だるまさん、ころびます
サブタイトルが「俺~します」で統一されると思っていたのか。
「あれ、私どうしたんだろ」
ようやく坂を上り切ったところでアドマイヤが目を覚ました。荷馬車を切り離さないといけないので、気絶したままだったらどうしようかと思ったぜ。
ここから先はやや勾配がある曲がりくねった道が続いている。あの坂で一気に三位まで浮上した俺は、優勝候補の二頭を追って疾走する。新しく習得した「疾風の駿馬」の効果は伊達でなく、四位以下を一向に寄せ付けない。でも、尻を叩かれまくっているので相当痛いがな。言っておくが、SM気質はないから決して感じていないぞ。
それにしても、ここまで走り通しなので、さすがに喉が渇いた。口の中が乾いて仕方ないぜ。み、水。水はないのか。
一か八か、ミラクル・スノースに頼ってみるか。
「奇跡の鼻息」
さあ、来るがいい液体。
すると、鼻の奥からもぞもぞと何かが這いだしてきた。それと同時に、ものすごい不快感に襲われる。鼻の穴から顔を出したそいつは、俺が鼻水を出しているかのように、上半身を垂らしている。いや、こいつに顔とか上半身って概念はあるのか。このピンク色で細長い生命体に。とりあえず、喉の渇きを癒せないのは確実だ。なにせこいつ、
「ミミズじゃねえか」
外れも外れだよ。こんなので水分補給できるわけないだろ。
(いや、外れでもないぞ。お前さん、み、水って言うとったやろ)
(それでミミズが出てくるって、シャレにしても寒すぎだから)
とりあえず、ミミズさんには森の中にお帰り頂きました。
なんてバカをやる必要性もなく、しばらく行くと巨大な樽が置かれていた。そこにはなみなみと水が蓄えられていたのだ。
「先頭集団が給水所にたどり着いたようです」
「このレースは長距離戦ですからね。それを考慮して、給水所が設けられているというわけです」
粋な計らい感謝するぜ。あそこまで行けば喉の渇きを潤おせる。
カスタロフは当然のように水に口をつける。だが、続くアナゴウイルスは一瞥くれることなく、スルーしていった。水を飲む余裕もないってことか。実際、カスタロフが給水でタイムロスした分だけ、アナゴウイルスが肉薄している。
俺も我慢しようかと思ったけど、生理的な渇望には勝てないよ。樽に顔を突っ込み、存分に水を飲む。うむ、心なしか少し甘いな。いつも飲まされている水道水とは違う味だし。って、味わっている場合じゃないか。
給水所からしばらく行くと、ひときわ高く伸びた大木が見えてきた。あれがレースの折り返し地点だろう。ようやくこれで半分か。その間にあの二頭を抜かさないといけない。よっしゃ、気合入れていくぜ。
だが、その大木の根元に奇怪な生命体がいた。全身が真っ赤でなおかつ丸い。背中にスイカみたいな縦縞模様がついている。なんだあいつ、新種のマリモか。マリモにしては体がテカってるし。
すると、その怪生物は急に大声で叫び出した。
「どぅあるまぁすぅわんぐぅわぁ、こぉろんだぁっ!!」
耳が痛いよ。な、なんだこいつ。いきなり「だるまさんがころんだ」だと。
そして、振り返って顔が明らかになるや、こんな奇声を発した理由が納得できた。
丸くて大きな目に二本の太い口髭。いかついおっさんの顔したそいつは、神社とかで売っている「だるまさん」そのものだったのだ。
大声にびっくりして立ち止まってしまったが、見回すと、他の馬たちも一斉に立ち止まっている。どうしたんだ、一体。
怪生物が再びそっぽを向くと、また一斉に走り出す。俺も遅れじと地面を蹴るが、
「どぅあるまぁすぅわんぐぅわぁ、こぉろんだぁっ!!」
そう叫んで怪生物が振り返ると、皆一同に停止する。おい、まさかこれって。
「ここで第三の関門に突入したようです。第三の関門はずばり、だるまさんがころんだ。妖怪だるまさんが振り向いている間に動けば、即失格となります」
「勝負を急く気持ちをいかに抑えられるかという忍耐力が試されるわけですね」
真面目に解説してるけどさ、競馬やってるのにだるまさんがころんだなんてミスマッチじゃね。そもそも、人間だった時でも、最後にやったのは小学生の頃だし。
それに、だるまさんって妖怪だったのか。少なくとも西洋ファンタジーの世界には登場しないけどさ。
(馬神様、だるまさんのステータスって分かったりしませんか)
(え~、エ○ゼロやっとったのに)
(だから、レースゲームなんてやってる場合じゃないから)
妖怪 だるまさん 2760バカ
技
制裁光線
絶対零度口線
これまた絶望的に強いじゃねえか。しかも、技がビームばっかりだし。
それにしても、乗馬しながらだるまさんがころんだって、意外と難易度高くないか。騎手が動くつもりがなくても、勝手に馬が動いたらアウトだし。その点、俺は自分の意思で静止できるから他の選手より有利ってわけだ。しかも、ちょっと前まで現役でだるまさんがころんだをやっていたからな。お前たちとはキャリアが違うのだよ。
