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俺、名探偵になります

 場内がざわめきだす。そりゃ当然だろう。優勝候補の名馬がインチキしているなんて物言いがついたのだから。

「これはどうしたことでしょう。今の声はどこから聞こえて来たのか」

「騎手のアドマイヤの声としてはボーイッシュすぎますね」

 疑問視してたのそこかい。馬がしゃべるのは一般的じゃないらしいから仕方ないけどさ。


「僕たちがインチキしているなんて、聞き捨てならないね」

 カスタロフの騎手があくまでも優男な笑みを保ったまま近寄ってくる。

「カスタロフの騎手、ヤサカ・シャイニー。この物言いには当然納得いっていない様子。果たして、インチキと指摘する根拠は何なのか」

 シャーリーが無駄に煽ってくる。さて、どうしようか。不審な点はあるんだが、こいつが本当にインチキしているっていう確証はないんだよな。でも、こいつの疑惑を片っ端からぶつけていくしかない。


「なあ、ババ。本当にこいつらインチキしているのか。私にはそうは思えないぞ」

 アドマイヤがこっそり耳打ちしてくる。

「まあ、俺に任せておけ。そのために、アドマイヤにも協力してもらうぞ」

 俺が直接解説するわけにはいかないからな。さて、そのためにはアレを出す必要があるのだが、猫より気まぐれなこの技が都合よくアレを出してくれるか。


「奇跡の鼻息ミラクル・スノース

 アドマイヤへとあの鼻息をぶっ放す。狙うは固形物。さあ、出てくれ、例のアレよ。


 すると、百万円の神様は俺たちに味方してくれたようである。俺の鼻から銀色の鋭く細い物体が発射された。それがアドマイヤの首筋に命中する。

「はらひれほらひれほれ」

 呂律が回らなくなったアドマイヤは、目を回しながら柵にもたれかかる。そして、そのまま寝入ってしまった。よっしゃ、本当にアレが出たぞ。これで第一段階クリアだ。

(こんな時に麻酔針なんか出してどうするんじゃ。アドマイヤが眠ってしまったぞ)

(心配するな。眠りのアドマイヤ作戦開始だ)

 さすがに蝶ネクタイで変声はできないが、なんとか声真似で代替するか。女声ってあんまりやったことないぞ。


 俺はアドマイヤの脇にさりげなく移動し、解説を始める。

「私がカスタロフたちを怪しいと思った理由。それはいくつかあるけど、まず第一は第三の関門、だるまさんがころんだでの出来事よ」

「なんと、あの関門に不正があったというのか」

「それにしても、アドマイヤ選手、意外とボーイッシュな声ですね」

 そこは解説しなくていいだろ。それに、これ、俺の声だからな。


「あの関門では、爆笑するとは思えない寒いギャグで、出場している馬が相次いで笑って脱落していった」

「それは、君たちの笑いの沸点が低いからだろ。僕の馬はなんともなかったがね」

 勝ち誇るように言うが、実は、それが盲点なんだよな。っていうか、ある意味墓穴を掘ってくれたぜ。

「傍から見れば、だるまさんのギャグで笑って脱落したと思えるでしょうね。でも、実はそうじゃないの。からくりはあの関門よりも前、給水所に隠されているわ」

 その指摘は意外だったらしく、会場内がより一層ざわめきだす。

「あの給水所の水はただの水だったはず。けれども、ほのかな甘みがしたわ。あの水の中に混入物があった可能性が高いわね」

「冗談も大概にしたまえ。そんな個人的な味覚で、混入物があったなんて難癖をつけるのかい。君の味覚がおかしいだけかもしれないだろ」

 うぬぬ。そう来たか。他の馬に聞こうとしても、だるまさんのビームにより重傷を負ってまともに話せる状態じゃないからな。


 口をつぐんでいると、思わぬ助け舟が入った。

「えっと、今、スタッフよりあの給水所と同じ水が届けられました。この水に混入物があったとの疑惑が持ち上がりましたので、毒味係のスタッフに飲んでもらいましょう」

 えらく用意周到だな。それに、少しカスタロフの表情が曇っているぞ。


 注目が集まる中、毒味係のスタッフはあの給水所の水を飲み込んだ。すると、急に腹を抱えだした。あれって、毒物だったのか。いや、違う。


「げりゃっハハハハハ、ドハンバナンダダダダダ、ドガギャリアアアンハハハンハ、グべへへえへへへへへええ、グホンドドボンボガンダブルルルルククゥゥゥン」


 相変わらず笑い声があり得ないけれど、これは疑いようがない。

「皆さんもご覧になったでしょう。あの水には笑い薬が仕込まれていたのです」

 水を飲んだだけで笑い出した。そこから導かれる因果関係はこれしかない。

「最初に水を飲んだカスタロフは、その時に口の中に隠していた笑い薬を投入。給水をスルーしたアナゴウイルスは効果を受けなかったけれど、その後に水を飲んだ馬たちは、みんなこの薬にやられたのよ」


