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王家の崩壊  作者: 千歳
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エッジワース伯の目が覚めた。カーテンからはまだ光が差し込んでいない。

彼は一人だった。妻の姿は消えていた。


彼は昨夜のことを覚えている。酒は彼の感情を幾分ぐらつかせてくれたが、記憶を消してはくれなかった。

妻は一体、いつ自分の元を離れたのだろうか。彼は妻の部屋に行ってみようかと考えたが、

彼女も何か思うところあって出ていったのだろうと推測すると、そっとしてくことにした。


また話があれば来るだろう。彼は呑気にそう捉えてまた瞼を閉じた。


一方で、エッジワース伯妃は自室で夫が発した言葉の意味を考えていた。俺には何もない、と言ったのはなぜか。


自分はちっぽけなプライドで、彼女が平民の、親にあてがわれたのではない相手なのも合わさって夫は溺愛しているのだと思っていた。

しかし、彼にとっては親への反抗の目立つ印としてウィステリアを愛しているように見せかけていたのだろうか。


そうなると、彼は結局誰の愛も信用していないのではないか、自分が与える愛さえも。

見返りがなくても愛することが本来の形というのは正論だと思う。それを分かってはいても、見返りを求めてしまうから私たちは傷つき苦しむのだ。


ウィステリアを愛することに彼が自分の生きる意味を見出していたと言うならば、自分は納得できないがそれも一つの道なのだろうということに頭では理解を示せる。


それに、男女の愛でなくとも国王夫妻や兄の愛情も彼は無視している。

なにを持っていても空虚だというならばあまりに寂しい人生ではないか。

可哀想な人だ、エッジワース伯妃はそう感じていた。


誰の愛を受け止めることも、愛を与えることで満足することも、学ぶことや職務に忠実にあることで自分の存在意義を見出すこともできない。


どうしようもない人だ。私どころか、誰も彼は必要としていないのだ。

何でもあるのに、それを自らごみ捨て場に運んでしまって、何もないと騒いでいる。


自分は穴の開いたグラスに延々と水を注いでいるようなものだ。それでも少しは満たされやしないかと様子を伺っている自分も情けなく虚しく思える。


エッジワース伯妃はその日を境に、夫によそよそしくなった。彼が来ても、軽口を叩くことは少なくなり、大抵むっつりと黙り込んでいた。

そして王太子夫妻の元に女の子が産まれると、その育児室に足しげく通い、王太子夫妻と共に愛情深く子を眺めて抱いた。もしくは自室でせっせと刺繍に励み、夫を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。


エッジワース伯も最初何が何やら分からなかったが、それならば、とまたウィステリアの部屋に入り浸る夜が多くなっていった。


これに国王夫妻は落胆の色を隠せなかった。

王太子夫妻に子が授かったとはいえ、女児は国を継げない決まりなのでまだ安心は出来ない。第二王子とその妻にも期待をかけるのは当然であるのに、また振り出しに戻ってしまった。

国王夫妻はやっと授かった孫を溺愛しながらも、王太子妃に早くこの子に弟を作ってあげなさいと口酸っぱく言って王太子を怒らせた。


夫婦共に自分たちの役目を理解はしているから言わなくともわかっている、ただでさえその件について思い詰めている妻をそれ以上に責め立ててくれるなと彼にしては珍しく本気で怒った。


とうとう国王は自身の弟の子を跡継ぎとして迎え入れようかと考えた。それはこれまでの王家の歴史でも度々そのようなことが行われていたので、一番妥当かと周囲にも思われた。


エッジワース伯夫妻の方も、義務的に週に一度は同じ部屋で夜を過ごしていたものの、一向に妃の懐妊が見えなかったのもそれを後押しした。


エッジワース伯妃は自分が子を授からないことを、国王夫妻には申し訳なく、離縁を言い渡されても仕方ないと思っている。しかし、自分達に子が出来ないのは天命だと受け止めていた。夫が毎日夫婦の寝室に通っても、きっと授からないだろうと思い込んでいた。


罪悪感で眠れない夜もあったが、どうしようもなかった。実際、夫も養子の話が出てからは少し自分の元を訪れる回数は増えた。

しかし、どうしても授からなかった。


エッジワース伯はある日、妻に向かって自分がお前を顧みなかった罰かもしれないとぽつりと言った。


それは時を経て、自分達の子供がいないということに対しての言葉だけではなくなった。彼が愛妾の要求を受け入れて国を傾かせたことを思わせる言葉だと、彼女は今になって思っていた。


今、この小さな屋敷に囚われの身となって向かい合うと、宮殿にいた頃が遠い昔のように感じられた。


「私、貴方を信じては裏切られてきた。貴方の方も私が同じようなことで何度も怒って騒いでお嫌だったでしょう。でも、もう終わりに出来る。貴方は私から自由になれる。ウィステリアと死にたいならば、この方たちが叶えてくださるわ」


王妃が監視兵たちを眺めながら静かに言った。嫌味たらしく言ったのではなく、落ち着いた声で、しかしうっすらと瞳に涙を滲ませながら夫を見つめていた。


「ああ、やっぱり俺には何も無かったな」


国王は自嘲的に呟いた。



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