だるまさんは背を向けると、また「どぅあるまぁさん(以下略)」と唱える。で、振り返って動いているやつがいないかつぶさに見渡す。意外と脱落者が出ないもんだな。ここは特に事件も起こらず通過できるか。
そんなことを考えていると、だるまさんはあまりにも意外なことを叫んだ。
「ふとんがふっとんだ」
……は? いや、一応意味は分かるよ。いわゆるおやじギャグでしょ。でも、急にそんなこと言ってどうしたんだ、こいつ。第一、こんなので笑うわけないだろ。
なんて思っていたが、それを聞くや、俺の後方にいた馬がいななき、大暴れしだしたのだ。騎手は訳も分からずなだめようとしていたが、馬の言葉が分かる俺は、そいつの異変を呆れるぐらい察知していたのだ。
「ブルゥヘェッ、ヘッ、ドゥハぁ、ヒヒヒフフへへへ」
おいおい、嘘だろ。あのギャグで大笑いするなんて。お前、笑いの沸点低すぎだろ。
それを目ざとく見つけただるまさんは、両目を光らせた。それは決して比喩ではなく、実際に両眼が光っていたのだ。
「はい、アウト」
そう叫ぶと両目からビームが発射された。それは笑い転げている馬に命中し、チュドーンという爆音とともに、そいつは黒焦げになった。マジかよ。
「ごらんのとおり、だるまさんが振り向いている間に動くと、ビームによりお仕置きされます」
お仕置きってレベルじゃないから。あんなの受けたら死ぬから。2760バカのやつの攻撃なんて、バカの加護で防げるわけないし。俺の攻撃の方が通じないぐらいだからな。
再び「どぅあるまぁ(以下略)」のやりとりをした後、だるまさんは叫ぶ。
「アルミ缶の上にあるミカン」
だから、笑うわけないだ……ってオイオイオイオイ。さっきの馬を皮切りに、続々と爆笑の渦に巻き込まれる馬が続出したのだ。その度に、
「制裁光線」
だるまさんのビームにより沈んでいく。だるまさんがころんだやっているだけのはずなのに、大量殺戮されてるぞ。
気が付けば、俺とカスタロフ、アナゴウイルス以外の馬は全滅してしまっていた。ここらの馬って笑いの沸点が恐ろしく低いのか。まあ、俺は大丈夫だが。
なんて思っていたのだが、ついには俺にも異変が訪れてしまった。
「狼がトイレに入って、おお紙がない」
性懲りもなくダジャレ攻撃される。だから、笑わないっての。と、思ったが、どうしたことか、鼻の穴がむずむずする。それに、全身をくすぐられているかのようだ。おいおい、まずいぞ。急に笑いたくて仕方なくなってきた。俺は震えそうになる体を必死でこらえる。どうなってんだ、面白くもないのに、笑いたくて仕方ない。
「ちょっとババ。あんなギャグで笑うわけないわよね」
「そうだけど、なぜか笑いたくて仕方ないんだ」
アドマイヤが鎮めようと体のあちこちを叩いてくるが、一向に収まる気はない。
それに、俺が動くか動かないか曖昧な仕草をしているせいで、だるまさんが痺れを切らしてしまった。
「おまえ、なぜ笑わない」
憤慨しながら俺を睨みつけてくる。まずい、目を付けられた。で、そこからが地獄だった。
「モノレールにも乗れ~る」
「ブタがぶった」
「まさおが真っ青だ」
「隣の家に囲いができたってね。かっこい~」
続々とつまらないダジャレを繰り出されたのだ。この野郎、俺が笑うまで永遠とダジャレを言い続ける気か。それじゃレースが進まない。運営委員と思しきスタッフがだるまさんに注意しようとしても、「うるせぇ!」とビームで瞬殺されてるし。
くそ、ダジャレとは関係なしに、我慢の限界がきている。少しでも気を緩めたら、そのまま吹きだしてしまいそうだ。足が小刻みに揺れ、息が苦しくなってくる。黙ってやられてなるものか。お前がダジャレで攻撃するなら上等。目には目を、歯には歯を、悪には悪を。
「だるまさん、俺の渾身のギャグを聞きやがれ」
笑いそうになるのをこらえ、俺は大声で叫んだ。
「馬を食べたらうまい」
馬だけに!
沈黙が流れる。あれ、まずったか。馬だけにうまいギャグだと思ったけどな。
「正直、だるまさんとレベルが変わらないわよ」
え~。テンションだだ下がりだぜ。
だが、この攻撃じゃなくて口撃はあまりにも意外な結末をもたらした。
「グォオオオヒヒヒ、ギャアンハハハンハ、ベッヒヒドルゲリりりり、ウエエエイイイイヒヒヒヒヒ、ガガガッハアハはアハ、グギュグバァ、ぱるぱるぅ、ギゴガゴーッゴーッ!」
なぜか、だるまさんが破顔して悶えながら転げまわっているのだ。え、もしや、だるまさんって笑いの沸点が恐ろしく低いのか。こいつ眺めているだけで、くすぐったいのなんかどうでもよくなったし。
「おーっと、これはいけません。だるまさんが笑い転げているせいで妨害ができなくなってしまいました」
「だるまさんがこうなってしまっては仕方ありませんね。特別処置として、現在勝ち残っているカスタロフ、アナゴウイルス、バーバーババ・バーババの三頭は関門クリアとします」
しかも、通過しちゃったし。笑っているところ悪いが、俺は先を急いでるんでな。カイシュウが宣言したのを皮切りに、三頭は一斉に大木を折り返し、スタジアムへと駆け抜けていったのだった。