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王家の崩壊  作者: 千歳
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「メイディはどちらだと思う?」

王太子が大きくなってきた妻のお腹を愛おしそうにさすりながら尋ねてきた。


エッジワース伯妃は答えられないでいた。皆が跡継ぎたる男の子を期待している。自分の直感では女の子だと思うが、それを言ってがっかりさせてしまったらどうしようかと思ったのだ。


「王太子様、メイディが困ってしまうわ。殿下はどちらだと思います?」


「実を言うとどちらでも良いんだ。僕と君との子、それだけで喜ばしいよ。ただ、何となく僕は女の子だと思う。僕よりも君に似てくれると良いのだが!」


「私も女の子だと思います」


王太子の言葉を聞いて、彼女は素直に答えた。


「やっぱり!」


王太子は嬉しそうに、靴や洋服や揺り籠をどんな風に作らせようかと話し出した。楽しみで仕方がないらしい。


「ああ、女の子ならばメイディに仕事を頼もうかな。その子の持ち物に刺繍を入れて欲しい。あの可愛いあひるは君の作品だろう?」


「殿下、メイディのあひるは男の子でもお願いしたいわ」


王太子妃が快活に笑った。イザベラの仕事の為に作った作品は、誰が作ったかわからないようにして宮殿に出入りする貴族たちに販売された。誰の作品かわかってしまうと遠慮が出て、余計な諍いの原因になり得るとイザベラは判断したのだった。


エッジワース伯妃の作品も勿論名前を伏せて出されたが、花やリボンや蝶に交じってのあひるは誰のものか分かる人には分かってしまったらしい。


「光栄ですわ」


エッジワース伯妃は頬を赤らめながら答えた。


「イザベラはこの前、孤児院を訪れて子供達が清潔な場所で勉強に励めるように、その改築資金にと売り上げを渡したそうです。子供達の遊び場も新しくする予定だと」


「私も協力するよ。この子が大きくなったらその学校を見せたいな、そして様々な環境の子供達に対する慈愛の精神を育んで欲しい」


王太子は悪気なく、子供の生まれる喜びにのぼせて言っているのだろうが、エッジワース伯妃は残酷なことをすべきではないと思った。着るもの、食べるものにさえ事欠く子供達が王家の子供を見てどう思うだろうか。

綺麗に結い上げられた髪に、染み一つない清潔な服と自分の足に合った靴を履いた子供が愛情溢れる両親に手を引かれて姿を見せる……


それは子供達にとって、生まれながらに恵まれた者がいるという現実をまざまざと見せつけることになるのではないだろうか。


それで奮起する者もいよう。しかし、学んでもどうにもならないことがあるという現実に押しつぶされてしまう者もいるのでは、とエッジワース伯妃は眉を顰めた。


私たちの善き行いは、自分たちの特権を手放さない、それが前提でのお恵みなのだ。そして自分もその特権を手放すつもりはない。エッジワース伯妃は中途半端な自分の行いと傲慢な心を責めたが、それでも何もしないよりはましだと言い聞かせた。


「メイディ、どうしたんだい?」


彼女の暗い表情を見て王太子が心配そうに言った。


「いえ、その、ごめんなさい。そんな大役を任せられて、上手く刺繍が出来るかと」


エッジワース伯妃は口から出まかせを言って誤魔化そうとした。


「メイディ、貴方もしかしてこの前の騒動を気にしているの?」


王太子妃が静かな声で言った。それは全くの見当違いだったが、エッジワース伯妃は言葉に詰まって俯いた。


「貴方が悪いことなど何もないのよ。殿下の前でこんなことを言うのは何ですが、どうすればあの方は目を覚ましてくれるのかしら」


「すまない。母上もきっと君を責めるようなことを言ったのだろう。私から母上とクロエルドに話をしようか?」


「いえ、大丈夫です。むしろ私こそ申し訳ありません。今日は退かせていただきます。お姉さま、お身体を大事になさってください」


彼女は一礼して逃げるように部屋を出た。兄にしても王太子にしても自分がどうにかできると思っているのは何故だろう?それは私が真実を話さないからだ。それを思うと憂鬱な気分に引き込まれた。


