俺、心臓破りの坂に挑みます
森の中を駆け抜ける、カスタロフ、アナゴウイルスを含む数頭の先頭集団。そこから少し遅れて俺が追随する。で、そこからかなり離れて、ようやく課題をクリアしたその他大勢が揃う。ビリケツ当然だったことから考えると大躍進だ。
道中は生い茂る木々で入り組んでいるせいで、思うようにスピードが出せない。むしろ、そのおかげでさほど順位が変動することなくレースが進んでいるんだけどな。おかげって言ったのは、まともに走力で競った場合、その他大勢のサラブレットに勝つ自信がないからだ。俺はねこひろしみたいなやつらと競っているっていうことを忘れてはならない。
そんな俺たちを待ち構えていたのは、巨大な壁だった。実際には壁じゃないけど、あんなの壁と称しても差し支えないだろ。
迫ってきたのはあまりにも勾配が激しすぎる坂道だったのだ。
「ここで各馬、第二の関門に突入したようだ」
そうシャーリーが実況するけど、正直邪魔くさい。ただでさえ狭い道なのに、中継のためにデコトラを併走させているからな。運営側がレース妨害してどうするんだよ。
「第二の関門は心臓破りの坂。ここを超えれば、折り返し地点まではすぐそこだ」
借り物競争と比べればまともな障害だな。百段以上もある階段を上るって考えると億劫になるが。
しかも、この運営がまともに心臓破りの坂に挑戦させてくれるわけがなかった。そこに差し掛かる直前、なぜか荷馬車が用意されていたのだ。えっと、まさか、そういうおまけつきですか。
「選手たちはただ坂を上るだけでなく、この荷馬車を頂上まで運んで行ってもらいます」
「強靭な脚力が試されるわけですね」
うんぽこぽんを運ぶのに荷馬車を引いたことがあるけど、あれって空の状態でも意外と重いんだぞ。こんなの拷問だろ。
実際、先頭集団に所属していた馬たちが、次々と俺の後方へ流れていく。俺? 確かに進行速度は一気に落ちたけど、他の馬ほどじゃない。この荷馬車、重いことは重いけど、気になるほどじゃないからな。
(お前さんは脚力は強化されとるから、そのおかげじゃろ)
要するに、馬鹿力は持っているってことか。単なる蹴りであれだけの威力を出せるんだから頷ける。
「トップは相変わらずカストロフ。続いてアナゴウイルスですが、三番手に大番狂わせ、バザール・デ・ゴザールが入ってきました」
一文字も合ってねえよ。勝手にサルにするんじゃねえ。
カスタロフは相変わらず速いが、心なしかアナゴウイルスの速度が下がってきている気がする。もしや、あの意地悪そうな野郎、脚力には自信がないのか。それならばそれで好都合だ。一気に追い抜いてやる。
「アドマイヤ、あの黒いのを抜くぞ。よろしく頼む」
「ちょ、この局面でなんて破廉恥なこと言ってるのよ」
「そっちの抜くじゃねえ。っていうか、不自然な湯気君がスタンバイしているからやめろ」
ホクトもアレだったけど、アドマイヤも痴女の気があるんじゃないか。血は争えないようだ。末恐ろしい。
なんとか意図を汲んだアドマイヤは、俺の尻を引っぱたいて激を入れる。別にSMプレイじゃないぞ。競馬でよくやってるじゃないか。それにしても不思議だな。尻を引っぱたかれただけでどんどん速度が上がっていくぜ。
(あ、今ので新しい技が使えるようになったぞ)
(この局面でなんてこと言ってるんですか)
(いや、冗談ではない。これがお前さんのステータスじゃ)
バーバ―ババ・バーババ・ババババ・ババリアン・バーボバイボ・バイボ・バイボ・バイボノ・シューリンガン・シューリンガンノ・グーリンダイ・グーリンダイノ・ポンポコピーノ・ポンポコナーノ・チョウキュウメイノ・チョウスケ 1250バカ
新技
疾風の駿馬:発動条件=尻を叩く
発動条件がろくでもないな。それよか、その名前がいつの間にか本名に認定されちゃってるし。略せば「ババ」になるけど、俺の本名馬場克也だから。そして、さりげなくバカも上昇しているな。
新技ハヤク・ハシレールを発動したことで、アナゴウイルスはもはや目と鼻の先だ。よし、いける。
「小童が。調子に乗るんじゃねえぞ」
アナゴウイルがそう言うと、騎手のおっさんが何かを投げつけてきた。それは弧を描き、荷馬車の中にジャストミートした。あいつら、何を投げてきたんだ。後ろを確認するわけにはいかないから、私、気になります。
すると、急に草陰がざわめきだした。それと同時に不穏な気配が漂ってくる。
「ウッキャアアアッッ!」
奇声を発し、灰色の毛並みのチンパンジーの群れが飛び出してきた。しかも、一目散に俺の荷馬車に乗り込んできたのだ。
当然のことながら、チンパンジーたちのせいで重量が加算され、一気に速度が落ちる。いや、異常だぞ、これ。サルを三匹ぐらいしか乗せていないのに、恐ろしく重い。マツコ・デラックスを五人ぐらい乗せているみたいだ。
「おーっと、これはいけません。野生の猿岩石が乱入してきました」
「イギリスまでヒッチハイクで行った二人ではありません」
