俺、素潜りします
「いやあ、助かりました」
カッパは頭の皿を掻きながら照れ顔をつくる。そういやこいついたな。クソガキに夢中になってたせいで忘れかけてたぜ。
「あなたたちにお礼がしたいのですが、ご希望はありますか」
「じゃあ、鬼ヶ島まで連れてってくれ」
「無理」
即答すんな、アホ。お礼がしたいんじゃないのかよ。
「だって、私淡水生物ですし。海の中は泳げません」
「じゃあなんで海岸なんて来てるんだよ。泳げないなら意味ないだろ」
「ほら、タマちゃんっていたでしょ。彼に憧れて、普段川にしかいない生物が海に出たら人気が出るかなって思ったんですよ」
お前の存在自体、出現しただけで大騒ぎされるがな。っていうか、タマちゃんってオスだっけ。
(メスじゃないか。まるちゃんの友達じゃろ)
(そっちじゃねえよ)
「で、海に来ても騒がれないから、子供のシリコダマ奪おうとしたら、ああなったって次第です」
「まあ、これだけ妖怪が跋扈してちゃ、カッパなんて珍しくないわね」
アドマイヤが達観する。現に、さっき沖合でひょっこり顔を出したのって海坊主じゃないか。カッパなんてポピュラーすぎるから、今更珍しがられるわけないよな。
「じゃあ、お礼はどうしましょうか。あ、そうだ、海を渡りたいんですよね。ならば、良いものがありますよ。これをつければ、海の中を渡れるようになる秘密道具です」
「エ〇チューブじゃないだろうな」
「そんなもの持ってません」
そういうと、カッパはいかがわしい所を弄りだした。おいおい、公開オ……
(言わせねえよ)
でしょうね。この先を続けたら確実にこの作品がボッシュ―トされます。
そして、奇天烈大百科の作品を作り出した時の効果音と共に、金色に輝く球を取り出した。いや、効果音そっちかよ。そして、その金色の玉、嫌な予感しかしないのだが。
「これです。カッパのシリコダマ」
いやいやいや。それ、絶対シリコダマじゃねえだろ。あれだろ、フ〇ンドリィショップで五千円で売却できるおじさんの大切なやつだろ。
「これを食べれば、水中でも息ができるようになります」
食えるか、そんなもん。なんか妙に生あったかいんだからぁ。
頑として首を横に振る俺をよそに、ホクトはすんなりとその怪しげな球を手に取った。おい、早まるなよ。アドマイヤも心配そうに見つめる中、ホクトは躊躇なくそれをかぶりついたのだ。
あっさりと噛み切れたってことは、案外やわらかいのか。ネチャネチャ音を立てながら咀嚼して、そのまま嚥下する。これでホクトが変身でもしたらどうしてくれようか。固唾を飲んで経過を見守る。
「これ、普通においしいですわよ」
マジか。アドマイヤも首を傾げながら口にするが、飲み込むや「あ、本当だ」と賛同する。え~、うまいのか、それ。
覚悟を決め、俺もまたそのき……ではなく、シリコダマをかじる。ネチャネチャしてて歯ごたえは悪いが、確かに味は悪くない。むしろ、普通にうまい。なんていうか、レバーに味覚が近いな。口いっぱいに広がる香ばしさ。これはどちらかというと、大人向けの風味だな。見た目が見た目だけに。
「で、海の中を泳げるようになったわけだけど、こうなりゃ鬼ヶ島まで遠泳するしかないか」
「それだと、必要最低限の装備しか持っていけませんわね。まさか、この和服のまま泳ぐわけにはまいりませんし」
流れからしてそうなるだろうと思ったけど、まさかの泳いで島に行くという原始的方法をとるわけですね。まあ、船が手に入らない以上、そうするしかないですよね。
「ってことで、水着に着替えてくるから覗くんじゃないわよ」
はい、それはフラグですか。アドマイヤとホクトは水着を片手に、草陰に隠れる。その後に俺がやるべきこと。そんなの分かってるじゃないですか。あれですよ、あれ。ふふふ、銭湯の時はしくじったからな。今度こそ、その雪辱を晴らしてやるぜ。さあ、覚悟してろよ、美人姉妹ども。
