51
エッジワース伯妃は余計なこと言ってしまった後悔に苛まれながら、王妃の客間に案内された。
ここは王妃の親しい友人が寝泊まりするのに使われる場所で、エッジワース伯妃が足を踏み入れるのは初めてだった。
「貴方とクロエルドは別荘でもいがみ合っていたということですか」
そう問われ、エッジワース伯妃はどう答えるべきか迷った。宮殿にいるよりも心穏やかな時もあれば、心をかき乱される時もあった。
正直にありのままに答えれば良いのだろうが、彼女は自己保身に必死になって何を話すべきか混乱し、ただただ唇を噛みしめていた。
「メイディ、答えなさい。私にちゃんと教えて頂戴」
王妃は何も知らない風を装っていたが、実際は別荘に同行した者達からある程度の報告を受けていた。
報告では、二人は仲睦まじく散歩や食事を楽しみ、同じ部屋で過ごしていたと聞いていたが、それは嘘だったのだろうか。それとも二人で自分たちを欺いていたのだろうか。
王妃は訝しげにエッジワース伯妃を見つめていた。
「別荘では私たちの距離は縮まりました。しかし、宮殿では前よりも距離が出来ました」
エッジワース伯妃はどうにか声を絞り出し、それが弾みとなって言葉を続けた。
「別荘では、夫にあの人のことは忘れて貰いました。そして、それは別荘にいる間だけは、と私が頼んだことです」
「では、別荘でクロエルドは貴方を妻として扱ったのですね。それなのに何故」
それを聞いてエッジワース伯妃はかっと身体が熱くなってまた逃げ出したい気持ちに駆られた。自身の義務を果たすよりも、真実の愛などという少女の頃の夢をねだった自分が恥ずかしく思えたのだ。
「結局、クロエルドはあの人を手放すことなど出来ないし、そんな状態で義務を果たすのは苦しく思えたからです」
彼女は白状した。義理の母にこんなことを話さねばならないのは何という拷問だろう。いや、相手が誰であれ言いたくはなかった。自分と夫だけの秘密にしておきたかった。
「クロエルドは自身の名誉の為に、きっとあの人にそれを伝えているでしょう。私は自身の名誉の為に誰にも言いたくはなかった」
エッジワース伯妃は両手に顔を埋めた。泣きたいというよりも、屈辱で歪んだ顔を見られたくはなかったのだ。
「私は、貴方たちは幼馴染でもあるし、二人でいればきっと事態は好転するだろうと……でも、ああ、私は結局何も分かってはいなかったのね。こんなことを貴方に言わせてしまったのは謝るわ。それは本当にごめんなさい。今日はもう眠りなさい」
王妃は考えを整理する時間が欲しかった。本当は、エッジワース伯妃が夫との義務を拒んだことを叱るべきなのだろうが、今そんなことをしてもますます彼女の心は息子から離れていくだろうと判断したのだ。
それならば、どうにかまた手を考えるよりほかない。王太子夫妻に希望が宿ったとはいえ、まだどうなるかはわからない。こちらの夫婦にも希望は宿して貰わねばならない。
それに、単純にこの嫁が気の毒だと思う気持ちもあった。王妃はよく自分と彼女を重ね合わせてみていたが、夫と子供に囲まれた穏やかな家庭生活があった自分と、夫が部屋にすら訪ねてこない彼女は違う。
「わかっているのよ、クロエルドが一番悪いことは。貴方の立場が辛いことは、私だってそうだったし、今もそうだもの。わかっているわ」
エッジワース伯妃の手を握りながら王妃は囁いた。
分かっていても、どうにもならないことだと言いたいのだろうとエッジワース伯妃は判断し、沈黙を貫いた。
「おやすみなさい、メイディ。疲れたでしょう、ごめんなさい」
「おやすみなさい」
扉が閉められたあと、目を見開いて天井を見上げながらエッジワース伯妃は呟いた。
「私、これからもずっと一人で眠るのね。そうして老いてゆくのだわ」