それは分かってるよ。そうじゃなくて、なんなんだこのチンパンジー。猿のくせにクソ重いぞ。
「珍しいわね。そいつらはファンタジー生物の猿岩石。岩の魔法を使い、小柄なわりに体重が百キロ以上もあるのが特徴よ。身体の色が岩みたいになっているのもその名の理由ね」
解説ありがとうございます。実質三百キロ以上の錘を引いているとなると、そりゃ速度も落ちるわけですよ。
(馬神様、あのサルのステータスって分かりませんか)
(今からマ〇オカートやろうとしとったのに)
(俺がレースしてるからって、レースゲームしないでください)
猿岩石 170バカ
技
岩石砲
アドマイヤの言っていた通り、岩の魔法を使えるようだな。それでどうなるって話ではないが。とりあえず、説得できないか試してみよう。あ、でも、サルの言葉なんて分かるかな。
(問題ない。お前さんは他の動物の言葉も分かるようにしておいた。ほれ、トラがウサギやオウムやヒツジと普通に会話しとる世界もあるじゃろ)
子供向け番組でよくある設定が俺にも適用されているのか。この局面では、非常にありがたい。
「おい、猿岩石。頼むからそこをどいてくれないか」
「嫌だッキー。せっかくバナナがここにあるのに、なんでどかなきゃならないッキー」
バナナだって。どうしてそんなのが俺の荷馬車に……。
ここで、少し前の出来事を思い返してみよう。アナゴウイルスの騎手は俺の荷馬車にあるものを投げつけてきた。それってもしや……。
「あの野郎、バナナを投げつけてきやがった」
俺とアドマイヤはハモった。それを証明するかのように、アナゴウイルスはほくそ笑むと、そそくさと坂を駆け昇っていく。
くそ、こんな妨害を受けるなんて。とりあえず、この猿岩石を追い払わないと話にならない。猿の弱点というと、犬か。犬猿の仲っていうし。
「アドマイヤ、犬の鳴きまねってできないか」
「犬? こうか」
アドマイヤは大きく息を吸うと遠吠えした。
「アオ~ン」
あらやだ、意外と可愛い。直後、「って何やらせんのよ」って頭を小突かれたが、
「うるせぇっキー。岩石砲」
猿岩石が岩の魔法を発動。あいつらの体長程の岩石がアドマイヤに直撃し、そのまま彼女は気を失ってしまった。俺が自発的に走れるから問題なかったけど、これ、大事故じゃなねえか。
「バンババーの騎手、アドマイヤは気を失ってもなお手綱を握っています」
「なんという執念。初出場ながらアッパレです」
とりあえず、ドクターストップはかからないみたいだ。よかった。事態は全く好転していないがな。
アドマイヤがダメなら俺がやるしかない。役立つ保証はないが、今度こそ決めてくれよ。
「奇跡の鼻息」
その技を発動すると、急に鼻の穴がムズムズした。心なしか、ゴソゴソと蠢く物体がある。今度もまた固形物には違いないが。ええい、ままよ。俺は、鼻の奥に生じた物体を鼻息で押し出し、そのまま荷馬車へ放り込んだ。
何を投げつけたかは俺でさえ知らない。しかし、そいつが乱入してくるや、
「ギャーッ! 許せッキー!」
「こいつは本能的に苦手なんだッキー!」
「ご先祖様の過ちをお許しくださいッキー!」
どうやら、あいつらの苦手なものみたいだ。だから、一体どんなやつが乱入したんだよ。
かろうじて猿岩石の一匹がそれを掴んだらしく、俺の方に投げ返してくる。それは、カサコソと前髪を伝って、俺の鼻づらで威嚇している。
うん、可愛らしいけど威嚇してるな。横にしか歩けないくせに。ちっこいくせに、立派なハサミを振り上げていらっしゃる。えっと、まさか、こいつを生み出したのか。
(やるのう。お前さん、サワガニを生み出しおったぞ)
サワガニって、生命体を創造してしまったぞ。本当にこの技どうなってるんだ。
サワガニさんは邪魔なので、森の中へ帰っていただきました。それよか、サワガニが苦手だなんて意外だったな。ご先祖様の過ちとか言ってたし。
いや、待てよ。サワガニというか、カニが苦手だって。ひょっとしたらこいつらの弱点ってこれじゃないのか。ろくでもないことになるのは分かっているが、マツコ・デラックスを数人乗せるよりはマシなことになりそうだ。
「くらえ、邪神の弾丸」
荷馬車へとうんぽこぽんが連射される。その途端、猿岩石たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
「後世にまで敵討ちされるなんて、聞いてないッキー!」
やっぱり、予想通りうんぽこぽんも弱点みたいだ。こいつらの先祖、間違いなくあの童話のサルだろ。ほら、殺したカニに復讐されるやつ。そして、カニの仲間には馬糞も含まれていたのだ。
まあ、本能的に、いきなりうんぽこぽんを連射されたら逃げるに決まってるがな。猿岩石は追っ払ったけど、新たな問題が浮上してきてしまった。
「このうんぽこぽんどうしよう」
俺はまたしても、荷馬車でうんぽこぽんを運ぶ羽目になったのだ。良い子は荷馬車にうんぽこぽんなんか乗せちゃダメだぞ。