部屋に帰る途中、廊下を忙しなく動き回っている女官たちがいた。見慣れない顔であったので不思議に思い、何かあったのかと尋ねると彼女たちは言いにくそうに声を潜めた。


「明日はウィステリア様のお誕生日ですのでその準備を」

彼女たちはウィステリア付きの女官だったのだ。


「ああ、そうだったの」


彼女は無関心を装いながら自室へと戻った。きっと夫はあの女の誕生日を盛大に祝うのだろう。勝手にすれば良い。


そう考えて彼女は自分の女官が淹れてくれたお茶を飲んでいた。


そうして彼女は次の日も極めて平静を装った。起床の儀でいつも通り国王夫妻の部屋に向かった。

「おはようございます。国王陛下、王后陛下」


ここ数日、国王は王妃の部屋で朝を迎えている。一応は王妃を無碍に扱わないようにはしているのは国王本人の意向か、グワース伯爵令嬢の助言かはエッジワース伯にはわからない。少なくとも噂では、国王の愛妾はエッジワース伯の愛妾よりも立場を弁えているらしい。


いつも通り、夫もウィステリアの部屋から来ていた。起床の儀が終わって部屋を出たあとに彼女は夫を呼び留めた。


「あの方、お誕生日なのですってね。おめでとうと伝えておいてくださいな」


エッジワース伯は面食らった。ウィステリアの無茶な要求を妻はどこかで聞いたのだろうか。


彼女はその日は出来るだけ静かに過ごした。刺繍よりも多くの時間を読書に費やし、それから義姉であるマテレナとジョーゼットに送る手紙を途中まで書き上げた。


「妃殿下は寛大すぎます。殿下があのような女に巨額を費やすだなんて。今回も山のような帽子やドレス、それに宝石もお贈りになって」


「好きにさせておきなさい」


怒る女官をなだめながら、彼女はふと考えた。


(私の誕生日にオパールは無かったわ)


いつもならば、夫からの贈り物がないことなどさして気にも留めなかったろう。いや、毎回一応は夫が選んだという体で装飾品や靴や手袋を貰ったことはある。それらが女官たちの手によって選ばれたものであることはわかりきっていたが。何故ならば、自分の好みもろくに知らない夫が、自分の好きな色や素材のものを選べるわけがないからだ。


だから、今回も自分がねだった贈り物、オパールのイヤリングなど貰えなくともそれは承知の上だった。

しかし、あの女の為にはそこまでやるのに、自分にはイヤリング一つの価値もないと思われていないのかと思うと情けなくなってきた。


「妃殿下?」

先ほどまで笑っていたエッジワース伯妃が苦しそうな表情を見せたのに女官は驚いたらしい。


「私、兄からの伝言をある方に伝えるのを忘れていたわ。突然ですまないのだけれど、シャール・バルテという近衛兵に暇があるときいつでも良いから来てもらえないかと伝えてくれますか?あの、本当にいつでも良いの。職務を放り出してくるほどのことでは全くないから」


身内と女官以外の誰かに話を聞いて欲しくなったのだ。そこで、前に兄から何かあったら頼るようにと言われていたシャール・バルテを呼んだのだ。


彼女はシャール・バルテにあの日の失態の謝罪をしに行ってから会ってはいなかったが、あの口の堅そうな真面目な青年ならば思いの丈をぶちまけてもいい気がした。彼にとってはただ迷惑な話だろうが。


実は女官たちもセリルを通してシャール・バルテのことは聞いていたので言いつけ通り、すぐ探しに行った。

シャール・バルテには悪いがまた酒に手を出してエッジワース伯と揉め事を起こされるのは勘弁願いたい。それがウィステリアの誕生日ならば尚更だ。


シャール・バルテはその日は来られなかった。彼はその夜、王太子の部屋の警護にあたっていたのである。

しかし、女官が確かに言づけたというので、彼女は少し落ち着いて眠ることが出来た。


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