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そんなつもりではなかった。でも、そうとしか聞こえないではないか。
エッジワース伯妃は寝台に腰掛け、枕に顔を押し付けていた。
この旅行の目的はわかっている。しかし、子を生す腹としか思われずに私の一生は終わるのだろうか?
子が出来てもあの人が変わるとは思えない。いや、変わったとしても母親の切り札として子供を使うのか?
そんなことは出来ない。
妻の腹から生まれる子を望むのではなく、私との子だから欲しいのだと望まれ宿ってほしい。
しかし、夫はウィステリアとの間に子を望んでいる。
本来、自分たちに課せられた使命は感情など捨てて、二人の間に王家の血を引く跡継ぎを残すことなのだ。
自分たちは王太子夫妻のスペアなのだから、それが最大の職務のはずだ。
その時、一つの考えが浮かんだ。どうせなら、自分から契約を持ちかけてやろう。
彼女は何度か深呼吸をしたあと、意を決して階段を下りていった。
ノックをして扉を開けると、夫は客間にある長椅子に寝そべっていた。
「どうした」
「横に座ってもいいですか?」
「……ああ」
そう言って彼は姿勢を変えたので、彼女は夫の横にぴったりと張り付き、囁いた。
「ここにいるときだけは私を妻と思ってください。宮殿では今まで通りにどうぞ、だけど、ここでは貴方の妻は私よ」
「どういうことだ?」
戸惑いの色を隠そうともせず夫は尋ねた。
「簡単なことです、ここにいる間は私をあの人にするように大事に思ってくださいませ。ああ、あの人の目だけはなく国王陛下たちの目も考えて、一年に一回は二人でどこかに行きましょう」
「つまりは」
「それでどちらにも顔が立つでしょう。国王陛下たちには一応は自身の役割を理解していると思わせる、あの人にはその為に嫌々私と毎年別荘にはいかねばならない。それで言い訳がたつでしょう」
夫は考えあぐねているようだった。万一、自分との間に子が出来たならばウィステリアを裏切ることになるとでも思っているのだろう。
「別に、そうならなくてもいい。でも、貴方が良いと思えたら、私との間でも望むと思えたら、その時で良い。少なくともここにいる間、私を疎んじないで」
勇敢にも、彼女は最後まで泣きも震えもせず言い切った。
しかしそれと同時に、彼女の手の力は徐々に弱まり、今や重ねているだけの状態となっていた。
「わかった」
今度は彼が彼女の手を強く握って囁く番だった。
「お前がそれで良いなら」
エッジワース伯は卑怯にもその案に乗った。本来ならばそれも拒絶するか、宮殿にいるときも彼女の部屋に通うと言い切るべきであった。
しかし、どちらも選べない彼は結局二人の女性を傷つけるその誘いに応じたのである。




