俺、ラストスパートします
そこから先はほとんど、俺とその他二頭による追いかけっこだった。三頭しか残っていないのに、障害なんか仕掛ける意味ないけど、律儀に関門は用意されてるんだな。第四の関門がハードルで、第五が大玉ころがし、第六がパン食い競争って、運動会としか思えなかったが。
一位カスタロフ、二位アナゴウイルス、ドベが俺という順位を保ったまま、競技場へと戻ってきた。
「いよいよアッセンピア記念も大詰めです。ラストのコーナー一周。泣いても笑っても、ここで勝負が決します」
新技の「疾風の駿馬」を使ってはいるが、それでもあいつらを追随するので精いっぱいだ。それでも、場内に入った時点で、ようやくアナゴウイルスを射程に捉えることに成功した。カスタロフもすぐそこだ。
「小僧、ここまでくらいついてくるとは、大したものだ。けれども、ここで終わりにしてやるぜ」
不穏な宣告とともに、アナゴウイルスの騎手が何かを投げつけてきた。そいつは地面へと落ちたが、踏んづけるやあやうく滑りそうになる。
ちらっと後方を確認したが、投擲されたのはバナナの皮だった。リアルでマ○オカートやらないでくれますか。
「アドマイヤ、こっちもカメの甲羅で反撃だ」
「そんなもの持ってるわけないでしょ」
「じゃあこいつに頼むか。奇跡の鼻息」
ここのところ固形物というか生命体が連続しているから、今度もそれっぽいのが出るだろう。
だが、俺の鼻から噴出したのは黒っぽいシュワシュワした液体だった。それは勢いよくアナゴウイルスの足にかかった。
「てめえ、気色悪いものぶっかけてんじゃねえ」
敵を怒らせたが、物理的効果はないようだ……。いやいや、挑発させちゃまずいだろ。第一、俺は何を発射したんだ。
(もったいないのう。コーラなんか噴き出すんじゃない)
甲羅違いかよ。どうせなら、給水所の時に出てほしかったぜ。
「なるほど、あくまでも俺に勝負を挑むか。俺の信条は、追跡、撲滅、いずれもマッハだ。遠慮なくぶっ潰させてもらうぜ」
「そうかい、ならば、ひとっ走り付き合えよ」
つい、売り言葉に買い言葉してしまった。すると、アナゴウイルスはわざと速度を落とし、俺のわき腹に体当たりを仕掛けてきた。
「おーっと、これはいけません。アナゴウイルス、ババンババンバンバンに妨害行為を働きました」
熱く実況している場合じゃねえ。そして、俺の名前がいい湯だなになってるじゃねえか。
野郎、体当たりしてくるなら、こっちも行かせてもらうぜ。俺もまたアナゴウイルスへとぶつかっていく。すると、お返しにアナゴウイルスも突撃してくる。もはや、カスタロフを完全に無視して、俺とアナゴウイルスで押しくらまんじゅうしていた。
このまま単純に押し合い圧し合いするなんてしゃらくさい。こうなりゃ、これでもかましたる。俺は一旦立ち止まると、百八十度方向転換しようとした。
「妙なことをしようとしているようだが、そうはさせねえぜ」
しかし、またしてもバナナの皮の妨害が入る。それが放り投げられたのと、
「邪神の弾丸」
うんぽこぽんが連射されたのはほぼ同時だった。
反転しながらうんぽこぽんをまき散らそうとしたのだが、足元にバナナの皮が滑り込んできたせいで、思わぬことになってしまった。アナゴウイルスを狙ったはずのうんぽこぽんは、俺が体勢を崩したせいで、一直線にカスタロフへと向かっていったのだ。やばい。あいつまで挑発してしまったら、とんでもなく厄介なことになる。
どうにかうんぽこぽんを堪え、体勢を立て直す。しかし、一度肛門から飛び出したうんぽこぽんは、容易には軌道修正できそうにない。お願いだからかわしてくれ、カスタロフ。
しかし、その時、不思議なことが起こった。明らかに射程から外れていたはずのアナゴウイルスだが、全速力でうんぽこぽんへと当たりに行ったのだ。しかも、無理に進行方向を変更したせいで、柵に激突してしまっている。あいつ、何をしてるんだ。
「これはどうしたことでしょう。アナゴウイルス、うんぽこぽんにまみれながらコースアウト。同時に騎手も落馬してしまっている」
「これは大番狂わせですね。レースの最終局面において、優勝候補と初出場の一騎打ちになってしまいました」
大番狂わせもなにも、当の俺の方がハトが豆鉄砲喰らったようになってますが。あいつ、明らかに自滅したよね。
って、呆然としている場合じゃないや。寸劇している間にも、カスタロフはゴールへと迫っている。俺も「疾風の駿馬」を使うが、一向にその差は縮まることがない。