「着替え終わったわよ」
早いわ。おい、五秒と経ってないぞ。そこには、赤のビキニをしたアドマイヤと、白のビキニのホクトが立っていた。そういやこいつら、四十秒で支度できるんだったな。ならば、水着に着替えるぐらいはこのくらいでもできるか。っていうか、これだけ早着替えできるなら、草陰に隠れる必要性なかったんじゃないか。
それにしても、こうしてほとんど素肌を顕わにしていると、女性特有の格差というものが浮き彫りになってくる。ホクトってロリ巨乳タイプだったのか。例の紐とか似合いそうだな。彼女のことだから喜んで身に着けそうだし。
対し、アドマイヤは……。うん、触れないでおこう。船〇英一郎がよく行く場所みたいだってことは。
「ババ、あんた失礼なこと考えてたでしょ」
胸を抑えながらアドマイヤが睨んでくる。さあね。僕ちん知りません。
「海を渡るなら、しばらくこの馬車に荷物を預けることになるわね」
「それなら大丈夫です。私が居留守を守りますよ」
カッパが胸を張るけど、98バカのやつに留守を頼んで大丈夫なのか。まあ、せっかくの好意を無碍にするのも悪いしな。俺たちは、カッパに荷馬車を預け、一路海の中へと向かうのだった。
これで息ができるってのは嘘でしたっていうのなら、あのカッパに蹴る(アトミック・ゴット・シュート)でもぶちかましてやるところだったが、水深数十メートルほど潜っても、問題なく呼吸ができた。地上で呼吸しているのと同じようにしていても、問題なく息が続くのだ。シリコダマの威力すごいな。
それにしても、これって異様な光景だよな。シュノーケルもなしに、少女二人が素潜りしているだけでも異常ではある。でもさ、馬が海を泳いでるんだぜ。絶対に海には生息しえない生物が遊泳しているせいで、熱帯魚どもが仰天して逃亡していく。
「なあ、鬼ヶ島ってどれくらい離れてるんだ」
「泳いでいくなら数日はかかりますわね」
けっこうな遠出だな。まあ、腹が減ったら食料はそこらへんに転がっているから問題はないか。実際、小腹が空いたので、偶然見つけたサザエをホクトの「火の玉」で壺焼きにして食べてみた。炎の術ってこういう時に便利だよな。もちろん、水中じゃ使えないから、一旦浮上して加熱調理したってのは言わずもがなだ。
このままゆっくりと海中散歩しながら鬼ヶ島へ向かうか。なんて思っていたが、ここでもまた邪魔が入ってしまうのだった。
「なんだべさ、お前ら」
異様に訛っているふんどし姿の男が俺たちの前に立ちふさがった。右手には巨大な銛を手にし、腰にはヒョウタンを括りつけている。
「こんなとこまで潜ってくるってことは、シリコダマでも使ってるのか。あれは、一個八万ぐらいする超高級食材だから、滅多に市場には出回らんはずなのに」
あれって八万円もするのか。それをおいそれと渡してくるって、あのカッパ気前よすぎだろ。
「そういうあんたは、ここで何してるのよ」
「おいらか。トノサマの命令で、夕食の食材を調達しとるんだべさ。お、言い忘れとったが、おいらは、トノサマ配下武士の、食糧調達班のウィナ・ロットだべさ」
トノサマ配下だって。かなりまずいやつと出会っちまったんじゃないか。幸い、あいつは俺たちがレジスタンスだと気が付いていないようだ。ここはうまく話を合わせて脱出するか。
「まったく、トノサマは無理難題をふっかけるだべさ。これが頼まれた食材なんだけどよ」
そう言って、ウィナはメモ紙を見せて来た。防水加工しているとはいえ、けっこうよれよれになっていたが、そこにはこんな食材が羅列されていた。
サザエ
マス
カツオ
ワカメ
タラ
「素潜りで獲るには無理があるだろ」
