49
「嫌だ。貴方なんかと話したくない」
エッジワース伯妃は夫の腕を振りほどき、女官の袖を掴んだ。
「私と話したいならあの女を追い出して。それが出来ないなら出て行って」
女官は危険を感じてエッジワース伯妃をきつく抱きしめた。エッジワース伯があの女を追い出せないのは明白ではないか。
「ああ、わかった。出て行くよ」
「貴方なんて大嫌い。あの女も大嫌い。どこかほかの場所で暮らしてよ」
悪態をつく妻から離れ、エッジワース伯は部屋の外に出た。
他の場所で暮らせるならばとっくの昔にそうしている、それが出来ないからここにいるのだ。そう叫んでやりたかったが、今それを言ったら朝まで喧嘩になるだろう。
無視を決め込んでエッジワース伯はウィステリアの部屋に戻ろうとした。
「クロエルド、貴方はあの女とのこと以外頭にないのね、いい加減になさい」
王妃が心底呆れた顔で彼の前に立っていた。もう一人の女官が、騒動を予感して王妃の部屋に駆け込んだのだ。
驚く息子を尻目に、王妃はエッジワース伯妃の方を向いてため息を吐いた。
「メイディ、貴方にはお酒を控えるように言ったはずでしょう。私と来なさい」
エッジワース伯妃は後ろめたそうに俯いて口を押えた。王妃にも先日のことが耳に入り、忠告を受けていたのである。
「ごめんなさい」
エッジワース伯妃は女官から離れ、頭を下げながら謝罪した。エッジワース伯に飲酒を咎められても言い返せるが、王妃には言い返せない。
王妃は夫と違い、自分の身を案じて酒を控えるように忠告したのだ。それを裏切って失望させてしまったことに対する罪悪感でいっぱいになり、彼女は王妃の顔をまともに見ることが出来なかった。
「女官は悪くありません」
彼女はそう付け加えたが、まだ床に目を落としたまま、王妃の方を見ることが出来なかった。
「メイディ、少し夜風に当たりに行きましょう。クロエルド、貴方はお好きにどうぞ」
王妃は冷たい視線を息子に向けた。エッジワース伯はしどろもどろに、私も参ります、と告げたが王妃は首を振った。
「メイディと二人で行きます。そしてメイディは今夜、私の部屋で寝かせます。貴方はこの後お好きにどうぞ」
エッジワース伯は呆然としたまま部屋に取り残された。一方、王妃の登場で少し酔いの醒めたらしいエッジワース伯妃は神妙な顔つきで王妃に付き従った。
「おやすみなさい、クロエルド」
王妃は静かにそう言って、エッジワース伯妃と共に部屋を出て行った。
「王妃様、申し訳ありません。私の意志が弱かった故にこのようなご迷惑を」
「メイディ、私が貴方を責められるでしょうか。酷い母親と思われて当然ね。貴方に私と同じ苦労をかけることを止められなかった私に責任があります。貴方のご両親とセリルにどうお詫びして良いか」
王妃の声が掠れた。暗くてあまり表情は見えなかったが、恐らく泣いているのだろう。それがまたエッジワース伯妃を縮こまらせた。
「クロエルドを許さなくて良いわ。私も陛下を許せないもの。周りに許すことを義務として課せられたから、許したふりをしているだけ。メイディ、貴方はどうしたい?遠慮なく、正直に話してちょうだい。誰にも言わないわ」
「私は」
エッジワース伯妃は当たり障りのないことを言うべきか迷ったが、残っている酒の力を借りて、王妃の言う通り遠慮なくぶちまけた。
「クロエルドが夫とは思えない。例えこれから私の方に通うこととなっても、あの女と別れたとしても、彼が私にした仕打ちを忘れることは出来ないでしょう。実家に戻って、イザベラ姉さまの仕事を手伝いたい。そして出来ることなら、私を必要としてくれる方の元へ嫁ぎたい」