「ここまで来れたのは褒めてあげるよ。けれども、この僕と三馬身以上離れているんだ。もう逆転なんか不可能だよ」
同じように挑発されているのに、さわやかすぎるせいで、全然嫌みがないや。感心しているのはさておき、連戦連勝の名馬とまともにかけっこしていては勝てないのは自明。かなりベタな方法だが、俺が勝つにはこいつに賭けるしかない。
「おーっと、これはどうしたことだ。バーバーババ・バーババ。急に立ち止まってしまった」
「ここで勝負を放棄したということでしょうか」
やっと俺の名前を正しく言えたか。そう、俺はゴールへと背を向け立ち止まっている。この奇行に、観客からもブーイングが入る。いつの間にかカツラが復活してるし。ちゃんと持ち主のところに戻ったんだな。
「諦めたか。それじゃ、僕が優勝とさせてもらうよ」
勝ち誇るカスタロフ。いや、それはどうかな。
「邪神の弾丸」
俺はゴールテープへと一直線にうんぽこぽんを発射した。それは、あと数メートルでゴールという位置に来ていたカスタロフにあっという間に追いつく。
「どうだ、うんぽこぽんだって、俺の体の一部。そいつが先にゴールすれば俺の勝ちだ」
弾丸並の速度で放射されるうんぽこぽん。これならば、相手が名馬だろうと、先にゴールできるはずだ。
「バリバリダー、最後の最後に、うんぽこぽんを発射するという奇策に出ました。うんぽこぽん、馬身をどんどん縮めていく。しかし、カスタロフも鼻先がゴールテープにかかろうとしている」
間に合うか。いや、間に合ってくれ、うんぽこぽん。お前に百万円がかかっているんだ。
「いけ、うんぽこぽん」
俺とアドマイヤがハモった。この局面では、臆している場合ではないか。
しかし、カスタロフが絶望的な技を使用してしまった。
「疾風の駿馬」
バカな。あの技をカスタロフも使えるのか。
(ハヤク・ハシレールは、馬であればどんなやつでも使える技じゃなからのう。お前さんの固有技ではないぞい)
それを早く言ってくれ。
ゴールした瞬間はほぼ同時であった。そこで、写真判定に持ち込まれる。相手があの技を使ったとはいえ、まだまだ可能性は残されている。
スクリーン一杯に映されるゴールテープ手前の拡大写真。きちんと俺のうんぽこぽんも写っていた。だがしかし。
ゴールテープを切っていたのは、カスタロフの鼻先だった。
「あーっと。勝負を制したのはカスタロフだーっ!!」
「最後に疾風の駿馬を使ったのが決め手となったのでしょうね」
嘘だろ。負けた、だと。俺は競技場の真ん中で呆然自失と佇む。二位でも賞金五十万だから悪くはない。しかし、俺たちに必要なのは百万円だ。そうでなくては、ホクトは取り戻せない。
俺は苦虫をかみしめるかのように、歯を食いしばる。しかし、口の中に流れたのは妙な甘みだった。さっきの水がまだ残っていたのか。
「残念だったね。でも、僕のあの技を使わせたのは君が初めてだ。いい試合だったよ」
勝者の余裕か、カスタロフが健闘をたたえてくる。アドマイヤは肩を落としたまま、カスタロフの騎手の優男と握手を交わしている。いや、ダメだ。ここで終わっちゃ。まだ起死回生の手が残っているはずだ。
そうだ。思い返せば、このレースには不審な点が多い。さっきのアナゴウイルスの行動といい、口の中に残されている水。バナナの皮は完全にあいつの仕業だとして、カツラの時のあの風にも違和感がある。
これらから導き出される結論。俺が優勝するためには、これをぶつけるしかない。
「異議あり」
どこからともなく大声が響く。発しているのは俺だけど、場内のやつらは馬がしゃべっているとは思わないから、謎の第三者が介入しようとしていると思っているだろう。それでも、構わず俺は続ける。
「このレース、カスタロフの優勝は無効だ」
「僕が失格だとでも言いたいのか。冗談は寝て言いたまえ。明らかに不正を働いたアナゴウイルスはともかく、僕は正々堂々戦っていたじゃないか。むしろ、失格になるのなら、うんぽこぽんを飛ばしたバーバーババ・バーババの方だと思うけどね」
「あ、いや。うんぽこぽんも体の一部と認められているので、あれは失格になりません」
そんな規定あったのか。いや、それはともかくだ。俺は決定的な一言を浴びせかけた。
「失格になるのはお前だ、カスタロフ。なにせ、お前はこのレースでインチキをしていたんだからな」