死刑執行ボタン
20xx年。
日本の法律が厳しくなり、いかなる理由であっても人を殺すと自分の命で罪を償う為に死刑判決を言い渡される。又、これに伴いネットでの死刑執行制度が行われるようになった。
6月8日土曜日。
2階の自室でいつものようにパソコンの前に座っていると、正午を伝える音がテレビから聞こえたと同時に俺のパソコンに一通のメールが届いた。
差出人は日本政府。
<死刑執行人に選ばれました。本日の13時までに執行ボタンを押してください>
この短い文とURLのみの簡単なメールのみ。
「……選ばれたんだな」
少し気を落ち着かせようとテレビに目をやると専門家らしき人物が今日のことについて説明をしていた。
『もう正午になったので執行人役に選ばれた人には日本政府からメールが届いてあるはずです。まずは、そこに記載されているURLを押してください』
言われるがままにURLを押すと、画面の下半分に赤く大きな丸いスイッチ。画面の上部には顔写真とその人のものであろうプロフィールが記載されていた。
『開いた先には死刑判決を受けた人間の顔と簡易プロフィール。下には執行ボタンが出ていると思います。もし、出ていなければ最初のメール画面に戻ってください。
このボタンを一度クリックすると、絞首刑が行われる執行場の下扉が開く仕組みとなっています。執行人に選ばれた人数は言えませんが、かなり少ない人数です。ですから誰かが押してくれるだろうから自分は押さなくてもいいとは思わないほうがいいでしょう』
『しかし、今日が初となると世界から注目されますね』
『そうですね。ネットの普及に伴い、死刑執行もネットで行うなんて夢にも思いませんでしたよ。執行人の方には重圧だと思いますが、頑張っていただきたいですね』
やっぱり……これは本物なんだな。
誰かの悪戯であってほしいと願っていたが、テレビで紹介されている画像と目の前の画面に映し出されている画像はまったく同じだ。
俺は震える手を見つめ、数ヶ月前に友人達と冗談半分でこの執行人募集サイトで応募したことを後悔し始めた。
<メール受信中>
マウスの横に置いてあったスマホが光った。
<よっ! 元気にしてっか? お前もテレビ見てるだろうから今日のこと忘れてないと思うが、メールのチェックはしたか? 残念ながら俺は外れちまったよ。まぁ、俺らみたいな冗談半分で応募した学生なんかが当たるわけねーよな>
返信せずに、スマホを元に戻した。
専門家は誰かが押すとは考えるなという発言をしていたが、誰かが押さなかったらどうなるのだろう。誰も押さずに時間が経てば刑はどうなるのだろうか。実は誰も押さないことを見越して、専門家が押してくれるかもしれない。いや、しかし、応募フォームで名前・生年月日・住所など沢山の個人情報を入力したんだ、何かしらのペナルティーがあると考えるべきか……。
時間ばかりが過ぎていき、気が付けば12時50分。残り時間10分。
<メール受信中>
またスマホの着信画面が光った。
<このメールは私の知っている人全員に送っています。そして、これから言うことは悪戯とかではなく紛れも無い真実です。>
送信者は俺が想いを寄せている春菜先輩だ。
<今日、死刑される人は私の父を殺害した犯人です。本来なら私の手で死刑を執行させてやりたいんですが、残念ながら私は執行人に選ばれませんでした。もし、このメールを受け取った中で執行人に選ばれた人がいたら私の代わりに押してください>
「先輩……」
メール画面を閉じて、犯人の顔を見据えた。
先輩の身内に不幸があったのは知っていたが、まさか殺されていたなんて……。
先輩は親が殺されてさぞ悲しんだだろう。執行人に選ばれなくて悔しんだだろう。俺だって親を殺されたら自分の手で執行ボタンを押したいと思う。
『残り5分をきりました。さぁ、躊躇せずに押しましょう! この人間は人の命を奪ってるのです! 人の命を奪えば自分の命で償うということを貴方の手で世の中に知らせるのです!」
これは人の命を奪うボタンじゃない。罪を償うボタンだ。そして、その罪を償わなきゃいけない人間は俺が好きな人の父親を殺害している。
俺はマウスを握った。不思議と手の震えは収まっている。
「……よし」
マウスを動かし、ボタンにカーソルを合わせ、人差し指に力を入れた――カチッと音が鳴り、赤いボタンがあった場所には執行完了という文字が現れた。
『ただいま死刑が執行されたという情報が届きました』
大きく息を吸い込み、一気に吐き出した。
「終わった……」
全身の力が抜け天井を見上げていると、誰かが慌てて階段を登ってきた音が聞こえた。
「ちょっとあんた! 今、公安の人が来てるんだけど、あんたが人を殺したって言ってるけど本当なのっ!?」