つい声を張り上げてしまった。サザエとワカメならまだ可能だ。でも、残りは無理だろ。カツオなんて、どうやって素手で捕まえるんだよ。いや、それ以前に、この食材の組み合わせ、どっかで見覚えがあるような。これで何を作る気なんだ。
「獲ったどー」
俺が呆れていると、突然ウィナが叫び出した。そちらを見やると、あらまあ、なんということでしょう。
銛でカツオを生け捕りにしていた。
本気でカツオをゲットしちゃったよ、この人。まずいな、そんなことできるのなら、戦闘力は高そうだ。念のため、確認してみるか。
(馬神様、ステータスお願いします)
(せっかく凪〇明日から見とったのに)
(いきなり深夜アニメかよ)
(わしだって深夜アニメぐらい見るぞい)
それで胸を張らないでください。
武士 ウィナ・ロット 1078バカ
技
生け捕りの一撃
獲ったどーって技だったのか。それはともかく、予想通りなかなかの強的じゃないか。これはスルー確定だな。
「そういや、気にせんかったけど、そこの馬しゃべったよな。それに、馬が泳いでるっておかしくないか」
気になるの遅いわ。この人、ニブチンなだけなの。疑惑の視線を向けながら、銛を突き出してくる。カツオを背負った状態で迫ってくるから、妙な迫力がある。ええい、戦うしかないなら、先にぶちのめしてやるぜ。
「邪神の弾丸」
俺は、尻を突き出し、うんぽこぽんを連射する。どうだ、猫だましの一撃としては最強だろ。さあ、このうんぽこぽん連撃をどう防ぐ。
だが、ここが海の中というのを失念していた。うんぽこぽんはウィナに到達するより前に、次々に海底へ沈んでいったのだ。しまった、海中ではこの技は効果がないのか。
「海にゴミを捨てるなんて、罰当たりだな」
憤慨しながら、ウィナが更に迫る。くそ、こうなりゃ今度はこっちだ。
「奇跡の鼻息」
鼻の中に海水が入り込みが、我慢してそれを一気に吐き出す。これで魚雷でも出てくれれば一撃必殺だ。いや、殺す気はないんだけどね。
しかし、鼻から噴出されたのは、アルミ製の固形物だった。ああ、これか。自動販売機で楽に手に入りますよね。中を飲んだら用済みになるやつ。っていうか、またしくじってないか。
「こら、またゴミを捨てるんじゃないべ」
ウィナはすぐさま銛でそれを一突きにする。うん、俺もこんなのを出す気はなかったよ。
ウィナの銛に刺さっていたのは空き缶だった。
ゴミなんか出してどうするんだよ。まずいぞ、もはやウィナの攻撃範囲圏内まで接近されている。これで銛なんか突き出されたら躱しようがない。くそ、万策尽きたか。
だが、勝負は意外な展開を迎えた。
「じぇじぇじぇ~」
ウィナが突如悲鳴を上げ、急激に浮上していったのだ。どうしたことだ、これは。よく観察すると、俺が放った空き缶に糸のようなものが引っかかっていた。その糸が手繰り寄せられているせいで、ウィナもくっついていっているようだ。
俺たちも気になってウィナの後を追う。そして、海面に出た時、この不可解現象の謎が解けた。
「獲ったどー」
ボートに立ち上がり大声を上げるおっさん。そのボートには大量のガラクタが積載されている。なるほど、そういうことか。
ウィナは、海岸で海釣りしていたおっさんに釣られた。
あのおっさん、こんなところまでごみ掃除、じゃなくて海釣りしていたのか。相変わらずゴミしか釣れてないし。
「おっさん、おいらを釣るとはいい度胸しとるべ」
「お、カツオが釣れた。俺はやっぱり天才だ」
「この背中のやつか。って、渡すわけねえべよ」
「んだと。釣ったんだから俺のものだ、よこせ」
ボートの上でウィナとおっさんがカツオを巡って喧嘩している。ガラクタのせいで大きく船体が揺れ、今にも転覆しそうだ。
ともあれ、この場は関わらない方が得策だ。俺たちの目的は鬼ヶ島なんだからな。みっともなく争っているいい男二人を残し、俺たちはまた遠泳を開始したのだった。