。回避しきれなかった俺はまともにそれを浴びることになる。

 くそ、熱いじゃないか。これじゃ冗談抜きで馬刺しになってしまう。


 しかし、丸焼きにされているはずなのに、そんなに痛くない。やがて、炎が収まると、毛並みが少し焦げ付いただけの俺がいた。

(どうなってるんだ。炎をくらったのに、全然ダメージがない)

(そりゃ、あんな格下の相手の攻撃、屁でもないじゃろ。り〇うおうがス〇イムの攻撃を受けたようなもんじゃい)

(いや、あいつどう見てもス〇イムよりはり〇うおうクラスの敵なんですが)

(じゃあ証拠に、あのドラゴンのステータスを見せてやろう)


ドラゴン 10バカ

炎のファイアブレス


 あ、本当だ。単純に数字が大きいほど強いのなら、あのドラゴンは雑魚クラスということになる。

(さて、反撃じゃ。好きな技を使うがええ)

(技って、この恥ずかしい名前を叫ばないといけないんですか)

 ミラクル・スノースだのアトミック・ゴッド・シュートだの頭悪すぎるネーミングだ。しかも、このアトミックなんちゃらって、単なる蹴りのくせに仰々しすぎる名前だぞ。

(お前は中学二年生だから、厨二病なことやっても問題ないだろ)

(もしや、俺を転生させたのってそんな理由?)

 こら、口笛を吹いてごまかすな。ええい、こうなったら仕方ない。


「覚悟しろドラゴン。奇跡の鼻息ミラクル・スノース

 俺は一番上に書いてあった技を使った。すると、俺の鼻から勢いよく空気が発射された。待てよ。これって空気か。それにしては鼻が焼けるように熱い。


 そう、それは空気ではない。俺は鼻から火炎放射してしまっていた。


(なんじゃこりゃ)

(ミラクル・スノースは鼻からいろんな属性の息を出せる技じゃ。どれが出るかは誰にも分からん)

 使い勝手悪いな。せめて、属性ぐらい自由に選ばせてくれてもいいのに。


 でも、さっき火炎放射を浴びせられたお返しだ。これで丸焼きにしてやるぜ。だが、ドラゴンは炎に包まれてもピンピンしている。むしろ喜んでいるぐらいだ。全然ダメじゃないかよ。

(当たり前じゃ。あいつはドラゴン、炎属性。炎の息は威力が四分の一まで低下するぞい)

 どこかで聞いたことがある設定なんですが。それならせめて氷の息を出したかったな。

(フェアリーの息とかあるんですか)

(ない)

 ですよね。


 鼻息が通じないならこいつはどうだ。かなり不可解な技だから、正直あまり使いたくないのだが、手っ取り早く仕留めるにはもはやこれしかない。

「邪神の弾丸デズモ・バレット

(邪神の弾丸デズモ・バレットじゃと。そ、それはまずい)

 え、もしかして使っちゃいけなかった。


 技名を叫んだ途端、俺は急に便意を催した。こんな局面でトイレに行きたくなるなんてついていない。しかも、アレが肛門まで急激に押し寄せてきているのだ。ええい、どうせ馬なんだしどうにでもなれ。


 俺は、ドラゴンに尻を向けた。すると、俺の肛門からあり得ない勢いで馬糞が連射された。そいつは息つく暇もなくドラゴンに着弾し、やつの体を不気味な色に染めていく。そして、尻が痛い。なんだこの技。痔になりそうだぞ。


(それは禁断の技じゃ。それを使うと一秒間に十六連射のスピードでう〇こを発射できるのじゃ)

 推定で二十秒ぐらい連射し続けたので、俺は三百二十発のう〇こをしたことになる。一年分の排便を済ませた気分だ。気のせいか腹が減った。


 こうして、俺の前には馬糞まみれで気絶しているドラゴンが出来上がったのだった。どうすんだ、これ。

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