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王妃は彼に軽蔑の視線を向けた。彼女も元々は夫と同様、相当に甘やかされた子供であった。ただ彼女は嫁ぐ際にその欠点を改めるべく、教育係が極めて厳格に接した為に、それまでの高貴さ故の自尊心は打ち砕かれた。
王のそれは打ち砕かれることなく今迄来てしまった。それが二人の違いであった。
「そうだ、お前達皆が思っているじゃないか。俺ではなく兄上が王であれば良かったと。そんな中で俺の理解者は」
「あの女だけだった、っていうわけね」
王妃は震えながら吐き捨てるように言った。
あの女の為にどれだけ自分は苦しんだだろうか。子を為すことも出来ず、周りの陰口も励ましも全て雑音に聞こえてしまい、塞ぎこんでしまった時期もあった。
この人にその気持ちがわかるだろうか。
結婚後に泣いて過ごした夜がいくつあっただろう。夫婦の寝室の扉をいつまでも夫は開かなかった。
それが年若い妻にとって、どれだけ辛く惨めなことであったか、夫はわかってもいないのだろう。
ある日、とある出来事のせいで彼女はとうとう平常心をなくしてしまった。
女官たちが総出で宥め、ロッド夫妻、王太子、そして当時の王妃までもが心配して部屋を訪ねた。
そして王妃とエッジワース伯妃は夜遅くまで話し込み、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。
但し、ここで一つ彼女は記憶の抜けがある。それはその夜、彼女が自分の限界を超えて酒を飲み、泥酔したことにある。
酔ったことを彼女は覚えていても、何があったかは忘れていた。
しかし、王は覚えていた。王妃が部屋に行く前に何があったかを。
そしてそれは不問に付すつもりであった、自身が責められることではないとそれだけは分かっていたからである。
だから、それだけは今も暴露して責めることはしなかった。
王妃はそんなことは露知らず、王を睨みつつ、あの時の義母の優しさを思い出していた。