 この指摘に、ヤサカは歯を剥き出しにして、吼えかかろうとしている。図星ってわけか。なら、さっさと諦めて罪を自白しな。そうなりゃ、百万円はこっちのもんだ。

 けれども、そう簡単には折れそうになかった。

「面白い推理だね。でも、僕たちが笑い薬を持っていたっていう証拠はない。あくまで状況証拠に過ぎないじゃないか。それでインチキにされるなんて心外だね」

 まだまだあの自信を崩すことはできないか。でも、こっちにもまだ手はあるぜ。


「インチキはあの関門だけじゃないわ。第一の関門でカツラを吹き飛ばした風が吹いたわよね。あの風が吹いたのは、カスタロフたち上位集団が関門を通過した直後だった。あの時に、ヤサカが魔法で風を起こしたのよ」

「おいおい、それこそ言いがかりだな。僕があのタイミングで魔法を使っただって。ならば、証拠を見せてみろよ」

 やっぱりそうなりますよね。このカツラ事件に関しては、半ばこじつけだからな。正直、証拠なんて用意してないし。


 しかし、これまた天が助け舟を出してくれた。

「ヤサカ騎手が魔法を使用したとの疑惑が出ましたので、彼が関門を通過した場面を確認してみましょう」

 スクリーンに、強風が吹く直前の録画映像が映し出される。俺もちらっと見た、ヤサカが手を振って、カスタロフがさっそうとゲートを通過していくあの映像だ。一瞥するだけでは、特に問題がないように思われる。

 念のためってことで、この映像をスロー再生したとき、カイシュウが声を上げた。

「こ、これは盲点でした。ヤサカ選手が手を振っているように見えますが、この動きは、風の魔法を発動するときの杖の振り方と酷似しています」

「私も、トノサマが支配する前の学校で、この動きを習った覚えがありますね。そして、この直後に突風が吹いた。これは、魔法を使った可能性が高いと認めるしかないでしょう」


(ついでにいうと、本当にあやつは風の魔法を使えるようじゃぞ)


ヤサカ・シャイニー 35バカ

スカートめくり(ゼフィス・ウィンド)


 技名がろくでもないけど、風魔法を習得しているという動かぬ証拠も出て来た。でも、このステータスって、俺の脳内で再生されるから、突きつけられないんだよな。

 それでも、笑い薬に風魔法と立て続けに疑惑をかけられ、ヤサカたちの表情に余裕がなくなってきた。いいぞ、この調子だ。


「君たちの推理は見事というべきだね。それでも、僕たちがインチキをしているっていう徹底的な証拠はないわけだろ。それに、こんなインチキをするのはアナゴウイルスの方が怪しいんじゃないのかい。実際、第二の関門で荷馬車にバナナを投げたり、君たちに体当たりしてきたりしたじゃないか」

 この意見に、会場内からも「どっちかというとアナゴウイルスの方が怪しいよな」という声が噴出する。どうやら、過去にもレースを妨害した実績があるらしく、卑怯者として認知されているらしい。俺も、出走前にそんな噂を聞いたからな。


 しかし、これはフェイクだ。それをこれから証明してやろう。

「第二の関門で妨害してきたのは間違いなくアナゴウイルスよ。堂々と不正してきたからね。でもね、それがミソなのよ。ああすることによって、不正をするとしたらアナゴウイルスしか考えられないって印象付けることができる。そうすれば、誰もカスタロフが不正をしているって考えない」

「おいおい、君は何が言いたいんだい」

「まだ分からない」

 焦って嫌な汗を出しているヤサカとカスタロフに、俺はとっておきの一言を浴びせかけた。


「カスタロフとアナゴウイルスは裏で内通していたのよ」


 これはかなり衝撃な事実だったらしく、観客たちはこれまで以上に騒然となった。そりゃな、優勝候補とそのライバルが実はグルって分かればそうなるわな。


「僕があの卑怯者と内通していただって」

「その通りよ。アナゴウイルスはあなたが不正を行う上でのスケープゴートに過ぎなかった。例え、不正を指摘されても、明かなインチキをしているアナゴウイルスが疑われる可能性が高い。どうせ、アナゴウイルスに『不正がばれたら自白しろ』って言いくるめてあるでしょうね」

