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「そうだ、彼女に夢中だった」
そして今も愛しているのだ、と言いかけて彼はやめた。ウィステリアの悪戯っぽい輝くような笑顔が頭に浮かぶと同時に、彼の眼は泣き濡れた王妃を映していた。
ウィステリアへの愛の傍ら、王妃を哀れに思う気持ちもないではなかった。
しかし大っぴらに王妃を愛するということは家へのささやかな反抗とウィステリアへの誓いを失うことを意味していた。
周りから非難されればされるほど、二人の結びつきは一層強くなった。それは王の憂鬱を解き放つ唯一の薬であった。
その薬を失わない為には王妃を宮殿で愛さないことが必要だったのだ。それは恐らく王妃がメイディ・ロッド以外の女であったとしても変わらなかっただろう。
王妃という称号を持つ者を愛することは出来なかった。それだけの話なのだ。
「でも全ては終わってしまったこと。貴方はせいぜいあの女のことをゆっくり考えておられるといいわ」
目の前の王妃は哀れみさえ感じさせる声色でそう言うと出て行ってしまった。王妃は最後の最後で彼が例え上辺だけでも自分とやり直したいと言うならば見捨てはしないつもりだった。
だが、彼が最後まで執着するのがあの女だと言うのならばもう仕方がない。
自分は王妃としての役回りを割り切ってこなそう。廷臣達には威厳ある姿を、国民達には慈愛溢れる国母としての微笑を与えよう。きっと私は負けないわ。
王妃は途中一度だけ彼のいる部屋の方を振り返った。さよなら、さよなら、私の夫よ。彼女はそうして別れを告げて、兄達のいる部屋へと戻った。
「無理だったわ、もう何もかも終わってしまったの」
それだけ言うと王妃はソレイユ夫人の胸に身を投げ、夫人は彼女を慰めた。その様子に監視兵たちの間にも、もの悲しい沈黙が流れた。
そんな中でロッド夫人はおろおろとしながら王妃とソレイユ夫人を見つめていた。
ロッド夫人は三人の女性達の中では一番善良な女性であったが、生来内気な性質であるロッド夫人はこの一連の試練に耐えるのは難しかった。
今迄の幸せな暮らしの中でさえ子供が出来なかったことを気に病んで過ごしていたのだ。
それでも、彼女はロッド家の女主人として、いざという時の芯の強さが自分には備わっていると信じていたが、実際は只々怯えるばかりで、ソレイユ夫人のように毅然と振る舞うことはできなかった。
セリルはいつも妻に優しく接したが、この館での彼の情愛溢れる振る舞いはかえって彼女を悩ませた。
未亡人が一人、夫と結婚以来上手くいっていない女性がいる中では何となく非の打ちどころのない夫を持っている自分が後ろめたく感じられたのだ。
かつては互いに信じあっていたというのに。