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俺、借り物競争をします

 フィールド上を一斉にかける五十頭近い馬。かなり圧巻な光景だが、見とれている場合ではない。っていうか、こいつら早すぎるだろ。こちとら、数日前に馬になったばかりなのに、相手はみんな生まれてからこのかた馬一筋で生きてきたやつばかりだもんな。

 先頭集団から取り残され、俺は馬の尻を追うばかりだ。

「おい、ババ。もっとスピード出せないのかよ」

「無茶言うな。これでも全力で走ってるんだよ」

 脚力は強化されてるけど、走力は強化されてないのか。不便な体だぜ。

(レースに出るなんて想定外じゃったからの。お前さんの走力はそこらへんの馬並じゃぞ)

 それじゃ、サラブレットには勝てないじゃん。このレース、いきなり詰んでないか。


「さあ、始まりましたこのレース。先頭をいくのはやはり、優勝候補カスタロフ。その後をアナゴウイルスが追います」

「大方の予想通り、この二頭の一騎打ちの様相を早くも呈していますね」

 そこからいくつかの集団を経て、この俺がいる最後尾集団となるわけですよ。マジで、このままだと優勝なんて夢のまた夢だぞ。


 二つ目のカーブを曲がり切ったところで、俺たちを待ち構えていたのは長机だった。そこにはいくつかの紙が置かれており、そこを通過するときにそれを手に取っていく。アドマイヤも例に倣って、その紙を拾う。

「なあ、何が書いてあるんだ」

「えっと、なんじゃこりゃ」

 うん、なんだよこれ。その紙にはこんなことが書かれていた。


 次に書いてあるものを持ってゲートをくぐれ。カツラ。


 この文面。どこかで見覚えがあるような。それに、この紙を手にした瞬間、出場選手たちは一斉に客席へと呼びかけている。うん、これはもしかしなくてもアレですよね。


「ここで、第一の関門に差し掛かったようです。このレースはただ走るだけではなく、途中にいくつかの障害が待ち受けています。最初の障害は借り物競争。出場選手は手にした紙に書かれているものを借りて外へと続くゲートをくぐらないといけません」

「たとえ先頭集団でも、借り物を借りるのに手間取れば、それだけタイムロスになります。いかに早く借り物を見つけるかの洞察力と、借り物を手に入れるかの交渉力がカギとなるわけですね」

 真面目に解説してるけどさ、競馬レースに借り物競争ってミスマッチすぎるだろ。こんなの、運動会でやってくれよ。


 まあ、大会の趣旨に文句を言っても仕方ない。ポジティブに考えるんだ。最後尾だろうと、ここで素早く通過できれば、一気に上位に食い込むことができる。さあ、早くカツラを探すんだ。


 しかし、ここで妙なことに気が付いた。他の選手の声に耳をすませてみよう。


「誰か、カツラの人はいませんか」

「カツラ、カツラはどこだ」

「Excuse me. Where is KATURA?」

「くそ、どこにあるんだ、カツラは」

「カツラをよこすのじゃ」

「カツラパ・ゾボザ」

「カヅラヴァドコダ」


 明らかに別世界の人間や、長野の古代遺跡から復活したやつとか、アンデッドと戦っているやつとかも混じっていますが、それ以前に突っ込ませてくれ。


「なんで揃いも揃ってカツラを探してるんだよ」


 おかしいだろ。借り物競争で一斉にカツラを探し始めるってどういう状況だ。

 いや、待て。一つの可能性に思い当たる。こんなふざけたことがあってたまるかだが。


「お気づきの人もいるかもしれませんが、今回選手たちが探しているのはみんなカツラです」


 ガチで、選手全員のお題が「カツラ」かよ。確かに、この会場の観客は中年のおっちゃんが多いけどさ。だからといって、全員が全員カツラなわけないだろ。

 実際、必死に声を張り上げているにも関わらず、なかなかカツラの人は見つからない。すでに禿げ散らかしてるのもいるし。ただ、まだまだフサフサの人が多いから、該当する人は多そうなんだけどな。


 俺も片っ端から声をかけているが、一向にカツラだという人を発見できずにいる。

「おっさん、カツラじゃないんですか」

 と嫌疑をかけてみても、

「これは地毛だ」

 と白を切られるばかりだ。くそ、らちが明かないぜ。


 煮詰まっていたころ、会場内で歓声が上がる。モニターには颯爽とゲートを走り抜けていく二頭の馬が映し出されていた。白い馬と黒い馬。言わずもがな、優勝候補の二頭だ。カスタロフの騎手なんか、歓声に応えるかのように手を振っている。