「そんなことするか。それに、僕たちが内通しているなんて、最大級のデタラメじゃないか。証拠は、証拠はどうなんだ」

 優男のイメージはどこへやら、狂ったように声を張り上げる。化けの皮がはがれかけているな。ならば、あの事実はぶつけてやる。


「証拠は、最後のレースの一幕よ。私の馬、バーババがうんぽこぽんを発射したとき、軌道上にはあなた、カスタロフがいた。それなのに、アナゴウイルスはわざとそれに当たりにいったわ。あなたとアナゴウイルスがグルじゃないなら、決してこんな行動はとらないはず。アナゴウイルスにとっても、カスタロフは倒したい相手だから、勝手にうんぽこぽんで自滅してくれれば、めっけものになるからね。

 そう、アナゴウイルスにとって、カスタロフは倒されてはまずい相手だったのよ。あなたが優勝すれば、いくらか分け前をもらえるとか、そういう契約をしていたんでしょうね。だから、身を呈してうんぽこぽんからあなたを守った。どう、これでもグルじゃないって言いきれる」


 一斉に場内が静まり返る中、ヤサカの「しかし、しかし」という呟きが虚しく響く。それにとどめを刺したのは、意外にも、回復して立ち直ったアナゴウイルスだった。その騎手である感じ悪そうなおっさんが口を開く。

「ヤサカとカスタロフの旦那。ここまでカラクリがバレちゃもうおしまいだ。役者としては、あの小僧の方が一枚上手だったってことだ。

 坊主、なかなかの名推理だったぜ。ご指摘の通り、俺とヤサカの旦那はグルだ。俺が失格になろうとも、他の馬を邪魔し続けることで、ヤサカの旦那は確実に優勝できる。俺はそこから分け前をもらえるって寸法だ。でも、こうなっちまっては、コンビは解消するしかねえな」

 それだけ言い残し、アナゴウイルスは去っていく。その尻尾は「あばよ小僧」と手を振っているかのように左右に揺れていた。


 四つん這いになってうなだれるヤサカ。やがて、狂ったように笑い出した。

「相棒に裏切られちゃ、もうおしまいだよな。ああ、そうだよ。僕は、どんな手を使おうとも、勝利の名声を手に入れたかった。ただ、それだけだ。でも、まさか、こんな手で負けるなんてね」

「私たちは、このレースでなんとしても勝ちたかったの。ただ名声を追い求めるあなたたちとは覚悟が違うのよ」

 ヤサカは最後の不気味な笑みを浮かべると、スタッフに連れられ、退場していった。あの笑みは正直ぞっとした。アナゴウイルスの騎手よりも数百倍怖かったぞ。結局、あのおっさんの名前は分からず終わったが。


 カスタロフも続いて退場していくが、ふと立ち止まり、振り返りつつ宣告した。

「バーバーババ・バーババとか言ったな。君とはまたどこかで会いそうな気がするよ。でも、その時はこうはいかない。本気でぶっ潰すから、覚悟しておくんだね」

 その言葉は、馬である俺でしか聞くことができなかったが、彼にとってはそれで充分なのだろう。俺としても、こいつとはこれきりの関係になるとは思えなかった。


「えっと、最後にとんでもない波乱がありましたが、ヤサカ、カスタロフペアが不正を認めたということで、大会規定により失格となります」

「アナゴウイルスはレース途中に脱落していますからね。そうなるますと繰り上げりまして、アドマイヤ、バーバーババ・バーババ選手が優勝となります」

 割れんばかりの拍手が沸き起こる。それにより、アドマイヤが目を覚ました。

「あれ、ババ。私、どうなったんだ。それに、この拍手は一体」

「喜べ、アドマイヤ。俺たち、優勝したんだぜ」

「優勝? なんでまた、そんなことに」

 状況が把握できていない彼女に、カスタロフの不正について説明してやった。呆気にとられていたが、最終的には優勝できたという事実に、手を取り合って喜んだ。正確には、手なんて存在しないから、アドマイヤが鼻面を撫でてただけですが。


「優勝したバーバーババ・バーババには賞金の百万円が贈られます」

 台車には崩れ落ちんほど積まれた札束。俺が人間のままだったら、お目にかかれるかどうか分からない光景だった。マジかよ、こんなのアニメでしか見たことないぜ。ともあれ、これでホクトを取り戻せる。

「さて、この優勝賞金、何に使いたいですか」

 お、ヒーローインタビューか。百万円の使い道。そんなの決まってるぜ。俺とアドマイヤは声をそろえて叫んだ。


「身代金を払うためです」


 盛り上がっていた会場が一気に冷めきった。え、どうしてだ。俺たち、間違ったことは言っていないぞ。まあでもいいじゃないか。


 俺たちは、百万円を積んだ荷馬車を引き、銭湯へと向かうのだった。三度目の正直で、ようやくまともなのを乗せることができたぜ。

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