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夫が何の気まぐれか、バスケットを抱えて部屋に戻ったとき、彼女はあの大嫌いなドレスを思い出した。
黄色と鉄錆色のぞっとするドレスは母が作らせたもので、嫌がる素振りを見せると、母は貴方の為にせっかく誂えたのに、どうして喜ばないのです、と叱った。
夫のバスケットもそれと同じで持ってきてやったのだから受け取らねば怒るのだろう、彼女はそう考えて渋々起き上がった。それとほぼ同時に部屋の扉が叩かれ、使用人が水差しを置きにやってきた。
「ありがとう」
エッジワース伯妃は水差しを持ってきた使用人に向かってそう言い、扉が閉められると夫に向きあった。
「貴方もありがとう、でも私本当に疲れているの」
「そうじゃない、ただ一人で食べてもつまらないから」
「あら、そう」
そして彼女は少し苛苛とした様子で椅子に座り、慣れない手つきで鶏肉と野菜が盛られた皿と魚の酢漬けの入った深皿を取り出す夫を見つめた。階段を上るときに傾けたのか、盛り付けは少し崩れてしまっていた。
「クロエルド、貴方、お義姉さまが、カレン様が妻だったらどうした?」
脈絡のない質問に驚いたエッジワース伯は、思わず魚の酢漬けの上にパンを置いてしまった。
「酸っぱくなりすぎてしまうわ」
彼女はパン用の小さな皿を差し出しながら、夫の答えを待った。
「お義姉様が?考えがつかないな。兄上には、ああいう思慮深くて優しい人がお似合いだろうけども。自分を慕いつつ手綱を握ってくれるから」
確かに王太子妃はエッジワース伯妃と違って、じっくりと考えてから口を開く性質だ。
そして王太子と意見が合わないときにも、夫の意見を受け入れながらも、懇々と諭して自分の意見にも頷かせてしまう。そんなある意味抜け目ない女性でもある。
王族の例にもれず、彼らも政略結婚ではあったが、不思議と二人の性格には似通っている部分があった。
深く考えてから言葉を発し、派手なことを好まず、どちらかといえば潔癖な考えをもっている、そういった点において二人の気はよく合った。
「貴方にはお義姉さまの方が良かったかもね。カレン様なら貴方にこんな優柔不断な態度を取らないわ」
「どうかな、兄上が俺のようだったら。俺だって思うもの、お前にこんな―」
彼が声を詰まらせながらじっと湿ったパンを見つめた。
「思いをさせて、それならいっそ全くの無関心になるべきなのにそれも出来ず、かといってウィステリアを捨てることも」
言葉の途中で彼はグラスを手に取り、一気に水を飲み干した。
彼にしては珍しく上っ面だけでない本気の自己嫌悪に陥っているらしい。
本来はもっと早く、そして常にそれに悩まされてほしいのだが、と思いながらエッジワース伯妃は静かに言った。
「カレン様なら貴方にこんな優柔不断な態度を取らせないと思う」
エッジワース伯は黙ったままだった。否定すべきか肯定すべきか分からなかったのかもしれない。
「私も貴方をきっぱり諦めることも出来ず、こんな当てもない問答を繰り返して、全く似た者同士だわ。優柔不断な二人らしく妥協の道を選ぶのを皆は期待しているわ。それに私ももうあまり心を乱したくはない」
ここらで私たちも休戦しなくては、果てが見えないわ、と彼女は付け加えた。
「妥協することがお前の譲らない選択なら従うよ。すまない、メイディ・ロッド嬢。エッジワース伯妃になってお前を不幸にさせてばかりだ」
夫の言葉が本心なのか、気まぐれな自己嫌悪によって生み出された憐憫なのか、それともこの場を誤魔化すための出まかせかは分からない。その中のどれであったにせよ、彼女は気に入らず、食って掛かるように言った。
「幸不幸は自分で決めるわ。どれも自分で考えて側に置くか逃げるか戦うかを決める」
「そうか、それが正しい、うん。じゃあまず、残りの日にちはどうするか決めたかい?」
彼女はそう聞かれて少し黙ったが、夫から目は逸らさなかった。そしてしばらく思案した後、きっぱり答えた。
「契約は続行するわ。そうでないと、貴方も罪滅ぼしの真似事が出来ないし、私も土産話に困るもの」