「おっと、早くもカスタロフとアナゴウイルスが関門を突破したようです」

「さすがは優勝候補。手際がいいですね」

 あいつら、もうクリアしたのかよ。優勝を狙うなら、そろそろクリアしないとやばいぞ。


 だが、焦る俺たちを嘲笑うかのように、とんでもないことが起きてしまった。前髪が揺れたかと思うと、突如強風が俺たちを襲ったのだ。そのせいで、アドマイヤの裾がめくれそうになり、生足が顕わになる。

 うん、これもとんでもない。あやうく御開帳してはいけないところが衆目に晒されるところだった。まあ、不自然な湯気君がスタンバイしていたから問題なかったけど。残念だけど、おめぇの仕事ねぇから。


 アドマイヤ羞恥事件は回避できたけど、問題はそこじゃない。


 突風により、会場内ではカツラが舞い上がっていたのだ。


「わしのカツラが」

「給料つぎ込んだのに」

「飛んでくな、カツラ」

「オーッス! 火傷なおしの準備はいいか」

「カツラよ、戻ってこい」

「カツラ・ドヅバ・ロゾセ」

「カヅラヴァワダザァン」


 観客の八割近くがカツラだったわけだが。お前ら、ズラだったことを隠匿していたのか。そして、なんか別の意味でのカツラが混じってますよね。お前、さっさとグ○ンタウンに戻れよ。

 っていうか、こんだけヅラがいるのなら、一人ぐらい貸してくれたっていいじゃないか。

(おっさんにとって、ヅラだとバレるのは死活問題じゃからのう。みんな、自白したくなかったんじゃ)

 現役のおっさんに諭されると説得力があります。


「おーっと、これはいけません。突風によりカツラが吹き飛ばされてしまいました」

「課題を達成するには、一度場外に出て、カツラを拾ってこなければいけませんね」

 まさにご指摘の通りだ。でも、そんなことをしていては、先行するカスタロフやアナゴウイルスとの差は開くばかりだ。ここは、カツラを拾うことなく課題を突破しなくてはならない。


「どうする、ババ。私たちもカツラを拾いに行くか」

「いや、そんな暇はない。一か八かこの作戦にかけるんだ」

 俺は、思いついたある作戦をアドマイヤに耳打ちした。当然のごとく、彼女は顔をしかめる。

「そんなバカな作戦、通用するの」

「優勝するにはこれに賭けるしかないだろ」

 しぶしぶといったところだが、アドマイヤは了承し、観客のじじいに声をかけた。


「すいません、ちょっと私たちと来てくれませんか」

「お姉ちゃん、わしといいことするのかえ」

 齢八十を超過していそうなじい様だが。いや、むしろ、この作戦のためならちょうどいいか。アドマイヤは手筈通りに、じいさんにあることを伝えたが、果たしてうまくいくか。


 他の出場馬が別ゲートから一斉にカツラを拾いに行っている中、俺は正規ルートにあたる門へ一直線に向かっていった。背中にアドマイヤとじいさんの二人を乗せていると、けっこう重たいな。じいさんが落ちないようにそこまで速度を出すこともできないし。

「おっと、初出場バーバババが早くも課題をクリアするみたいだぞ」

 目ざとくシャーリーが俺を見つけ、モニターに姿を映し出す。いや、俺の名前間違ってるし。バ○バパパみたいに言わないでくれ。


 ゲートの門番は、俺が連れて来たじいさんを前に、当然のごとく怪訝な表情を浮かべる。それもそうだ。このじいさん、見事なまでに頭フラッシュだからだ。

「そのじいさん、明らかにカツラをしていないぞ」

「いや、このじいさんは間違いなくカツラよ」

 アドマイヤが虚勢を張る。なおも疑念の目を向ける門番に対し、じいさんを対面させる。さあ、ここからが本番だ。じいさん、約束のあの言葉をぶつけてやれ。


「ほえ、なんじゃったかの」


 このジジイ! 嫌な予感はしていたけど、ドわすれしやがった。アドマイヤが「ほら、教えただろ」って促しても、じいさんは呆けるばかりだ。やばい、門番の表情が曇っている。地団太踏み出したし、これ以上茶番をしていては追い返されてしまう。

 こうなりゃ奥の手だ。俺は、じいさんの背中に馬面をうずめ、できる限りじじいっぽい声音でこう宣言した。


「みなさん、こんにちは。笑点の時間がやってまいりました。司会の歌丸です、どうぞよろしく」


 会場が静まり返った。いくらなんでも通用しなかったか。アドマイヤまで額に手を当てている。ええい、ダメなのか。


「た……」


 だが、門番から飛び出したのは意外な一言だった。


「確かにカツラだ」


 うそ。通じちまったぞ。冗談半分で思いついた作戦だったのに。

「このじいさんはカツラに間違いない。よって、課題は合格だ」

 ゲートが開かれ、森へと続く道が広がっていった。信じがたいが、課題クリアには違いない。俺たちはじいさんに別れを告げ、森へと疾走していくのだった。

オリドカヅラヴァボドボドダ(0M0)

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